あなたが手を引いてくれるなら。   作:コンブ伯爵

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※この話に、翔くんたちは出てきません。

※このお話を読まなくても、本編は楽しめます。

※基本主人公の一人称視点で進みます。

※いつもより改行多めです。

※ゆっくりと、時間を掛けて読んで頂くことを
おすすめします。

※それでもよろしければ、お楽しみください。


裏話 あなたが手を引いてくれたから。

 

 

 

 

 

 

────これは、ある小説の元となったお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ノンフィクション、現実にあったお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────たった五年間の、儚い恋物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あなたが手を引いてくれたから。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は小五の頃、おばあちゃんが病気で入院していて、親とよくお見舞いに行っていました。

 

 

『今日は一人で行ってみなさい?小学五年生になったんだし。』 

 

 

 母親に言われた私は、バスで病院まで行きました。いつも親と行っていたのでどこで降りるかは覚えていました。

 

 

 しかし、私はあることを忘れていました。

 

 

 部屋番号です。

 

 

 『この辺りかな?』

 

 

 勘で扉を開くと、そこには可愛い女の子がゲームをしていました。

 

 

 窓から吹く風が、女の子のDSのストラップを揺らしていました。

 

 

 ...彼女のDSから、聞き覚えのある音が聞こえました。マリオカートです。

 

 

 私はバッグからDSを取り出して、

 

 

 

 『通信対戦しよーぜ?』

 

 

 

 この一言が、始まりでした。

 

 

 二、三戦楽しんだ私は、当初の目的を思い出しました。

 

 

 『おばあちゃんのおみまいに行かなきゃ。

 

 でも、部屋がわからない。』

 

 

 『なら、私といっしょにさがそ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今日はありがとう。』

 

 

 『私も楽しかったよ。また会えたらいいね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

 

 私は親には遊びに行くと伝えて、バスで病院に行きました。

 

 

 『あれ?また部屋間違えちゃった。』

 

 

 『あはは。せっかくだから、また対戦しようよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 

 『今日はおみやげがあるぜ!』

 

 

 私はがさがさと、ビニール袋から駄菓子を取り出しました。

 

 少ないお小遣いから、初めて人のために自腹を切りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 

 『最近飽きてきたね〜。』

 

 

 『んじゃあ、散歩でもしよー?』

 

 

 『でも、勝手に出ていっちゃダメって...』

 

 

 『病院から出なけりゃ大丈夫だって!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 

 『今日は外出許可でたよ!』

 

 

 『ファミマ行こファミマ!』

 

 

 ぶちっ。

 

 

 

 『はい、お前の分』

 

 

 『ありがとう!』

 

 

 外に出る時はパピコを分けて、近くの公園のブランコで駄弁るのが定番でした。

 

 ちなみに二人とも、蓋のあれまで綺麗に食べてました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中一、春。

 

 『母さん、おれ...母さんのこと騙してた。ごめんなさい。』

 

 

 彼女の病院に通って19時まで帰らなくなって、とうとう親から言及されました。

 

 私は彼女との出会いから全て正直に話しました。

 

 

 『はぁ...やっと言ってくれた。』

 

 

 『え?』

 

 

 『病院の女の子でしょ?

 

 1回あんたの後をつけて行ったら病院なんかに入ってさ。

 

 早く正直に言ってたらバス代くらい出してあげてたのに。』

 

 

 『......っ!

 母さん!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『へー!ここが君のお家か〜!』

 

 

 親に打ち明けてから、彼女の親とも話をつけて家につれてきたりしました。

 

 またある日は、彼女の家に行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 土日のほとんどを病室で暮らしているうちに、

 

 

 『行くぞぉ?』

 

 

 彼女にビニール袋から野菜ジュースの紙パックを投げ渡し、ついでに電子レンジでハンバーガーをあたためます。

 彼女は後ろ手で受け取って、冷蔵庫からウィダーインゼリーを開封。

 ひと口飲んでフタを閉め、私に投げ渡してきました。

 お返しと言わんばかりに私はあたため終えたハンバーガーをひと口もらって、包み直してから彼女に投げ渡します。

 

 そのうち交わし飲み食いやら、例えではなく、おそらく本物の以心伝心で彼女と繋がっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中三上がりたての春。

 

 丁度彼女と出逢って四年目の記念日。

 

 

 『大事な話があるんだけど...』

 

 

 『なになに?』

 

 

 『その...付き合ってくれねーか?』

 

 

 『ファミマ?ゲーセン?』

 

 

 『ち、ちげーよ!』

 

 

 『あはは、冗談じょうだん。

 

 その、私でよければ...おっ、お願いします...あうぅ...』

 

 

 こうして彼女と正式にお付き合いすることになりました。

 

 

 『......えいっ!』

 

 

 ぎゅっ、と私に抱きついてきました。

 

 私は一瞬戸惑いましたが、正面から抱きしめ返してやりました。

 

 思えば、生きてて初めて人を抱きしめた瞬間でした。

 

 

 この暖かさは、二度と離したくないと感じました。

 

 

 彼女は確かにゲーマーですが、私と同類で話も合いますし、めちゃくちゃ美人で可愛らしく(思い出補正とか抜きで。外出日に都会へ出歩いたら読者モデル勧誘を受けたほど)、性格も全く裏表の無い正直な女の子...

