あなたが手を引いてくれるなら。   作:コンブ伯爵

11 / 57
前書き

※この話は本編と全く関係ないお話になります。

※電の模擬戦はとある事情によって載せることはできないため、かなり不自然に空いています。

※それでもよろしければ、お楽しみください。


昔話・ある日の翔と電

 

 

 

 

「うにゅう...」

 

 ピピピピッ、と喚く目覚ましの頭を押して私の1日は始まる。

 

「うーーん、ふぁあ...」

 

 背中を伸ばし布団から這い出て、隣で寝ている翔を起こす。

 

「翔さーん...起きるのです!」

 

 バサァ、と毛布を剥ぎ取る。

 

「...うおぉお?!」

 

 寒い寒い冬に布団を一気に剥がすと、冷たい外気が寝汗で少し湿った身体に晒され、一発で起こすことが出来る。

 

「さっぶ...今日は土曜日だろ?」

 

「金曜日なのです!休みは明日からなのです!」

 

 やはり翔は寝起きが悪い。おおよそ八ヶ月前...ルームメイトになって初めて気づいたことだった。

 

「あーわかったわかった。」

 

 と言いながら冷蔵庫を探り、

 

「────電ぁ。」

 

 野菜ジュースのペットボトルを投げつけてくる。

 

電は顔を洗いながら後ろ手で受け取り、顔を拭いてからスーパーで買ったハンバーガー二つを電子レンジに放り込む。

 

 今度は翔が扉を閉めて、中身を確認することなくワット数と時間を設定し『あたため』ボタンを押す。

 

 電は冷蔵庫からウイダーオンゼリーを開封、一口飲んで翔に投げ渡す。

 

 同時にあたため終わったハンバーガーをもう片方の手で受け取る。

 

 ...包み紙を開くと一口食べられていた。

 

 そんなこんなのいつものやり取りをしつつ、二人は着替えを済ませて一緒に寮を出る。

 

 外は一面雪が積もっていて、吐息は白く染まる。

 

寮の塀の上やらそこらじゅうに雪だるまが置いてあって、木の枝で顔を付けられたものから、なんというか...独創的な形のものまで色々見ることができる。

 

 ここの軍学校の生徒は年齢にすると高校生。元々軍学校(自衛隊学校)は大学から通うものだが、深海棲艦の出現によって腰の重い日本政府はようやく動き、高校からでも入れるように改正したのだ。

 

 ...雪合戦で遊んでいる人もいる。南の方から来て寮生活をしている生徒だろうか、毎日降り積もる雪に浮ついているようだ。

 

『────ぅおっとぉ!』

 

 わざとらしい声とともにかなりの速度で雪玉が飛んでくる。しかし翔は見向きもせずにしゃがんで、電を背負う。

 結果的に避けられた雪玉が地面に落ちて割れると、中からなかなかのサイズの石が顔を出す。

 

『クソッ!』

 

 “爆発しろ”と言いたげな、ものすごい顔で睨んだ後...どこかへ走り去る。

雪石玉が当たらなかったのがそんなに悔しかったのだろうか?それにしては幾らか大袈裟な気がする。

 

 その後何事もなく学校へ着いて、翔の一つ後ろの席につく。

 窓側だからか、かなり冷える。

 

 午前の授業は寒中訓練だった。流氷が浮いている中、砲撃を避けたり逆に的に砲撃・雷撃を喰らわせる訓練だ。

 

 見れば駆逐艦の番になっていた。

 ザザーっと敵艦を模した的に対して丁字有利を取り、砲撃が飛んでくると速度・進路を変えつつ反撃。

 戦況の運び方が上手い。

 

 しかし流氷に激突、一発分の弾を暴発してしまう。これは減点対象だろう。

 

「次、電さんお願いします。」

 

 寒い、冷たいなどとざわついていた艦娘たちが少し静かになる。

 

「...行きます!」

 

 

 

 

(*不自然にぬけている部分です...)

