始まりは小さなことだった。
『…は……、おは…う、起きて』
「んぅ…」
ある日、お母さんではない誰かの声で目が覚めた。
起き上がってみると傍らに私によく似た女の子がいた。
『今日の朝ご飯は目玉焼きと食パンだよ』
いきなり自分に似た誰かを見た私は思わず悲鳴を上げてしまった。
悲鳴を聞いて飛び込んできたお母さんに抱き着いて、振り返らず女の子がいたところを指差した。
「知らない子がいるの!!」
「知らない子?」
少し間が空いて、「誰もいないわよ?」とお母さんの声。
「え?」
お母さんから離れて振り返ると、そこにはさっきの女の子はいなかった。
私が首をかしげていると、「怖い夢でも見たの?」とお母さんが聞いてくる。
「ほんとにいたんだよ。わたしとそっくりの女の子がいたんだよ」
「あら、そうなの」
お母さんはニッコリ笑顔で言っていたけど、あの時はかけらほども信じちゃいなかっただろうな。
「さ、朝ご飯食べましょ?」
さっきの女の子が言っていたことを思い出して、台所に戻ろうとするお母さんに「朝ご飯は何?」と問いかけた。
「今日は目玉焼きと食パンよ」
***
それから度々その女の子は、時や場所を選ばず出てきた。
例えば夜、小学校の宿題をしている時。
『明日、37ページの6問目の問題、当てられるよ』
「ほんと?」
『ほんとほんと』
例えば夕飯時。
「お父さん、今日は夕ご飯いらないんだって」
『お父さんは今、会社の人とお酒飲んでるよ』
「ふーん」
「何か言った?」
「ううん。ねぇお母さん。お父さん、今日は会社の人とお酒飲むの?」
「あら、どうしてわかったの?」
「何となくだよ」
例えば下校時、放置されてる誰かの傘を見たとき。
「誰か傘忘れてるね」
『あれは6丁目の○○さんの傘だよ届けてあげようよ』
「何で分かったの?」
『昨日ここに置き忘れて行ってたからね』
「ふーん」
そうやって過ごしていくうちにだんだん色んな事が分かった。
いつも出てくる私に似た女の子は、実は三人いること。
ポニーテールの女の子、わたしと同じのセミロングの女の子、ツインテールの子。
彼女たちは、未来、今、過去のことを教えてくれること。
わたしとだけお話しできること。
いつの間にか居て、いつの間にかいなくなること。
私以外には見えないこと。
そうやって、<私だけの友達>が見える様になってから数ヶ月たったある日。
「友美ちゃん、今日は病院に行きましょう?」
そう言われて、朝から病院に連れていかれた。
私は「病気じゃないよ?」って言ったけど、お母さんは聞いてくれなかった。
病院に着くと、お医者さんが私に色んなことを聞いてきた。
<私だけの友達>のこと。どんなお話をするか。一緒に遊ぶのか。いつも一緒なのか等。
私は全部正直に言った。友達が3人いることも、未来や今、過去の話をすること、遊んだりはしない事。時々出てくること。すべて正直に話した。
お医者さんの質問が終わったら、次は検査が待っていて、私は頭にヘルメットみたいなのを被せられた。ここまで来て私は、<私だけの友達>のことを調べられてるって気づいた。
検査が終わった後、お母さんは先生とお話があるって言って、私を待合室で待つように言った。
私はこっそり後を付けてお話を盗み聞きした。
「所謂、イマジナリーフレンドってやつでしょう。複数いるのは聞いたことありませんが、いつの間にか治りますよ」
「先生、友美が言っていた未来とかは何でしょうか?」
「んー、恐らく嘘でしょう。今まではたまたま当たってただけですよ。気にしなくて大丈夫ですよ」
ハハハッと先生は笑っていた。笑った先生を見て、お母さんも安心したように笑っていた。
『これからは見つからないようにしないとね』
「うん」
『お母さんに心配かけないようにしなきゃね』
「うん」
セミロングの友達に頷いて答えた。
***
『先生が電話してたよ』
「先生?」
病院に行った翌日の月曜日。
私はいつも通りに学校に登校して、二時間目の授業を受けていた。
『うん。昨日の先生』
「ふーん」
