「本当にありがとうねぇ~。あなたたちは<クロちゃん>の命の恩人だわぁ~」
「いえそんな。自分たちは大したことはしてませんので」
<ゆうすけ>の治癒が済んで起こされた俺は、すぐに依頼主に「依頼を達成した」と報告を入れた。
そして早5分、黒猫<クロちゃん>の飼い主のおばさんが早速引き取りに来たのだ。
「『学生ボランティア』とか『子供のごっこあそび』程度にしか思ってなかったんだけど、とんだ見当違いだったわぁ~。紹介してもらってよかったわぁ」
「いえいえ、そう思われても仕方のないことです」
そういって仕事部屋をぐるりと見渡す。
<いのり>、<ひかり>、<ひびき>、<ゆうすけ>、そして<リーダー>こと俺。
みんなこの近辺の中学、高校、大学に通う学生なのだ。
「本当に助かったわ。これ、少ないけどもらってちょうだい」
そういっておばさんは鞄から飴や煎餅など色々なお菓子が入った袋と、茶封筒を差し出してきた。
「これはこれは、ありがとうございます。みんなで分けさせてもらいますね」
そういって、二つとも受け取りニッコリと笑みを返す。
「それにしても早かったわねぇ。お願いしてからたったの1日しかたってないじゃない。何かコツとかあるのかしら?」
「それは企業秘密でして」
「あらそう?」
ホホホと笑うおばさん。子供の冗談だろうと思っているのだろう。
「さっ、私はそろそろお暇しようかしら」
「はい、今回は我がマルチ事務所をご利用くださりありがとうございました」
「あなたたちに頼んで本当によかったわぁ。そうだ!私、あなたたちのこと、ご近所さんに紹介して回るわぁ。結構困っている人多いのよぉ」
クロちゃんを抱きかかえ「よっこいしょ」と立ち上がるおばさん。
俺は極力落ち着いた口調で声をかける。
「それは結構ですよ。所詮、自分らはボランティアみたいなものですし。別に有名になりたいわけでも…」
「いいえ、あなた達みたいな子たちがこのままひっそりと活動するなんてもったいないわ。では、私はこの辺で」
「そうですか。では、<いのり>、<ひかり>」
「はい♪」
「了解いたしました!ニンニン」
二人に声をかけ右手首を上下に振って見せる。
「では、玄関までお見送りいたします♪」
「あらいいのに。ありがとうねぇ」
そして玄関にたどり着いた瞬間。<いのり>が取り出した聖書でおばさんの頭を殴りつけた。
ごすんと鈍い音がなり、おばさんの身体がふらりと傾く。クロちゃんを抱きかかえていた腕がだらりと下がり、クロちゃんが地面に着地する。
「よいしょ」
一緒についていた<ひかり>が脇からおばさんを支える。
<いのり>は聖書を肩掛け鞄にしまい、地面に降りたクロちゃんを抱きかかえる。
「じゃあどっかその辺の公園に気づかれないように置いて来てくれ」
「分かりました♪」
「では、行ってくるでござる」
そう言って、二人はおばさんとクロちゃんを抱え玄関から出ると、こちらに笑顔で手を振った。
かと思うと、二人の輪郭が不自然に揺れ、<いのり>も<ひかり>もおばさんもクロちゃんも跡形もなく消えてしまった。
開きっぱなしの玄関は一人でに閉じ、<ゆうすけ>と<ひびき>と俺だけが残った。
「あのおばさん、余計なことを…」
「ねぇねぇ<リーダー>!いくら?ねぇいくら入ってた!?」
<ひびき>が椅子の後ろから身を乗り出して聞いてくる。
俺は受け取った茶封筒の口を開き中身を取り出す。
「一万円札と…何だこりゃ?チケット?」
中には一万円札が一枚とチケットが5枚入っていた。
「ちぇこれだけか~。ねぇねぇそっちのチケットは?」
「レジャー施設の無料券だな」
「マジすか!?」
<ひびき>が俺の手からチケットを強奪しまじまじと見つめる。
「ここって最近近くに出来たとこじゃないですか!!プールがでっかいってことで有名な!行きましょうよ<リーダー>!みんなで!!」
「ん~そうだなぁ…。まずはみんなの予定を聞いてみなきゃならんな」
<ひびき>の手からチケットを取り返し、茶封筒に直す。
「幸い、これから夏休みだ。都合の合う日はいくらでもあるだろ」
「やたー!!じゃあ今度、<いのり>達と水着買いに行かなきゃ!!」
***
何か湿った、ざらざらしたものが触れた感覚がした。
「ん…、あら?」
目を開けると、愛猫のクロちゃんが私の頬を舐めていた。
「あらクロちゃん!帰ってきたのねぇ」
クロちゃんを抱きかかえ頬ずり。
ふと疑問に思い、立ち上がって周りを見回す。
どうやら近所の公園のようでベンチに座ってうたた寝をしていたらしい。
「あたしどうしてここにいるんだけ…ボケてきたのかしら?」
そしてあることを思い出す。
「そうだわ、急いで知らせないと…」
知らせる?誰に?
自分でもどうしてこう思ったのか全く分からず首をかしげる。
確かクロちゃんがいなくなって、探しても見つからなくて、それで誰かに探すのをお願いして…。
そこまで考えて、急に頭に靄がかかったような違和感を覚える。
「あらやだほんとにボケてきてるのかしら?いやぁねぇ」
何がどうなって今ここにいるのかは全く思い出せない。
だがいなくなっていた愛猫のクロちゃんは帰ってきた。私にとってはそれで十分だった。
「さっ、帰りましょう」