「♭#▲※□&○$■*??!」
突然の激痛からか、腕を振り上げて叫ぶ“異形”。
薙刀の刺さった右砲腕は暴発を起こし、部品に紛れてぴちゃぴちゃと嫌な感触。
だが、この大きなスキを電は見逃さない。
────私は、まだ...ッ!
まとわりついている網を切り裂き、刀を腰の後ろまでめいっぱい引いて────
「────これで終わりなのです!!」
稲妻が如き神速で放たれた突きが“異形”の胸を貫くと同時に、電の視界は白く包まれた────
∽∽∽
『天皇万歳!!』
『戦艦 万歳!!』
────私は大和たちの存在が極秘だったこともあって、日本を代表する戦艦だと言っていいくらいに、みんなから慕われてきた。
それこそ、私と妹は日本の誇り、というカルタが作られるほどに。
妹と交代しながら連合艦隊旗艦を務めて、日本海軍の最前に立っていた。
...そういえば私が建造されたばかりの時、確か排煙が上手くいかなかったんだ。
色々試したら曲がりくねった煙突が効果的ということになって、その見た目で笑われたこともあったな。
まぁ、お陰で私は更に慕われるようになったのだが。
────私は世界にも名を轟かせたんだ。
私の主砲と同じ大きさの砲を積める戦艦は、世界に私含めて七隻しか居なかったんだ。
もっとも、長らく私の主砲が活躍する機会はなかったが。
────大和たちが建造されて、これまでの連合艦隊旗艦の座は渡してしまったが...それでも私は大和たちに並ぶ主力艦として、自分を誇りに思っていた。
大艦巨砲主義の風潮が薄れてきても、私は時代に合わせた細かな改装を繰り返して戦備を整えていたんだ。
────そして...太平洋戦争が始まった。
しかし大艦巨砲主義の去った戦場で、やはり私は潜水艦や艦載機の急降下爆撃に苦戦した。
ミッドウェー海戦にて満を持して出撃したのだが、交戦することはなかった。
夏場に大和と妹がトラック島に進出したが、私は日本本土で待機。
...私だけ置いていかれた。劣等感に苛まれた。
すぐに私も配属されることになったが...目の前で妹が爆発した。
私も最初は何が起こったか理解が追いつかなかった。
だが、目の前で沈んでいく妹の身体が現実をひしひしと伝えていた。
────戦況が厳しくなってきた捷一号作戦。
私は西村艦隊の旗艦に抜擢され、滾っていた。
何隻も仲間が沈み、妹も目の前で喪った。
...待ちに待った艦隊決戦。私も仲間を守るために戦える。敵を沈めるために砲を放てる。
そう思っていたのに、少将の命令でまたしても私は戦う機会を逃してしまった。
...スリガオ海峡に向かった西村艦隊が壊滅した報せが入ったのは、一ヶ月後のことだった。
────十月下旬、私はレイテ沖海戦に参戦した。ようやく私は戦場という戦場に立つことができたのだ。
しかし敵空母による大規模な爆撃を受け、数多くの戦友が傷つき...武蔵を喪った。
あまりにも大きな損害に、翌々日撤退命令が出た。
もちろん易々と逃がしてくれるわけがない。追撃してくる敵軍に百近くの主砲弾、五百を超える副砲弾を撃ち尽くした。
...私が主砲をまともに撃ったのは、この撤退戦が初めてだった。
────十一月中旬、ブルネイから日本への帰路。
敵潜水艦の襲撃を受けて、とうとう旧くからの戦友────金剛を、目の前で喪った。
────年明けて二月、ついに大和が沈んだ。
戦況は瞬く間に悪展し、七月の横須賀港空襲でボイラーを多数壊され、私は動けなくなったまま、放置された。
...目の前が真っ暗になった。
────それから一年後。
私は南の海に連れられた。
そこには見知った日本艦から敵軍艦まで、多数の艦船が浮いていた。
疲れきったのか下を向いて動かないもの、心を閉ざして虚ろな目で空を見るもの、既に死んでいるもの...
────ブロロロロロロロ
一機の艦載機が、空を飛ぶ。
そして一つ、奇妙な形をした何かを
────────────カッッ!!
次の瞬間。目の前の全てが白く染まり、身体中に焼きごてを捺されたような激痛が走った。
近くにいた酒匂は炎に包まれ、翌日には沈んでいた。
...なるほど、私に見合った最期だ。
────私は何隻もの戦友や妹を、目の前で喪った。
...いや、殺してきたのだ。
ことあるごとに出撃せず、見捨てて、逃げて、挙げ句の果てに喪ったなどと
鼠のように未知の兵器の実験台にされて、どこかも分からない南の海で沈む...
...私に見合った最期だ。
∽
殺してきた仲間たちへの懺悔を繰り返して、身体をじりじりと這う激痛に耐えて、二十日近くが経った。
この時間になると、どこか遠くから仲間...船の声が聞こえてくるのだ。
数にして何百隻という艦船...いや、武装されていない漁船の声だ。
私がここで苦痛を味わっている中、この漁船たちやその船員の命が助かっている...それが、私の唯一の安らぎだった。
────ざざざざざざ
一隻、船が近づく音。
見覚えのある形の
...やめろ
......やめてくれ!
────それだけはッ!!
今ここで“あの光”が起これば、確実に漁船群も巻き込まれることになる。
市民を...巻き込むのだけは...!
────だが、慈悲などなかった。
その船から、爆弾が海中に入れられる。
そして────
────────────────!!!!
遠くから数々の悲鳴が聞こえる。
何百隻の漁船のものだと認識した私は────
────白い世界で真っ黒に染まった。
────身体が傾く。
私と同じくらい大きな艦船も数多く沈む。
そろそろ、潮時かもしれない...
