「<リーダー>!指示通りそちらに誘導したでござるよ!」
胸ポケットに入れたスマホからイヤホンを通じて、<ひかり>の声が聞こえる。
スマホを取り出しマイクを口に近づける。
「<ひびき>。そっち行ったぞ」
「了解!」
返事が返ってきたかと思うと続いて銃声が聞こえてくる。
いよいよ近づいてきた。
俺は用意していた網を取り、目の前の壁を見上げる。予定通り誘導されてくれれば、ここで待ってれば来るはずだ。
銃声はイヤホン越しじゃなくても聞こえるほど近くまで来ている。
「おらおら逃げろ逃げろー!!」
ついでにあのトリガーハッピー女の声も。
そして、壁の上から黒い影が飛び出す。
「待ってましたよっと!」
飛び出した黒い影を確認し、網を軽く放り投げる。
10。軽く握った右の手のひらを開く。とほぼ同時に投げた網が華を開くように広がる。
9。そのまま右手を天に衝くように翳す。網は広がった状態を維持し黒い影へ向かい、その体を捉える。
8。捉えたのを確認し、今度は物を握るように右手を閉じる。網はまるで口を閉ざすように黒い影をくるむ。
7。左手を右手の上に持っていき、まるでおひねりを作るように右手を捻る。呼応するように網が回転し、口を完全に閉じた。
6。そして右手をゆっくりと下す。すると網も同じようにゆっくりと降りてくる。
5,4,3,2,1。時間をかけゆっくりと下し、やがて地面に着いた。
「<いのり>、縛るぞ」
「はい♪」
後ろに控えてたシスターに声をかけ、一緒に網に近づく。
「今回は随分と厄介だったな。てめぇのお陰で大変だったんだぞ黒猫」
黒い影、網にとらえられた黒猫は不機嫌そうにシャーッと泣いた。
「はーい暴れないでくださいね~」
なお逃げようともがく黒猫にひるみもせず<いのり>は縄で網の口を結びだした。
「にーちゃんすげー!!」
どこからか幼い少年の声がした。
振り返るとサッカーボールを両手で抱えた、小学校低学年ほどの男の子が目を輝かせていた。
「にーちゃんの、その、ぐわーってやって、ばくってやるやつ!!どうやったんだ!?もしかしてちょーのーりょく?!?」
今の言い振りからして一部始終を見られたのだろう。本当にメンドクサイ。
「<いのり>」
「はい」
シスターが肩掛け鞄から分厚い本を取り出し少年へ近づいていく。
「ぼく~?ちょぉっと我慢してねぇ~」
そういうと、本を軽く振り上げ、
「せいや~」
気の抜けるような声と共に少年の頭へ振り下ろす。
ごすん、と鈍い音がして少年が抵抗もせずに地面に倒れ込む。
「<リーダー>~捕まりましたか~?」
壁の上から二つの陰がこちらを見下ろしていた。
一つはおかっぱ頭の少女。ただし服装はいかにも忍びといった感じ。
もう一つは頭に迷彩柄のバンダナを巻き、服は陸上自衛隊のような迷彩服。おまけに両手にはアサルトライフルと一般の女の子が持つとは到底思えないような恰好をしていた。
「捕まえたが見られた。そっちは?」
「こっちは問題無しです!」
「私の方も見られてないでござるよ」
「そりゃ上々」
と、お互いの戦果を確認しあっていると、
「う~ん…?」
先程、シスターに殴られた少年が目を覚ました。
「ぼく~?ここで寝てたけど、どうかしたの~」
シスターがさも何も無かったかのように話しかける。一方少年は、
「えっと…。あれ?何してたんだっけ?」
「眠いからってこんなところで寝ては風邪をひきますよ~」
「…うん、気を付ける」
何も無かったかのように目をこすりながら立ち上がり、「ばいばーい」と言いながら去って行った。
「上手く壊せたみたいだな」
「はい♪うまく壊せましたっ」
「じゃあ撤収~。その黒猫、さっさと引き渡すぞー」
「む、この猫殿、怪我をしているみたいでござるよ?」
「それは<ゆうすけ>に任せればいいだろ。依頼主には治ってから連絡する」
こうして4人、マルチ事務員たちは、彼らの拠点、マルチ事務所へと帰って行った。