「やっと着いた、か...」
二日後、私たちは前線基地に移動していた。
...今夏大規模作戦で使われた施設がある程度残っていて、なおかつ食糧などは持ち込んでいるためまず困ることは無い。
出撃待機している皆を前に、翔は口を開く。
「今回の任務は敵中枢艦隊の撃滅だ。
...だが大規模作戦は成功しているはずだ、敵の残党が集まったようなものだろう。」
上からの命令で連合艦隊を組んだが、通常艦隊でもまず苦戦しないはずだ。
だが────
「いつも通り油断せず、大破艦が出たら即座に撤退しろ。
あと、残党艦隊の戦法は奇襲がセオリーだ。索敵を
数千年前...かのハンニバルのアルプス越えや、日本では織田信長の“桶狭間の戦い”がいい例だ。
あいにく海上には山も谷も無いから、敵艦隊の潜む場所などもある程度は予想がつく。
「そして何より、この前話した謎の深海棲艦に気をつけてくれ。」
謎の深海棲艦...それは数日前、元帥に電話を掛けた時に聞いたものだった────
∽
『────どうしたのだね、翔くん』
「元帥殿に今回の作戦海域について、いくつかお聞きしたいことが。」
明らかにおかしい今回の作戦内容。
詳細を訊くために、私は元帥に電話を掛けたのだ。
...しかし元帥は少し間を開けて、
『...やはり、それか。』
重苦しそうな声で、元帥が言う。
「やはり...というと?」
『それが...私も明日伝えようと思っていたんじゃが...
...まずは翔くん。君に謝らねばならない。』
「え?」
『懲戒作戦、と書いてあったはずだが...
────あれは嘘じゃ。』
「!?」
『敵の中枢基地を破壊し、我々が勝利した大規模作戦...じゃが、決戦を終えた艦隊の帰途に...大量の敵艦が突然現れたんじゃ。
まぁ、“えりーと”でもないただの駆逐・軽巡の集まりじゃった。私は殲滅命令を出したんじゃが...
謎の砲撃を受けて...小破手前の私の霧島が大破したんじゃ。』
「それは...本当ですか?」
元帥の戦艦と言えば、全艦娘でも屈指の耐久力を持っているはずだ。
それを一撃で大破させるのは...想像できない。
『私も驚いた。だが事実なんじゃ...
...駆逐軽巡が邪魔で、全員その砲撃のヌシを確認出来なかったんじゃが...唯一霧島が垣間見たんじゃ。』
「なんと仰ったのですか...?」
『うむ。大破した彼女曰く────
“何かに引っぱられて、近距離で砲撃を受けた。砲撃を受ける瞬間見えたのは...異形だった”...と。
霧島が大破して私は即座に帰還命令を出した故...その深海棲艦の能力は未知数じゃ。
確か第七鎮守府にはほとんどの艦種が揃っていて、尚且つに至近距離で無類の強さを持つ...電ちゃんがいるじゃろ。
...翔くん、君が頼りだ。』
「...分かりました。
ですが、私も危険と判断した場合...」
『勿論、迷わず撤退させるんじゃ。
他に聞くべきことは無いか?』
「...ありません。」
『うむ、では...懲戒作戦改め!
────“異形”撃滅作戦を発令するッ!!』
∽
今回の敵は強大...だが、翔自身が信頼している艦娘達が出撃するのだ。...負ける理由などあんまりない。
「────さぁ、出撃だ!」
「「「「「了解ッ!!」」」」」
∽
「やっぱ鎮守府で寝ときゃよかった...」
「き、北上ちゃん通信繋がってるから!」
「っていう鈴谷さんの言葉も提督さんに聞かれてるわよ〜?」
「しっかりしなさい、レディは愚痴を吐かないのよ!」
さっきからみんなの士気が下がりつつある。
...とはいえ、それもそのはずだ。
「そんなこと言われても、まだ出会うどころか索敵にも敵艦がかからないなんて...無駄な出撃...不幸だわ。」
「平和なことはいいことなのです。
それより、こういう油断している時に限って深海棲艦さんは襲ってくるのです!」
私が刀の柄を握り直すと、刀がパリパリと音を立てて“黒い電光”を発する。
∽∽
改造を頼んだ翌日。
夕張から刀を受け取った瞬間...薄暗い工廠に、カッ!と稲光が走る。
『?!』
驚く電を尻目に、夕張は戦慄していた。
刀が発電するわけないが、電気エネルギーが刀に発生したとすれば、それは別のエネルギーや“力”が電気エネルギーへと転換されて迸っているということだ。
(まさか...)