『ねぇ、気にならないの?』
セミロングの友達が、黒板の文字を写してた私の前に割り込む。
「ちょっと、見えないじゃん」
『ねぇ、気にならないの?』
もう一度、同じ問いかけ。
「...後でじゃだめなの?」
『後で居ればいいけど』
私は大きなため息をついてしまった。
基本的に彼女たちは神出鬼没で誰が出てくるか分からない。
聞けることは聞けるうちに聞いておくのがいいのだ。
「...早く教えて」
『もちろん!』
セミロングは嬉しそうにくるりと回る。
つられてスカートもふわりと浮き、髪も舞い踊る。
『私達のことを話してたよ』
「私達...?」
『うん、イマジナリーとか予知とか言ってたから多分間違いないよ』
「相手は?」
『詳しくは分かんないけど、男の人の声だったよ』
「そう...」
「せんせー!友美ちゃんがまたぶつぶつ言ってまーす!」
隣から子供の声に、はっとする。
「友美さん、どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません」
教壇にいる先生が心配そうにこちらを見ていた。
「そうですか?」
「はい、大丈夫です」
「それならいいですが...」と言い、先生は授業に戻った。
セミロングの子は、いつの間にかいなくなっていた。
***
「とーもーみーちゃんっ!一緒に帰ろ?」
授業も帰りの会も終わり、昇降口で靴に履き替えてた私に声をかけてくる女の子。
私の学校での唯一の友達の<あおい>だ。
「うん!帰ろ」
昇降口を出て校門から学校を出る。
「友美ちゃん、また出たの?おばけ」
「だからおばけじゃないんだって…」
「えー?だって<あおい>には見えないもん。いいなーおばけの友達」
私が<私だけの友達>が見えるようになったとき、相談したのが<あおい>だ。
彼女はおばけや占いなどその手のものが大好きで、もしかしたら何か知っているんじゃないかと思って相談したのだ。
結局、なんの手がかりも掴めなかったが。
「ねぇ、今はいるの?」
「ん~今は…」
いるときは大抵声をかけてくるからいないことは分かっていたが、念のため、周りを見渡す。
「…うん。いない」
「そっかー残念」
そうぼやき、<あおい>はポケットから小さな手鏡を取り出した。
「もしかしたら鏡越しじゃないと見えないのかなって思って色々用意したんだよ?」
「でも今まで見えなかったじゃん」
「それはそうだけどー…」
渋々といった感じで手鏡をしまう<あおい>。
そのあとは、夕方のアニメの話や宿題の話など、当たり障りない話をしている間に分かれ道に着いてしまった。
「じゃあ<あおい>こっちだから、ばいばーい!」
「ばいばい。また明日ね」
<あおい>と別れ、残りの帰り道を歩く。
『残念だけど彼女には私たちを見ることは出来ないよ、おばけじゃないからね』
「おばけも見えないけどね」
いつの間にか隣にツインテールの女の子が私の歩幅に合わせて歩いていた。
『いいや、あの子はおばけを見ることができるようになるよ』
「えぇ…」
『私たちは嘘をつかないよ』
「だってそれっておばけがいるってことじゃん」
『そうだね』
「いやだなぁ…」
『おばけ嫌い?』
「…ちょっと」
そうこうしているうちに家の前まで着いた。家の前には某宅配業者のトラックが止まっていた。
「お母さん何か頼んでたのかな?」
『さぁ?私には分かんない』
おしゃべりしながら玄関まで来て、ふと違和感に気づいた。
玄関に誰もいないのだ。
「…宅配屋さんじゃないのかな?」
靴を脱ぎ、居間の扉へ向かう。
「ただいまー。お母さん、おやつなーにー?」
そう言いながら扉を開く。
「ごめんねぇおやつは無いんだ」
聞きなれない男の声。そのことに疑問に思うと同時に足をかけて転ばされ、床に押さえつけられた。
「い…たい、何!?」
「友美!!」
お母さんの悲鳴が響く。
視線だけ動かすとお母さんも同じように見知らぬ男に床に抑えつけられていた。
「止めて!その子には何もしないで!!私はどうなってもいいから…!」
「そうは言ってもなぁ」
