【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第七話『戦闘潮流』

「来ないね、桜ちゃん」

 

 居間でみかんを齧りながら、大河がポツリと呟いた。

 

「急な用事でも、入ったのかもな」

 

 普段の桜なら、必ず連絡を入れてくる。よっぽど切羽詰った用事なのかもしれない。

 大河はしょぼんとした表情を浮かべた。

 

「……今日はエビグラタンなのに」

 

 毎週土曜日は桜と大河に料理を教えている。

 はじめは慎二に頼まれて桜にだけ教えていたんだけど、気がつけば大河も参加するようになった。

 大河は桜の事が大好きだ。料理教室に参加するようになったのも、桜と一緒に料理をする事が楽しいからだ。

 

「一応、電話してみるか」

 

 大河が元気をなくすと……、困る。

 まるで、燦々と輝いていた太陽が急に沈んでしまったような気分になる。

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第七話『戦闘潮流』

 

「……留守みたいだな」

 

 電話には誰も出なかった。やっぱり、急用が出来たのだろう。

 

「どうする? 今日はやめとくか?」

「……ううん。やる」

「そっか」

 

 大河はノロノロとエプロンと三角巾を身に着けた。

 なんだか、エプロンに刺繍されている虎まで元気をなくしているように見える。

 

「そうだ。グラタンが出来上がったら、桜と慎二に持っていこう。きっと、喜んでくれるよ」

「うん! そうする!」

 

 良かった。少し、元気になった。

 

「じゃあ、まずは手を洗って、ブロッコリーを切ろう」

 

 大河は意外と手先が器用だ。すぐにオリジナリティを出そうとするから、一人で料理をすると失敗するけど、そこさえ目を瞑れば包丁さばきは中々のものだ。

 トントンと軽快な音を奏でるまな板。俺はその間に鍋を用意する。

 

「出来たよ、士郎!」

 

 ドヤァと切ったブロッコリーを見せてくる大河。

 

「それじゃあ、水にさらして良く洗うんだ。……洗剤は使うなよ?」

「使わないわよ!」

 

 ガオーっと怒っているが、実際に昔やらかした事だ。

 その方がキレイになると本気で信じている目に、どうしたものかと悩んだ記憶がある。

 桜も天然というか、大河を信じて真似てしまい、かなりの食材が無駄になった。

 

「洗ったら水気を切らないで、そのまま鍋に入れてくれ」

「あれ? 水が入ってないよ? 茹でるんじゃないの?」

「蒸した方が栄養が水に逃げないんだよ。湯気が出たら火を止めて置いとくんだ」

「ほいほーい」

 

 それにしても、大河の口から茹でるという言葉が自然と出てくるとは、なんだか感慨深い。

 はじめの頃は、野生動物に道具の使い方を仕込んでいるような気分だった。

 

「なになにー? なんか嬉しそうだけど、どったの?」

「なんでもないよ。それより、蒸してる間にタマネギとマッシュルームを薄切りにするぞ。あと、忘れちゃいけないのがエビのワタヌキだ」

「オッケー! まかせたまえー!」

 

 大河は手際よくマッシュルームを切った後、タマネギを切り始めて悲鳴をあげた。

 

「ぅぅ……、染みるよー」

「大丈夫か? うーん、新鮮なものを選んだつもりだったんだけどな。じゃあ、タマネギは俺が代わるよ」

「……いい、私がやる」

「でも、目が痛いんじゃないのか?」

「いいの! 士郎まで目が痛くなっちゃうじゃない!」

「大河……」

 

 普段はハチャメチャな癖に、こういう時はドキッとさせてくる。

 上がりかけた心拍数を下げる為に、大河にバレないように深呼吸をした。

 

「出来たよ!」

「お、おう。じゃあ、次はエビの背ワタを取るぞ。爪楊枝を使うんだ」

 

 手本を見せると大河は目を輝かせた。コツがいる作業だけど、慣れると楽しい。

 夢中になって大河がホジホジしている間にソースの準備を始める。

 