 

 

 

 

「流石は電さんですね!」

 

 全ての的を破壊し、無傷で生還できた。

 鹿島先生からのお褒めの言葉もいただき、授業を終える。

 

 

 

 ∽

 

 

 ────しかし。

 

 (ごめんね、電ちゃん。)

 

 鹿島の目から一筋、涙がこぼれる。

 

 成績表の電の欄には“0”と記されていた。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 昼休み。

 私の席に電がやって来ていつものように膝に座り、ビニール袋から買ってきたパンとジュースを取り出す。

 

 私は『いちごオレ』と『焼きそばパン』。

 

 電は『雹印コーヒー牛乳』と『メロンパン』だ。

 

 二人はお互いのパンを見つめて...

 

 バッ、と二人同時にパンを差し出し、互いに差し出されたパンを一口。

 

 ...うん、やはりこのコンビニメロンパンの外っ側のサクサク部分は絶妙な味わいだ。

 そして自分の焼きそばパンを一口。

 飲みこんだ後、パックジュースにストローをさす。

 

 ...またしても二人はお互いのジュースを見つめて、

 

 バッ、と同時に差し出し、互いに差し出された...私は雹印コーヒーを一口。

 

 ダダ甘いのだが、コーヒーということを感じさせてくれるこの後味が良い。

 

 ちなみに電はこの雹印コーヒー牛乳をものすごく気に入っていて、雹印以外のコーヒーは飲まないのだ。

 

 ...まあ、雹印コーヒーを飲んでからコーヒーに興味を持った電に、私が飲んでいたブラックコーヒーを飲ませてやって、トラウマを作ってしまったのが一番の理由だろう。

 

 しかしあの時の『にっっがっ!』という電の顔は傑作だった。

 艦娘は見た目が幼くても一応酒を飲めるらしいが、まだまだ舌は子どもなんだなと感じたのだった。

 

 そうこうしている間に昼飯を食べ終え、二人は図書室へ行く。

 翔は座学、電は剣道や西洋剣術の教本、さらに測地術の本を読みあさる。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 午後の授業は座学だ。

 目の前に翔が居るだけで安心感がこみ上げてくるが、その翔は思い切り寝ている。

 

「鞍馬、この問題を解いてみろ!」

 

「zzz...」

 

 体育教師のように鍛えられたガタイのいい肉体を持つ、数学の細田...通称“フトダ”先生が翔を当てるが、やはり眠っている。

 

「鞍馬ぁ!起きんかぁ!!」

 

「zzz...」

 

 仕方が無い。

 必死に足を伸ばして、翔の椅子を触るようにちょんちょんと蹴ると、フトダ先生の剣幕にも動じない翔が目を覚ます。

 

「...ん?電、どうした?」

 

「ここの問題を当てられたのです!」

 

「えーと...?」

 

「168ページのここなのです!」

 

 巻末の難関私立大入試レベルの問題だ。

 こんな問題を寝起きに解くなど、フたとえ教師でも少し戸惑うだろう。

 教科書を指さして見せてやると、「あーはいはい」と流し目で問題を確認し、右手で寝ぼけ眼を擦りながら左手ですらすらと難解な式を書き込んでいく。

 

 最後まで書き終えると、フトダ先生が確認する前に赤チョークで花丸を書いて席に着き、何事も無かったかのように寝てしまう。

 

 翔は授業態度は最悪なのだが、提出物とテストがほぼ満点なので成績表には一番評価の高い“5”が並んでいる。

 

「まったくお前というヤツは...」

 

 はぁ〜〜〜、と深いため息をつくフトダ先生。

 ...どうやら翔の答えは合っていたらしい。

 こんなのだから翔には友達ができないのだろうと思いつつ、授業を終える。

 

 

 

 

 掃除を終えると、二人は部活には入っていないためそのまま寮へ戻る。

 寄り道しても良かったのだが、雪が積もっている中バイクなど危険にも程があるし、もうあまりにも寒すぎる。手を繋いで昇降口に向かっていると、

 

「寒い冬にも負けず、あなたたちは相変わらずあったかいわね〜♡」

 

 突然後ろからぎゅーっと、翔も一緒に抱きつかれる。

 

 ざわっ...!

