あなたが手を引いてくれるなら。   作:コンブ伯爵

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50話 第七鎮守府雪景色

 

 

『────ジリリリリリリリリリ!!!!』

 

「「「「「!!」」」」」

 

 鎮守府の放送スピーカーからけたたましい警告音が響き、全員が跳ね起きる。

 

 この音が鳴るのは天災...地震などの速報を検知するか、鎮守府のどこかで火災や事故が起こった時、そして────

 

 

 

「全員警戒態勢!

 簡易艤装展開を許可する!!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

 

 ────敵襲、である。

 

 

 

『────あー、あー、聞こえるかしら?

 翔ちゃーん、食堂まで来てー!

 扉が開かないのぉ〜!!』

 

 

 

「「「「「......」」」」」

 

 

 

 張りつめた緊張感をぶち壊す間延びした声が響き...

 

 

「...警戒解除。」

 

「「「「「......」」」」」

 

 

 朝五時に(多分)変な理由で叩き起されたということもあってか全く返事がなく、何人かの艦娘からとんでもない目力で睨みつけられる。

 

 翔は逃げるように執務室から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

「(朝からあんな警報で起こすとは...一体何があったんだ...)」

 

 いくら間宮からの頼みとはいえ若干怒りをあらわにしながら、目を擦り階段を降りる。

 

 しかし翔は不思議なことに気付く。

 

「(そういえば、やけに暗いな...)」

 

 窓が真っ暗、何も見えないのである。

 冬の夜は長いことくらい翔もよく知っている。しかし、窓の外は朝日どころか、街灯すら見えないのだ。

 

「(朝に弱いとはいえ寝惚け過ぎか...)」

 

 広い玄関から扉を開け、数歩歩いた所で

 

「へぶっ」

 

 思い切り壁に当たった。

 ...いや、壁ではない。

 顔に残る水気と冷感、指を突っ込むとずぼりと沈む。

 

 これは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────全員起床!」

 

 執務室に戻るとほとんどの艦娘が寝ていたが、何人か起きている娘もいた。

 

「...んーーーっ、はぁ...提督、どったの?」

 

 寝惚け顔の北上がボキボキ背中を鳴らす。

 

「今日の遠征と訓練は全て取り消しだ。

 みんなに雪かきを頼みたい!」

 

 まだみんな睡眠が浅かったようで、うーんうーんと唸りながらも起き上がるが、事の重大さを理解していない。

 

 

「ししし司令官!しょ、食堂が、綺麗さっぱり無くなって...!」

 

「なーに言ってんのよ春雨、寝言は寝て言いなさ────」

 

 窓から顔を出した村雨が目を見開いて固まる。

 

 ただならぬ二人の様子を見て他の艦娘たちも窓に集まり、一面の銀世界を見て言葉を失う。

 

「そうだ。食堂は無くなったんじゃない...

 

 

 

 ────雪に埋もれたんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうすればいいんだ...とりあえず、工廠に行けばシャベルなりなんなり道具は揃うんだが...」

 

 日が登ってくる頃合なのに暗い玄関の前で、翔は頭を抱えていた。

 そういえば昨日天気予報で十年に一度の大雪とか言っていた気がしたのを思い出したり、気分が沈みこんでいたのだ。

 

「なーにうじうじしてんだよ提督!

 こういう時こそアタシらの出番だろ??」

 

「摩耶...っ!」

 

 バシバシと背中を叩き、まあ見てなと扉を開けるその後ろ姿はとても頼もしい。

 

「こういう邪魔なモンはいっちょガツンと────」

 

「うわあああ!やめんか!!

 簡易艤装とはいえ榴弾なんか撃てば玄関ごと吹き飛ぶぞ!」

 

 ガチャコンと砲を構える摩耶を、翔は慌てて止めた。

 

「そ、そうなのか...なんか、悪ぃな」

 

「いや、へこむことはない。私もみんなの意見を参考にするべきだと気づくことができた。ありがとうな。」

 

 なんとも摩耶らしい正面突破な意見だが、接触起爆の榴弾が雪に刺されば玄関爆破、貫通していったとしても何らかの建物を爆破することになるだろう。

 しかし摩耶の言う通り司令官である自分が下を向いていては何も始まらない。気合を入れて────

 

「しれーーかーーん!!」

 

 階段から大声で翔を呼ぶ雷。

 なぜか、本当になぜかは分からないが嫌な予感がする。

 

 声を追って二階に上がると────

 

「────うわあああ!止めろォ!!

 積もった雪にお湯なんかぶっ掛けたら取り返しのつかないことになるぞ!!」

 

 なんと二階の給湯室からホースを伸ばし、放水していたのだ。

 

「えーっ、どうしてよ!」

 

「これがあまり知られていないんだが、雪にお湯やら水やら掛けて溶かすと地面がツルッツルに凍って、まともに歩けなくなるんだ...」

 

「それはそれで楽しそうだけど...仕方ないわね。」

 

 ホースを巻き取りながら給湯室へ向かう雷。一息ついて窓を閉めよう...と思いきや、

 

「あっ」

 

「...一応聞くが、何をしているんだ?鈴谷。」

 

「い、いやいや、普通に雨樋から降りて工廠に...」

 

「どこが普通だ!危ないから上がってこい!」

 

「だーいじょーぶだって、ほら!

