【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第二十三話『魔女の烙印』

 裏切りの魔女。それが彼女を指す言葉である。

 コルキス王(アイエテス)の娘、メディアは魔術の女神たるヘカテーに教えを受ける巫女でもあった。蝶よ花よと育てられながら、魔術の見識を深めていた彼女の下に、ある時栄光を求める英雄達が現れた。彼らはコルキスの宝である《金羊の皮(アルゴン・コイン)》を求めていた。

 英雄達の頭であるイアソンに傾倒する女神アフロディテは、彼の為にメディアを呪う。

 呪いによってイアソンを妄信的に愛するようになったメディアは父王を裏切り、国宝であるアルゴン・コインをイアソンに与え、そのまま国を捨てた。

 追い掛けてきた弟を魔術で八つ裂きにしながら……。

 それは女神の呪いによるものだったが、英雄達は彼らの為に弟を殺した彼女を責めた。

 

 その後、イアソンと共に彼の祖国であるイオルコスを訪れた彼女は、彼との約束を違えたベリアス王と、その後継である三人の王女を殺すよう命じられ、実行した。

 すべてはイアソンに捧げる愛の為の所業。けれど……、

 

 ―――― 貴方の為に国を捨てたのに。貴方のために、何もかも捨てたのに……。

 

 イアソンは、その悪行を民に知られ、国を追われた。

 そして、彷徨の果てにコリントスという地に辿り着く。そこで、コリントスの王に認められた彼は、王の娘であるグライアとの婚姻を求められる。

 イアソンは、それまで愛を捧げ続けてきたメディアを、二人の子供と共に迷うこと無く捨て、グライアを娶った。

 泣き縋る彼女に、イアソンは言った。

 

 ―――― 国を失ったのはお前のせいだ。お前を愛したことなど一度もない!

 

 その言葉は、彼女のこれまでをすべて否定するものだった。

 女神によって正気を奪われ、彼の望むままに行ってきた非道の数々。

 人々から裏切りの魔女と蔑まれ、尽くしてきたイアソンに一度も応えてもらう事も出来ず、そして……、

 

 ―――― あは……。あははははは……。

 

 愛を裏切られた彼女は憎悪に身を焦がし、イアソンを奪ったコリントスを滅ぼし、グライアを焼き殺した。

 だけど、イアソンを殺す事は出来ず……、彼女はギリシャの地をさまよい続けた。

 もはや帰る事の出来ない故郷を想いながら……。

 

 ◇

 

 その光景に、不思議と惹きつけられた。

 

 ―――― 士郎に近づくな!

 

 少女は少年を庇い、

 

 ―――― 殺すなら殺せよ! だけど、大河にだけは手を出すな!!

 

 少年は少女を守る。

 

 まるで、お伽噺のようだ。迫りくる死の恐怖に対して、彼らは迷うことなく自分の命よりも愛する者の命を優先した。

 だから、手を貸した。適当な人間を操り、召喚させた方が都合がいい事を理解しながら、英霊召喚の陣を彼らの前に用意した。

 少年は魔術師として未熟である事が一目で分かっていたから、召喚されるサーヴァントも高が知れている。脅威になる事などあり得ない。

 そう、思っていた。

 結果、少年は考えうる限り最強のカードを引き当てた。

 バーサーカーを圧倒する武勇、あらゆる魔術を無効化させる対魔力、思わず見惚れてしまう程の気品、未熟者であろうとマスターを立てる性格。

 どれを取っても一級品。あの時ばかりは水晶を乗せていた机をバンバン叩いてしまった。

 だけど、セイバーがバーサーカーのマスターを始末しようとした時、少年と少女が同時に飛び出す姿を見てため息が出た。

 愚かと呆れたのか、その在り方に安堵したのか、自分でも分からない。

 ただ、その二人から目を離す事が出来なくなった。

 羨ましいのか、妬ましいのか、それとも……。

 

 イリヤスフィールに声を掛けたのは、彼女を利用する為だった。

 マスターである衛宮士郎や間桐慎二、彼らが最優先で守ろうとしている藤村大河と間桐桜。

 彼女はもっとも捕らえやすい立場にあり、そして、彼女自身が思う以上の利用価値を秘めていた。

 だけど、泣きじゃくり、居場所を求めて彷徨う姿を見て、気が削がれた。

 衛宮士郎と藤村大河に心を揺さぶられたせいかもしれない。彼女の姿が、生前の自分と重なった。

 帰りたい癖に、帰れない。まるで陸地の見えない海の真ん中で溺れ続けているような彼女の絶望が手に取るように分かってしまった。

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第二十三話『魔女の烙印』

 