 

 ふんわりとした金髪、大胆な行動、そしてなにより、大きな胸。

 電が目標としている理想の大人、愛宕だった。

 

 ...先ほどから翔に対して、ものすごい殺気が周りから向けられている。

 

 愛宕に抱きつかれるのは数多くの学生の夢なのだが、ふわふわした性格とは裏腹にガードはとてつもなく堅く、愛宕に触れるどころか大雨の日には一滴も濡れずに登校し、大嵐の日には突風でスカートがめくれる...と言えばめくれるのだが、一度もパンツを晒したことは無い。

 この学校の七不思議の一つ『難攻不落の愛宕』にもなっているのだが、本人は特に意識していないらしい。

 

 「こんにちは、愛宕さん。

 ...そろそろ離してください。」

 

 翔が少し冷たく言うと、あぁんいけずぅ!と身をくねらせながらも離れてくれる。ある程度の加減を分かっているのも電が理想とする理由の一つだ。

 

「折角ですし、一緒に帰るのです!」

 

 この昇降口で愛宕と会ったら一緒に帰るのがいつものパターンなのだが...

 

「あぁ、ちょっと待ってねー。

 実はぁ...」

 

 ────と、懐から封筒を取り出し、少し頬を赤らめて、

 

 

 

「ちょうど招待券が二枚余っちゃって〜...今から温泉、お姉さんと一緒に行かない?」

 

 ざわっ...!!

 

 ────爆弾を落とした。

 

「「愛宕さんちょっとこっちに来る(んだ)のです」」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 (どうしてこうなった...)

 

 シャトルバスに揺られながら何度浮かべたか分からない疑問を飛ばし、目だけを動かしてもう一度見回す。

 

 バスはほぼ貸し切り状態なので椅子は横に向けられ、全員の顔が見て取れる。

 

 まず電が私の膝の上に乗り、ニコニコしている。とても楽しそうだ。

 

「何で人間の男を...」

 

 私の隣に航空母艦・瑞鶴が座っているが、不機嫌そうにしている。

 

「あらあら、お姉さんに何か用?」

 

 向かい側に座っている戦艦・陸奥と目が合う。彼女も愛宕から温泉に誘われて、瑞鶴とともに大本営から来たようだ。

 ...愛宕と同じく、目のやりどころに困る魅力的な体だ。

 

「チッ」

 

 斜向かいに軽巡・大井が座っているが...ここまで殺気と嫌悪感を出せる人間は今までに見たことがない。本気で凄まれたらフトダ先生でも素足で逃げ出すだろう。

 ちなみに誘ってはいないが偶然居合わせたので、愛宕が艦娘だからと無理やり座らせたらしい。

 

 男一人に女子五人...それも美人揃い。両手に花束と言ってもまだ足りない、一般高校生にとって夢のシチュエーションかもしれないが...このメンツは翔にとっては両手に不発弾いっぱいの、夢だと思いたいシチュエーションとなってしまった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 地獄のようなバスをなんとか乗り越え、青い暖簾の先に進む。

 温泉旅館特有の木の香りというか、この空気だけでも落ち着けそうだ。

 

「(温泉なんて何時ぶりだろうか...)」

 

「電ははじめてなのです!」

 

「だよなぁ...っておい!」

 

 翔さんと一緒がいいのですー!と駄々をこねる電を無理やり愛宕に渡して、改めて服を脱ぐ。

 

 先にシャワーを浴びてから一旦大浴場に浸かり、上がって頭を洗い露天風呂へ行く。

 

 こういう天然温泉は大抵、大浴場は水を温めたものだけど露天風呂は天然です...

