彼女との1年   作:チバ

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突然ですが、これが最終話です。
一応Twitterでは言ってたけど、なんとなく察してる方も多かったと思うので、ハーメルン上では今まで黙っていました。
では、彼女らの1年の終わりをどうぞ。


3月 –––私たちの1年–––

 3月っていうのは別れの季節なのだと思う。

 春といえば4月と3月だが、別れを想起させるのは3月、出会いや始まりを想起させるのは4月だ。

 

 何故、私がこうも3月が別れの季節であると語っているのかというと、それは私が実際に別れというのを体験したからだ。

 

 5年前。

 まだ中学2年生だった私は、想い人と離れ離れになった。メルアドの交換などもしていなかった私たちは、実質音質不通の状態。

 忘却をする事で生きる人間にとって、その状況はあまりにも残酷で、絶望的であった。

 彼も、いや私もいずれはこの関係と想いを忘れてしまうのだろう。そして前へ進むのだろう。

 

 最初はそう不安にかられ、何度も泣いた。

 しかし、そんな不安を打ち消してくれたのは、たった1つの約束。

 

 –––––––俺はまた、この街に戻ってくる。

 

 彼が言ってくれたその言葉に、淡い気持ちと期待を抱きながら、日々を生きていった。

 

 そしてそれから5年。

 私と彼は、再会した。

 思ったよりも早く、そして特に何の感動もなく。

 

 それから関係は進み、恋人同士がやることは大体やったんじゃないだろうか。

人はきっと、私たちの姿を順風満帆と言うのだろう。少なくともモカやひまりからは常に弄られている。

 

 けれど、私の心情は、嬉しさと楽しさの中に、少しではあるが、しかし強力な存在感を持った、恐怖感があった。

 

 父と彼の語り合いを盗み聞きした時、酷く記憶に残っている彼の言葉。

 

 ––––––––未来はわからない。

 

 その言葉を事あるごとに思い出し、嘗てに抱いた恐怖心に陥れられる。その不安で眠れない夜も何度かあった。

 

 ああ、嫌だな。離れたくない。

 出来ることなら、この日々よ永遠に続いてくれ。

 

 私は、そう切に願いながら、日々を生きている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「………ん……」

 

 瞼を開ける。

 カーテンから僅かに差し込む光が、腕に当たり、その辺りだけ少し暑い。

 

 置かれた時計を手に取って時刻を確認する。

 10:15分。

 私にしては、随分と寝てしまっていた。

 1度欠伸をし、次いでまだを目を覚まさない身体を起こすように伸びをする。

 

 リビングに降りるが、誰もいなかった。

 テーブルには1枚の置き手紙。

 

 『夕方には帰る』

 

 ああ、通りで静かなわけだ。

 頭をかき、冷蔵庫を開けて中身を調べる。

 とりあえず牛乳を手に取って、台所に置かれていたコップに注ぎ、一気飲みする。

 

「んー……」

 

 まだ取れない眠気を取るために、私は顔を洗うことにした。

 

 寝巻きから普段着に着替えた私は、それから暫くテレビの前で呆っとしていた。

 朝ドラの再放送が流れている。映像というより、どちらかというとBGMのようだ。

 

 小腹が空いたので、再び冷蔵庫を開ける。しかし、その中には何も無かった。あるのは牛乳などの飲料水。それと調味料。

 

「……」

 

 何かを作ろうにも、材料が無い。

 

 溜息をつき、再びテレビの前で呆っとする。

 すぐ横の窓から差し込む光を何となく眺める。

 今日はいい天気だ。春らしい、陽気で気分が楽になる、暖かい気候だ。

 

「……ん」

 

 立て掛けられた写真を見る。

 写っているのは、高校3年生の時の合宿で、わざわざ山吹ベーカリーのパンを持ち込んで、朝食としてそのパンを頬張っているモカ。

 

 たまには、外食の朝というのもアリだろう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 思った通り、外はとても暖かった。

 外では部活動の一環だろう、体操着でランニングをする男子中学生。学校の前を通ると、これは吹奏楽部か、ホルンなどの楽器の音色が少しだけ聞こえる。

 そんな光景を見て、音を聞いて、どことなく懐かしい気持ちになった。

 

 それから桜並木の下を歩いて、少しだけ桜を堪能する。

 少しだけ遅くはなったが、目的地の山吹ベーカリーに辿り着く。

 

 モカや巴に比べて私はあまり来店はしないが、たまには良いだろう。

 

 扉を開ける。入店を知らせる鈴が小鳥のさえずりのように心地よく響く。

 

「いらっしゃいませー」

「どうも」

 

