【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第二十五話『Gather ye rosebud while you may.』

「朝から騒がしいわね」

 

 アーチャーが遠坂を抱えて出て行った後、キャスターが呆れたように言った。

 

「遠坂さん、どうしたんだろう……」

 

 大河が心配そうにしている。

 遠坂の様子は尋常じゃなかった。いつも悠然としていて、どこか浮世離れしている彼女があんな風に取り乱すなんて思わなかった。

 

「……大方、嫌な夢でも視たんでしょうね」

「夢……?」

「ええ、夢よ。あとで、何を視たのか教えてもらうといいわ」

「でも、夢なんだろ? それに、あんまり他人が触れるべきじゃ……」

「彼女の夢は、貴方の未来よ」

 

 よく分からない。

 

「……おそらく、彼女はアーチャーの過去を視たのでしょう」

 

 セイバーが言った。

 

「アーチャーの過去……?」

「そっか! だから、士郎の未来なんだね!」

 

 理解で大河に先を越された。すごくショックだ。

 

「なっ、なるほど……」

 

 そう言えば、葛木先生はキャスターの過去を視たと言っていた。

 サーヴァントとマスターの間には不思議な繋がりがあって、そこから互いの心の一部が流れ込むらしい。

 

「じゃあ、遠坂さんはアーチャーの過去……、士郎の未来を見て、あんな風に取り乱したって事?」

 

 不安そうに大河がキャスターを見つめる。

 

「そういう事ね。神秘の薄まった現代で英霊になるなんて……、間違いなくまともな人生を送っていないわ」

 

 大河は目を見開き、俺の服を掴んだ。

 

「大河……」

「そうね。それがいいわ。手綱はしっかり握っておきなさい」

 

 キャスターはクスクスと笑った。

 

「いっそ、首輪でもつけてみる?」

 

 そう言って、キャスターはどこからか犬用の首輪を取り出した。

 

「ちょっと待て! なんで、そんな物をもってるんだよ!」

「首輪……」

 

 大河は素直に首輪を受け取った。

 

「って、おい! そんな物、返しちまえ! っていうか、捨てちまえ!」

「えー」

「えー、じゃない!」

 

 俺達の様子を見てケラケラ笑うキャスター。

 なんだかな……。

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第二十五話『Gather ye rosebud while you may.』

 

 ランサーが消滅した後、俺達はそのまま柳洞寺へ向かった。

 アーチャーも合流して来て、境内に入ると彼女が待ち構えていた。

 お伽噺や、童話に登場するような魔法使いの姿に足が止まる。

 

「――――こんな夜更けに訪ねて来るなんて、行儀というものを知らないのかしら」

 

 息苦しさを感じる。バーサーカーのような怪物とも、ランサーのような英雄とも違う。

 その魔女は、あまりにも得体が知れない。

 分かる事と言えば、この女が街で起きている原因不明の昏睡事件の犯人だという事。

 そして、イリヤを攫った犯人だという事。

 

「イリヤを返せ、キャスター!」

 

 山に登る道すがら、セイバーから聞いた。

 魔術師の英霊であるキャスターのサーヴァントには、陣地を形成する権利が与えられてる。

 ここに来て、すぐに分かった。ここがヤツの陣地だ。

 目を凝らしてみれば、この境内に渦巻く魔力が街の人々の魂の欠片である事が分かる。

 

「テメェは……ッ」

「さがって下さい、マスター!」

 

 セイバーが前に出る。同時にアーチャーも弓を構えた。

 二対一。しかも、セイバーは最高ランクの対魔力を持っている。キャスターに勝ち目など無い。

 にも関わらず、彼女が浮かべたのは、艶やかな冷笑。

 

「如何に優れた対魔力を持っていても、それだけで勝てるとは思わない事ね。ここは神殿……、私の領域よ」

 

