【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第二十二話『デスパレード』

 激突と同時に、石畳の階段全体に罅が入った。

 主が変わった事で、ランサーに掛けられていた令呪の縛りは解けている。故に、これは彼の全力だ。そして、セイバーはそれに応えた。

 沸き起こる歓喜の衝動に身を任せ、ランサーは更なる一撃を放つ。対するセイバーも渾身を以て迎え撃つ。

 その光景は、まさに疾風迅雷。渦巻く魔力は周囲に張り巡らされた魔女の結界を軋ませる。

 

「――――やるな、セイバー!」

「そこを退け、ランサー!」

 

 階段という不安定な足場を物ともせず、両者は縦横無尽に駆け巡る。

 もはや、人の目では負えない領域に達した彼らに、山門が消し飛んだ。石畳の階段は粉砕され、轟く烈風に押し上げられた。木々は薙ぎ倒され、上空を渦巻く怨霊達は悲鳴を上げる。

 士郎は大河を引っ張り、戦場から距離を取った。

 

「これがサーヴァント……」

 

 一度見た筈の光景。けれど、あの時の戦闘は、理性無き怪物に挑む勇者の戦いだった。

 これは、意志と意志をぶつけ合う英雄同士の決闘。

 見えない筈の激闘に、見惚れる。

 

「士郎!」

「えっ?」

 

 大河に腕を引かれた。すると、近くの木に矢が突き刺さった。

 

「これって、矢文?」

「なんて古風な……」

 

 矢には手紙が括り付けられていた。

 広げると、見覚えのある文字が踊っている。

 

 ――――合図と同時に令呪でセイバーを退去させろ。

 

 矢文の飛んで来た方角に顔を向ける。

 

「わかった」

 

 そして――――、

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第二十二話『デスパレード』

 

 アーチャーのサーヴァントは深山町の北部に位置する小高い丘に立っていた。

 一歩足を前に踏み出し、その鷹の目によって戦場を詳細に観察し、唇の端を吊り上げる。

 

「――――さて、いつぞやの意趣返しといこうか」

 

 アーチャーの左手には弓が、右手には刀身が歪んだ漆黒の剣が現れた。

 彼は弓の弦にその奇怪な剣を矢の如く番えると、引き絞り、一節の呪文を唱える。

 

「I am the bone of my sword.」

 

 静かに、重々しく、魔力が注がれていく。

 

「……小僧。タイミングを見誤るなよ」

 

 合図とは言ったが、御丁寧に信号弾を打ち上げるような真似はしない。

 

 ――――この殺気こそが合図だ。

 

 アーチャーはセイバーとランサーの戦場目掛け、必殺の一撃を放った。

 

 ◆

 

「――――来る!」

 

 何かが聞こえたわけでも、何かが見えたわけでもない。

 ただ、ソレが来ることが分かった。

 

「令呪、装填! 聖杯の誓約に従い、第七のマスターが命じる!」

 

 同時に、遥か彼方から一本の矢が放たれた。音速を凌駕し、矢は一直線に突き進む。

 彼方から放たれたソレは、察知した時点で既に手遅れな距離へ迫り、防ぐ事叶わぬ絶対的な破壊力を放出した。

 

「撤退しろ、セイバー!!」

 

 瞬間、セイバーが目の前に現れ、同じくして光と音が炸裂した。

 

「これは……、アーチャーか」

 

 セイバーは息を呑んだ。

 ついさっきまで彼女が立っていた場所には巨大なクレーターが出来ている。

 とてもではないが、爆心地に取り残されたランサーは生きていまい。

 

「馬鹿な……」

 

 その確信が、次の瞬間に覆された。

 青き槍兵は、巨大なクレーターの中心にいながら、尚も健在だった。

 その顔には鬼気迫る怒気と殺意が混在し、一直線に矢の放たれた方角を睨みつけている。

 獣が嗤う。そして、同時に第二波が放たれた。

 先程放たれた一撃とは比べ物にならない威力の矢がランサーに迫る。対して、ランサーは退かず、それどころか、踏み込んだ。

 

 もはや、彼の目には宿敵と定めた男の姿以外映っていない。

 交差する音速。ランサーは矢を魔槍でいなし、魔弾の主に向かって疾走する。

 

「なっ……」

 

