【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第八話『混戦』

第八話

 

「……ふーん。そんなサーヴァントでわたしのバーサーカーに挑む気?」

 

 甘ったるい声。これから血生臭い戦闘が起こる場には相応しくない声が響いた。

 見た目は子供だが、慎二は彼女の正体を看破した。

 

「お前、アインツベルンのマスターか?」

 

 白銀の毛髪と真紅の瞳はアインツベルンのホムンクルスに共通する特徴だ。

 

「ええ、わたしの名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。マキリは衰退した筈だけど、相変わらず小細工が得意のようね」

 

 睨み合う二人の魔術師。場に漂う緊張感に、大河が叫び声を上げた。

 

「コラー! 二人だけで分かり合わないで説明してよー! いきなり変な化け物は現れるし、慎二くんは空から降ってくるし! なに!? 慎二くんはラピュタの人なの!?」

「お、おい、大河!」

 

 慌てて士郎が大河を羽交い締めにした。

 その様子を見て、イリヤスフィールは不快そうに顔を歪め、慎二も険しい表情を浮かべた。

 

「おい、衛宮。一つ確認させろ」

「な、なんだ?」

「お前、サーヴァントはどうした? もう、脱落したのか?」

「サーヴァント……? なんだよ、それ」

 

 慎二は目を見開いた。

 士郎の答えは予想通りのものだった。予想通りだからこそ、慎二にはこの状況が不可解だった。

 士郎と大河が演技をしている可能性は考慮していない。この二人が腹芸を出来る性格ではない事を彼は熟知している。

 

「……召喚してないんだな」

「召喚って……、なあ、これはなんなんだ!? 頼むから、何が起きているのか教えてくれ!」

 

 士郎の必死な顔を見て、慎二はすこしホッとした。

 慎二は士郎が魔術師である事を知っている。だから、彼が聖杯戦争の事を知っていても不思議には思わなかった。けれど、知っていたとしても彼が参加するとは露ほども思わなかった。

 だからこそ、はじめにバーサーカーに追われている姿を見て『ふざけるなよ』と呟いてしまった。

 

「知らないなら、それでいいんだよ。ただ……なぁ、アインツベルン! お前、なんで衛宮を襲ったんだ!? こいつはマスターじゃないんだぞ!」

「あなたには関係のないことよ、マキリの末裔。けど……、邪魔をするなら潰すわ」

 

 イリヤスフィールはクスリと微笑んだ。

 

「やっちゃえ、バーサーカー」

 

 無邪気な声で、無慈悲に言った。

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第八話『混戦』

 

「ライダー!」

 

 戦いが始まった。ライダーは自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)を解除して、魔眼(キュベレイ)を解放している。

 ギリシャ神話で語られる半神半人の女怪であるメドゥーサは、見たものを石に変えたと言われている。

 並のサーヴァントでは、彼女と戦うことすら出来ない。対魔力のスキルか、最低でもBランク以上の魔力を持たなければ肉体が石化して動けなくなるからだ。

 

「化け物め……」

 

 バーサーカーは健在だ。

 例え、対魔力のスキルやAランク以上の魔力を持っていても、彼女の魔眼を完全に防ぐ事は出来ない。

 現在、バーサーカーは全ての能力がワンランクダウンしている筈なのに、超高速で駆け回り、地表上空、前後左右から目まぐるしく襲いかかるライダーの猛攻を迎撃し、圧倒さえしている。

 天馬の上でライダーに聞いた。あの化け物の正体は彼女と同じ神話で語られる大英雄ヘラクレス。神が与えた十二の難行を乗り越えた最強の英霊。

 長い髪を靡かせ疾走する彼女が流れ星だとすれば、あの化け物はさしずめ恒星だ。

 一呼吸の内にライダーが繰り出す死角からの無数の攻撃を、バーサーカーはただ一振りで尽く弾き返し、返す刃でライダーの肉体を削っていく。

 時間はない。分かりたくないけれど、分かってしまう。ライダーでは、あの化け物には勝てない。のんびりしていたら、先にライダーが壊される。

 

「……ちくしょう」

 

 他に方法が思いつかない。

 どういうわけか、イリヤスフィールは衛宮を狙っている。ここで逃げたとしても、また狙われる。

 衛宮と藤村を助ける為には、勝つしかない。だけど、ライダーだけでは勝てない。

 

