【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第三十話『王の責務』

「セイバー、嫁になれ!!」

「断る!! 何回目ですか、これ!!」

 

 弁当を持って道場に戻ると、王様は未だにセイバーを口説き落とせていなかった。

 けれど、最初のように険悪な雰囲気はない。

 

「王様! 弁当が出来ましたよ!」

「むぅ、もうひと押しというところで……」

 

 セイバーが大きなため息を零した。

 

「……貴方の前向きさには感嘆を覚える」

「ようやく我の偉大さが理解出来たか! ならば、嫁に来い!」

「同じくらい、貴方の面倒くささにウンザリしています」

 

 青筋を立てるセイバー。

 

「と、とりあえず食事にしないか? 王様がくれたサツマイモでいろいろ作ってみたんだ」

「……そうですね」

 

 セイバーは大人しく従ってくれた。

 

「サツマイモづくしだぞ!」

 

 大河と桜に手伝ってもらいながら弁当を広げる。

 

「同じ食材を使って、これほど多彩な料理を……!」

 

 目を輝かせるセイバーに、王様は雷に打たれたような表情を浮かべた。

 

「ば、馬鹿な! 無愛想を絵に描いたような女であるセイバーを、こうもアッサリ笑顔にしただと!?」

「だ、誰が無愛想を絵に描いたような女ですか!」

「ええい、シロウよ! よもや貴様、料理でセイバーの我への愛を奪う気か!?」

「奪うも何も、貴方に向ける愛など一切ありません!」

「本来ならば、女が男の為に尽くす事が常道。それを逆手に取り、男の身で女に尽くす! これが、ギャップ萌えというものかぁぁ!?」

 

 王様の叫びに、慎二がウンザリした表情を浮かべた。

 

「……おい、アイツは本当に英霊なのか?」

「自称かもしれんな。……しかし、この甘露煮はまだまだだな。レモンの汁を加え、更に一摘みの塩をふりかけるだけで味がグッと引き締まるものを」

「あんたも英霊なのか怪しくなって来たけどね。アーチャーやめてコックになりなさいよ」

 

 料理の品評を始めるアーチャーに遠坂がツッコミを入れている。

 

「先輩。この冷製スープって、前に作ったものと違いますよね?」

「ああ、あの時は豆乳を混ぜ込んだけど、今回は牛乳にしたんだ」

「はやく食べようよー!」

 

 桜と話していると、虎が吠えた。

 

「じゃあ、食べようか」

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第三十話『王の責務』

 

「……朝の続きだけど、聖杯が必要なのはセイバーだけでいいんだよな?」

 

 至高のサツマイモに舌鼓を打っていると、慎二が切り出した。

 

「いいんじゃない? イリヤが協力してくれる事になったから、わたしの目的は達成出来たし」

 

 キャスターが炊き込みご飯を食べながら頷く。

 

「協力って?」

「第三法の応用ね」

「……最初から、聖杯じゃなくてキャスターを喚べば良かったわ」

 

 イリヤがうなだれている。

 

「どうしたんだ……?」

「聞いてよ、シロウ! キャスターってば、わたし達の悲願をアッサリ達成しちゃったのよ!?」

 

 イリヤは涙目になりながら叫んだ。

 

「千年に及ぶ試行錯誤は何だったの!? 根源に到達する必要さえ無いじゃない!! 聖杯を作るための儀式の副産物だけで事足りていたなんて、もう! もう、もう、もう!」

「私を近代の魔術師の常識に当て嵌めないでちょうだい。今世の魔法使い達だって、私から見たら赤子も同然なんだから」

「……私、聞かなかった事にするわ」

 

 遠坂は耳を塞ぎながらアーチャーに煮物を食べさせてもらっている。

 その目はどこか虚ろだ。

 

「落ち込む必要は無いだろう。アインツベルンは第三法自体が目的だが、君の場合は第二法に至るまでの軌跡こそ重要なんだろう?」

「そうだけど……、そうだけど! そういう事じゃないのよ!」

 

 いろいろと複雑みたいだ。

 

「……とりあえず、わたしはキャスターに弟子入りする事にしたの。だから、アインツベルンも聖杯を放棄するわ。たぶん、そっちの方が早いし」

 

 渇いた笑みを浮かべるイリヤ。

 

「えっと……、遠坂はどうなんだ?」

「私も要らないわ。元々、聖杯戦争に勝つ事が目的で、聖杯自体に興味は無かったし」

「……となると、後はセイバーだな」

 

 みんなの視線がセイバーに集まる。

 気まずそうな表情を浮かべるセイバー。

 

「セイバー……」

「結末を変える事だ」

 