 人が視覚を通して認識している世界など、所詮は表層に過ぎない。それよりも高位の次元には、森羅万象を定義する世界が広がっている。

 ある者はアカシックレコードと呼び、ある者はアストラル界と呼び、ある者は根源と呼ぶ世界。そこはすべての始まりにして、すべての終わりであり、そこには全てが存在する。

 遠い昔、一人の賢者が、その世界に足を踏み入れた。

 彼は、その世界に渦巻く無形にして不滅のエネルギー体に形を与える術を手に入れた。

 

 ある時、彼の下に数人の男女が現れる。彼らは、いずれ来る人類世界の破滅を防ぐ為に彼の技術を求めた。

 けれど、賢者の知恵は彼らの手に余るものだった。

 如何に師を真似ても、彼らは賢者の奇跡を再現する事が出来なかった。

 

 行き詰った彼らは、一つの考えに行き着く。

 それは、《奇跡の体現者である師と同一の存在を作り上げ、その者に奇跡を再現させる》というもの。

 

 九百年の歳月の末、彼らは遂に師と同等か、それ以上の性能を持つホムンクルス、ユスティーツァの鋳造に成功する。

 しかし、それは彼ら自身の技術や苦労とは関係のないまったくの偶然から生まれたものだった。

 彼らは、それを幸運とは思わなかった。むしろ、己の費やした労を嘲笑われたように感じ、自らの技術体系によってユスティーツァを超えるホムンクルスを創造しようと躍起になった。

 結果、彼らは挫折した。ある者は城を捨て、ある者は命を絶った。

 そして、ホムンクルスだけが残された。

 

 創造主を失ったホムンクルスは、それでも創造主の目指した理想と目的を叶える為に進み続けた。

 その果てに、ユスティーツァは己の肉体を基盤とした大聖杯の鋳造と、聖杯降臨の儀式を発案した。

 

 ◇◆◇

 

 円蔵山――――。

 この山の地下には、聖杯戦争の根幹を担う大聖杯が鎮座している。

 己の祖を近くに感じながら、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはキャスターの淹れたお茶を啜っていた。

 

「……なるほど。つまり、構ってくれないから家出したってわけね」

「ちょっと! まるで、わたしがわがままみたいな言い方しないでよ!」

「あら、見事な自己分析じゃない」

「キャスター! あなた、どっちの味方なの!?」

 

 キシャーと怒鳴るイリヤスフィールに、キャスターはクスクスと笑った。

 

「……なによ、いきなり笑うなんて失礼だわ!」

「二時間近くも愚痴を聞いてあげたんだから、このくらいは許してほしいわね」

「むー……」

 

 イリヤスフィールが剥れていると、襖が開いた。

 

「キャスター。客人か?」

「宗一郎さま」

 

 現れた男にキャスターが駆け寄っていく。

 つられて男の方に視線を向けると、イリヤスフィールは目を見開いた。

 

「……キリツグ」

「ん? ……ふむ、人違いをしているようだな。私の名は葛木宗一郎という」

「クズキ……、ソウイチロウ?」

「そうだ。どうやら、迷い子らしいな」

「迷い子……」

 

 イリヤスフィールはキャスターを睨みつけた。

 キャスターは素知らぬ顔で宗一郎に頷いた。

 

「泣きながら道を歩いていたもので、見るに見かねました」

「……なるほど。家の場所は分かるのか?」

「ええ、歩いても一時間と掛からない距離です」

「そうか……」

 

 宗一郎はイリヤスフィールを見下ろした。

 

「……事情は聞かない。落ち着くまで、ここに居るがいい」

 

 そう言い残すと、宗一郎は部屋を出て行った。

 

「今の……、あなたのマスター?」

「ええ、素敵な人でしょう」

 

 微笑むキャスターに、イリヤスフィールは奇妙な感情を抱いた。

 どこか懐かしく、どこか悲しく、どこか寂しい。

 

「……さて」

 

 キャスターは手を叩いた。

 

「それじゃあ、脱いでちょうだい」

「……え?」

 

 いきなり何を言い出すのかとイリヤスフィールは目を丸くした。

 

「もう一度、今度はじっくりと調整してあげる。中々の技術だけど、ツメが甘いわね」

「……好きにするといいわ」

 

 途端に哀しそうな表情を浮かべるイリヤスフィールのおでこをキャスターがつついた。

 すると、イリヤスフィールは急激な眠気に襲われた。

 

「ええ、好きにさせてもらうわ」

 

 ◆

 

 目を覚ますと、そこには宗一郎の姿があった。

 

「……ここは」

 

 起き上がろうとして、違和感に気付いた。

 

「あれ……?」

 

 自分の中から、何かが欠落している。

 同時に、何かが満ちている。

 

「……起きたか。では、キャスターからの伝言だ。余分なものは取り除いた。代わりに、必要なものを付与した。これで、無理をしなければ人並み程度の生を歩めるだろう」

「え……? それ、どういう……」

「さて……。生憎だが、私にも詳しい事は分からない。だが、アレはお前を気にかけていた。言葉通りの意味だろう」

「人並みに……、わたしが?」

 