 みたいなのが多いらしい(例外もあるが)。

 実際浸かると微妙な違いを感じ取れる...と思う。

 

 

 

 

 ────もうそろそろ上がろう。

 

 二分も経っていないが翔は極度の貧血体質で、運動ができない大きな理由の一つでもある。

 

 ガラララッ

 

「はわあ...!」

 

「わぁ、綺麗じゃない!」

 

「いつ来ても良いわね〜♪」

 

「なかなか...いい所じゃない...」

 

「ね?来て良かったでしょう?」

 

 女子組の声がする。まさか、露天風呂だけ混浴みたいなあのパターンの...ッ!

 非常にまずい。湯はにごり湯とは言え、潜っていても息が続かずにバレてしまう。

 

 ...ここは男らしく、一か八かの賭けに出よう。

 

 自分の周りに“壁”を張り、ゲームのコンセントをぶち抜くような感じで欲も理性もを断ち切り、自分の中の全てを無にする。

 

「...あれ?翔さんなのです?」

 

 間に合った。声の方と真反対を向いて気づいていないフリをする。

 

「きゃあああ!なんでこんな所に居るのよへんたい!」

 

「あらあら〜!」

 

「うっわ女風呂に堂々と入るとかこいつもう通報していいレベルだよね」

 

 と言って大井が更衣室へ行こうとするが、

 

「あれ?知らなかった??

 露天風呂は混浴なのよ〜。」

 

 最後に入ってきた愛宕に止められる。

 

「...む?!

そこにいるのか?悪い、私は上が────」

 

 ろう...と言って立ち上がり、華麗に退場────

 

「まあまあ、折角なんだしお話しでも楽しみましょう♡」

 

 陸奥が抱きついてきた。

 

 ────むにゅうんっ。

 

 

 

 

 ────パリィィィィィンッ!!

 

 

 

 

 ...この“壁”が破られたのは四月の電以来である。

 

 結局理性や欲を取り戻してしまった私が慌てている間に、電やら愛宕も大井を連れて入ってくる。瑞鶴は吹っ切れたのか一つ大きなため息をついて、しかし恥ずかしそうに体に巻いたタオルを抑えつつ入ってきた。

 

 私と肩が触れ合うほど近い右隣に電、少し間を置いた左に瑞鶴。翔の正面に愛宕、その左に陸奥、翔から一番距離を置いた斜向かいに大井が座る。

 瑞鶴は無駄な脂肪を全て落としたようにすらっとしていて、いかにもスポーツ女子というような魅力がある。

 大井は全体的にバランスの良い肉付きで、大きすぎず小さすぎずと言ったところか。女性らしい魅力にあふれている。

 

 ...そして目の前に核弾頭保持者が二人。視覚を殺しにかかってきているので左手で電と手を繋ぎ、右手で首から下げたバッヂを軽く握り、目を閉じる。

 

「はわぁ〜、いい湯なのです。」

 

 電が肩に頭を乗せてくる。

 

「ここの湯は関節痛や肩こりに効くのよ〜?」

 

「はぁ〜...気持ちいいわぁ。」

 

 愛宕と陸奥は肩をほぐし、そんな様子を見て瑞鶴が、

 

「なんで翔鶴姉も一航戦も二航戦も持ってるのに私には無いのよ...ッ!

 同じ航空母艦なのにこの持つ者と持たざる者の差は何なのよぅ...ッ!」

 

 ...何やらぶつぶつと哲学を説いている。勤勉な子だが、その答えは永遠に出ないだろう。

 

「ほんと、この男が居なければ楽しめていたのに...」

 

 大井が何か言っているが、翔は聞かないことにした。

 

「はいはいしっつも〜ん!