 応えたのは王様だった。

 

「アーチャー、貴様!!」

 

 掴みかかるセイバーの腕を掴み、王様はセイバーを組み敷いた。

 

「その様子では相も変わらずか、くだらん望みだ」

「貴様に何が分かる!!」

 

 殺意を漲らせるセイバーに、王様は言った。

 

「アーサー王よ。いつまで勘違いを続けるつもりだ?」

「勘違いだと……?」

「貴様は嘗て言ったな。『この身は既に国の物。女である前に王なのだ。故に己は誰の物のもならない。元より、この体にそんな自由は無いのだ』……と」

 

 王様は目を細めた。

 

「笑わせるな。国とは王の所有物に過ぎない。そこを履き違えているから、貴様は国に滅ぼされたのだ」

「……やはり、私と貴方は相容れない。唯我独尊にして、無慈悲なる裁定者よ。貴方には貴方の王道がある事を認めよう。だが、私にも私の王道があるのだ!」

「何故分からんのだ……。貴様が後生大事に守り抜いた国が、貴様に反旗を翻したのだ! ならば、そこで貴様の責務は終わっている! 貴様の言葉を借りるならば、貴様は国に捨てられたのだ! その上で尚も国を救おうなどと、愚かしいにも程がある!」

「……黙れ!」

 

 セイバーの体から魔力の旋風が吹き荒れた。

 残っていた料理が弁当箱ごと吹き飛ばされていく。

 

「セイバー。気高く、慈悲深く、孤高の王よ。貴様の清廉な輝きを、くだらぬ者達の為に曇らせるのは止めろ」

「……貴方は民を見ていない。だから、私が貴方を受け入れる事はあり得ない。彼らの営み、彼らの輝き、それを守るために剣を取った! 守ると誓い、王になった!」

「あの時代、あの情勢の中、貴様以上の結果を出せるものなどそうはいない! 何故、それで満足が出来んのだ!」

「出来る筈がない! だから、私は聖杯を望んだのだ! 国を滅びから救う為に!」

 

 置いてけぼりにされていた思考が、一気に追いついた。

 王様の怒り。それが何に端を発しているのか、ようやく理解出来た。

 

「セイバーは自分の為に聖杯を使うんじゃないのか……?」

「違うぞ、シロウ。この愚か者は国を守るために王になった。だが、その責務を果たす事が出来なかった。だから、『岩の剣は、間違えて己を選んでしまったのではないか』などという妄想に取り憑かれた」

 

 言葉を失った。それでは、あまりに救いがない。

 アーサー王の伝説は知っている。かの王が如何に苛烈な人生を歩み、凄惨な終焉を迎えたかも、本で読んだ事がある。

 王が歩んだ十年という軌跡。それを、彼女は無かった事にしようとしている。

 

「そんなの……、間違ってる」

「……シロウ。貴方までそのような事を言うのですか?」

 

 哀しそうな表情を浮かべるセイバーに、思わず喉を詰まらせた。

 

「当たり前だよ! だって、セイバーちゃんの望みって、選定をやり直すって事でしょ!? それでまかり間違って別の人が選ばれたら、今いるセイバーちゃんはどうなるの!?」

 

 そうだ。もし、違う人間が岩の剣を抜けば、アルトリアという少女は別の人生を歩む事になる。そこには一定の幸福があるかもしれない。

 だけど、今のセイバーは違う。彼女は過去のアルトリアと切り離され、その存在は……、一体どこへいってしまうんだ?

 

「タイガ。私は……、アルトリアは王としての責務を果たさなければいけません。その為に岩の剣を抜いたのですから」

 

 セイバーは迷いなく言った。

 

「王の誓いは破れない。責務を放棄すれば、それはみなに対する裏切りだ」

「貴様自身が散々裏切られてきた筈だろう」

「それでも、私は裏切る訳にはいかない。それが、私の王道なのだ」

 

 王様は大きく目を見開いた後、深く息を吐いた。

 

「……貴様は民を見ていると言ったな。ならば、何故シロウとタイガの言葉に耳を傾けない?」

「それは……ッ」

「我がこの二人に目を掛けているのはな、この二人が純粋故だ。子供の頃より、その気質は変わっていない。この二人が向ける感情や言葉に、嘘偽りはない。その二人が、貴様の願いを間違っていると断じた。それでも、貴様は一考すらせずに切り捨てる気か? それでよくもまあ、民を見ているなどと言えたものだな」

 

 セイバーは言葉を詰まらせた。

 

「……興が削がれた」

 

 そう言うと、王様はセイバーに背を向けて、その姿を消した。

 

「貴様に……、何が分かる」


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