彼女との1年   作:チバ

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2017年もあと僅か。季節特に関係のない話を更新する千葉県民が通ります。


外伝
流星群


 冬特有の乾いた寒風が肌を突き刺す。

 マフラーを口元から鼻が少し隠れるぐらいにまで引き上げて寒風を防ぐ。

 

 寒い。

 シンプルでわかりやすい感想を抱いた私は少し早歩きにして目的地まで向かう。

 

 羽沢珈琲店の看板が目に入った時、少しの安堵感で顔が綻びる。そして寒さに追われるように私は店の扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 カウンターでレトロなコーヒーミルの取っ手を掴んでゴリゴリと音を立てて回している若い男性が爽やかな微笑を浮かべて出迎える。

 

「美竹さんでしたか」

「マフラー深くしてたから気づかなかったかもね」

 

 早歩きをしたことにより少し蒸れたマフラーを外す。

 

「つぐみを呼びましょうか?」

「忙しいでしょ。大丈夫、今回はそこにいる派手な赤髪に用があるから」

「聞こえてるぞー」

 

 親指で指差した方から女性としては少し低い声が聞こえる。

目を向ければ、そこには椅子に座った、少し派手な袖立ちをした赤髪の長身の女性がいた。

 名を宇田川巴。私の幼馴染だ。

 

「その格好、恥ずかしくないの。30歳も見えてきた歳なのに」

「まだ27だわっ」

「もう、の方が正しいと思うけど」

 

 私達以外に客は入っていなかった為、人目を気にせずに軽口を叩き合いながら彼女と対になるように正面の席に座る。

 

「旦那さんはなんか言ってないの、その格好」

「特に何とも。あんましそういうの気にしないタイプなんだろうな」

「良い旦那持ったね」

「おお、煙草の吸いすぎが偶に傷だけどな」

 

 皮肉を込めた言葉をぶつけるが、どうやら通じていないらしい。さすがAfterglowの2バカコンビの片割れだ。

 

「で、どうしたんだ。お前から誘うなんて珍しいじゃん」

「ああ、うん。それがさ」

 

 少し言葉に詰まりそうになったので、グラスに注がれた水を一口飲んで唇を潤した。

 

「すれ違い、してるんだよね」

「すれ違い?お前とアイツがか?」

 

 心底意外そうに、目を見開く巴。

 

「すれ違いとは言っても、そこまで酷いものじゃないんだよね。ただ前に比べて会話が素っ気ないというか」

「それって昔からだと思うんだけどな…」

 

 肘を立ててジト目で言葉を返す巴。

 そういう言葉が返ってくるのは何となく想像はしていた。

 

「まあ仕事も忙しいだろうし。蘭も大変なんだろ、華道は」

「私はそうでもないかも。昔から父さんに扱かれてたし。ただあっちの方は…」

「どこ就職したんだっけ?」

 

 温まっているコーヒーを啜った巴が聞く。

 

「大手出版社」

「出版社?言い方はあれだけど、そんな忙しいのか?」

「その会社の親会社、弦巻グループ」

 

 コーヒーを啜っていた巴が弦巻グループの名を聞いた瞬間に噎せて咳き込み始めた。

 

「弦巻グループって…あの弦巻か?」

「どの弦巻だっていうの。他は何もない、正真正銘の弦巻こころの親御さんが経営してるとこ」

「何の縁なんだろうな、それ…。というか弦巻グループっていうのには驚いたが、何か問題はあるのか?」

 

 確かに。親会社が知人の両親が経営しているというのは驚くべき縁のつながりだ。世界は狭いとはまさにこのこと。そのこと自体に特に障害はない。しかし、問題はここからなのである。

 

「その子会社…つまり京介の勤め先に、そのこころがいるの」

「はあ?なんでそこにこころがいるんだよ」

「そんなの私が知りたいぐらい。偶然なのか、それとも仕組まれてるのか」

「前者を願いたいな」

 

 巴に大きく同意する。

 

「しかしすれ違いか…そんなに深刻でもないんだろ?」

「私が認知している限りでは」

 

