28話 夏休みの始まり
────『私たちは
────彼女たちの中に、そんな疑問を持つ者もいた。
────そして幾人か、気づいてしまった。
────自分が“怨み”という糸に繋がれた、
────操り人形だということに。
4章『出会いは休暇とともに』
「着いたぁーーー!!」
私たちの鎮守府よりもかなり暑く、日差しも遠慮なく照りつけ、体力を奪っていく。
────私たちは長い船旅を終えて沖縄に着いたのだ。
陸路...新幹線は途中で破壊されている箇所がある故に九州まで行けない。
高速バス、という手もあるが翔は高速バス特有のあの匂いがどうしても嫌いなのだ。
飛行機?もってのほかだ。もし陸地に落とされたら甚大な被害が及ぶこと間違いない。それにそもそも飛ばす燃料が勿体無い。
今最も重宝されている長距離移動手段・船は、かなり近海を通るため深海棲艦からの襲撃を受けることはまず無い。
万が一沈められてもゴムボートやら自力で泳ぐなど対処法も多く、輸出入は大抵貨物船が使われる。
なんなら艦娘に護衛を頼むことだってできるのだ。
船着き場から出て、何人かの艦娘がはしゃぎ回る(主に駆逐艦と重巡二人)。
「み、みんなあんなにはしゃいじゃって...」
駆け回る姉妹を、なんか...ものすごくソワソワしながら見つめている暁。
「どうした暁?楽しみたいなら楽しむべきだと思うぞ?」
「え?」
「折角ここまで来たのに、楽しまないと少し失礼じゃないか?
...楽しい時にはしゃぐのも、大人の女性────」
「みんな待ってぇーーー!!」
ドドドドドド、と走り去ってしまった。
...やっぱり子どもは元気が一番だ。
微笑ましい光景を眺めていると、視界の端に何者かがこちらに手を振っているのが見える。
片方は軍服...だが、私の軍服よりもかなり生地が薄く、暑いこの地でも快適そうな装いだった。
もう片方は髪の長い女性...あの秘書艦だろう。
麦わら帽子にサングラス、アロハシャツ、手下げバッグからはスポーツドリンクが顔を覗かせている。
...なんというか思い切り楽しんでいる装備だ。
「長い旅路、お疲れさまです。」
「......歓迎する。」
秘書艦が麦わら帽子を脱いで挨拶してくれる。
「鞍馬 翔です。」
「......和泉 秀吉。和泉式部の“いずみ”だ。」
提督同士、頭を下げあってから固い握手。
「────あなた、は...」
「────加賀、さん?」
サングラスを外して秘書艦...赤城が目を丸くする。そういえば“一航戦”と呼ばれる空母機動部隊で、二人は共に戦った過去があるのだ。
「加賀さん...かがさぁん......ううっ!」
「赤城さん...あなたとまた... 会えるなんて...っ」
今の二人からすると...例の“あの事件”以来死んだはずの戦友と、何十年振りの再会になるということだ。
「...すまんが、貴方の秘書艦を借りたい。」
「......奇遇だな。俺も、あんたの空母を借りようとしていた。」
どちらとも無くニヤリと笑う。
「加賀、荷物は持っていってやるから、しばらく話してくるといい。」
「......赤城、しばらく自由時間だ。
...あまり離れすぎんじゃねえぞ。」
「「お気遣い、ありがとうございます。」」
「......ここから鎮守府まで歩いてもらう。...15分程度で着くから、悪ぃが頑張ってくれ。
────と、あんた。」
みんなを引き連れて歩いていると、例の和泉提督が話しかけてくる。
「......なんで、日傘差してんだ?」
「か、翔さんは貧血体質だから、なのです。」
「そうか...
......じゃあ、なんで駆逐艦と手繋いでんだ?」
「電は生まれながらに目が弱くてな。杖で一応一人で歩けるが、なるべく手を繋ぐようにしているんだ。」
「......なんか、悪ぃな。」
...提督会議の時から薄々感づいていたが、やはりこの提督は“いい人間”だ。
多少口が悪いかもしれないが、ある程度の思慮分別を弁えている。
「......あんたの艦娘、なかなかいい顔してんじゃねぇか。
会議ん時の他鎮守府の秘書艦共の顔、見たか?