 もうこっからぴょいーんっと華麗に着────」

 

 

 

 ────も゛っ。

 

 

 

「鈴谷ぁーーーッ!!」

 

 不幸にもふんわりと積もっていた雪面に着地してしまったらしく、見えなくなるまで埋まってしまった。

 ...のちに刀を出した電に協力してもらい翔をロープで縛って宙吊りにし、UFOキャッチャーの要領で鈴谷は救出されたが...手先が霜焼けしてしまった。

 自業自得感もあるが、鎮守府のために動いてくれたことには変わりない。後で粉末のコーンスープでも作ってやるか...

 

 

 

「...いや待て、下に降りればいいんだ!」

 

 

 ひらめいた翔は、この前何枚か張り替えたフローリング板とビニール紐を持って再び宙吊りになる。

 

「か、翔さん...ほんとに大丈夫なのです?」

 

「大丈夫だ!下ろしてくれ!」

 

 電がロープから手を離し、ざきゅっと押し固めるような音とともに着地。

 

「(なんとか立てたが足取りはかなり重い...ストックも持ってくるべきだったか。)」

 

 翔は傷付いたフローリング板をビニール紐で足裏に括りつけていた。

 

 普段は足裏という狭い面に体重がかかり体が沈みこんでしまうが、板をつけることで接地面が広がり体重が分散され、雪の上に立つことができたのだ。

 その見た目はさながらスキーヤーである。

 

 片足ずつずらすように工廠までゆっくり歩き、例にもよって玄関はほとんど埋まっていたが、屋根が少し大きかったおかげで上から少し掘ると体を滑り込ませることができた。

 電気をつけてパンパンと手を叩き、

 

「みんなー!出てきてくれ!」

 

 大声で呼べば、どこからともなく妖精さんたちが────

 

 

 よくきたなかけるー

 

 

 現れたのはハチマキを頭に巻き、金槌をいつも持ち歩いている職人妖精だけだった。

 

「ここにいるのは君だけか?

 他の子はどこに行った」

 

 

 やねのゆきかきにいったぞ

 おれはこしがまずいからるすばんだぞ

 

 

 妖精さんにも腰痛とかあるんだな...

 

「そうか...思えばこれほどの雪が平たい

屋根の鎮守府に積もれば、最悪圧壊もあったな...

 よし、私たちが持てるサイズの道具はどこにあるかわかるか?」

 

 

 おう!ついてこい!

 

 

 

 ∽

 

 

 

「この数となるとなかなか、重いな...っ」

 

 

 おうおう、このていどでぐんじんが“ね”をあげるなよ!

 

 

 大きなシャベルやらスコップやらを両手に持ってがっちゃがっちゃと歩くが、妖精さんも同じくらいの量を頭の上に乗せて着いてくる。

 あの小さな身体のどこにこんなパワーがあるのかと聞きたくなるが、彼女たちもよくわかっていないらしい。

 

 とりあえず艦娘たちに道具を渡した後、まぶしい日の出に照らされながら食堂へ急ぐ。

 工廠と同じように屋根の近くを掘り崩して、するりと体を落とす。

 

「翔ちゃああああん!!」

 

 扉を開けると味噌汁のいい香りがふわっと広がり、エプロン姿の間宮が駆け寄って翔に抱きつく。

 

「他のみんなは大丈夫?鎮守府は潰れてない??」

 

「まあ、何とか大丈夫だ。ところで」

 

「寒かったでしょう?朝ごはん食べて温まってからでもいいのよ??」

 

 タオルを手渡して魔法瓶から...この香りはほうじ茶か────を注ぎ、椅子に座らせようとする間宮。

 

「ごめん姉さん、色々用意くれるのは嬉しいけど、みんなが頑張って雪かきしてくれているのに一人で飯を食ってるわけにはいかない。」

 

「行っちゃうのね...

 風邪ひかないくらいに頑張るのよ」

 

「ん」

 

「......」

 

「どうした、目を閉じて」

 

「行ってきますのちゅーは?」

 

「いや夫婦でもあるまいし────」

 

「......」

 

「......」

 

「...これでいいか?」

 

「......」

 

「姉さん?」

 

「えっ、あ、うん...行ってらっしゃい!」

 

「...おう。」

 

「......」

 

 扉の前で立ったまま細く深く息を吐き、手の甲を撫でる。

 

「────敬愛、かぁ...翔ちゃんらしいわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ここまでやればもう大丈夫だろう...」

 

 時は夕暮れの第七鎮守府。

 艦娘たちは文字通り重機のような剛力で雪をかき分け、海に押し出し、歩道から駐車場まで一通り道を確保できたのだ。

 

「みんなお疲れさまだ...今日はもう風呂で温まって早く寝ようか。」

 

「「「はーーい」」」

 

 玄関にシャベルを立てかけて鎮守府に入っていくなか、駆逐艦たちが寄って集ってきた。

 