 顎に手を当てて考えるそぶりを取る巴。

 

「2人きりで出かけたり…っていうのはどうだ?」

「2人きり、か」

「そ。最近そういうのしてないんじゃないのか、お前ら」

「…言われてみれば」

 

 最近は2人で外出どころか、家での会話も少なくなりつつある。原因は帰ってきた彼の顔が窶れてて無理させないように私が寝かせているからなのだが。

 

「そういうのは結構大事だぜ?」

「へー…」

 

 家にいるよりは恐らく外の方が会話も弾むとか、きっとそういう効果があるのだろう。

 

「お待たせしましたー」

 

 と、私の幼馴染の1人である羽沢つぐみがトレイにホットコーヒーを乗せて運んできた。

 

「よ、つぐ」

「出て来ちゃって大丈夫なの?」

「寝かせてきたから暫くは大丈夫」

 

 つぐは私たち幼馴染達の中では最も早くおめでたを迎えた。今カウンターでコーヒーを作っている美形の男性がつぐの旦那さんというわけだ。

現在Afterglowメンバーの中で既婚者は私を含めて3人。1人はそういった話題が全く上がらず、もう1人は単純に望み薄だ。

 

「で、蘭ちゃんの悩みって?」

「旦那との間に出来てしまった溝の埋め方」

「言い方悪い。そこまで行ってないって」

 

 間違ってはないが。もう少しオブラートに包んでくれないと、離婚協定一歩手前の熟年夫婦感が出てきてしまう。

 

「現在進行形で円満なつぐからは何か言うことは?」

「えっと…あんまり無責任なことは言えないけど…」

 

 つぐらしい、相手に気を遣った前置きをして。

 

「2人でお買い物とか外食とか、そういうのがいいと私は思うよ」

「つぐもそういう答えか…」

「私と同じこと言ってる」

 

 巴はともかく、つぐまでそう言うのなら試す価値はあるのだろう。

 食事か買い物か…何かいい話題はないものだろうか。

 

「そういえば明後日の流星群は見るのか?」

 

 藪から棒に巴が聞く。

 

「私はどうかな…子供がぐっすり寝てたら…かな?」

「蘭は?」

「流星群…」

 

 流星群が夜空を流れる光景を頭の中に描いてみる。

 

「どうかな」

 

 私は首を傾げた。

 巴たちも苦笑いをしていた。

 今はなんだか、彼との溝の埋め方以外に興味が沸かなかったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 キーボードのエンターキーを押したと同時に心地の良い音が鳴る。その音を聞き届けた俺は糸が切れた人形のように椅子の背もたれに体を掛けて大きく伸びをする。

 

「お疲れのようね」

「あー…」

 

 その疲れの原因でもある女性…俺の勤め先の親会社の社長の令嬢、弦巻こころが俺の顔を覗き込む。

 麗しい金の髪に、人形のように丸く、宝石のような鮮やかさを持つ瞳、日本人離れした整った顔立ちはまさしく絶世の美女。赤色の眼鏡を掛けていることにより、聡明さも浮かび上がっている。

 

「そりゃ疲れますよ…身分に見合わない仕事をこなしてるんですから」

 

 入社して2年ほど。順調に行くかと思われた俺の生活は、見事にこの女史によって打ち砕かれた。

 弦巻こころ令嬢…何の目的があるのかわからないが、彼女が新入社員の俺をすっぱ抜いて別の部署へと強制移動させられたのだ。

 

「まったく…こっちは忙しすぎて嫁とも碌に会話もできてないっていうのに…」

「それは大変だわ。何とかしないと」

「誰が原因でその悩みを頭に抱えていると思ってるんですかね」

 

 当の本人は気づいてないようだ。元々人の話をあまり聞かないタイプの人物なので、何を言っても無駄だろう。それに実際問題、彼女の計らいのおかげで収入は暖かいのだ。少しのことには目を瞑ってやろう。

 

 目頭を押さえて疲れを解しているところで、俺は以前から抱いていた疑問をぶつけてみることにした。

 

