彼女との1年   作:チバ

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深夜と早朝の狭間あたりの投稿。眠い。


8月

 8月になってはや数週間。

 宿題などに追われながらも、ペンを置き、家から出るイベント…それはお祭りだ。

 町内という近場というのもあり、1年で学生が最も楽しむイベントの一つだろう。

 

 俺はそれなりに仲のいい友人2人と、適当に回っていた。

 焼きそばを買ったり、たこ焼きを買ったり。浴衣を着た同年代の女子をナンパしては玉砕したり。

 

「なあ、吸わないか?」

「…何をだ?」

 

 そうやって歩いていると、横にいた背の高い友人が藪から棒に言う。

 

「言わんでもわかるだろ。コレだよコレ」

 

 人差し指と中指で挟む形をとり、それを口から話す仕草をとる。

 なるほど、つまりは煙草か。

 

「リスク高いぞ。教師が回ってるし、生徒に見られてチクられたら終わりだ」

「そんなこと想定範囲だ。神社だよ」

「神社?」

 

 神社と言われても場所がわからなかった。俺はここに来てから数ヶ月しか経っていないので、地形を把握しきれてないのだ。

 

「あー、あそこか」

 

 もう1人の小太りの友人もつぶやく。

 

「だからなんなんだよ。勿体ぶらずに言えよ」

「ああ、お前は知らないのか」

 

 雰囲気を出すためか、声質を少し重くする。

 

「ここのすぐ近くに神社があるんだ。長い階段のな」

「なるほど」

「で、だ。そこには出るんだってよ」

「何が?」

「決まってるだろ…ゴースト」

 

 手を力なく下げる。

 なんともベタな話だ。笑い話にすらならない。

 

「…おい、せっかく話してやったのに冷たいな」

「ベタすぎる。アーノルド・シュワルツェネッガー型の殺人ロボットが出てくるとかの方が1000倍はおもしろい」

「そんなB級映画、アホでも作らないぞ」

 

 などと軽口を叩き合う。

 

「ま、それは冗談なんだがな」

「おい」

 

 さらっと嘘を吐かれていたらしい。思わずズッコケそうになる。

 

「そんな話は無い。ただ人気がない上に神社っていうのもあってか、自然と人が寄らないんだ」

「…なるほど」

 

 人気がなく、場所が神社という。確かに近づきにくいだろう。ましてや、今のような夜中は特に。

 

「そこなら教師も生徒も来ないだろ」

「それはフラグだ」

「やめろ、言うな」

「まあ、やるならやれよ」

「お前は参加しないのかよ?」

「健康に悪いし、バレた時のリスクが高すぎる」

 

 煙草なんてやる意味がわからない。健康には悪いし、社会的立場も弱くなるし。マイナスな点しかない。

 

「…お前、なんか妙なところでノリが悪いよな」

「現実主義者と言えよ。嗜好品としては認めてるんだぞ、これでも」

 

 煙草によってストレスを解消している人物もいたりする。その辺は認めるしかない。

 

「まあ、いいけどさ。…チクるんじゃないぞ?」

 

 友人から釘打ちともいえることを言われる。

 

「安心しろ、俺の口の軽さは岡田以蔵の次ぐらいだ」

「軽いのかよ」

 

 岡田以蔵の次ぐらいだと責められたらすぐに吐いてしまう状態だ。

 

 その後、紆余曲折ありながらも神社に辿り着いた。

 確かに、灯りは周りから漏れる街灯程度、人の気配も全くしない。まるで″八幡の薪知らず″だ。

 

「確かに、雰囲気はあるな」

「だろ?ここなら誰も来ない」

 

 そう言って持っていたビニール袋から花火のセットを取り出す。

 カモフラージュとして用意されたものだ。

 

「さてと、俺はトイレにでも行ってこようかね」

「ついでに周辺警戒よろしく頼む」

「はいよ」

 

 近くのコンビニまで行く。

 お祭りのためか、いつもより人が多かった気がする。

 

 そうして少し周りを歩いて周辺警戒をし、戻って来る。

 しかし、そこに2人の姿はなく、カモフラージュ用の花火とライターだけが置かれていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 お祭りというのは、幾つになっても嫌いになれない不思議なイベンドだ。どんな大人でも、一瞬だけ子供の頃の頃に戻れる…そんな気がする。