いったいどうやったらあんなことになるんだ...?」
思い出したくもねえぜ、と顔をしかめる和泉提督。
...そうか、ここは本州と遠く離れた地。
他鎮守府の情報など何ヶ月かに一回の提督会議か、ラジオでしか手に入らないからこそこんなに平和が保たれているのかもしれない。
「艦娘を、物のように...奴隷のように扱っている提督がいるんだ。
そうでなくても、一日中遠征に行かせたり戦いで傷ついた艦娘を放置したり...酷いものだ。」
「......んだとォ?!
女の扱いを荒くするなんざ男の風上にも置けねぇじゃねぇか!」
突然の豹変ぶりに電がびくっ、と震える。
「......あぁ、悪ィ。
ちと、正義感が盛っちまった。
...んで、提督会議の妙に着飾ってる奴らぁ“そういう奴”ってことか?」
「そういうことになる。
私利私欲に給金を使い果たして、艦娘には何一つ施しを与えない。」
「......命張って戦ってるのは艦娘ってのによォ。」
「...ところで、和泉提督────
「────秀吉でいい。」
「────秀吉、私と初めてあった時より口数が増えている気がするんだが。」
「......あー?あー...」
下を向いてぽりぽりと頭を掻く。明らかな動揺の表れ。
「答えたくないなら────」
「......いや、話す。」
秀吉がちらと後ろを見やる。うちの艦娘はみんな周りを見回したり、何するか計画を立てたり。赤城と加賀も一番後ろの方で話しているのが見える。
それを確認して、口を開く。
「......あんたと、そこのちびっ子...電だっけか?
今から言う事は、ちとみんなには黙っといてくれ。」
∽
「...!」
パチン。
∽
「......俺はなぁ...艦娘が好きだ。
明るい奴もいれば、暗い奴もいる。赤城みてぇに『日本』って感じの奴もいれば...妙に懐いてくる
どんな奴も俺を慕ってくれて、話しかけてくれるんだが...
その...なんだ。恥ずかしいんだよ。
どうしても心から素直になれねぇって言うか...アイツらの前じゃあどうしても口数が減っちまうんだ。
俺自身も自覚しているんだ。でもなぁ、直せねぇんだよ...
......んでもって、アイツらからすると、話しかけてやってんのにまともな返事も来ねぇって事だろ...?
...つまり、アイツらぁ俺のことを嫌ってるに違いねぇんだ。」
「「......」」
私と電は目を合わせる。
「......最初緊張して寡黙なイメージが着いちまったんだろォなぁ。
...懲りずに色々と話しかけてくるのも、上辺だけの付き合いってヤツなんだよ。」
「...私は、」
「......ぁあ?」
「ひっ...!
そ、その...もし、私があなたの艦娘さんだったら...和泉司令官さんの本心に、気づくことができると思うのです。
もし、気づけなかったとしても、和泉司令官さんが素直になってくれれば...私は、あなたを喜んで受けいれるのです。」
和泉は一瞬驚いたような顔をして、ニヤリと口角を上げて、
「......ちびっ子、なかなか嬉しいこと言ってくれんじゃねぇか!」
ぐしぐしと少し荒く頭を撫でる。
「ちびっ子じゃないのです!い、電なのです!」
「......そうかそうか、ちびっ子ぉ!」
「はわわ、聞いてないのですぅ...」
その後もしばらくお互いの鎮守府について話していたが、加賀と赤城が真後ろにいたことに三人は気づかなかった。
∽
しばらく歩いていると、真新しい鎮守府とリゾートホテルのような建物に着いた。
沖縄に鎮守府が建てられたのは意外にもここ数年のことで、それまでは艦娘が居なかった為に沖縄は孤立していたのだ。
しかし艦娘が現れて制海権を徐々に取り戻し、どうにか繋いだ航路でほとんどの沖縄県民は九州へ避難したのだ。
しかし故郷を捨てられないと残った、数少ない国民と領土を守るためにこの第八鎮守府が建てられた...という訳だ。
「......うし、んじゃあこの建物の好きな部屋を使ってくれ。」
「「「「「...え?」」」」」
「......そこんホテルぁ経営者が本州に逃げちまってよォ、だーれも使ってねぇから俺らも備品をちと拝借してんだよ。
ある程度荷物整理済んだら、またここに来い。」
その経営者は無責任な奴だ、と言いたいところだが、ここはいつ襲撃が来るかわからない島国。
いつぶっ壊されてもおかしくない、観光客も0に等しいこの地で経営はできないはずだ。
思えば私たちはさっきまでかなりの大通りを道路いっぱいに広がって歩いていたのに、一台も車や馬車、それどころか人も見かけなかった。
ほぼ
「わーい!!」
ボフゥッ!