「弦巻さんは、どうして私めなんかをこんな所まで引っこ抜いたんですか?心当たりがなくてちょっと怖いんですけど」

「そうね…」

 

 唇に指を当てる弦巻女史。それだけで絵になるほどの整った顔立ちと雰囲気から、非常に様になっている。

 

「まず1つは、貴方の名前よ」

「名前?」

「美竹京介…この辺りで美竹という名字を持つ人は僅かしかいないわ」

 

 俺は美竹の家に婿入りする形で入籍をした。なので俺の名前は美竹京介ということになっている。

 

 しかし、美竹の家の事を知っている。華道の家としては有名どころではあるし、弦巻グループとは何か繋がりがあるのだろうか。

 

「そして貴方の年齢などから考えて、1つの結論に至ったの」

「結論?」

「貴方が蘭の夫であることよ」

「ら、ん…?」

 

 何故、彼女の名前を。

 そう言葉を口に出すよりも先に彼女は答えた。

 

「私は昔、バンドをやっていたの。ハロー、ハッピーワールドっていうバンドを。その時にライブとかよく共演してたのが、蘭がやっていたAfterglowなの」

「ハロー、ハッピーワールド…聞いたことあるな」

「今は活動停止中だけれど。その時のつてで蘭とはよく話してたから、もしかしてと思って」

「友人の旦那だからすっぱ抜いたと…これって俗にいう身内贔屓ってやつですよね」

 

 すると弦巻女史は目を見開き、くすりと可愛らしく、しかしどこか意地悪く笑う。

 

「そうかしら?私は貴方の実力をしっかりと買っているのよ」

「そりゃまた。何を根拠に」

「前の部署の人達に貴方の評判を聞いたの。そしたら、ちょっと昔の友人に似ていたのよ」

「昔の友人」

 

 鸚鵡返しで言う俺に、彼女は「ええ」と頷く。

 

「その友人は常に自分を守ろうとしているけど、無意識に他人の世話を焼くような人だったのよ。それが少し、貴方に似ていたの」

「似ていた、ね…」

 

 似ていた、という曖昧な理由で俺を連れてくるということは、余程弦巻女史はその友人に何か思い入れがあったのだろう。

 最新式の薄いPCを操作し、シャットダウンを押す。

 

「まあ、つまり私は貴方のご友人とどこか重なる部分があったから、今こうして身に余る立場に立っている…ということですかね」

「言い方が悪いわ。けれど正解よ」

「光栄極まる事実と処置、改めてありがとうございます」

 

 メッセンジャーバッグを肩に掛け、席を立つ。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様。そうね…」

 

 と、弦巻女史は俺の肩に手を置き、耳元に顔を近づけて囁く。

 

「ふたご座流星群、行ってみたらどうかしら?」

「…流星群?」

 

 このような少々過激なスキンシップにはされなれたので、特に何も反応はしない。

 美しく、そして意地悪く笑う弦巻女史に呆れの視線を送る。

 

「偶には2人きりのデートを提言するわ。一応、その問題の根源の1つでもあるからね」

「…ご提言、痛み入ります」

 

 彼女の顔を見返すが、その眼鏡に映るのはやや疲れた表情をした男だけだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 相変わらず広いこの屋敷は、いつ見ても慣れる気はしない。

 玄関扉を開け「ただいま」と短く呼びかける。

 

「おかえり。今日は割と早かった」

 

 少し奥にある襖を開けてこちらに歩み寄るのは蘭…つまりは俺の妻。

 

「そうか?あまり変わってないように思うけど」

「待ってる側からすると、秒単位の違いでもわかるの」

 

 皮肉ともとれる、蘭の言葉に呻きを上げながら靴を脱ぎ、リビングの椅子に上着を掛ける。

 

 リビングに置かれていたポッドからお茶をコップに注ぎ、一口飲む。

 と、視線が刺さっている気がした。この空間には俺を含めて2人しかいない為、その1人である蘭を見る。

 案の定、頰をついて俺のことを見ていた。

 