 お二人はどこで出会ったの??」

 

 愛宕が聞いてくるが...あの話を一からするには面倒だ。

 にごり湯の中で繋いでいる左手から『面倒、適当に合わせて』と指でなぞったり叩いたりする信号が届く。

 『了解』と翔も送り、口を開く。

 

「“いろいろ”あって...だな。」

「“いろいろ”あった...のです。」

 

「いろいろってなによぅ...」

 

「やっぱり電ちゃんの弱みを握ってこのド変態はあーんなことやこーんなことしてんのよ────」

 

「────大井さん、いい加減にするのです。」

 

 怒気を孕ませた声で電が言葉を挟む。

 

「えっ、な、何よ...!」

 

「これ以上翔さんのことを悪く言うなら...その身体、五体不満足に────」

 

「────電、落ち着きなさい。

 

 ただでさえ人間は艦娘を受け入れていないのに、人間を受け入れられない艦娘が居ても当然だろう。

 人間の私はこんな態度を取られても、受け入れなければならないんだ...」

 

 目を閉じたまま語る。ついバッヂを握る右手に力が篭ってしまう。

 

「ま、まあまあ大井さん、私たち艦娘と仲良くしようとしてるんだし良いじゃないの。何かしら深い理由があって二人は出会ったんじゃない?

 あまり詮索しても失礼よ。」

 

 瑞鶴から思わぬ助け舟。

 うむむ...と陸奥や愛宕が唸る。

 この中で一番まともな子かもしれない。

 

「じ、じゃあこんな話知ってるぅ?

 この露天風呂に出る幽霊の話...!」

 

「ひっ?!」

 

 愛宕が流れを変えてくれるが、電はさっきの剣幕はどこへやら、震えながらさらに翔に近寄ってくる。

 電はお化けなどのオカルト系統の話を非常に苦手としているのだ。

 

「実はぁ...ここのお風呂に浸かっていると、たまーに誰も居ないのに触られたり、自分を呼ぶ声が聞こえるんだって!きゃー!」

 

「「「「「......」」」」」

 

 ...なんというか、あんなゆるっふわな人が怖い話をしても...全く怖くなかった。

 

「み、みんな、怖くなかった...?」

 

「怖い話をするならもうちょっとムードとかあるでしょうに...」

 

 はぁ...とため息をつく大井。

 

「────じゃあじゃあ、お二人はどこまでしちゃったのかしら〜?

あ、もう既にシちゃったり??」

 

 あまりに強引な話題転換だが、陸奥から問われる。

 

「どこまでって言っても...」

 

「どこまでって、何のことです?」

 

「うーん、簡単に言うと...電ちゃんは寮で、鞍馬くんと何やって過ごしてるの?」

 

 ...まずい。『あんまり余計なこと言うなよ?』と信号を送ると、『わかってる』と返ってきた。

 

「寮はルームシェアしてますし、あっ、もちろんお風呂は別々ですが...一緒にお出かけしたり、毎日一緒に寝たりしているのです。」

 

「「「「「ブフゥッ!!」」」」」

 

 電の爆弾発言に、私含む全員が吹いた。

 

「やっぱり人間なんて信用ならないわ!こんなぺドフィリアなんかに少しでも気を許そうとした私が馬鹿みたい...ッ!」

 

「「あらあら!」」

 

「まさか本当にしちゃってるとは思わなかったわ...」

 

 大井から凄い目で睨まれ、瑞鶴からはドン引きされ、妙に生暖かい目で愛宕と陸奥から見られている...気がする。

 

「一緒に寝るのって...何かおかしいのです?」

 

 電はポカーンとした顔でキョロキョロしている...気がする。かわいい。

 

「寝るというだけで、何もやましいことはしていない。勝手に勘違いしないでくれ。」

 

「そ、そうよね!なによびっくりしちゃったじゃない...」

 

「うふふふふ...」

 

「電ちゃん、無意識だったのね...」

 

 瑞鶴は安堵し大井も納得してくれたようだが、愛宕が何やら笑っている。

 

「さっき大井さん、気を許そうとした...なんて言ってなかったぁ??」

 

 愛宕がニヤニヤしながら言うと、

 

「は、はあ?!ききき聞き間違いじゃないかしら〜??」

 

「まずは泳ぎまくっている目線と震える声を抑えてから否定しなさいよ...」

 

 認めない大井に、瑞鶴の冷静なツッコミが突き刺さる。

 

