彼女との1年   作:チバ

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7月に体育祭って珍しかったりするのかな。私の学校は7月にやることもあったからなぁ…。


7月

 パンッ、と聞き慣れない乾いた音が響く。それと同時に一斉に5人の男子生徒が地を蹴り駆け出す。

 

 一気に歓声、応援の声が湧き上がる。興奮のあまり立ち上がって見る者、応援団を煽る応援団長。

 

 今日は体育祭。

 全校の生徒たち(主に運動部)が自慢の力をこれでもかと見せつけるお祭りである。

 

 先ほど言ったように、このイベントのメインは運動部。文化部や帰宅部の我々からすれば陽の光が強くなる程度のものなのだ。

 運動ができない我々は、せいぜいお笑い担当になるしかない。

 

「なあ大槻、お前は何に出るんだ?」

 

 同じ用具係の先輩が聞く。用具係の打ち合わせで少し話すようになった人だ。

 

「…100m」

「意外だな。お前がそんなメインだなんて。足速いのか?」

「まあ、それなりに」

 

 100m走でタイムは13.59秒。自分でも驚いたが、結構速かった。クラスの人間もかなり驚いていた。…まあ、クラスメイトの陸上部や野球部などに比べたら大したことはないのだが。

 いわば余興だ。学校からの決まりで、1人2競技まで。陸上部や野球部はリレーや200m走に持っていく。そのため、運動部の次に早い俺が選ばれたのだ。

多分、他のクラスはもっと早いやつを出してくるのだろう。

 

 用具係の仕事が終わり、水を飲もうと水道に行くと、そこには蛇口から出る水を飲んでいる美竹の姿が。

 

「…大槻…」

「よぉ」

 

 あまり意識せずに蛇口のハンドルを捻る。そのまま水を飲む。

 

「どう、体育祭は」

「まあまあ」

「なにそれ」

 

 適当に返事をすると、呆れとも取れる返しが。

 

「個人競技、なに出るんだったっけ」

「100m」

「そういえばそうだった」

「ああ」

 

 淡々と、かつ何気のない会話。俺と美竹は会えば少し会話をする程度の仲になっていた。

 

「お前は?」

「…借り物競走」

「そういえばそうだった。…で、なんで?」

「余り」

 

 そういえばそうだった。黒板に板書された文字。余った借り物競走に美竹の名が書かれてた。

 

「やりたい競技とかなかったのかよ」

「別に…運動得意じゃないし」

「なるほど」

 

 走るのが得意な美竹とか確かに想像し難い。

 

「まあ、ビリにならない程度には頑張るつもり」

「借り物だろ?意外と難しくないか」

「それなりに話が出来る人じゃないとね。確かに、その点私は不利かも」

 

 冷静に自分を分析しているようだ。自分は話すのが苦手だということは自覚していたのか。

 

「らーんー」

 

 と、のんびりとした声が響く。振り向くと、そこには白髪の、気怠そうな瞳をした少女が。

 

「うん、今いく」

 

 美竹が返事をする。

 

「じゃ、また」

「ん」

 

 それだけ言って美竹は去った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「今の誰〜?もしかして、彼氏とか〜?」

「…違う」

「お〜?間があったぞ〜?」

 

 私の横を歩く少女ーーー青葉モカがニヤニヤして聞く。

 

「何でもない。ただの友人」

 

 そう言って気づく。もう私と彼はそんな関係になっていたのか。

 

「その割には仲良さげだったけどー?」

「何でもないって言ってるでしょ」

 

 語調を強めて言う。懲りたのか、モカもニヤニヤ顔を崩さないながらも引き下がる。

 

「おっ、蘭。何に出るんだー?」

 

 赤髪の長身の少女ーーー宇田川巴が明るい声で私に聞く。

 

「借り物競走」

「借り物かー。なんか困ったらとりあえず私達のところに来なよー」

「いや、それじゃあルール違反だろ」

 

 桃色の髪の上原ひまりの言葉に、巴がすかさずツッコミを入れる。

 

「でも確かに、借り物競走って難しそうだよね」

 

 優しそうな顔をした少女ーーー羽沢つぐみが同乗するような声で言う。

 

「私やったことないからわかんないんだよな」

「わからないよー?もしかしたら意外と簡単!っていうのもあるかもだし」

「そうだといいけど…」

 

 実際はわからない。

 ひまりの言う通り、意外と簡単であればいいのだけど…。

 

「だいじょーぶ、蘭なら出来るってー」

「…まあ、できる限りやる」

 