 

「りんご飴おいし〜」

「モカ、それ少しくれ」

 

 人混みに揉まれながらも歩く5人組。周りから見れば、普通の女子集団だろう。

 

「蘭ー、迷子にならないでよ」

「ならない」

「蘭ちゃん、手を繋いでいれば大丈夫だから」

「はいはい、わかった」

 

 世話を焼く2人組。面倒見が良いので、少し人付き合いが苦手な私のことを心配したりしてくれる。

 面倒見がいいがそれ故に少し口うるさい。母親の感覚と同じだ。

すると、あたりで歓声がわく。

 

「おおっ、神輿だぞ」

「わー!大きいね!」

 

 ドンドン、と太鼓の音がなる。背伸びすると、煌びやかな装飾が付けられたお神輿が揺れているのが少し見える。

 と、後ろからお神輿目当ての観客たちに押される。

 

「うわっと…すごい人混みだな…」

「らーんー?モカー?」

「モカちゃんは大丈夫〜」

 

 しまった、完全に手を離してしまった。

 BGMのように飛び交う歓声の中に、幼馴染たちの声が僅かながらに聞こえる。

 

「っ…」

 

 しかし、押し潰されてしまいそうなこの状況では探すのもままならない。一旦。この人混みの中から出るしかない。

 

 人の波をかいくぐり、なんとか人混みからの脱出に成功する。

 

「巴、モカ…」

 

 幼馴染たちの名を呼ぶが、辺りにその姿は見えない。

 完璧に逸れてしまった。

 

 携帯電話を取り出し、ひまりの電話に向けて連絡を取る。

 

「もしもし、ひまり?今どこにいる?」

『あっ、蘭!そっちこそ、どこにいるの?』

 

 明るい声が耳に直に届く。

 

「…わかんない。多分だけど、正反対の所かな」

『正反対って…向こう側ってこと?』

「多分ね」

 

 人混みは今もまだ増え続けてる。

 一先ず、ここはすれ違いにならないように待ち合わせ場所を決める必要があるか。

 

「ひまり、とりあえず巴に変わって」

『う、うん。巴』

 

 しばらくガサガサっと音が鳴る。

 

『蘭か?』

「うん、とりあえず待ち合わせ場所を決めよう」

『待ち合わせ場所…?あっ、なるほどな』

 

 巴はすぐに私の考えを察したらしい。

 

『そうだな…なら、あの神社はどうだ?』

「神社…」

 

 彼女の言う神社というのは、ここからすぐ近くにある神社のことだ。人気がなく、灯りもない不気味なところなため、幽霊が出るなどと根も葉もない噂が立っているスポットだ。

 もちろん、実際に幽霊なんかは出ない。むしろ私たちはそこで昔から遊んでいたぐらいだ。

 

「うん、ならそこで待ち合わせしよう。今から向かうから」

『了解、私たちも向かうから。気をつけろよ』

 

 巴の声を聞き届けた私は、早速歩き始めた。

 思えば、あの神社に足を運ぶのは久しぶりだ。中学一年生の時の学力祈願で行って以来か。

 

 たまにはお賽銭でも入れていくのもアリかもしれない。

 心の隅にそのことを置いて、私は歩みを進めた。

 

 暫くして辿り着く。相変わらず灯りは少なく、霊が出るというホラが事実になってしまいそうなぐらいの雰囲気だ。

 人はいないーーーとも思っていると、そこに1人の少年がいることに気がつく。

 

 目を凝らすと、それは見知った顔ーーー大槻京介の姿が。

 

「大槻?」

「ん…その声、美竹か」

 

 向こうも見えていないのか、どうやら私の声で判断したらしい。

 しかし、それよりも…。

 

「何してんの、こんな所で」

 

 何よりはそこだ。こんな人気のない所で一体何をしているのか。

 

「あー…そうだな、ドタキャンされた、ってとこかな、うん」

「…何それ」

 

 歯切れ悪く答える。

 何かを隠している気がしてならないが、追求はしないでおこう。

 と、そこで彼の足元に置かれていたビニール袋が目に入った。

 

「それは?」

「花火」

「花火…?」

 

 予想外の解答にビックリしたが、先ほどの″ドタキャン″という言葉を思い出して彼の事情を察した。

 おそらく花火を一緒にやることになったのだが、なんらかの問題が発生して1人になってしまったのだろう。

 