「なんだ?」

「いや…別に…」

 

 妙に歯切れが悪かった。

 珍しいこともあるんだな、なんて思っていると、1つの言葉が頭を過る。

 

 ーーー偶には2人きりのデートを提言するわ。

 

 

 つい数時間ほど前、弦巻女史に言われたことを思い返す。

 

 ふたご座流星群、と携帯で調べてみる。どうやら明後日に見れるらしい。

 

「……」

 

 頭をかき、コップに残ったお茶を一気に飲む。

 1つ息を吸って吐く。

 

「今度…明後日、か。2人でどっかに行こう」

「え…」

「偶にはいいだろ、そういうのも」

「ぁ……そう、だね…」

 

 蘭はやや戸惑い気味に、少し驚いたような顔をしていた。

 そんな彼氏に初めてデートに誘われた少女のような、初々しい反応を取れたものだから。

 

「……まあ、そういうことだからよ」

 

 三十路も見えてきた年齢だというのに、妙に甘酸っぱい感情を思い出してしまった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 2日後。

 早朝というわけでもなく、俺と蘭は家を出て、隣町まで行って適当にデートなようなものをした。

 最初こそ、やはり久しぶりなこともありかなりぎこちなかった。

 それはそう、まるで初めて2人きりで出掛けた、あの12月の様だった。

 

「やけに歩き方がぎこちないな」

 

 横を歩く蘭は、少し周りをキョロキョロと視線を配りながら落ち着きなく歩いていた。

 

「そんなこと…ある、かもしれない…かも」

「見てるこっちが心配するような歩き方するな。危ないだろ」

 

 雑談をしながら歩く。

 前方に建てられていたカーブミラーに自転車が写ったのを、俺は見逃さなかった。

 

「ほら、後ろから自転車も来てるし」

「ーーー」

 

 自転車に衝突しないよう、蘭の肩に手を回して俺の方に蘭の体を寄せる。

通り過ぎる自転車の背を見送り、蘭の方に視線を落とすと、紅潮した顔で俺を見ていた。

 

「……っ…」

「……」

 

 しばらく見ない蘭のこの表情を、今日は何度も見る。まるで60年代のラブロマンス映画のヒロインのような反応。10年前の蘭でもそんな姿を見ることは少なかった。

 

「……行くか」

「…うん」

 

 やけに素直な彼女の反応がむず痒く、俺は空を見上げて心の中でため息を吐いた。

 

 それから昼食を摂り、雑貨屋で軽い買い物をした。その頃には、もう慣れたのだろう。蘭は自然と俺の右手に手を絡めてきていた。

 

 周りの目が気になりはしたが、案外俺たち以外にもそういうことしてるカップルはいたので、拒むことなく俺も握り返した。

 

「やけに積極的だな、今日は」

 

 彼女の顔を見ずに言う。

 

「冷静に考えてみれば、今後こういう機会がそう多くあるとも限らないって気づいた」

「ああ、そう」

「だから、今日は…まあ、ちょっと若々しくいかせてもらう」

「……ああ、そう」

 

 なんて、光も影もない曖昧な返事を返すことしかできない。

 

 彼女は、こういう事を望んでいたのだろうか。

 2人きりの外出。言わばデート。

 久しく経験していないこの感情を、彼女は求めていたのだろうか。

 

 だとしたら。

 

「悪い事、したかもな」

「なに?」

「……なんでもない」

 

 今回のデートでその罪が償えるかはわからない。けれど、これで蘭の辛さが少し和らげれるというのなら。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 久しく経験しない鼓動の高鳴りに、私は終始戸惑っていた。

 まるで初恋をした乙女だ。10年以上前に彼に私の想いを伝えた時も、こんな鼓動が鳴ったことはなかったのに。

 

 病気か?