 モカからよ激励の言葉をもらうと、放送で次のプログラムが流れる。

 借り物競走…私たちだ。

 

「じゃ、行ってくる」

「おお、頑張れよ!」

「蘭ちゃんなら出来るよ!」

「私たちも応援するから!」

「らーんー、ガンバ〜」

 

 最後の一声でずっこけそうになるが、何とか踏ん張って向かう。

 

 着くと、そこにはひとクラスぐらいの人数の男女が。全員、私と同じ借り物競走の出場者だ。

 係の人に促されて列に加わる。

 

 そうしてしばらく待機していると、プログラム開始の音楽がかかる。一切に、グラウンドに向かって走る。

 

 それぞれの列に並び、自分の順番が来るまで待つ。

 

 その間、私はずっと考えていた。

 もし失敗したらどうしよう。無理難題なお題が書かれていたらどうしよう。

 

 その時は、ひまりの言った通りに巴かモカでも連れて行こうか。ルール違反にはなるけど、オドオドしてその場に突っ立っているよりは遥かにマシだろう。

 

 お題が書かれているカードをシャッフル、入れ替えをする係員。

 私は楽なカードを引けるように、とずっと祈っていた。

 

 そしてついに、私に順番が回る。

 

 台の上に立った教師が、ピストルを上空に向けて構える。

 

『位置について、よーい…』

 

 放送の声に合わせ、構えを取る。私も横に並ぶ少女に合わせて、見よう見まねで構える。

 

 パンッ、と乾いた音が響く。

 それと同時に地を蹴り、駆け出す。

 走り、置かれたカードをめくる。急ブレーキをかけた負担により、脳の認識が遅れる。

 カードに書かれていたのはーーー

 

 ″好きな異性″

 

「ーーー」

 

 言葉を失った。

 何だこれ、無茶振りすぎるだろう。

 

 気がつけば、周りはそれぞれのお題の場所へと向かい始めていた。

 気になる異性なんて、いない。そう心の中で愚痴っていると、私の視界にある男の姿が入った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうした、美竹のやつ」

 

 周りのクラスメイトが声をあげる。美竹はカードを取ってから固まっている。

 

 おそらく、無理難題なお題を引いてしまったのだろう。明らかに戸惑っている様子だ。

 

 すると、俺のことを見つけたのか、俺がいるほうを見始める。

 この間、俺は色々と考えた。

 そういえば、美竹とはよく話すな、と。最初は睨まれたりと上手くやっていける気は全くしなかったが、今となっては話の合う存在として良い印象を持っている。

 

 もしかすると、俺が学校で1番話す人間は美竹なのかもしれない。

 

 そう思うと、俺は自然と体が動いていた。

 自然と立ち上がり、自然と柵を越えてグラウンドへ出て、自然と美竹の前まで走っていた。

 

「なにしてんの…」

 

 突然の行動に出た俺を見て驚く美竹。

 それは無理もないだろう。なぜなら行動を起こしている俺ですら驚いている。

 

「うるさい。変なお題のカード引いたんだろ、それ」

「……」

 

 図星とも取れる沈黙。

 

「ほら、行くぞ。お前も俺も、ビリっていう恥はかきたくないしな」

「ぁ…」

 

 たくさんの視線が集まることへの羞恥心から、俺は早くこの場から脱したいと思って、美竹の手を掴んで走り出す。

 らしくない声を出しながらも、美竹はついてくる。

 

 その間の時間は、歓声も何も聞こえない、無音だった。無論、それは俺の幻聴なのだろう。そしてそのせいか、俺の鼓動は遠くまで響いているような気がした。それは、今手を掴んでいる美竹にも聞こえるのではないか、とも思えるぐらいに。

 

 カーブを渡り、ラストの一直線をかける。

 

 結果は4位だった。

 

 係員に俺は戻るよう言われる。

 

「……」

 

 何も言わずに手を離す。

 何故、その時の美竹が物足りなさそうな顔をしていたのか、俺にはよくわからなかった。

 

 戻ると、クラスメイトから色々と聞かれた。

 何で自分から前に出たんだ?

 結局お題は何だったんだ?