「それにしてもあの大井ちゃんが、ねぇ〜!」

 

「人間の、それも男の人に気を許そうとするんだなんて、ねぇ〜!!」

 

 目を閉じているから分からないが...愛宕と陸奥のニヤニヤ顔が容易に想像できる。

 

「いやぁぁあ!そんな顔で私を見ないでぇぇ!」

 

 と、逃げるように上がってしまった。...チャンスだ。

 

「────じゃあ、私たちもそろそろ上がろうか。」

 

 と言って立ち上がる。

 しかし、視界を黒い羽虫のようなものが覆い尽くしていく。

 

「翔さん?!」

 

「ちょ、どうしたのよ!」

 

 ...立ちくらみだ。

 五感が遠のいていき、ふらふらと数歩歩き...尻もちを着いて翔は後ろに倒れる。

 

 一旦目を閉じて下手に動かずに、感覚が戻るのを待つと、だんだんと背中や後頭部に鈍痛が...

 

 ...来ない。代わりに頭がものすごく柔らかいものに包まれている気がする。

 恐る恐る目を開く。

 

 ────そこには、男子高校生の夢が目の前...いや、ゼロ距離で広がっていた。

 後ろに倒れた時に、陸奥に膝枕をされる体制になったのだろう。いわゆる膝と胸に挟まれている状態だった。

 ...目の前で見るとやはり重量感がある。肩が凝るのも仕方ないな。

 

 ...何を考えている私は。

 ばっ、と起き上がると、

 

「すまない、湯あたりで倒れてしまった。

 ...怪我はないか?」

 

「こっちは大丈夫よ。それより...

 お姉さんともっとあぶない火遊び────」

 

「────遠慮しておく。」

 

「翔さん、ほんとに大丈夫なのです?」

 

 近寄ってきて右手を繋ぐ電。

 

「うむ。どこも打ってないから大丈夫だ。ただの湯あたりだ。」

 

「ならいいのです...」

 

 ...と、左手に信号を送ってくる。

 

 『またね ずっとみてるよ』

 

 ────どういう事だ?

 

 血が上っているからか、頭が全く回らない。

 

「はいはい、鞍馬くんが大丈夫そうなら...みんなもう上がるわよ?」

 

 瑞鶴の声に押されるようにして男湯の大浴場へ行く。

 

「「「?!」」」

 

 電以外の三人は翔の背中を少し心配しながら見届ける。

 

 

────その背中には火傷、縫い跡、傷跡が一面びっしりと刻まれていた。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「電ちゃん、あれは...?」

 

「翔さんは大切な人...それも艦娘さんが、目の前で砲撃を受けて亡くなったのです。...その時の傷跡なのです。」

 

「...見なかったことにするのが良さそうね。」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 風呂から上がって身体を拭き、チケットについていた浴衣を着て待合室でしばらく待っていると...女子組がやってくる。

 

「翔さん!似合ってますか??」

 

 袖をひらひらしたりくるくる回りながら電が聞いてくる。

 

「ああ、可愛いぞ。」

 

「えへへ〜♪」

 

 頭を撫でてやりながら小銭入れを取り出し、電に百円玉を渡して隣の購買所へみんなを連れて行く。

 

 私はいちごオレ、電は牛乳、愛宕は雹印の瓶コーヒー牛乳、陸奥はフルーツ牛乳、瑞鶴は飲むヨーグルト、大井は抹茶オレを買う。

 

 

 ざわっ... ざわっ...