 

 

 私には勿体ないくらいにいい彼女でした。

 

 

 私は学校では陰キャラだったので、土日遊ぶ友達は当然居ません。

 

 

 彼女と遊園地に行ったり、もうこれ以上ない中学生活を過ごしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな幸せな日々は、いつか終わるもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正式に付き合い始めて八ヵ月、中三の冬のこと。

 

 

 彼女の容態が急変しました。

 

 

 高校受験勉強に励んでいた私は、病院へ飛んで行きました。

 

 

 どうやら彼女はずっと無理していたようで、それに気付くことが出来なかった私自身に対する自責の念がこみ上げました。

 

 

 しかし私が彼女にしてあげられることは...

 

 

 

 

 

 

 祈る、それだけでした。

 

 

 

 

 

 

 後に、春...私が受験を終えた春に大手術が予定されました。

 

 

 私は動揺しつつも受験を終えて、見事合格しました。

 

 

 でも、そんなことは当時の私にとって、路傍の石のようなものでした。

 

 

 手術の前日、私は彼女と一対一で話す機会を貰えました。

 

 

 部屋に入ると、消灯時間過ぎていたので電気は全て消され、彼女は窓から夜空を眺めていました。

 

 

 普通家族と過ごすべきなのに、

 

 

 

 『君も立派な家族だよ?』

 

 

 

 と、私に微笑みかけてくれました。

 

 

 『あっ、私の夫なんだから“君”じゃなくて、“あなた”って呼ばせてもらうね。』

 

 

 『じゃあおれも、“おまえ”って呼ぶからな?』

 

 

 『それはちょっと...恥ずかしいかな。』

 

 

 えへへ、と顔を見せずに微笑む彼女。

 本当に容態が酷いのかと疑いたくなるくらいに、日常のひとコマを切り取ったような平常運転でした。

 

 

 ...その言葉から、しばらくの静寂が続きました。

 

 

 何かを察した私はそっと手を握ると、彼女はその手を太ももの上に乗せました。

 

 

『明日、手術────』

 

 

 私の声に被せるように、彼女。

 

 

 

『────私は...幸せだった。

 

 

 病院って檻の中にいた、ひとりぼっちの私を、君が引っ張り出してくれた。

 

 

 さいごまで、私の手を握ってくれて、私の傍にいてくれた、誰よりも優しい君がいたから...

 

 

 私はいつだって、独りじゃないって、信じてこれた。

 

 

 君が...

 

 ────いや、』

 

 

 彼女は私に向き直りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『────あなたが手を、引いてくれたから。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、泣いていました。

 

 

 これ以上にないくらいに幸せそうに、泣いていました。

 

 

 呆然と私は、『最後なんかじゃない』とか、『これからも二人一緒だ』とか呟いていました。

 

 

 月と街灯の灯りに照らされた彼女のシルエットが、微かに震えています。

 

 

『もう、大丈夫だよ。

 

 私、幸せ過ぎた。

 

 もし、次生まれてくる時は────』

 

 

 

 

 私はその幸せそうな泣き顔が、暗い病室を照らす命の灯火の最期の輝きに見えて。

 

 

 

 『────やめろ!!』

 

 

 

 私は彼女の手を払って、言葉を最後まで聞かずに病院から出ていきました。

 

 

 感覚と言うか、以心伝心と言うか...

 

 わかってしまったんです。

 

 

 

 もう彼女は助からないって。

 

 

 

 そのまま走って親の待つ車に乗って、ずっと泣いていました。

 

 

 親は何も言わずに、家まで運んでくれました。

 

 

 私は、さいごのさいごで彼女の手を離してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5日後。

 

 

 

 手術が終わる日。

 

 

 

 私はあの夜のことを謝ろうと思いながら車に乗り込みました。

 

 

 運転する親が歯を食いしばって目を赤くしている気がしましたが、彼女の事で頭が一杯の私は気にも止めませんでした。

 

 

 

 彼女は生きている。

 

 

 

 一縷の希望を見出したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布が被せられていました。

 

 

 彼女の両親、兄も、涙を流して立っていました。

 

 

 彼女の病状を観察し、寄り添っていた医者も涙を流して立っていました。

 

 

 私たち二人を生暖かい目で見守っていた、おばさんの看護師さんも涙を流して立っていました。

 

 

 私たちの恋の進捗を井戸端会議の題材にしていた、看護師のお姉さんも涙を流して立っていました。

 

