【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第五話『解放』

第五話

 

 ――――そこは、地の底。

  

 水面のように地面が波打っている。よく見てみると、それは無数の蟲だった。

 不快に思いながら、召喚者を見る。

 

「サーヴァント・ライダー。召喚に応じて参上しました」

 

 召喚者は応えず、代わりに隣の青年が口を開いた。

 召喚者の名は、間桐桜。彼女の性格は戦いに適さない。それ故に、兄である間桐慎二がマスターとして戦う。

 なるほど、理屈は通っている。

 

「……戦いに適さない。ならば、何故、サクラに召喚を?」

「僕には魔術回路が無いからだ」

 

 ならば、召喚を諦めればいい。

 召喚を強要しておいて、まるで、気の弱い妹の為にマスターを代わろうとしているかのような態度が気に入らない。

 

「ライダー」

 

 慎二に対して敵意を向けると、はじめて桜が口を開いた。

 

「どうか……、兄さんの言うとおりにして下さい」

「……それが、マスターの望みなら」

 

 敵意を解くと、暗がりの向こうから一人の老人が現れた。

 不快な臭気が立ち込める。地を這う蟲が人を真似て、耳障りな音を鳴らす。

 一目で理解した。これは魔物。人を狂わせ、害をばら撒く化生だ。

 

「それ以上、桜に近づけば殺します」

 

 老人は動いていない。だが、足元を這いずる蟲は老人の体の一部だ。

 

「……いいの、ライダー」

「しかし、マスター」

「いいの……。ジッとしていて」

 

 蟲が桜の体に張り付き、彼女の体を穢していく。

 悍ましい光景に感情が荒ぶる。

 

 ――――ああ、彼女も同じなのだ。

 

 見た所、聖遺物のような物はない。彼女は、その身を触媒に私を召喚したのだろう。

 彼女の望まぬまま、彼女は化け物に変えられようとしている。いつか、私のように何もかも壊してしまう。

 

「……桜」

「兄さん……」

 

 蟲に何かを奪われた桜は膝をつき、慎二は彼女に駆け寄っていく。

 

「……ふむ。問題なく作れたようだな」

 

 老人が慎二に一冊の本を渡した。

 

「それは、偽臣の書だ。説明は必要か?」

「……要らない」

 

 老人は呵呵と嗤うと、姿を消した。

 慎二が桜を背負い、場所を移す。薄暗い談話室で、慎二は私の能力を詳しく話すように言った。

 私のスキルや宝具について話すと、彼は更に詳しい事を聞いてきた。

 

「……結界宝具が二つか。なぁ、宝具以外にも結界を張る術があるか?」

「無論です。キャスターのクラスに呼ばれるような魔術師には劣るかもしれませんが、結界に限らず、ある程度の魔術は行使可能です。少なくとも、現代の魔術師には遅れを取りません」

「そうか……。もう少し、詳しく聞かせてもらう。結界にも種類があるだろう? 例えば、光や音、気配を遮断するもの。物理的に人や物を通さないもの。魔術的な干渉を阻害するもの。人を遠ざけるもの。ざっと考えてみたけど、お前ならどこまで出来る?」

「全てです、シンジ。その程度ならば、造作もありません」

「……そうか。けど、魔術的な干渉の阻害は難しい筈だろう? どの程度までいける? 例えば、神代の魔術はどうだ?」

「神代の時代のものが相手では……、確実とは言えませんね」

「確実とは言えない。つまり、ある程度は阻害出来るという事か?」

「はい、ある程度まででしたら」

 

 慎二は瞼を閉ざし、熟考し始めた。

 途中、桜がお菓子と紅茶を運んで来てくれて、一緒に飲みながら待っていると、唐突に慎二が言った。

 

「……とりあえず、実験してみよう」

「実験……、ですか?」

「ああ、そうだ。今度、お前の結界の性能について色々と試してみたい。構わないな?」

 

 ◇

 

 その数日後、慎二の指示に従いながら、宝具以外の結界を試した。

 出来て当然の事を要求され、些か不可解に思いながら付き合っていると、魔力の干渉を阻害する結界を張った途端に彼は呟いた。

 

「……僕は臓硯を殺す」

「シンジ……?」

 