 そう呟くと、キャスターの姿が闇に溶け消えた。

 そして、上空に巨大な魔法陣が現れた。陣に注ぎ込まれた膨大な魔力が、次に起こる災厄を予見させる。

 あれはダメだ。放たれれば、セイバーはともかく、俺や大河は助からない。アーチャーでさえ、生き延びられたら奇跡だ。

 

「シロウ! 宝具を使います!」

 

 言葉と共にセイバーが不可視の剣を構える。

 突風が巻き起こり、その真の姿が顕となっていく。

 

「遅いわ」

「――――ああ、そうだな」

 

 風切音が響く。

 

「いつの間に!?」

 

 それは弧を描き、上空のキャスターを狙う白と黒。

 左右から襲いかかる双剣に、キャスターのローブを引き裂かれる。

 

「さすがですね」

 

 セイバーが感嘆した。

 キャスターが空間転移によって上空に移動するまでの一瞬に、アーチャーは双剣を投擲していたのだ。

 放たれた剣は、這うように地を滑り、時間を置いて上空に現れたキャスターに襲いかかった。

 あの男は未来の自分だ。だけど、今の俺には到底真似する事の出来ない絶技に、思わずため息が溢れる。

 

「って……」

 

 呑気に止まっていた俺達を尻目に、アーチャーは《次》に移行していた。

 地面に片膝を立て、弓を上空の魔法陣に向けている。

 弓にあてがわれているのは、螺旋の刃を持つ剣。

 銘は、カラドボルグ。ケルト神話に名を轟かせる一騎当千の英雄フェルグス・マック・ロイの愛剣。

 神話において、無敵と評されるその剣は、一振りで三つの丘を切り裂くという。

 

「―――― I am the bone of my sword.」

 

 矢の形に加工されたソレを、アーチャーは一節の呪文と共に放った。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 放たれた矢は大気を根こそぎ捻じ曲げながら魔法陣に直撃した。

 如何に緻密に編み上げられた術も、あれほどの一撃を受けては形を保ち続ける事など出来ない。

 粉々になった魔法陣が光の粒になって舞い落ちる。

 その幻想的な光景の中に、キャスターはいた。

 

「……アーチャー」

 

 押し殺したような声。彼女はセイバーを意識し過ぎたのだろう。

 たしかに、セイバーだけなら、彼女は勝っていた。

 

「仕舞いだ、キャスター。今のがとっておきだったのだろう?」

「……舐めないでちょうだい」

 

 キャスターがローブをはためかす。すると、その内側に光り輝く文様が浮かび上がった。

 

「悪足掻きを……」

 

 アーチャーの頭上に二十を超える刀剣が現れる。

 一つ一つが並々ならぬ魔力を含有する宝具だ。

 どれか一つでも掠れば致命傷を免れない。

 

「チェックだ」

 

 そうして、魔女の魔弾と弓兵の矢が放たれる寸前、彼らの前に光が溢れた。

 

「なっ――――ッ」

 

 二騎の英霊の動きが止まる。

 そこに現れたのは、救いに来た少女。そして、見覚えのある男。

 

「イリヤちゃん!!」

「く、葛木先生!?」

 

 全く予想していなかった葛木先生の登場に驚いていると、上空のキャスターが血相を変えた。

 

「なっ!? 何故出てきたのですか! それに、どうして……」

 

 イリヤとキャスターのやり取りは、想像していたものよりもずっと穏やかだった。

 

「これは……」

 

 遂には地上へ降りてきてしまったキャスター。

 話を聞いていると、どうやら葛木先生がキャスターのマスターだったようだ。

 イリヤも無理矢理連れ去られたわけでは無いらしい。

 

「……ここまでね」

 

 そう言って、キャスターは諦めたようなため息を零した。

 

「やりなさい、セイバー。ただ……、マスターは見逃して。彼は、魔術師ですらないのよ。ただ、私の依代になってもらっていただけなの」

「……よい覚悟です」

「待って!」

 

 叫んだのはイリヤだった。

 セイバーとキャスターの間に割り込んで、彼女は言った。

 