────いや。
────まだ、沈むわけにはいかない。
今も戦っている仲間が居るのだ。
自分の身体がドうなっているかはわからない。
だが生きている限リ、修復されて前線に立てるかもしれない。
いヤ、自分は今までマトもに戦ったことがないのだ。
ほラ、コんなニ綺麗ナ甲板。
傷ヒトツない砲。
補給モ既ニ終わっテいる。
ワタシは戦エル。
ワタシはびっぐせぶんガ一人、 なノダ。
戦わセてくれ...
戦イたい...
私は...
────月明かりが照らす夜の海。
一隻の戦艦が、沈んだ。
∽∽∽
「────っ?!」
...今のは何だったのだろうか。
“異形”の胸から刀を抜き、一旦距離を置く。
どうやら一瞬の間に先ほどの映像...いや、“記憶”...?が、頭に流れ込んできたらしい。
「────────!!」
異形は刀を抜いた胸から黒い霧を噴出し、ゆっくりと後ろに倒れる────
「────?」
しかし電は、“異形”を抱きとめた。
変わらず真円の眼球からギラギラとした殺意を放ってくる“異形”。
皮がぬるぬると破け、剥がれ落ちて滑るが...なんとか姿勢を維持する。
「────あなたはもう、戦ったのです。」
右腕の薙刀を引き抜く。
「あなたはほとんど敵艦と戦うことはできなかったけれど、市民や兵士を鼓舞して、十分に戦果を挙げられたのです。
...あなたはみんなを守ってくれたのです。」
持ち上げられない砲を構えようとする左腕に、そっと触れる。
「あなたはみんなの心の傷を代わりに負って、みんなの精神を支えてくれたのです。
あなたのお陰で、みんなが戦えたのです。
だから...もう、眠っていいのです。
────長門さん。」
「────────!」
その名前を口にすると、“異形”はほんの少し目を見開き────
「............う......ぃいん......................ぁ..............な...................?」
絶え絶えにそう言うと、ギラギラとした目の光がスーッと柔らかくなって。
...それはまさに、優しい人間の顔に
────カクンっ。
“異形”の首から力が抜ける。
目蓋が無くて目を閉じれず、顎が溶けただれていて口を開けたまま息絶えた“異形”。
...しかしその顔は、どこか人間らしかった。
電がそっと寝かせても、“異形”は海面に浮かんでいた。
『こちら本隊!
深海棲艦群が...沈んでいきます!』
『こちら翔、もしや...異形を倒したことによって、力を失ったのか...?』
ぽわ...
「......?」
横たえた“異形”の胸に、ふんわりとしたあたたかい光が灯る。
その光はだんだんと大きくなって、“異形”の身体を包み────
その光が霧散すると、一人の艦娘が横たわっていた。
手には何故か細長い布きれを────
「電ああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
遠くから暁の声。
本隊のみんなが駆け寄ってくる。
「電のバカ!
心配したじゃないの!!」
「電ちゃん...よかった...!」
みんなが電の無事を喜び、労うが...
「...!
電さん、その人は...」
加賀が気づいて、電に問う。
「異ぎ...」
しかし電はあっ、と口を抑え...
「────新しい艦娘さん、なのです!!」
第五章『災厄は光とともに』
完。
後書き
「第五章、これにて完結となります。
相変わらずの鈍筆、読者の皆様を平気で裏切るTwitter予告...ここまで読んだ頂いた皆様に本当に感謝しています。
次回投稿の座談会にて、五章を最初から振り返りつつ総括とさせていただきます。
...あともう少し、お話が続きます。
お付き合い頂けると嬉しいです。」
〜後日談〜
「────では、私の艦隊が発見したというのに元帥の指揮下に就く、ということですか?」
『まあまあ、そうカッカするでない。
翔くん、君のような歴の短い提督が長門君を指揮しても、他の鎮守府が色々と煩いじゃろ。
...なに、心配するな。
代わりに確実に戦力になるであろう艦娘を後日派遣するから...それで手打ちにしてくれ。 』
────マーシャル諸島近海で見つかった新たな艦娘...長門は大本営に引き渡され、代わりに第七鎮守府に一人の艦娘が派遣されることになった。
────そして今回第七鎮守府が撃破した新型深海棲艦は『深海異形姫』という識別名が与えられたが、以降現れることはなかった。
「────翔さん!」
「どうした電。」
「もし...平和になったら、この前の海に行ってみたいのです。」
「ほう、マーシャル諸島近海と言えば...ビキニ岩礁か!」
「かっ、翔さん!えっちぃのはダメなのです!」
「水着じゃないぞ...まぁ、語源にはなっているな。
ビキニ岩礁は昔、原子爆弾の実験場だったんだよ。」
「え...?」
「うむ。
作戦海域の近くの海岸が綺麗な円形に削り取られてなかったか?
あの辺りで原子爆弾・水素爆弾の実験を行ったせいで何百隻という漁船が沈み...または被曝して解体されたんだ。
確かに海や海岸は綺麗だが、負の遺産としての一面も忘れてはならない。
────そういえば、数多くの軍艦も爆破威力の実験台にされたんだが...確か日本艦もあったような...」
∽∽∽
「────?
長門、いつも出撃する前に何してるの?」
「ん?
陸奥か...あぁ、願掛けのようなものだ。」
「そう...私もいい?」
「うむ、もちろんだ!」
────大本営、陸奥と長門の相部屋。
壁の隅に細長い布が鋲で留められている。
その布は長門が艦娘として生まれたあの時から持っていた、漁船のノボリの一部だった。
その布には、辛うじて読み取れる文字が。
────『第五 竜 』