「衛宮! お前、藤村を守りたいよな!?」

「あ、ああ、当たり前だ!」

「……だったら、お前。悪魔と取引する気はあるか?」

「ある! 大河を守れるなら、なんだってする!」

 

 ああ、そう言うと思ったよ。

 

「……よし、一旦退くぞ。ライダー!!」

 

 僕の叫ぶと同時に、上空で待機していた天馬が向かってくる。

 

「アレに乗って離脱するぞ!」

「わ、分かった!」

 

 僕達が逃げれば、ライダーも逃げられる。彼女のスピードなら、天馬を使わなくても問題なく離脱出来る筈だ。

 

「……狂いなさい、バーサーカー」

 

 不吉な声がした。

 

「おい、待てよ……」

 

 イリヤスフィールが呟いた一言で、バーサーカーの動きが変わった。

 信じられない。今まで、バーサーカーは狂化という、理性を代償に強大な力を発揮するクラススキルの恩恵無しで戦っていたのだ。

 一瞬にして、戦況は一変した。狂化によって急激にステータスが変化した事で、キュベレイの支配下からも離脱したらしい。

 

「ライダー!!」

 

 ライダーが遠くへ転がっていく。

 そして、バーサーカーは僕達の方へ向かってきた。

 万事休すだ。僕は正規のマスターじゃないから、令呪による強制召喚も出来ない。

 天馬も間に合わない。

 

「クソッ、やるなら俺だけをやれよ!!」

 

 絶望に暮れた瞬間、目の前に衛宮が飛び出した。

 

「ダメ!!」

 

 その衛宮を藤村が引っ張り、僕に向かって投げる。 

 

「ばっ――――」

 

 バーサーカーの剣が振り上げられる。もう、割って入る暇もない。

  

 ――――直後、彼方から無数の光が殺到した。

 

 ◆

 

「……凛。聞こえるかね?」

『ええ、聞こえているわ。どうしたの?』

「どうやら、サーヴァント同士が交戦しているようだ」

 

 紅い外套を纏うサーヴァント。アーチャーは懐から宝石で作られた鳥の人形を取り出した。

 それは彼のマスターである遠坂凛の使い魔だった。

 

「見えるかね?」

『ええ、問題ないわ。あれは、バーサーカーかしら? 相手は速すぎて分からないわね』

「上空に天馬が待機している。おそらく、ライダーだろう」

『バーサーカーとライダーか……。もっと接近出来る? ここからだと、さすがに遠すぎるわ』

「了解した」

 

 斥候を得意とするアーチャーは交戦中の二騎に気付かれる事なく戦場を見下ろせる高台に移動した。

 そして、彼は戦場にありえない存在を見た。

 

「……なっ」

『どうしたの?』

「いや……、凛。どうやら、一般人が巻き込まれてしまったようだ」

『一般人?』

 

 使い魔越しに凛は戦場を俯瞰した。

 

『うそっ……、あの二人が、なんで!』

「……どうする?」

『どうするって……、それは……』

「凛。これはチャンスかもしれない」

『チャンス……?』

「あのバーサーカーは明らかに強敵だ。単独で打破する事は困難と言わざる得ない。だが、あのライダーと手を組めばあるいは……」

『共闘しようって事!?』

「この状況を利用すれば、共闘出来る可能性は高い。マスターも傍にいるようだからね」

『でも……』

「迷っている時間は無いぞ、凛! このままでは、ライダーが倒されてしまう」

『ぅぅぅ……、ああもう! 分かったわよ!』

 

 戦場が動く。バーサーカーの動きが変化した。

 交戦中のライダーが吹き飛ばされ、巨人は無防備な観戦者達に襲いかかろうとしている。

 

『アーチャー!!』

 

 凛の声が届くと同時にアーチャーは矢を射っていた。

 一息の内に放たれた矢の数は十。その全てが正確にバーサーカーの斧剣へ突き刺さる。

 わずかに軌道が逸れて、バーサーカーの剣は空を切った。

 

「――――投影開始(トレース・オン)!」

 