「キャスターを殺さないで!」

「……そこを退きなさい、イリヤスフィール」

 

 対するセイバーの声は冷たかった。

 

「せ、セイバー」

「マスター。イリヤスフィールの時は折れましたが、今度ばかりは……」

 

 相手はサーヴァントだ。それも、奸計に優れた魔術師の英霊。

 その危険性は、道中で嫌というほど教えられた。

 実際、この女は街の人々から魂を奪い、その生命を脅かしている。

 生かしておけば、更なる被害が生まれる事になる。

 その中には……。

 

「……ああ」

 

 止めてはいけない。多くの人間の害となる存在を生かしておいてはいけない。

 

「待って、セイバーちゃん」

 

 大河がセイバーの横をすり抜けて、イリヤの前に立った。

 

「なっ!?」

 

 慌てて連れ戻そうと駆け寄ると、大河は言った。

 

「イリヤちゃんはキャスターさんを助けたいんだよね」

「……うん」

「オッケー」

 

 そう言うと、大河はイリヤを抱きかかえた。

 

「じゃあ、士郎。帰ろう!」

「……は?」

「だって、戦いは終わりでしょ?」

 

 不思議そうな顔をする大河。

 

「いや、まだキャスターが……」

「イリヤちゃんは殺さないでって言ってたよ」

「でも、街に被害が出てるんだぞ!」

「あっ、そっか」

 

 大河はイリヤを抱えたままキャスターの下へ向かった。

 

「お、おい!?」

 

 慌てて腕を掴むと、セイバーが大河の前に出た。

 

「タイガ! 迂闊な真似は控えて下さい!」

「えっ、だって悪い人じゃないみたいだし」

「悪い人じゃないって、なんで分かるんだよ!」

「だって、イリヤちゃんが助けたいって思う人なんだよ?」

 

 ねえ? と大河はイリヤを見下ろした。

 

「え? う、うん」

「ほらね」

「ほらねって……」

 

 唖然としていると、大河はキャスターに言った。

 

「あの、キャスターさん」

「……なにかしら」

「あの、街の人達に迷惑を掛けるの、もう止めて下さい」

 

 直球だった。

 

「……もし、ここで私が『止める』と言ったら、貴女は信じるのかしら?」

「モチ! 信じるッス!」

 

 キャスターは苦々しい表情を浮かべた。

 

「普通、信じないわよ?」

「だって、キャスターさんは葛木先生の事が好きなんですよね?」

「なっ!?」

 

 キャスターの顔が真っ赤に染まった。

 

「いっ、いきなり何を言い出してるのよ! な、何を根拠に!」

「いや、見てれば分かるッス」

「なっ!?」

「もう、丸わかりッス!」

 

 キャスターが恐る恐る葛木先生の方に顔を向けると、先生は表情一つ変えずに「そうか」と言った。

 

「大好きな葛木先生の前では嘘なんてつけないッスよね?」

 

 ニッコリと笑顔で言う大河。

 キャスターが凄い表情を浮かべている。

 

「……じゅ、純粋な子かと思えば」

 

 顔を引き攣らせながら、キャスターは言った。

 

「思った以上に食わせ者ね、貴女」

「ふっふっふ、それほどでもあるのです!」

 

 ドヤ顔を浮かべる大河。

 

「……相変わらず、敬語がちょっと変だな」

「敬語だったのか!?」

 

 いつの間にか隣に来ていたアーチャーが驚いている。

 

「……そう言えば、昔は変な敬語を使っていたな。教師になって大分改善されたのだが」

「え? 大河、教師になるのか!?」

「ん? あ、ああ。英語の教師で、生徒からの評判もすこぶる良かったぞ」

「嘘だろ……」

「本当だ。ちなみに、弓道部の顧問もしていてな」

「シロウ! アーチャー! 敵の前で世間話を始めないで下さい!」

「ご、ごめん」

「す、すまん」

 

 セイバーに怒られた。つい、緊張感が薄れていた。

 