 己はホムンクルスだ。ホムンクルスは短命である。故に、人並みの生など歩める筈がない。

 

「では、私も行くとしよう」

「行くって、どこに……?」

「外でランサーが戦っている。そして、キャスターも……。アレは私に隠れていろと言ったが、それは出来ない。伝言は伝えたぞ。帰り道が分からなければ、この寺の僧に聞くといい。皆、心根が善良な人々だ」

 

 そう言って、宗一郎は立ち上がった。

 

「まっ、待って!」

「……待つわけにはいかない。すでに、戦いは始まっている」

 

 去っていく宗一郎の背中に、嘗て味わった絶望を思い出す。

 

「待って! お願い、待ってよ!」

 

 体が上手く動かない。けれど、そんな事はどうでもいい。

 

「あまり無理をするな」

 

 足を止め、振り返る宗一郎の顔に、父の顔が重なった。

 分かってしまった。彼は止まらない。だって、父がそうだった。なら、父と同じ雰囲気を持つ彼も……。

 

「ねぇ……、あなたはキャスターを愛しているの?」

 

 質問の意図がわからなかったのだろう。宗一郎は眉を僅かに寄せた。

 そして、再び背を向けながら言った。

 

「……さて、これを愛と呼んでいいものなのかは分からん。だが、私はアレの望みを叶えてやりたい」

 

 不器用な答えだ。だけど、聞きたかった答えだった。

 魔力を循環させる。この身は聖杯。キャスターに弄られようとも、それがわたしの意義。

 願いを叶える事こそ、我が魔術回路の本領。

 

 ――――立ち上がりたい!

 

 理論など、どうでもいい。ただ、そう願うだけで魔術は成立する。

 起き上がり、畳の上に立つ。

 

「……わたしも行く」

 

 キャスターは、わたしを利用すると思っていた。

 だから、わたしをここに連れて来た。だから、わたしの体を弄った。

 そう思っていた。

 

「ソウイチロウ」

 

 わたしを見てくれた。わたしの涙を拭いてくれた。わたしの愚痴に付き合ってくれた。

 なにを思っていたの? なにを考えていたの? 

 

「行くよ」

 

 知りたい。だから、会いに行く。

 宗一郎の手を握り、祈る。

 

 ――――わたしはキャスターに会いたい。

 

 願いは蓄積された知識にアクセスし、適切な魔術を選び出す。

 再現された魔術の名は、《空間転移》。

 刹那の後、わたしと宗一郎は戦場に降り立った。

 目の前には赤と青のサーヴァント。そして、シロウとタイガの姿。

 そして、上空にはキャスターがいた。

 

「なっ!? 何故出てきたのですか! それに、どうして……」

 

 キャスターが悲鳴のような声をあげる。

 

「キャスター」

 

 わたしはキャスターを見上げた。

 

「……どうして、わたしを利用しないの?」

 

 答えは返って来ない。

 

「どうして、わたしに未来(いのち)をくれたの?」

 

 答えは返って来ない。

 

「あなたの望みって、なに?」

 

 答えは返って来ない。

 

「答えてよ、キャスター!」

 

 答えは……、

 

「……故郷に帰りたい。それが、アレの望みだ」

 

 宗一郎が言った。

 

「何故……」

 

 キャスターはフードの向こうで目を見開いた。

 

「……夢を見た」

 

 宗一郎はわたしを見下ろした。

 

「迷い子は、家に帰さねばならん」

 

 そう言うと、宗一郎はセイバーの前に立った。

 

「なっ、何をしているのですか! そこにいてはいけません!」

 

 キャスターが降りて来た。飛行というアドバンテージを捨てる事は愚行以外の何者でもない。

 それでも、彼女は迷わず彼を守るために地に降りた。

 

「何をしている……」

「それは此方のセリフです!」

「……私はお前の望みを叶えなければならん。二対一では勝ち目が無かろう。故に、片方は私が受け持つ」

 

 その頑なな態度に、キャスターの動きが止まった。

 

「……それは、だめですよ」

 

 そう力なく呟くと、キャスターはフードをおろした。

 

「それでは、貴方が死んでしまいます」

「構う必要はない」

「構いますよ。だって……、貴方を失えば、私の望みは叶わなくなる」

「依代が必要ならば、他を探せばいい。魔術師ではない私などより、よほど上等な者が他にもいるだろう」

「居ませんよ、貴方以上の人など」

 

 そう言うと、キャスターは微笑んだ。

 

「……ここまでね」

 

 裏切りの魔女と呼ばれた女。

 だけど、彼女は彼を裏切らない。裏切る事など出来ない。

 なぜなら、彼女は恋をしている。女神の呪いなどではなく、真の愛を知ってしまったから。


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