 

 

 全員が目線を合わせ、謎の間が生まれる。

 

「やっぱり風呂上がりにはコーヒー牛乳よね〜。」

 

「まだまだね愛宕。ここは王道のフルーツ牛乳でしょう?」

 

「牛乳は牛乳が一番なのです。コーヒーやらフルーツやら混ぜるのは邪道なのです!」

 

 ...ちなみに電が牛乳を選んだ本当の理由は背が高くて胸の大きいオトナを目指しているからなのだが、この戦いの場で口に出すのは反則だ。

 

「牛乳もいいかもしれないけど、私は健康のために飲むヨーグルトが良いと思うんだけど?」

 

「フッ、論外だ。風呂上がりにそんなどろどろしたものを飲むのか。

 コーヒー牛乳のようなダダ甘や王道過ぎるフルーツ牛乳よりも、優しい味わいの“オレ”で締めるのが至高だろう。」

 

「私もそう思うわ。抹茶オレの甘すぎない程よい味が一番なのよ。日本人としてもう少し慎みってのを持つべきじゃない?

 ...鞍馬って言った?あなた、なかなかいい趣味してるじゃない。」

 

 大井と握手して、“オレ”パックをコツンとぶつける。

 風呂上がりドリンク論争では老若男女、人間も艦娘も関係ない。

 

「コーヒー牛乳が一番ね!」

「王道のフルーツ牛乳よ!」

「ノーマル牛乳なのです!」

「健康第一ヨーグルトよ!」

「いちごオレこそ至高だ!」

「抹茶オレが制するのよ!」

 

 全員の視線がぶつかる。

 周りには次第にギャラリーが集まってきたが、誰一人として馬鹿にすることはない。

 

 いちごオレのように甘い若いカップルから、ブラックコーヒーの似合いそうな仕事帰りのサラリーマン、飲むヨーグルトのような深みのある目で見守る温泉通のおじいちゃんおばあちゃんも、一人一人が自分の“至高の逸品”を手に持って、戦いの行く末をじっと見つめていた。

 

 と、そこへ中年のおっさんがやってくる。

 

 おっさんは自販機で“至高の逸品”を買い、こう言った。

 

「誰が何を飲んだっていいじゃないか。一人一人好みは違えど、風呂上がりの“逸品”に対しての熱い心は変わらないだろう?

 

 ここは矛を収めて...みんなで、乾杯をしようじゃないか!」

 

 ...ぱち、ぱち

 

 どこからか聞こえてきた手の音は拍手喝采へと変わり、知らない人同士で乾杯をして自らの選ぶ“逸品”について語り合う。

 

 戦いは一時終戦を迎え、平和が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ、ちょ、あれ?」

 

 ...ちなみに、演説したおっさんは一人ぼっちだった。

 

 その手にはファーゲンダッツの棒アイスが握られていた。

 

 

 

 (((((アイス派、てめぇに掲げる杯はねぇ。)))))

 

 

 

 

 

 

「さーて、帰るわよー♪」

 

 行きに乗ったバスで帰ることになった。

 片道一時間弱、またも気まずい時間が流れる。

 みんな行きと同じ席で、翔は電を膝に乗せて寝かしてやる。

 

 ...周りを見渡すと、ほとんどみんな寝てしまっているようだ。

 陸奥や瑞鶴に至っては浴衣がはだけて、肩や胸がかなり危険な状態である。

 

 今なら“見放題”だが、日本男児として寝ている女子の身体に見とれるなどみっともない。

 電を少し乗せ直して頭を撫でてやり、翔も目を閉じる。

 

 ガタン......ガタン......

 

 一定の周期で訪れる高速道路の継ぎ目に揺れるバス。

 外は寒いが、バスの暖房と電のおかげで快適に寝ることが出来た。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「...みんな、起きてる〜?」

 

 愛宕の小声を聞いて、電は目を開ける。

 

「ばっちり翔さんは寝ているのです。」

 

「大丈夫よ。」

 

「えぇ、こっちも。」

 

「起きてますよ。」

 

 翔以外のみんなが起きる。女風呂で愛宕からバスに乗っても寝たフリをして、起きていてほしいと頼まれていたのだ。

 

「────大井さん、今日一日で“人間”に対する印象は変わったかしら?」

 

「...わ、わかったわよ。反乱の話は綺麗さっぱり無かったことにすればいいんでしょう?」

 

「えっ?反乱...?」

 

 どういう事だか、電は話が全く見えない。

 