「終わったよ!」

「じゃあ、次はベシャメルソースを作るぞ」

「ペルシャソース?」

「ベ・シャ・メ・ル。フランス料理でよく使われる基本的なソースだよ。まずはバターをフライパンで溶かすぞ。強火で焦がすと苦くなるから弱火でコトコトゆっくり溶かすんだ」

「はーい!」

 

 大河はフライパンにバターを入れると、楽しそうに箸で滑らせた。

 後ろに下がって見守っていると、三角巾の後ろから飛び出しているポニーテールがぴょこぴょこ揺れ動いている。

 ついつい掴みたくなる衝動に駆られるが、我慢だ。

 

「泡が出てきたら小麦粉を入れてかき混ぜるんだ。手早くな」

「うん!」

 

 大河は計量済みの小麦粉をゆっくり入れていく。

 ここでドサッと入れない辺り、成長が見える。

 初めてケーキを焼いた時はひどかった。三人揃って真っ白になってしまい、慎二に腹を抱えて笑われた。

 その後、怒った大河が慎二にも粉を投げつけて料理どころじゃなくなった事を思い出す。

 

「ダマにならないようにゆっくり混ぜながら牛乳を注いでいくんだ。何回かに分けて入れるとうまくいくぞ」

「うん!」

 

 途中で塩コショウとブイヨンを入れる。

 

「あと、これを乗せるんだ」

「なにこれ? 葉っぱ?」

「ローリエって言うんだ。香りつけにピッタリなんだよ。ただ、あんまり長く入れすぎると苦味が出てきちゃうから気をつけろよ」

「はーい」

 

 ソースを煮込んでいる間にお湯を沸かしてマカロニを茹でる。

 ソースが出来上がったら、今度はさっき下拵えをしたタマネギとマッシュルーム、エビをサラダオイルで炒める。

 

「うー、やる事が多過ぎるよー」

「まあ、グラタンはとくに工程の多い料理だからな。けど、あともう一踏ん張りだ。桜に食べてもらうんだろ? がんばれ!」

「……うん。がんばる!」

 

 頬が緩みそうになる。いかんいかん。

 

「よし、炒めた具材をソースと混ぜ合わせるぞ。それが終わったら耐熱皿に盛り付けて焼くだけだ。チーズとパン粉を乗せるの忘れるなよ。それが無いと台無しだからな。あと、ブロッコリーも」

「よーし、ラストスパート!」

 

 やばい。

 楽しい。

 

「……って、なにその顔!」

 

 いきなり、大河に睨まれた。

 

「えっ、どうした!? 変な顔でもしてたか?」

「してた! こーんな風に眉間に皺を寄せてたよ! 折角楽しく料理をしてるのに!」

「わっ、悪かった! ちょっと、工程が多いから疲れたのかもしれない」

「もう! ラストスパートなんだから、士郎も頑張ってよね!」

「お、おう!」

 

 バカヤロウ。何やってんだよ。

 せっかく、大河が楽しんでくれているのに、水を差すんじゃねーよ。

 

「士郎! ボーっとしてないで、耐熱皿を取ってよ!」

「あっ、ああ!」

 

 耐熱皿を出し忘れていた。余計な事を考えているからだ。

 楽しくて、幸せな時間に浸っていると、自分が許せなくなる。だけど、そんなのは俺の都合だ。

 

「よっと。これに盛り付けるんだ。丁寧にな」

「うん!」

 

 四つの耐熱皿にそれぞれ具を盛り付けて、チーズと粉をふるう。そして、最後にブロッコリーを乗せたら工程完了。

 我が家のとっておきのオーブンに耐熱皿を入れる。

 ずいぶん前に慎二が突然持ってきたものだ。桜がポツリと高性能オーブンが無いと作れない料理を作ってみたいとこぼした事が原因らしい。

 あとでデパートで見て値段にびっくりした。

 なんでも、慎二は株式なるものに手を出して稼いだらしい。

 

 ――――僕を誰だと思っているんだ? お前とは違って、僕にとっては端金なのさ。

 

 頼んでもいないのに見せてきた慎二の預金通帳には俺が見たことの無い数字が並んでいた。

 