 急な言葉に戸惑う私を尻目に、彼は瞼を閉ざした。

 青褪めた表情で、脂汗を浮かべている。

 

「どうしたのですか?」

「……よし、よし、よし! 死んでない」

「シンジ……?」

 

 彼は言った。

 

「ライダー。これから話す事は決行まで二人だけの秘密だ。桜にも話すな」

「……どういう事ですか?」

「臓硯を殺す。お前の能力を聞いて、出来ると確信した。決行日は週末だ」

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第五話『解放』

 

 週末は先輩の家で料理を教えてもらえる日だ。

 ルンルン気分でエプロンや材料をカバンに詰めていると、兄さんがやって来た。

 

「桜。衛宮の家に行く前に付き合ってくれないか?」

 

 珍しい。兄さんが週末の料理教室に口を出す事なんて滅多にない。

 きっと、聖杯戦争絡みの事なのだろう。

 

「わかりました」

「悪いな。ちょっとした実験なんだ。すぐに終わるよ」

「はい」

 

 向かった先は学校だった。

 校内に足を踏み入れると、なんだか目眩を感じる。ここ数日、毎日だ。

 

「大丈夫か?」

「は、はい」

 

 カバンを落とさないように気をつけながら校内を歩くと、奇妙な事に気付いた。

 誰もいない。いつもなら、どこかの運動部が休日返上で練習に励んでいる筈なのに、声も気配も感じられない。

 

「ああ、人払いの結界だよ」

「結界の実験ですか?」

 

 そう言えば、ライダーが毎日結界の実験ばかりしていると愚痴を零していた。

 でも、兄さんは無駄な事を嫌うタイプだ。きっと、必要な事なのだろう。

 

「私はどうすればいいんですか?」

「ん? ああ、ちょっと待ってな」

 

 そう言うと、兄さんは偽臣の書を取り出した。

 同時にライダーが姿を現す。いつもと、何かが違う。

 

「さて、始めるぞ」

「え?」

「桜。僕を信じろ」

 

 兄さんは、偽臣の書に火をつけた。

 その暴挙に声を発する直前、ライダーが瞼を開いた。

 違和感の正体。それは、彼女が常に身に着けていたはずの眼帯を外している事だった。

 自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)。対象に歓喜と絶望の入り交じる混沌の夢を見せ、その力を封印する結界宝具。

 ライダーのサーヴァントは、その結界をその身に備わる魔性と魔眼(キュベレイ)を封じる為に使っていた。

 それが解き放たれた瞬間、私の体はまたたく間に石化していき、同時に風景が変化した。

 

「あれ? あれ? あれれ?」

 

 何故か、先輩と兄さんが私を囲んでいる。

 

『桜。お前って、本当に可愛いよな』

「ほ、ほえ!?」

『弓も料理もグングン上達してるじゃないか。桜は本当に頑張りやさんだな』

「ほえ~~!?」

 

 先輩と兄さんが普段言わないような甘い言葉を囁いてくる。

 なにこれ!?

 

『桜。好きだ』

『僕も愛しているよ、桜』

 

 頭の中が沸騰していく。

 ああ、これはライダーの宝具だ。絶望を取り払って、歓喜の夢だけを見せているんだ。

 だから、惑わされちゃダメよ、桜! ああでも、うぅぅぅぅ。

 

『赤くなった顔も可愛いな、桜』

『もっと見せてくれよ。お前がそばにいると、ホッとする』

 

 これはまずい。とってもまずい。

 

「ラ、ララ、ライダー。止めて、止めて! まずいから! すっごく、まずいから!」

『そんなに慌てるなよ、桜』

 

 ああ、先輩がキラキラしてる。

 

『お兄ちゃんがついてるぞ。お前は何も心配しなくていいんだ』

 

 兄さんまでキラキラしてる。

 ああ……、これは本当にまずいです。

 

 ◆

 

「どうだ、ライダー!」

「大丈夫です。今、桜の肉体と精神は完全にキュベレイとブレーカー・ゴルゴーンの支配下にあります。中に潜む害虫も暴れだす気配はありません!」

「よし! やれ!」

他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)!」

 

 視界が紅く染まっていく。体内から、何かが吸い出されていく。

 