「大井さんは大本営で働いているんだけど、人間の私たちに対する仕打ちがあまりにも酷いし、ブラック鎮守府があるって話を聞いて...不満を持つ艦娘と同盟を組んで反乱を起こそうと考えていたらしいの。」

 

 人間に対して不満を持つ艦娘...それは即ち電の知る限りほぼ全ての艦娘に当たるはずだ。

 

 ただでさえ深海棲艦で滅びかけている日本の最後の希望、艦娘までもが反乱など起こせば今度こそ日本は滅ぶ。

 

「でも、今回の温泉に人間を連れて行って、その人がいい人間だって認めてもらえたら反乱はなしにしてもらう約束だったの。」

 

「正直...電さん、あなたとの鞍馬さんの距離の近さにも驚いたけど、わざとあんなに浴衣をはだけさせた瑞鶴と陸奥を一瞥して寝てしまったのはすごいと思うわ。

 

...ってかあの男不全じゃない?

 

 まあ、そうだとしてもしてなくても、鞍馬さんはちゃんと私たちのことを女性として見て、私たちが見てない所でもあんなに紳士的に接してくれたから...認めるしかないわ。」

 

 大井自身も語る。

 

「でも...私は別に襲われても、それはそれで甲斐性のある人間として見るかな〜?」

 

「...襲うだなんてそんな野蛮なこと、翔さんはしないのです。」

 

 かっこよくて、優しくて、いつも電の隣に居てくれる翔。

 今も寝ながら、私の腰に回した手は優しく、でも絶対に離さないように乗せられている。

 もう一度翔の身体に身を預け、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

「彼がもし鎮守府を受け持って、提督さんになったら...着任してみたいな。」

 

「...ええ。きっといい仲間と出会えて、楽しい鎮守府になるわ。」

 

 瑞鶴と愛宕の言葉は、眠ってしまった電には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 寮にて。

 

「翔さんったら、司令官さんになる前に日本を救っちゃったのです。」

 

「どうした?電。」

 

「はわわ、な、何でもないのです!」

 

 絶対に何か言っていた気がするが、まあ問い詰めても無駄だろう。

 

 ...そういえば。

 

「電、露天風呂で手を繋いでいた時、何故あの信号を理解出来たんだ?」

 

 今思い返せば、あの信号は“在りし日の”電と決めたものであり、今の“電”が知っているはずがないのだ。

 もし何かしらの理由で、本能的に記憶が残っていたら...

 一抹の期待を込めて聞くが、

 

「信号...なのです?

 そもそもあの時手を繋いでいなかったのです。」

 

「...え?」

 

「...え?」

 

 ...ふと、愛宕の話を思い出す。

 露天風呂に入っていると、声をかけられたり誰かから触れられる、と。

 しかし、あの時の指の動きは確かに“あの”電だったはずだ。

 

 

 「────!!」

 

 

 あの不自然な最後の信号。

 

 

 

 『またね ずっとみてるよ』

 

 

 

「────まさか、な。」

 

「どうかしたのです?」

 

「大丈夫だ。そろそろ寝るぞ?」

 

「おやすみなのです!」

 

 電を優しく抱き寄せて頭を撫でてやる。

 

 怖い話を思い出した後なのに、ゆっくりと寝られた翔であった。

 

 

 

 

 




後書き・愛宕

「ぱぁんぱかぱーん!高雄型重巡洋艦、愛宕です!
 今回のお話、楽しんでくれたかしら?

コンブさんったら、気合い入れすぎてこの話だけでおおよそ一万文字も使ってしまったのよ??
ろくに本編も書いていないって言うのに...お仕置きが必要ねっ♡

次回、本編サブタイトル予想・『鎮守府改装・戦いの予感』

次の次で、とうとう演習をするみたいね。鞍馬くんには頑張ってもらいたいところね〜♪

最後に、ここまで読んでくださった読者の皆さま、ありがとうございます。次回も読んでくれると、お姉さん...嬉しいな?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。