「よーし、後は焼くだけだ」

「どのくらいで出来るの?」

「十五分くらいだ」

「おー! じゃあじゃあ、出かける準備をしようよ!」

「はいはい」

 

 気がつくと空が暗くなっていた。夕飯にはぴったりな時間だ。

 エプロンを外して出かける準備をする。

 

「あったかくしろよ。外は冷えるからな」

「士郎こそ、いつもみたいにシャツ一枚じゃダメだよ!」

「分かってるよ」

 

 準備が終わると、丁度良くオーブンから音が鳴った。

 取り出してみると、食欲を唆る香りが広がった。焦げ目も実に美味しそうだ。

 

「わーお! 出来た出来た!」

「ああ、バッチリだな! これなら桜も喜ぶぞ」

「わーい!」

 

 冷めてしまったらもったいないから、先に俺達の分を食べる事にした。

 大河はすぐに持っていきたがったけど、外に出たらさすがに冷めてしまう。

 

「う~~~ま~~~い~~~ぞ~~~!!!」」

 

 大河は一頻り吠えた後、頬を緩ませながらグラタンをパクパク食べ始めた。

 俺もグラタンを口に運ぶ。ああ、これは美味い!

 

「美味いぞ、大河! 頑張ったな!」

「えへへー、もっと褒めろー!」

「ああ、すごいぞ!」

 

 隣で指示を出していたとはいえ、これは大河が一人で作ったものだ。

 

「うまいな……、うまい」

 

 うまいという言葉しか出てこない。

 レストランで食べたものよりも断然上だ。

 

「ああ、もう無くなっちゃった」

「まだ、具は残ってるから焼けばいい。でも、まずは桜と慎二のところに持っていこう」

「うん!」

 

 耐熱皿に蓋を被せて、横にならないようにバッグに入れる。

 

「さあ、行くぞ」

「うん! えへへー、桜ちゃん喜んでくれるかなー」

「喜ぶに決まってるさ」

 

 桜も大河が大好きだからな。

  

「よーし、どっちが先に着くか競争だー!」

「ダメだ。走ったらこぼれちゃうぞ」

「うっ……、はーい」

「素直でけっこう」

 

 俺達はのんびりと間桐邸へ向かった。

 

「……あれ?」

 

 とっくにたどり着いている筈なのに、慎二の家が見つからない。

 

「おかしいな」

「通り過ぎちゃったのかな?」

 

 ちょっと、ボーっとし過ぎていたのかもしれない。元来た道を戻る。

 

「あれ?」

「あれれー?」

 

 三叉路まで戻ってきてしまった。

 

「えっと、こっちだよな?」

「うん」

 

 もう一度、慎二の家に向かって歩きだす。だけど、またもや通り過ぎてしまった。

 

「どうなってるの?」

 

 首を傾げる大河に俺も首をひねった。

 

「なにか探しもの?」

「え?」

 

 急に背後から声を掛けられた。

 振り向くと、昨夜帰り道で出会った少女がいた。

 銀色の髪に、真紅の瞳。彼女は面白がるように俺達を見つめている。

 

「えっと……、君は?」

「むぅ……。質問に質問を返したらイケナいのよ」

「わっ、悪い」

 

 つい謝ってしまった。

 

「うわー! 士郎! 誰なの!? すっごく可愛い!!」

「いや、俺もよく知らないんだ」

 

 そう言うと、少女はムッとした表情を浮かべた。

 

「あっ……えっと、その、君は俺とどこかで会ったことがあるのか?」

「……無い」

 

 ホッとした。これであると言われたら、俺はとんだ無礼者になってしまう。

 

「なら、俺に何か用があるのか? とりあえず、名前くらいは教えてくれ」

「ふーんだ。教えてあげない!」

 

 へそを曲げられてしまった。

 参った。この状況はどうすればいいんだろう。

 

「ちょっと、士郎。あの子、怒っちゃったよ? こういう時は、謝らなきゃ」

「いや、謝れって言われても……」

「もういい!」

 