「なかなかいい部屋じゃねーか!」
ドサドサ。
「いや待てなんでお前らも来ているんだ!」
暁がベッドにダイブして摩耶が大量の荷物を持ち込む。
「折角たくさん部屋あるから、みんなで適当に使ってくれ。
うちの執務室みたいに広けりゃ良いが、流石にここでも全員一部屋に寝泊まりは無理だ。」
「「「「「はーい...」」」」」
とぼとぼとみんな適当な部屋に入っていく。
ちなみに電は私と同室だ。みんなも納得してくれた。
...ん?ホテルで女の子と同室、何か問題でもあるか?
∽
秀吉をあまり待たせる訳にはいかないので、適当にバッグを置いてエントランスへ戻る。
「......集まったな?
俺の鎮守府を紹介してやらぁ。」
ホテルの隣の建物...鎮守府の扉を開く。
ガチャ────
「しょーーーーぐぅーーーーん!!」
────ドバァッ!
「ヴォフゥッ!!」
扉を開いた瞬間、秀吉は人体から出る音とは思えない衝突音を置き去りに吹き飛んだ。
...見ると、誰かが抱きついている。
「......誰が豊臣だ似非外国人...しかもてめぇ、今日は客人を呼ぶって言っただろうが...ッ!」
「おっと失礼したネー!」
悪びれもなく、にひひと笑いながら起き上がる。
「金剛姉さん?!」
「Oh!榛名?!
積もる話はcome on, my room!」
「えっあっ、ひあああああぁぁぁぁ...」
すごい勢いで榛名が拉致されていった。なんというか嵐のような娘だった。
「......すまん、うちの金剛が。」
「大丈夫だ。ゆっくり話くらいはさせてやろう。」
ドドドドドド...
「あっ!おかえり将軍!!」
ばふっ。
これまた凄い速さで廊下を走っていた艦娘?を、秀吉が正面から受け止め...きれたようだ。
「......誰が豊臣だ爆走エロウサギが...!」
言葉はやはり荒いものの、リボンカチューシャの上からぐしぐしと頭を撫でている。これが彼なりの“ただいま”なのだろう。...撫で方は荒いが。
「この人たちが来客の人たち??」
「......そうだ。」
するとその駆逐艦は私たちに向き直って、
「第八鎮守府所属、駆逐艦島風です!
そ、その...わからないことは聞いてねっ!」
言って、どこかへ走り去ってしまった。
「......悪ィなぁ、落ち着きがない奴で。意外と周り見て走り回ってるみたいでよォ、今まで衝突事故を起こしたことがねぇんだ。
...まぁ、チビッ子の為にあんま走らないようにァ言っとくから、安心しろ。」
それを聞いて翔はほっとした。目が見えない電にとって、大きな音を立てながら何かが近づいてくるのは本当に怖いのだ。
秀吉...言うこと為すこと荒いが、気配りは細かいヤツだ。
「......付いてこい。」
「......ここが工廠と、ドックだ。」
「あっ、将軍!お客さんですか?
ようこそ第八鎮守府へ。装備開発と修復と
...一瞬小声が入ったように聞こえたが、翔は気にしないことにした。
「......誰が豊臣だ貧乳メロン...!
...こいつは夕張だ。装備やらで困ったら、相談しろ。」
ちなみに後から聞いた話だが、夕張がここに配属されたのは国民がほとんど居なくて、かつ放置された米軍基地の設備が豊富なため、新しい艤装を開発した時の実験場に出来るから...だそうだ。
確かにレーダーやら測定機器は基地に揃っているので、うってつけなのも理解できる。
次に向かったのは執務室。
「...んぁ?