 誰かが驚きの声を上げた。

 いなされた筈の魔弾が向きを変えた。矢は既に距離を半分まで縮めたランサーの背中を追い始める。

 一瞬捉えた鏃の名が脳裏に浮かぶ。

 銘は赤原猟犬(フルンディング)。例え弾かれたとしても、射手が狙い続ける限り標的を襲い続ける魔剣。

 ランサーも、追ってくる魔弾の性質に気付いたのだろう。迎え撃つべく足を止めた。そして、第三の魔弾が放たれた。前後から襲い掛かってくる必殺。

 如何に優れた英雄でも、あれを同時に防ぐ事など不可能だ。

 

「……あれは」

 

 忘れるなかれ――――。

 その赤槍を掲げし英雄は、あらゆる死線を潜り抜け、あらゆる逆境を跳ね除け、常に勝利し続けた英雄の中の英雄。

 絶体絶命などという言葉を、彼は当たり前のように踏み越える。

 魔力を叩き込んだ眼球が映したのは、光輝く文字の奔流。

 

「ルーン魔術か!」

 

 ケルト神話を代表する大英雄クー・フーリンは、影の国(マビノギオン)と呼ばれる地で武術の手解きと共に北欧の魔術を仕込まれたという。

 十八の原初のルーンは、極大の魔力を篭められた魔弾の挟み撃ちさえ阻む結界を構築した。

 

 だが、今度こそ詰みだ。

 アーチャーの矢は放たれる度に威力を増している。次の一撃は、ルーンの防壁をもってしても防ぎ切れない。

 それを悟ったのか、ランサーは進撃を行わず、その魔槍に魔力を篭め始めた。

 天高く舞い上がる青に、彼方の赤も応える。

 聖杯戦争の開幕を告げた二騎の英霊の宿縁は、ここに終結を迎える。共に必殺を放った直後では、迎撃に移行する事など不可能。

 例え逃げても、彼らの放つ必殺は地球の裏側まで追いかけていく。

 故に待ち受ける結果は両者相打ち。

 

「アーチャー!!」

 

 知らぬ内に叫んでいた。

 その叫びの意図を察したのだろう、大河も彼の名を叫んだ。

 そして、魔弾と魔槍は担い手の手を離れた。互いに主の怨敵を排する為、その真髄を遺憾なく発揮する。

 槍を放ったランサーに魔弾を防ぐ手立ては無く、彼は獰猛な笑みを浮かべながら矢をその身に受け入れた。

 だが、主の死が決定した後も、彼の手を離れた魔槍は止まらない。

 因果逆転の槍は、放たれた時点で結果が定まっている。故に、放たれた直後に主が滅びようとも、その疾走が止まる事はない。

 そして、最大威力の魔弾を放ったアーチャーには、それを受け止める盾を展開する余力がない。

 万事休す。もはや、彼の死は覆せない。その思考が理解不能な感情を呼び起こし、叫び声を上げさせる。

 

 だが、忘れてはならない。ランサーとアーチャーには決定的な違いが在る。

 それは、ただならぬ絆で結ばれた主の存在。

 アーチャーのサーヴァントは、己の意志ならぬ思念に突き動かされた。残らず使い果たした筈の魔力が瞬時に最大値まで充填される。

 そして――――、

 

「――――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 展開する七つの花弁は、以前よりも一層鮮やかに輝いた。

 本来ならば、犯してはならない禁忌。

 サーヴァントの裏切りを抑制する為に残さなければならない最後の一画を含む、令呪の重ね掛け。

 そうしなければ、如何に令呪で回復したアーチャーとて十八のルーンを装填した最大威力のゲイ・ボルグは防げないと理解しても、迷わずに決断出来たのは彼と彼女の絆の深さによるものだった。

 マスターはサーヴァントを信頼し、サーヴァントはマスターに応える。

 

「オォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 花弁が崩れていく。だが、彼は退かない。

 主の傍を離れ、イリヤの救出に向かいたいという、己の自分勝手な申し出を二つ返事で肯定し、今また切り札を使い切ってくれたマスターに対して――――、

 

 ――――不甲斐ない姿など、見せられるものか!!

 

 押し返す。残り一枚まで削られた盾は、瀬戸際で魔槍の猛攻を凌ぎ切った。

 

「……っへ、負けたぜ」

 

 ランサーのサーヴァントはそう呟くと、円蔵山に頭を向けた。

 

「悪いな」

 

 そして、彼の姿は霞の如く消滅した。


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