 

 誰かわからないけど押しのけて布を投げ捨て、何度も彼女の名前を呼びました。

 

 

 『おい!』

 

 

 私の父親がなにか言ってる気がしましたが、自分の声で聞こえませんでした。

 

 

 何度名前を読んでもどんなに揺すっても、その目が開くことはありませんでした。

 

 

 ぽっかりと心に穴が空いた気がしました。

 

 

 私が彼女の手を引いていたのではなく、彼女が私の手を引いてくれていたことに気づきました。

 

 

 ────とんとん。

 

 

 声が枯れきってへたりこんだ私の肩を、彼女の兄が叩いてきました。

 

 

 

 『ぁ......?』

 

 

 

 向くと、見覚えのあるストラップ...

 

 

 

 彼女がDSに付けていたストラップを、私に差し出していました。

 

 

『君に...っ、渡してっ...くれと、...言っていたぁっ。

 

 “あの日”をっ、思い出して...っ、と、言ってっ、ぃた...っぐ。』

 

 

 『ぁ......ぅぁあ......っ!』

 

 

 

 

 

 

 

 そのストラップを手に取った私は、ふかくてくらい、そこのないくらやみへおちていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、そこは病室でした。

 

 

 『......』

 

 

 医者の話ではショックで気を失っていたらしいです。

 

 

 『......』

 

 

 いくつかの健康診断を受けた私は何事もなく退院しました。

 

 

 『......』

 

 

 退院して、家への帰路でファミマに寄りました。

 

 

 『......』

 

 

 エッチな雑誌の表紙が見えました。

 

 

 『......』

 

 

 トイレで胃液を全て戻しました。

 

 

 『......』

 

 

 葬式には出ませんでした。

 

 

 『......』

 

 

 家に着いた私は自分の部屋に引きこもって、ひたすらゲームをしました。

 

 

 『......』

 

 

 親から言われて、学校には通いました。

 

 

 『......』

 

 

 学校では心に“仮面”を被せて過ごしました。

 

 

 『......』

 

 

 おそらくみんな、元から少ない口数が減った、くらいにしか思っていないはずです。

 

 

 『......』

 

 

 家ではひたすらゲーム。

 夜ご飯は、ドアの前に置かれていました。

 

 

 『......』

 

 

 一度、親は無理矢理私を部屋から引きずり出しました。

 

 

 『......』

 

 

 でも、私の顔を見ると黙って、見逃しました。

 

 

 『......』

 

 

 今日もゲーム。

 

 

 『......』

 

 

 学校で一学期末テストがありました。

 

 

 『......』

 

 

 成績は底辺から片手の指で足りるくらいでした。

 

 

 『......』

 

 

 今夜の夕飯はカレー。

 

 

 『......』

 

 

 スプーンを持ち上げると、

 

 

 

 

 からん。

 

 

 

 

 何かがスプーンから落ちました。

 

 

 『......んぁ?』

 

 

 拾い上げると、あのストラップでした。

 

 

 『......』

 

 

 カレーを貪りました。

 

 

 『......』

 

 ペットボトルに1リットル以上入っていた麦茶を一気に飲み干しました。

 

 

 『......』

 

 

 彼女との日々を思い出しました。

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 おおよそ五年間の記憶をゆっくりと、半日かけて思い出しました。

 

 

 『......』

 

 

 最後に、最初の“あの日”と、“さいごの日”を思い出しました。

 

 

 『......』

 

 

 今の自分を見ました。

 

 

 『......』

 

 

 彼女がいたら、と考えました。

 

 

 『......』

 

 

 私はストラップの紐を取って、ネックレスにしました。

 

 

 『......』

 

 

 私は扉を開けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日を境に、私は今までの遅れを取り戻すべく猛勉強を始めました。

 

 

 中学校三年間で習った国数理社英五科目を、高一のひと夏で終わらせました。

 

 

 底辺を舐めていた成績は反比例のグラフのように、馬鹿みたいに伸びていきました。

 

 

 落第寸前から国立大学を狙えるようにまで上り詰めた私は、彼女との記憶を何かのカタチでのこそうと思いました。

 

 

 

 ────そうだ

 

 

 ────小説を書こう

 

 

 ────主人公は私、ヒロインは彼女。

 

 

 ────もしも彼女が生き返ったら...

 

 

 ────いや、彼女の第2の人生を書いてみよう

 

 

 ────少し失礼かも知れないけど、ね。

 

 

 ────彼女が勧めてくれた“艦これ”の世界で

 

 

 ────敢えて反対の、か弱い娘を使おう。

 

 

 ────人生は何が起こるかわからない。

 

 

 ────書き貯めは無しだ

 

 

 ────昨日のアイデアが今日消える。

 

 

 ────昨日なかったものが、今日生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────一つの小説が、生まれました。

 








ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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