「耐えてください! 一匹残らず溶かし尽くします!」

「ああ、頼む!」

 

 立っていられなくなった。急速に死が近づいてくる。

 目眩がして、吐き気がして、それでも必死に生にしがみつく。

 時間にして数秒。けれど、何時間にも、何年にも思えた。息絶え絶えになりながら桜を見る。

 

「デヘヘ……。だ、ダメですよ先輩。あっ、兄さんったら……エヘヘ」

「……お前、どんな夢を見せてるんだ?」

「そんな事よりもシンジ! 行きますよ!」

「おい、誤魔化すな!」

 

 ライダーが乱暴に僕と桜を抱える。

 いつの間にか、彼女の横には翼の生えた白馬が待機していた。

 

「さあ、これで終わりです!」

 

 天馬が新都のビルの屋上に降り立つと、ライダーは僕達を降ろし、再び天に舞い上がった。

 これで終わるとは思えない。だけど、確実に雁字搦めになっていた鎖を破壊する事は出来る。

 

「やれ、ライダー!!」

 

 僕の叫びが彼女に聞こえたかは分からない。

 ただ、その瞬間に彼女は莫大な魔力を解き放った。

 騎英の手綱(ベルレフォーン)。それは、ライダーの騎兵としての真の宝具。黄金の鞭と手綱によって、彼女の跨る天馬は自己の限界すら超えて疾走する。

 それはもはや隕石だった。一直線に間桐邸へ降り注いだ魔力の塊は、そのまま地面を砕き、地下に広がる空間を焼き尽くす。

 

「そうだ、ライダー。全部壊せ! 壊しちまえ! あんな屋敷!」

 

 無意識の内に涙が溢れた。

 

「……これで、ようやく」

 

 ライダーが戻ってくる。僕は涙を拭った。

 

「終わりましたよ、シンジ」

「……ああ、ありがとう」

「では、ここでお別れです」

 

 ライダーは釘のような短剣を構えた。 

 臓硯を殺すための計画を練った時、彼女は言った。

 

 ――――では、その計画が完了した後、私は自害します。

 

 はじめ、何を言われたのか分からなかった。

 理由を問い詰めると、彼女はアッサリと言った。

 

 ――――貴方の望みは、この計画で叶う。ならば、それ以降は戦う必要がありません。

 

 ふざけるな。お前にも望みがある筈だろう。そう言うと……、

 

 ――――ありません。……いえ、強いて言えば、この計画の完遂こそが私にとっての望みなのです。

 

 彼女は語った。己の過去、桜への思い、この計画が意味するもの。

 

 ――――桜を普通の子に戻してあげたい。ええ、それが全てです。ですから、計画が上手くいったら、そこでお別れです。

 

 その言葉に納得できたわけじゃない。だけど、臓硯を殺せば、僕達に戦う理由はない。

 

「……ライダー。せめて、桜が目を覚ますまでは待ってくれないか」

「それは……」

「頼むよ、ライダー」

 

 僕は必死に頭を下げた。

 返し切れない恩がある。だから、せめて桜にもお礼を言わせてあげたい。

 

「……分かりました」

「ありがとう」

 

 僕達は新居へ移動した。もっとも、新都の一角で、冬木大橋に近い場所だ。

 ライダーが加護を施してくれているから、ここにいる限りは安全な筈。

 僕は桜の目覚めを待ちながら、なんとなく昔話をしていた。

 昔は桜と不仲だった事。魔術に憧れ、養子である桜が間桐の後継者に選ばれた事を嫉妬した事。そして、桜に手を上げてしまった事。

 

「……そのような経緯があって、どうして今のような関係に?」

 

 それは純粋な疑問だったのだろう。

 端から聞けば、その時の事は僕達兄妹の間に決定的な溝を作った筈だ。

 

「少し、長い話に付き合ってもらえるかな?」

「ええ、お付き合いしますよ」

「ありがとう。あれは……、そう、とても日差しが強くて、暑い日だった事を覚えているよ」

 

 僕は語り始めた。

 真夏日に起きた出来事。僕の全てが変わった日。血塗られた惨劇を……。

 

「あの日……、禁じられた魔剣(虎竹刀)が解き放たれてしまったんだ」

「……虎竹刀?」


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