 

 正直に答えれば美竹にも被害が出るだろう。適当に答えておいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 戻ると、巴たちが出迎えてくれた。むろん、質問攻めをか食らったが。

 

「あの人ってさ〜、さっきの人でしょ〜?」

「…まぁ、そう」

「もしかして彼氏とか?」

「違う」

 

 ひまりからの質問に、私は冷たく答える。その様子を見た巴が笑いながら言う。

 

「でもあいつ、自分から出てきたように見えたぞ?お題は何だったんだ?」

 

 その問いに、一瞬だけ固まる。

 

 ーーー好きな異性。

 

「ーーー言いたくない、かな」

「おやおや〜?」

「これはこれは…脈アリ?」

「…うるさい」

 

 相変わらず絡んでくる2人に素っ気なく返す。

 と、そこで次に行われる種目が言われる。

 100m走ーーー大槻が出る種目だ。

 

「100m走か。面白そうだし、前まで見に行くか?」

「蘭ちゃんはどうする?」

 

 つぐみに聞かれる。

 大槻の先ほどの行動を思い返す。彼はなぜ、わざわざ前に出て一緒に走ったのか?

 ただの厚意か?

 考えてはみたけれど、結局わからなかった。

 

 しかし、私が取るべき行動は、何となくわかった。

 

「ーーー行く」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 暫くすると、俺の出る種目ーーー100m走の時となった。

列に加わると、周りの人間のほとんどが体格の良い運動部だ。周りからは奇怪な目で見られる。

 それはそうだろう。運動部揃いの中で、1人だけ帰宅部の俺がいれば。

 

 まあ、余興程度だ。適当に走って笑いを取るぐらいで十分だ。

 

 ーーーそう思っていたのにだ。

 

 いざ俺の列の番になると、一つの声が聞こえた。

 

「ーーー大槻」

 

 美竹だ。

 決して叫んでいるわけでもなく、歓声に掻き消されてしまいそうなのに。なぜか、その声が聞こえた。

 

 そのせいなのか。

 ピストルの音が響き、走り出す。

 柄にもなく、俺は本気で走っていた。

 

 カーブを、体重などを駆使して倒れないようにバランスをとりながら駆け抜ける。

 最後の直線。

 俺の前にいるのは3人。

 力の入れどころだ。必死に走った。

 

 何でこんな本気出してんだよ、俺。

 (笑)、なんてつきそうなぐらい自分自身で自分の行動を嗤う。

 

 1人を抜かす。

 歓声からどよめきが伝わる。

 

 そんな声なんか関係なし。

 気がついた時には、俺はゴールについていた。

 前で肩をついて呼吸をしているのは1人だけ。

 遅れて1人の男子生徒が俺を追い越す。

 

「…あれ」

 

 係員に促され、俺は2位と書かれた旗のもとに座らされた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 体育祭は終わり、今は教室に荷物を取りに行っていた。

 

 結局、今年の体育祭は色々と記憶に残る大行事となってしまった。

柄にもなく、声をあげて応援した。

 

 オレンジ色の夕焼けが教室を包む。

 

「……何してんだろ、私」

 

 空はオレンジ一面。

 窓越しに見て、ため息を吐く。

 

 すると、扉が開かれる。

 

「…美竹」

「……」

 

 悩みのタネが現れた。

 

「…今日はお疲れ様」

「おう」

 

 素っ気なく返す。

 机の横につけられた鞄を手に取る。

 

 あの時の彼を再び思い返す。

 思えば、結構な借りを大槻に与えてしまっているのでは?

 …せめて、礼ぐらいは言うべきなのだろうか。

 

「…大槻」

「ん?」

 

 何も気づいてなさそうな素振りで振り向く。

 その態度がまた少し腹立った。

 けど、冷静さを取り戻し、平常に行く。

 

「ありがと…あの時、正直言って助かった」

「ーーーああ、そんなことか」

 

 なんてことなさそうに言う。

 せっかく人が礼を言ったのに、そんな反応なのか。

 

「…けど、俺もお前に礼を言わなきゃな」

「…?」

「ありがとな。あの時、応援してくれただろ?おかげで2位取れたよ」

 

 普段の彼が見せない、笑顔で言う。なんてことなさそうに。いつも通りな声で。

 

「……っ」

「じゃあな」

 

 それだけ言い、彼は去っていった。

 そんな大槻とすれ違いに、モカたちが教室に入る。

 

「あ〜れ〜?さっきの人…ってどしたの蘭?顔赤いけど〜?」

「もしかして、何か言われたりした?告白的な…」

「なんでもないから…」

「おー?私も気になるなー?つぐもそうだろ?」

「えっ、ど、どうかな〜…」

「うるさい…!」

 

 モカたちのからかいを認めるのは癪に触るが、確かに顔が熱い。

 できることなら、この顔が赤いのは、夕焼けのせいにしたい。

 




いやー、青春してますね。

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