 なにがもういいのか聞こうと思ったけれど、俺はいつの間にか彼女の隣に現れた存在に言葉を失った。

 それは、巨人だった。明らかに人外である事が分かる。

 

「えっ……、なに、あれ」

 

 大河も目を丸くしている。

 

「……やりなさい、バーサーカー! だけど、殺しちゃダメよ。そっちの女は好きにしていいわ!」

 

 巨人の目に剣呑な光が宿る。

 状況に理解が追いつかないけれど、一つだけ分かる事がある。

 

「……おい、好きにしていいって、どういう事だ?」

 

 ガチンと音を立てて、自分の中のなにかが変わる。

 いつもは時間を掛けてもすんなりといかない魔術回路の精製が刹那に完了した。

 

「ダメ、士郎!」

 

 大河を守るために動こうとしたら、逆に彼女に腕を掴まれた。

 

「逃げても無駄よ! バーサーカー!」

 

 大河に引っ張られて走り出したけれど、バーサーカーと呼ばれた巨漢はまたたく間に距離を詰めてきた。

 巨体のくせに、とんでもないスピードだ。

 

「士郎!」

 

 大河に引っ張られる。

 寸前まで俺がいた場所に岩を削った剣が振り下ろされていた。

 

「なっ、なっ」

 

 言葉が出てこない。

 そこには明確な死が存在していた。

 

「なんだよ、これ……」

 

 とにかく、大河を守らないと……。

 

「士郎に近づくな!」

 

 大河が叫んだ。

 

「バカ! 何やってんだ、さがってろ!」

「ダメ! コイツ、ずっと士郎を見てる!」

 

 大河の言うとおり、巨人の目は常に俺を睨んでいた。

 だったら――――、

 

「こっちだ、化け物!」

 

 大河から離れないといけない。

 化け物の狙いが俺なら、囮になる事で大河が逃げる時間を稼げるかもしれない。

 

「逃げろ、大河!」

「出来るわけ無いでしょ!」

「お、おい、バカ!」

「ニャー! さっきからバカバカ連呼し過ぎ!」

 

 大河は俺を追いかけてきてしまった。

 巨人が動く。

 

「だ、ダメだ。大河だけは絶対に!」

 

 俺が死ぬのはいい。こんな状況だ。生き延びられる未来があるとは到底思えない。

 だけど、大河が死ぬのは駄目だ。それだけは絶対に――――ッ!

 

「ちくしょう!!」

 

 俺は迫りくる巨人の前に躍り出た。

 

「殺すなら殺せよ! だけど、大河にだけは手を出すな!!」

「だ、ダメ! 士郎!!」

「■■■■■■■■■ッ!!!」

 

 巨人が吠える。巨大な剣が迫ってくる。

 もはや避けられない。いや、避けられたとしても動くわけにはいかない。俺の後ろには大河がいる。大河だけは守る。

 

 ――――衛宮!!

 

 瞬間、聞こえる筈のない声を聞いた。

 巨人の動きが止まる。その目が向いた先に、極光が走る。

 

「えっ……、流れ星?」

 

 大河が呟いた。

 たしかに、流れ星のように見える。けれど、俺はその光の中に親友の姿を見た。

 

「し、慎二!?」

 

 流星が迫る。俺は大河もろとも地面に転がり、そのまま大河の上に覆いかぶさった。

 直後、巨大な破壊音と共に巨人の叫びが轟いた。

 

「――――グッ」

 

 豪風に吹き飛ばされそうになる。

 必死に堪えていると、唐突に風が止んだ。

 

「……なにが」

 

 顔を上げると、そこには親友の姿があった。

 となりには紫の髪を靡かせる美女と、神話で語られるような純白の天馬がいた。

 

「……慎二?」

「無事か、衛宮」

「あ、ああ。でも、お前、なんで?」

「……決まってるだろ」

 

 慎二は言った。

 

「助けに来たんだよ!」

 

 慎二は怒りに満ちた顔で巨人を睨みつけた。

 

「ふざけんなよ、テメェ!! やるぞ、ライダー!!」

「かしこまりました、マスター!」

 

 一体……、何が起きているんだ。


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