 いや違う。それは病気というにはあまりにも心地の良いものだ。

 

 彼の起こす仕草一挙一動に目が惹かれる。

 私は乙女ではない。しかし、私のいまの心の内は完全に恋真っ最中のティーンエイジャーの少女。それもとびきりウブでシャイな箱入り娘のだ。

 

 ああ、まったく。

 27になろうとしているというのに、何でこんな感情を抱かなければならないのだろうか。

 

 なんてことを心の中で吐き出した頃には、青かった空は黒に塗り潰され、辺りは街灯というオレンジ色の光に包まれていた。

 

 前を歩く京介の背を、私は無言でついて行く。

 途中、トイレに行きたいとのことで彼はコンビニへと入って行った。

 

 その間、私は暇だったので店の前に設置されていた喫煙所で煙草を1本ふかした。

 月に2、3本嗜む程度ではあるが、今は何だか、口の中で広がっているこの妙な甘酸っぱい味を、煙草の苦味で搔き消したかった。

 口の中にいっぱい、息を吸って吐く。白い煙が目の前に広がる。それはモヤモヤと曖昧な形となって宙を舞っていたかと思えば、跡形もなく消えてしまった。

 

「……」

 

 次いで煙を吸う。次は輪っかの白煙を作ろうと少し腹に力を入れて息を吐いてみるが、上手くはいかない。

 

 なんだか、上手くいかないな。

 物事を上手く運ぶことが、こんなにも難しいことだなんて、まだ10代の学生だった私には欠片も思っていなかった。

 現実の厳しさは、充分に味わったはずなのに。

 なんでまだ、こんなに辛い思いを味わわなければならないのだろうか。

 

「こういうこと、みんな思ってるのかな」

 

 もしかしたら、そんな甘えたことを思っているのは私だけで。

 それが社会の、大人が抱くべき感情と思いなのかもしれない。

 

 だとしたら、この世界はとても窮屈で、居心地が悪い。息苦しい。

 

 なんて、そんな子供っぽく視野の狭い考えを巡らせていると、京介がコンビニから出てきた。

 

 トイレだけだというのに、随分と待たせたものだ。

 吸い終え、フィルターだけ残った煙草を灰皿に捨て、彼の元へ向かう。

 

 が、暗くて見えなかったからか、近づくにつれて彼が持っているある物が目に入った。

 

「…何、それ」

「何って…ビール」

「…帰ってから飲むの?」

「まあ、そんなとこか」

 

 彼が持っているビニール袋の中には缶ビールが2本入っていた。

 デートの帰りにコンビニに寄って缶ビールを買うだろうか、普通。

 

「まあいいや」

 

 今日のデートが楽しくなかったかと聞かれれば嘘になる。変な鼓動の高鳴りで集中できなかったが、まあ悪くはない。

 

「なんだったら私の分も買って来なさいよ」、なんて事を肘で小突いて言うと、彼は何故だか意地悪く笑った。

 

 このまま帰るのかと黙って京介の後ろを歩いていたが、途中ーーーかなり遅くなったがーーー気づいた。

 帰り道から、大きく逸れていることに。

 

「ねえ、どこ行くの?」

「まあ散歩ってところだな」

 

 怪訝な眼差しを送るが、どうやら彼には届いていないらしい。

 別に早く帰っても家でやることはないので、無理に止めることはなくついて行く。

 

「…あれ、ここって…」

 

 と、またも遅くなったが気がついた。

 見上げる先は暗闇。永遠に続いてるのかも思うほどの長い長い階段。

 

 ああ、ここは。

 

「上がるか」

 

 私たちの思い出の場所ーーー神社だ。

 

 こう何度も階段を登っていると、登ることそのものが楽しく思えてくる。

 

 肌を指し、髪を靡かせる冷たい乾いた風。しかしそれは一昨日のそれとは違く、どこか心地良い気がした。

 

「寒い」

「確かに、寒いな」

 

 私の少し後を追う彼は手すりに触れてそう言う。

 

「何見せる気」

「楽しみに待っとけ」

「ハードル上げてるけど大丈夫?」

「…そう言われると不安になるな」

 

 などと話しながら、ようやくたどり着いた頃には、鳥肌が立ちまくっていた。

 