おかえり将軍。」
扇風機に当たりながら寝っ転がって漫画を読んでいる、全身から怠惰全開オーラを放っている艦娘が一人。
「......誰が豊臣だ怠け眼鏡...!
...エアコンと扇風機は同時に使うなって言っただろ。
......こいつは望月。駆逐艦だ。」
「...ぅあ?この人たちがお客さん?
よろしくね〜」
...どこか北上に似ている気がする。
ちなみに、読んでいた漫画のタイトルは『FAIRYHEAD』だった。武闘家の主人公“フユ”と仲間たちのバトルファンタジーな漫画で、多くのファンから支持を得ている。
...エネルギー節約のためにパチンコは全て潰れ、競馬場は食糧確保のための農地にされたおかげで、中古のマンガや本は日本国民の数少ない娯楽になったのだ。
「『......館内放送。
...第八鎮守府、全艦娘は食堂に集合しろ。』
......手短に歓迎会でも開こうじゃねぇか。」
食堂、と言ったものの実際はホテルの食堂だった。
とはいえリゾートホテルの食堂。私たちとここの艦娘全員が一人一テーブル使っても余るくらいに備品は揃っていて、広々としていた。
「あーーっ!」
誰かが私を見て声を上げ、指をさす。
...ツインテール、加賀のような改造弓道着、控えめな胸。
軍学校時代の数少ない友────
「────瑞鶴じゃないか!」
「あんた、今すっっっごく失礼な方法で私を思い出さなかった?」
「き、気のせいだろう。」
勘のいいガキは嫌いだ、というある漫画の言葉が何故か頭をよぎる。
「ふん、まあいいわ。
てかあんた提督になったの?!」
「そうだ。第七鎮守府提督、鞍馬翔だ。」
どやぁ...
「なれたのね、提督...まぁあんたならこうなると思ってたわ。」
「......知り合いか?」
秀吉が口を挟む。
「あっ、将軍居たんだ!」
「......誰が豊臣だこのまな板ツンデレツインテ...!」
「いつも思ってんだけどあたしだけ当たり強くない?!
ツインテはあたしの趣味よツンデレじゃないわあとまな板言うなーっ!」
みんな流しているのに瑞鶴はきっちり全部答えている。
...当たりが強い理由がほんの少しだけ理解できた。
「...まぁ、鞍馬くんが軍学校に通ってた頃に知り合ったのよ。」
「そういうことだ。
と、確か君は大本営鎮守府で働いていたと聞いた気がするのだが...?」
「あー、それはね...
新しく
────今のあたしは、誰よりも強いんだから...っ!」
妙に力の入った声。
...あ、加賀が瑞鶴を冷たい目で見ている。
「...調子に乗らないことね、五航戦。」
「か...加賀さん?!」
「そもそもあなたが赤城さんと異動になったのはどうせあなた一人じゃ頼れないからでしょう?」
「加賀さ────」
「......おい、加賀とか言ったな?」
秀吉が声をかける。...まぁ、自分の艦娘にそんなこと言われたら────
「...すいません、少々言葉が過ぎました。」
「......俺じゃねぇ。」
がこんっ...
「はぁっ...はぁっ......ぅうああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「「「「「?!」」」」」
膝から崩れ、突然頭を押さえて叫び出す瑞鶴。ひとしきり叫んでから、ばたりと倒れる。...気を失っているのか?
突然過ぎる展開についていけない第七鎮守府メンバー。...いや、第八鎮守府の艦娘たちもきょとんとしている。
瑞鶴を背負った秀吉が一言。
「......二度とこいつに、『頼れねぇ』とか、言わないでくれ...」
そのまま食堂を去る。
────歓迎会は中止となった。
後書き
「ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます。コンブです。
勝手に章管理をして、さらに冒頭に変な前置きを書いてますが、この4章でお話が動き出す...予定です。
...早速加賀さんと瑞鶴が怪しいですが、今後どうやって仲を持ち直すのか、そして思い切りはしゃぎ回る艦娘たちの可愛い姿を書こうと思っています。
次回・サブタイトル予想『不器用な男』。
お楽しみに!」
憲兵さん「おい、俺の出番は無いのか?」
「いえいえ、憲兵さんにも動いてもらいますよ?
────たっぷりと。」