今の奥からもう一人、リーダー格と思わしき男が出てき言葉を続ける。
「俺ら、その子攫う為に来たんで」
「そんな…!?」
「嫌だ…嫌だよ!放して!!」
「くそっ暴れんじゃねぇ!!」
どうにか抜け出そうともがくが上からさらに強い力で押さえつけられてしまう。
これから何をされるのか、どこへ連れていかれるのか、言いようのない恐怖があふれ出し、目に涙がにじむ。
「勘弁してくれよ、俺だって心が痛いんだ。こんなちっちゃい女の子を攫うなんてさぁ!」
リーダー格の男は悲痛そうな声を上げるが表情は喜々としていた。
「全く、先生もいい仕事を寄越してくれるぜ。こんなちょろい仕事で大量の金が手に入るんだからなぁ!!」
「先生…!?」
授業中のツインテールの女の子の言葉を思い出す。
「先生…先生って、あの病院の…!?」
お母さんも私と同じ結論に至ったようで驚いた顔をしていた。
「チッ、おしゃべりが過ぎたか。お前ら行くぞ」
「そこの親はどうします?」
「適当に縛っとけ」
「うっす」
リーダー格の男は長居はごめんだと言わんばかりに逃げ出す用意を始めた。
「お願い…友美を連れて行かないで…お願い…!」
「うるせぇな!」
お母さんを縛っていた男がお母さんの頭を掴みそのまま床に叩きつける。
ゴンっと鈍い音と「うっ」とお母さんはうめき声を上げてそのまましゃべらなくなってしまった。
「お母さん!!」
「お前もうるせえな!!ああなりたいか!!?」
「でもお母さんが、お母さんが!!」
『大丈夫、死んでないよ』
ふと家に入るまでは聞こえていた声が聞こえた。
振り向くと部屋の隅にツインテールの女の子がたたずんでいた。
「なんで見てるだけなの…!?助けてよ!!」
「てめぇ…急に何を!!」
男たちには見えてないこともお構いなしに助けを乞う。
『何もしないんじゃないの。何もできないの』
「そんなの…そんなのって!!」
「くそっいい加減黙りやがれ!!」
髪を掴まれ引っ張られる。
『でも大丈夫。あなたは死なないし誰も死なない。絶対大丈夫よ』
「そんなの、分かんないじゃない!!」
『大丈夫だよ』
最後にツインテールの女の子の声とゴンッと鈍い音がして
そこで私の意識は途切れた。
***
夕暮れ時の事務所に、ぴりりりりりっと固定電話の音が鳴り響く。
休憩室のソファで微睡んでいた俺は「チッ」と舌打ちすると、跳ね起きて仕事部屋へ行く。
液晶画面には馴染みの番号が表示されていた。
再び舌打ちし、受話器を取る。
「はいもしもしマルチ事務所」
『よう<リーダー>!調子はどうだ?』
「ちょうど寝てたとこだよ」
『おっとそいつは失礼』
「それよりお前、この前の客ひでぇぞ」
『何かしたのか』
「俺たちのことを近所に言いふらそうとしやがった。あんな客二度と紹介すんじゃねぇぞ」
電話越しに「あちゃー」と声が聞こえる。
『あのおばさん、知り合いの好で教えてやったのに...。すまなかった』
「今後気をつけろ、それで?今日は何の用だ?」
『あぁそうだった』
電話越しにタイピング音が聞こえた。直後、仕事机の上のPCからメールの通知音が鳴る。
『仕事の依頼だ。詳しくはメールを見てくれ。資料も添付したから印刷してそのメールを消せ』
「...極秘なのか?」
『あぁ、ちなみに拒否権は無い』
「はぁ?!」
『じきに依頼主が面会に来る。それまでに資料に目通しとけ、じゃあな』
「あっちょっとおい!!」
俺の静止の声もむなしく、ぷつっと通話は切られてしまった。
「あんの糞野郎が…!!」
苛立ちに任せ受話器を叩きつける。
「あの…<リーダー>…?」
動物部屋から<ゆうすけ>が恐る恐るこちらを覗いていた。
「あぁ気にすんな。仕事のことだ。客が来るからちょっと用意してくれ」
「う、うん…分かった」
<ゆうすけ>に指示を飛ばし俺は届いたメールを開く。
内容を見て、さらに苛立ちが増す。
「こんな仕事、一方的に押し付けやがって」
スマホを取り出し、チャットアプリを開きメッセージを書き込む。
『緊急の仕事だ。手が空いてる奴らは全員至急事務所に来い』