 7、8年経っただけでも随分と体力が落ちた気がする。

 落ち葉を掻き分けてベンチに座る。 

 

「大分体力落ちたな」

「言われずともわかってる。トレーニングでも始めようかな」

「それもいいんじゃないか」

 

 「よいしょ」などという年齢に見合わない言葉を吐いて私の隣を座る。

 ビニール袋から缶ビールを取り出し、私に差し出す。

 

「飲むか?」

「……」

 

 何故2個も買ったのかと思ったら、元々私の分だったのか。

 

「…頂く」

「素直でよろしい」

 

 プルタブを開けると空気が抜ける音が響いた。

 

 隣で黙ってビールを啜っているかと思ったら、おもむろに携帯電話を取り出した。

 

「そろそろ時間か」

「は?」

 

 ボソリ、と隣の私ですら聞こえる聞こえないかぐらいの声で呟いたかと思ったら、夜空に向かって指を差し出した。

 

「見てみろ」

「何、らしくもないことを…」

 

 彼の腕から手、そして指をなぞるようにして見る。行き着いた先は、満天の星が輝く夜空。

 真っ暗闇の空に、点々と大小様々、そしてカラフルに煌めく星たちが。

 

「綺麗…」

 

 一瞬で心が奪われた。

 なんて幻想的で、魅力的な光景だろう。

 

「まだだよ」

 

 少し朗らかな彼の声と同時に、夜空に流れる一筋の光。

 まぎれもない、流れ星だった。

 

「流れ、星」

 

 そして思い出す。

 

 

 ーーーそういえば明後日の流星群は見るのか?

 

 

 思い出すのは幼馴染の声。そしてその時の私の心境。

 

「まあ、なんだろうな。悪かったよ、最近話せなくて」

「…いいよ。仕事でしょ」

 

 彼は申し訳なさそうに言う。

 

「今回のこれは…まあ溝を埋めることもあったし、お前への贖罪でもあるんだ」

「贖罪、ね」

 

 贖罪だなんて。

 私にも罪はあった。あんただけが罪を償う必要はない。というよりも罪を償う意味がわからない。

 

「私もさ。辛かったよ。すごく、このまま終わっちゃうのかな…なんて、行き過ぎた不安を抱えたりもした」

「抱えても仕方ないかもな」

「…そうかも」

 

 ビールを飲んで、少し酔いが回ったのか。

 少し、口が回るようになった。

 

「…こんな初歩的なことで悩むような大人にはなりたくなかった筈なんだけどな…」

 

 私が嘗て憎んでいた大人の姿。

 気がつけば、そんな大人になってしまっていた。

 

「私って、馬鹿だな」

「お前が馬鹿なら、俺も馬鹿だな」

「それはそうでしょ」

「お前の方もやっと自覚したか」

 

 なんて軽口を叩き合い。

 

「今まで、ごめんな」

 

 改まった謝罪をされて。

 そんな大した罪でもないのに。あんたまで謝ると、私も謝らなきゃならなくなる。

 

「私も、ごめん」

 

 不器用だけど、昔のように、どこか懐かしさを感じさせる会話と、2人の距離感。

 側から見ればあまり縮まってはいない様に見えるのだろうけど。私たちには、それで充分だった。

 

 綺麗に、けれど儚く流れる星に、私は願った。

 

 どうか、私達の関係が永遠にーー長く続きますように。

 勿論、私達も出来る限りの努力はする。

 だからせめて、見守っててほしい。私たちが壁にぶち当たったら、少し手を貸してくれるぐらいでいい。

 

 そんなことを、星に願って。

 

「京介」

「ん?」

 

 応じる彼の声はどこか優しく。

 

「これからもよろしく」

「…ああ、こちらこそ」

 

 お互いの顔を見ず、私たちはお互いに向けて言った。

 そんな2人を見守るのは、夜空に浮かぶ満点の星たちだけだった。

 

 




2人の関係がさらっと夫婦になっています。
人妻になったアフロの面々、大人になった弦巻女史。
細かい設定を知りたい方は私の活動報告まで来るように。以上。

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