 両の手に干将莫邪を取り出し、バーサーカー目掛けて投擲する。

 迫りくる双剣をバーサーカーが弾くが、その隙にアーチャーは大河達の下へたどり着いた。

 

「さがれ!!」

 

 大河の首根っこを掴み、士郎に投げつける。

 

「大河!!」

 

 士郎は大河を抱きしめると、アーチャーを見た。アーチャーも士郎を見る。

 交差する視線を先に断ち切ったのはアーチャーだった。

 

「ライダーのマスター、共闘を申し出る! ここでバーサーカーを打ち倒す気があるのなら、力を貸そう!」

「なっ!? いきなり現れて、お前は何を――――」

『ゴタゴタ言ってないで、今すぐに決めなさい、慎二!』

「その声、遠坂か!?」

『イエス!? それとも、ノー!?』

 

 慎二はバーサーカーを見た。そして、ライダーとアーチャーに視線を移し、最後に士郎と大河を見た。

 

「……遠坂! お前、分かってるだろうな! もし裏切って衛宮と藤村が死ぬような事があったら、桜はお前を絶対に許さないぞ!」

『――――ッ! ええ、分かってるわよ!』

「だったらイエスだ! こいつは衛宮を狙っている! だから、ここで倒すぞ! ライダー!!」

『やりなさい、アーチャー!!』

 

 二騎の英霊が動き出す。

 その瞬間――――、

 

「ずいぶん面白そうな事をしてるじゃねーか」

 

 軽薄そうな声が響いた。

 

「なっ!?」

 

 慎二は近隣の家屋の上に青い槍兵の姿を見つけた。

 

『ランサー!?』

「――――ッハ! 俺も混ぜろ!」

 

 ランサーは意気揚々と三騎の英霊が争う戦場に乗り込んだ。

 

「ランサー、貴様!」

「昨日の続きといこうや、アーチャー!」

 

 ランサーはアーチャーに槍を向けた。

 彼はマスターの命令を受けていた。それは、サーヴァントが揃う前に始まった戦闘の監視。

 そして、バーサーカーの消滅の阻止。

 如何にアーチャーとライダーが共闘しようとも、バーサーカーが易々と敗れるとは思わないが、ランサーは喜々としてその命令に従った。

 

「邪魔をするな、ランサー!!」

 

 アーチャーが吠える。

 彼がランサーに戦場から引き離された直後、再びライダーはバーサーカーと孤軍奮闘する事になった。

 荒れ狂う暴風と化したバーサーカーに、ライダーは怪力のスキルを最大まで発揮して、己の肉体が悲鳴を上げるのにも構わず限界を超えた機動力とパワーを発揮した。

 けれど、彼女の短剣はバーサーカーの斧剣を弾く事は出来ても、彼の肉体を穿つ事は出来ない。

 彼女は知っている。それが、彼の宝具によるものなのだと――――。

 

十二の試練(ゴッドハンド)……。厄介ですね」

 

 共闘すると言いながらランサーに攫われたアーチャー。だが、仮に彼との連携が上手くいったとしても、この大英雄を倒す事は至難だ。

 なにしろ、Bランク以下の攻撃は無効化され、一度受けた攻撃には耐性を得る。加えて、この化け物は十二回殺さなければ蘇生し続ける不死の呪詛を身に帯びている。

 

「どうすれば……」

 

 彼女が呟いた時、戦場に新たなるサーヴァントが現れた。

 青い影が戦場を疾走し、同じく青の衣を纏う槍兵に刃を向けた。

 

「――――貴様、アサシンか!」

 

 藍色の陣羽織を纏う侍。アサシンのサーヴァントはアーチャーに言った。

 

「アーチャーのサーヴァントよ。この男は私が貰い受ける。貴様は目論見通りにライダーと共闘し、狂戦士を討ち取るがいい」

「貴様……」

 

 アーチャーは一瞬の逡巡の後、ライダーの下へ走った。

 

「テメェ、ちゃちゃいれんじゃねーよ!」

「そう喚くな、ランサー。それとも、私が相手では不服か?」

「……ッハ、上等だ。山門の守りはいいのか?」

「さて、私は女狐の指図を受けているだけだ」

 

 アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、バーサーカー。

 五騎の英霊が入り乱れる戦場は瞬く間に瓦礫の山へ変わっていく。


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