「司令官!ちょっと来てほしいの!」

 

 村雨と雷に手を引かれ、電たちに背中を押されながら歩いていると、鎮守府わきやら窓際ににはいくつも雪だるまが立ち並んでいた。

 

「おお...凄いじゃないか!」

 

「でしょお!?龍田さんにも手伝ってもらったのよ!」

 

 ひときわ大きいものには人参と炭が刺さっていて、頭に高速修復材の空きバケツがかぶせられていた。

 

「でも、いつか溶けてしまうん...ですよね」

 

 少し俯いて、ぽつりと呟く春雨を見て翔はうーんと喉をならし、

 

「じゃあ雪だるまが溶けてしまったら、今日あったことは忘れてしまうってことか?」

 

「そ、そんなわけ!」

 

「今日一日みんなでこの雪だるまたちを作ったのは楽しかっただろう?

 たとえ溶けてなくなってしまっても、思い出はずっと残るんだ。

 ずっと、ずっと...なぁ。」

 

 両親の顔を思い浮かべながら優しく諭し、頭を撫でてやる。

 

「司令官さん...」

 

 春雨も納得してくれただろ────

 

「────なんだかいいことおっしゃってますが、なんで暁ちゃんを撫でくりまわしてるんですか?」

 

「...え?」

 

 手元を見るとものっすごい不満げな顔の暁が、こちらを見上げて

 

「バカ司令官!」

 

「へぶっ!」

 

 手に持っていた雪玉を顔面に投げつけられ、間抜けな声が出ると同時に、あの暁から罵倒されるということに得も言われぬどこか快楽じみたものを感じたが、翔は瞬時に危険な感情だと判断し、脳から消す。

 

「な、何を────」

 

「おマヌケしれーかん!」

 

 暁に続いて雷からも雪玉をくらい、後ろで春雨や電もせっせと雪玉を丸めているのが見えた。

 

「そうかそうか。

 お前たちがその気なら...仕返しじゃあ!」

 

「「「きゃーーーっ!!」」」

 

「ウガオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「はぁ...」

 

 マグカップに入ったホットココアを啜り、少し舌で転がして、ゆっくりと喉に通し...大きく息をつく。

 確かこの前、雑誌かラジオか忘れたが、専門的な知識や舌をもって客や料理に合う葡萄酒を選定するという、“ソムリエ”なる職業があることを知ったのだ。

 彼らは葡萄酒に関わる...飲む、仕入れる、保管するといったあらゆることを仕事とするという夢のような職だが、自らの舌を守るために辛みなどの刺激が強い食べ物を控えるという。

 衣食住の食を大きく制限されるとは、まったく大変な職である。

 ...ふとそんなことが頭を過ぎってもう一口ココアを啜ろうと思ったが、こんなひと袋500円程度の粉ココアにと考えると馬鹿らしくなり、窓枠にコトリとカップを置く。

 しかしひと袋500円程度とはいえ、私たち庶民にとってはとても美味く、心まで暖かくなる香りである。

 

「お隣、失礼しても?」

 

「大丈夫よ、お疲れさま。」

 

 椅子を隣に置き、私に習ってか窓枠にマグカップを置く。

 提督含む第七鎮守府の人には皆一つずつマイコップがあり、絵柄で誰のものか分かるようになっている。

 例えば彼女のカップには大きく『正射必中』の文字と、袴を来た人が弓を引いている影絵のようなものが描かれている。

 ちなみに私のカップはポップに描かれた“四葉のクローバー”が目印だ。

 ...こんなもので運が良くなれば苦労しないのだが、最近は風水と実力で埋めようと努力はしている。

 

「......」

 

「......」

 

 榛名や鈴谷の話し声が聞こえてくるほどに無言の時間が流れるが、気にする事はない。

 二人はお互いが口下手というか、雑談があまり得意でないことを知っているが故に、ただ無言で窓の外の日が沈みそうな海を眺めてココアを啜る。無言のコミュニケーション、と言ったところか。

 

『うおおおおおおお!!』

 

『『『きゃーーーー!!』』』

 

 無言を破るように窓から叫び声が聞こえ、二人は思わず立ち上がって覗き込むと、なかなか大きな雪玉を両手に提督が駆逐艦たちを追い回していた。

 

「...なーにやってるのかしら」

 

「全く...あの提督は大人なんだか、子どもなんだか...」

 

 二人でため息をついて座ろうというその時。

 

 

 ────チリリリリリリリン

 

 

 執務机の電話が鳴った。

 

「私が出ます。」

 

 私を手で制して、受話器を手に取る。

 

「はい、こちら第七鎮守府です。」

 

 受話器を耳にあてた彼女の目が見開かれ、

 

「あなた、は...

 ...今手が離せない状況なので、明日こちらからかけ直します。」

 

 相手の返答を聞いてから無言で受話器を戻すが、その手は少し震えていた。

 

「...どちらから?」

 

 ただならぬ様子から一瞬躊躇ったが訊くと、彼女は目を閉じて息を整えて口を開いた。

 

 

 

「────第六鎮守府の、浦部提督からです。」

 

 


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