夕張は刀に発電機を埋め込んだりしていないし、この刀にエネルギーを蓄えるような細工はされていない。
しかしついさっき電が刀を握った瞬間、電気エネルギーが発生した。
エネルギー保存の法則に則り、何も無い所から電気エネルギーは生まれるわけがない。
(ってことは...)
電が触れたことを引き金にエネルギーが生まれた。
電が何らかのエネルギーを持っていて、それが刀を通して発散された...と言える。
(これが...!)
電が持つこのエネルギー...“力”こそが、夕張の...いや、世界中の研究者の追い求めていた────
(────“艦娘の力”の証明...)
∽∽
────そんなことをつゆ知らず、電はパリパリと音を鳴らしながら海を駆ける。
「それにしても、とっても綺麗な海ですね...!」
春雨がくるりと見渡しながら言う。
マーシャル諸島沖の海は青く綺麗に澄んでいて、電はついこの前の沖縄を思い出した。
そもそもこの作戦海域はオセアニア屈指の自然観光スポットであり、多くの客で賑わっていたそうだ。
...深海棲艦が現れるまでは。
「平和になってから一度来てみたいわね...」
はぁ...と息づく村雨。
電も行きたいと思ったのだが、艤装がなければ目がほとんど見えないのだ...景色を楽しむことはできないだろう。
────もし、深海棲艦という敵が居なくなれば...艦娘という存在は必要なくなってしまう。
平和な世界に艦娘はいらない。
平和な世界に艤装はいらない。
他のみんなは自衛隊員として働くなり、社会に出て働くなり、人間として生きていけるかもしれないが...電はどうだろうか。
最悪解体...いや、解剖...艦体実験...もっと酷い未来が待ってるかもしれない。
それは
『!?
みんなの近くに多数の深海棲艦の反応が出ている!
至急隊形を組み直せ!』
インカムから翔の焦った声が聞こえると同時に、レーダーが多数の反応を捉える。
「おい加賀ァ!!
てめぇ偵察機飛ばしてたんじゃねーのか?!」
突然のピンチに声を荒らげる摩耶。
「いえ、私の子が見逃すはずがありません。
...恐らく海中に潜伏していたのでしょう。
!
偵察機より入電。
敵艦は数は多いですが、おおよそが駆逐艦...個々の能力は高くありません。」
「まだ不幸中の幸い、ってとこかしら?」
ガッシャコン!と装填音を響かせて、山城が狙いを定める。
「私の爆撃機と山城さんの超長距離砲撃である程度数を減らします。
...残党処理、任せました。」
「「「「「了解ッ!!」」」」」
∽
敵艦隊が迫ってくるのを目視で確認。
矢筒から九九艦爆を取り出し、素早く丁寧につがえる。
第七鎮守府に限らず、あらゆる戦いにおいて海中からの奇襲はほとんどない。
今回は運が悪かっただけだ...と割り切って、呼吸を整える。
どんな非常事態でも、私が落ち着いて弓を引けば...私の子たちはしっかり仕事をこなしてくれる。
私は自分の子を信じているし、この子たちも私を信じてくれている。
「(みんな...いい子たちですから。)」
放たれた艦爆は炎のような光とともに、艦載機の形に変わって飛んでいく。
(頼みましたよ...!)
∽
加賀さんが発艦した爆撃機に着いていくように、私も刀を構えて前進する。
多数の敵が対空砲火を浴びせているが、その程度では加賀さんの艦載機は墜ちない。
...前方に三体の敵影を確認。
『こちら電、左端の小隊を引き付けます!』
『『『了解!』』』
軽巡、駆逐、駆逐...行ける。
────いや、何か様子がおかしい。
敵艦の装甲がひび割れ...あるいは欠けていたり、言うなれば欠陥品のようなボロボロの状態なのだ。
特に目立った艤装は着けていない。
...装甲が薄いぶん勝ち筋が太いと考え────
────ドバン!!ドバン!!