「お前はなんでここに?わざわざ来るような場所じゃないだろうに」

「待ち合わせ」

「なるほど、迷子か」

「…違う」

 

 図星なのだが、それを認めるのが非常に癪にさったので嘘を言った。

 

「…なあ、線香花火やらないか?」

「は?」

 

 藪から棒に聞かれる。

 突然のことに素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「…なんで?」

「消費に協力してくれ。何もせずに捨てるとか、もったいないだろ」

 

 と、私の言い分なんか聞かないと言わんばかりに袋からセットを取り出す。その中からひときわ細くて小さい、紐のような線香花火を私に渡す。

 

「……」

「ほれ」

 

 ため息をこぼし、仕方なく受け取る。巴たちもいつ来るかはわからない。暇つぶし程度にやるのもいいかもしれない。

 

 どこからともなくライターを取り出し、先端に火を灯す。静かに着火し、幻想的な赤い球体が生まれる。

 

 静かに音もなく火花を散らす。その光景は、私の心をどこか不思議な世界へと連れて行く灯りの様にも見えた。

 だからだろうか、隣でしゃがんでいる大槻の横顔を見て、なんとなく口を開いた。

 

「……私、ひとりぼっちなんだ」

 

 火花を散らす赤い球体を眺めながら、ぼんやりと呟いた。

 

「なんだ、メンヘラ宣言か?」

「違う。…ただ語りたいだけ」

「それ、メンヘラだろ」

「だから違う。愚痴みたいなものだから、黙って聞いてて」

 

 「ふうん」とだけ声を上げて、彼はそれから黙った。わたしの愚痴を聞く態勢に入ったのだ。

 

「…中学一年…去年までクラスがずっと一緒だった幼馴染たちがいたんだ。でも、今年から違うクラスになって」

 

 ひとりひとり顔を思い浮かべる。

 みんな優しい娘だ。別のクラスになった私のことをずっと心配してくれている。

 

「…それで、少しだけ距離が離れたんじゃないか…関係が変わっちゃうんじゃないか…そういう不安が私を襲った」

 

 すごく暗くて真っ黒な、得体の知れない何かが私の心を襲った。

 

「あの時、屋上で泣いてたでしょ。あれ、それが理由」

 

 自嘲気味に笑う。しかし彼は何も言わなかった。

 

「その時は本当に、何をしても離れ離れになった悲しさしかなくて。何もする気になれなかった」

 

 だから授業をサボって、柄にもなく涙を流して。本当に、私らしくなかった。

 

「ーーーけど、その時に大槻と会った」

 

 今でも、覚えているあの光景。

 少し驚いた様子で私を見ながらも、特に何も言わずに気兼ねなく接してくれた彼の姿。

 

「あの時、大槻と話ができて…少し元気が出たんだ」

 

 火花が途切れ、火の玉が落ちる。

 まだ終わってほしくないーーーそう思ったのか、袋からもう一つ線香花火を取り出す。大槻が黙って火のついたライターを掲げる。

 私は静かに灯して着火する。

 再び生まれた赤い球体を眺める。

 

「あの時も言ったけど…ありがと」

「……」

 

 それでも彼は何も言わなかった。

 それがなんだか、心地が良かった。

 

「あっ」

 

 と、思っていたら大槻は突然声を上げた。

 見れば、赤玉が落ちていた。

「……長かった」

 

 ふと、彼は呟く。確かに、すぐに終わってしまった私に比べたら長かった。

 

「…よし、帰るか」

 

 そう言い彼は立ち上がった。

 

「その花火、その幼馴染さんたちと一緒に使ってくれ」

 

 伸びをしながら去って行こうとする。

 私も立ち上がると、彼は私の顔を見て、笑って言った。

 

「楽しかった。こちらこそありがとう」

 

 それだけ行って去って行った。

 

 しばらくぼうっとしていたが、我に帰る。

 ふと、彼の笑顔を思い出す。そして私が持った線香花火も。

 

 短かった。

 よくわからないが、なんとなく、さっきまでのあの時間が、彼が持っていた線香花火と同じくらい、もう少し長く続けばーーー本当になぜか、そう思っていた。




未成年の喫煙は禁止されています。絶対に真似をしないように。

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