「タイガも、相手は生粋の魔術師です。簡単に心を許してはいけません!」

「えー、大丈夫だと思うよ? キャスターさんって、悪ぶっているけど、割りと良い人な感じするし」

「……どういう評価なのよ、それは」

 

 キャスターはウンザリした表情を浮かべた。

 

「……ふむ。このままでは埒が明かないようだ」

 

 そう言って、口を挟んだのは葛木先生だった。

 

「キャスター。お前は望みを叶える為に私が必要だと言ったな」

「は、はい」

 

 キャスターはなんだかビクビクした様子で応えた。

 

「故郷に帰りたいのなら、依代は私でなくとも良い筈だ。ならば、お前の望みは別にあると見た。違うか?」

「……いえ、違いません」

「そうか……。では、お前の望みを教えてくれ」

「え!?」

 

 キャスターは辺りを見回し始めた。

 

「あ、あの、ここで……、ですか?」

 

 顔が赤い。

 

「ああ、そうしなければ場が収まらない」

「……えぇ」

 

 キャスターは困っている。

 鈍いと言われている俺でも、キャスターの望みが大体分かってしまった。

 大河とイリヤはワクワクした表情を浮かべている。

 

「あ、あの……、どうしてもですか?」

「なにか、言い難い事情でもあるのか?」

「……いえ、その」

「がんばって、キャスター!」

 

 イリヤが応援した。

 キャスターは真っ赤な顔でイリヤを睨んだ。

 

「……これは、どうするべきなのでしょう」

「何故か、出歯亀みたいな状態になってしまったな」

 

 セイバーとアーチャーが小声で囁きあっている。

 

「……わ、分かりました。言います」

 

 ささやき声が止む。

 みんなが固唾を呑んで見守る中、キャスターは言った。

 

「……そ、宗一郎さま。わ、わたしは……その、あ、あ、あ、あな、貴方と……」

 

 頑張れと心の中で応援した。

 

「貴方と一緒に居たいんです!」

 

 言った。思わず「おお……」と声がもれてしまった。

 

「……それがお前の望みか?」

「は、はい……」

 

 緊張した様子で瞼を閉じるキャスター。

 手に汗を握る。

 

「それがお前の望みなら、私に異論はない」

「そ、宗一郎さま!?」

「お前が望む限り、お前の傍にいよう」

「宗一郎さま……」

 

 キャスターの目元に涙が浮かぶ。

 その姿はまるで一枚の絵画のようだった。

 

「……それで、その望みに聖杯は必須か?」

「え? いえ……、まあ、あれば便利ですけれど、無くてもやりようは……」

「では、解決だな」

「え? あ、はい」

 

 葛木先生が近づいてくる。

 

「そういうわけだ。そちらが見逃してくれるのならば、此方も手を出さない事を誓おう。私は、アレの傍に居てやらねばならない」

「そ、宗一郎さま……」

 

 へなへなと崩れ落ちるキャスター。両手を頬に当ててだらしなく涎を垂らしている。

 

「キャスター。それでいいな?」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 最初の威厳が完全に無くなっている。

 そこには告白に成功した乙女が一人。

 

「……帰るか」

「そうですね」

「そうだな」

 

 セイバーも剣を収めた。

 彼女とアーチャーはどこか遠い目をしている。

 

「キャスター!」

 

 イリヤがキャスターに声を掛けた。

 

「おめでとう!」

 

 嬉しそうに、彼女は言った。

 

「おめでとうございます!」

 

 大河も祝福の言葉を送る。

 

「あ、ありがとう」

 

 キャスターの頬はユルユルだった。

 

 ◆

 

 その後、イリヤがキャスターと一緒に居たがり、柳洞寺がボロボロになってしまった事もあって、キャスターと葛木先生は一時的にうちへ身を寄せる事になった。

 一悶着あるかと思ったが、慎二達もライダー謹製の使い魔を通して見ていたらしく、特に問題は起こらなかった。


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