突如響く爆発音。
『今の音は何だ!』
山城の砲撃音とは似て非なる爆音を聞き分けたのか、翔さんが問う。
『こちら加賀...第一爆撃部隊の八割が墜落...壊滅的な被害です。』
私に気付いた軽巡ヘ級が右腕の主砲を向け、二体の駆逐イ級もばら撒くように牽制射撃を浴びせてくる。
『わかった。第二攻撃隊の発艦を中止、偵察機で今の砲撃の元を探るんだ!』
船速を一杯に入れ、自分に当たる弾だけを斬り払いながらへ級に急接近。
『了解、発艦します。』
こちらに向けている砲を思い切り蹴り上げて、がら空きの胴体を薙ぐ。
...刃の通りかたが今までと段違いだ。
これも怨恨晶の効果なのだろう。
ドバン!!
前方...敵の群れの奥から先程の砲撃音が響く。
『こちら摩耶、上空に警戒しろ!何か降ってくるぞ!!』
左右に展開したイ級が挟み撃ちを狙ってくる。
だが、所詮は駆逐艦た。
『こちら北上〜。これは...ネジとナット?』
左方のイ級に接近、背後から撃たれないようジグザグ航法で駆ける。
『きゃっ!
なにか...絡みついてる...?』
『春雨、どうしたの!?』
口の中から覗く砲を断ち、袈裟懸けに刀を振り下ろす。
『これは...網?
やっ...助けてっ、引きずり込まれ...ッ!』
『こちら鈴谷、このままじゃあの群れの中に春雨ちゃんが!』
『電!例の攻撃のようだ、三時の方向に居る春雨の救助に回れ!』
「了解なのです!」
ついさっき斬り捨てたイ級の砲身を、背後のもう一体のロ級に思い切り投げつける。
装甲が最初から剥げていたおかげで側部に突き刺さり、大きく怯んだ。
『痛い...誰か...ッ......助け...!』
(今のうちに...!)
集中砲火を浴びている春雨に接近し、通りすがりに絡みついていた網を斬る。
「げほっ、こちら春雨...ごめんなさい...中破、しました...」
『春雨、生きていてよかった。
戦艦・巡洋艦は波状砲撃、敵に装填の隙を与えるな!
今のうちに春雨は後方に離脱。榛名の後ろに隠れろ。
電は船速一杯に入れて敵群後方に回り込んだら、謎の敵艦の情報を伝えてくれ。
装備・艦種だけでも分かれば対策を練れる...!』
『『『了解ッ!!』』』
『あの...こちら春雨。
私、引きずられてる時に...見ました。』
『何?!
ゆっくりでいい、正確に教えてくれ!』
翔さんの指示通り、右側面から大きく回り込むように進む。
砲撃が飛んでくるが、ほとんど狙いが追いついていない。
『装備はたぶん、戦艦クラス...網は腕に繋がっていました...』
それにしても敵が多い。少なくとも三十を越しているだろう。
『装甲は群れの深海棲艦みたいに、ひび割れてたり...ボロボロでした。』
白昼にも関わらず、どす黒い霧が奥に立ち込めている。...いや、あれは敵の怨みや負の感情の表れ。刀を持っている私自身にしか感じ取れないものだ。
『あの降ってきた部品も...網を発射する時に、一緒に飛んでいったと思います...』
こちらを狙っていた駆逐・軽巡は諦めたのか、本隊の方に砲を向ける。
邪魔者は居なくなった。
霧の先に切っ先を向け、再度集中する。
『でも、一つだけ...忘れられない大きな特徴がありました...』
とうとう、その姿が見えた。
『なんて言うか...その深海棲艦は────』
「────え?」
...あまりにも奇怪なその姿に、思わず声が漏れる。
なにしろその深海棲艦は────
『────顔が溶けていました。はい。』