 明るい声で出迎えたのは、明るい亜麻色の髪をポニーテールに纏めた大人びた少女。山吹沙綾だ。

 沙綾は私の顔を見て、少し驚いた顔をする。

 

「あっ、蘭。珍しいね」

「気分が乗ったし、偶にはお店の売り上げに貢献しないと」

「あはは、ありがと」

 

 彼女にはモカや巴がよくお世話になっている。

 面倒見のいい性格らしく、個性の集合体であるPoppin' Partyの良心的存在だ。

 

「で、何を買うの?」

「そうだな…朝食がてらだし、サンドイッチかな」

 

 そう言って手に取ったトレイに、トングでサンドイッチを1つ取り置く。

 

「どう、彼氏さんとは?」

「特に何もなく、いつも通り」

「あははは、蘭らしくて安心した」

 

 気さくな笑顔を浮かべながらも、慣れた手つきでサンドイッチをビニール袋に入れる。

 

「じゃあまたね」

「うん。今度また来るよ」

「その時は彼氏さん紹介してよね」

「予定が合えば」

 

 最後まで気さくで明るい沙綾に微笑んで、山吹ベーカリーを後にした。

 

 その後も、公園でサンドイッチを口にしながら、元気よく遊ぶ子供たちを眺める。

 昔の私たち–––––Afterglowの幼少期の姿と重ねる。

 随分、時が経ったものだ。

 

「……ふっ、なんて」

 

 らしくもないことを考えたものだ。

 自嘲気味に嗤い、食べ終えたサンドイッチを包んでいた紙をビニール袋に入れ、その袋をゴミ箱に入れる。

 

 さあ、少し散歩をしながら帰ろうか。

 そう思って公園を出ると、予想外の人物に出くわした。

 

「お」

「あ」

 

 大槻京介。なんでここにいるのか。

 

「どうしたの?」

「散歩。暇だったし。そっちは?」

「同じく散歩」

 

 全く、普段はよく考えが相反することが多いのに、こういう時だけテレパシーを使ったように一致する。

 

「…ふむ。ならさ、これから一緒に昼でもどうだ?」

「ごめん。私今さっきパン食べたばっかり」

「……そりゃまた、タイミングがよろしいことで」

 

 苦笑交じりに言う。

 そういえば、この公園で彼と話をするのは随分と久しぶりになる。

 

「…ねぇ。お昼には行かないけどさ、私、行きたいところがあるの」

「…?何処だ?」

「それは––––」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼は少し驚いたような顔をした。しかし、次第に懐かしむような笑みを浮かべて、賛成の意を唱えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「しっかし、この階段はいつ登っても長いな」

 

 愚痴を吐く京介に、私は彼の背中を叩く。気合いの注入というやつだ。

 

「それがここの名物なんだし」

「ま、そうなんだけどよ」

 

 手すりをつかみ、時折見える景色で休息をとりながら、再びを足を運ぶ。

 そんなことを何度か繰り返し、ようやく辿り着く。

 

「おー、やっぱり綺麗だな、ここは」

「うん、そうだね。変わらない」

 

 5年前から全く変わらない、この景色。

 街は変わらず、私たちを受け入れる。ああ、なんて暖かい場所なんだろう。

 

「あの時の別れから、5年…ちょうどここだったよね」

「そういえばそうか…」

 

 忘れもしない、あの時のスカーレット色に染まった空。

 ある意味では、Afterglowの始まりでもある。

 

「私さ。今日寝てる時に、頭の中でポンって浮かんだんだ」

「何がだ?」

「3月は、別れの月だってこと」

 

 そんな私の突拍子もない言葉に、彼は目を見開くが、そして堪え切れないと言わんばかりに吹き出す。

 

「…そんなにおかしい?」

「いやあ?その認識は間違ってはないと思うぞ」

「…はあ。そういえば、あんたがそういうのあんまり気にしない能天気なやつだってことを今思い出した」

「笑っただけで随分と辛辣な」

 

 雰囲気をぶち壊す彼の笑いに、少しのため息を吐く。しかし、それと同時になんだかスッキリもした。

 

「私さ、怖いんだ。またあんたが何処か遠くに行くんじゃないかって」

 

 常に抱いている不安と恐怖心。

 彼の笑いで多少は和らいだが、それでもまだ残っている。

 

「幸せがいつまで続くかわからないし。そういうのを再認識すると、どうしても怖くなるんだ…」

 

 ずっと静かに聞いていた彼は、そんな私の言葉に篭った不安感や恐怖心を断ち切るように、静かに口を開いた。

 

「確かに、それは俺も同じだよ。俺じゃなくて、お前がいなくなることだってなきにしもあらずだからな」

 

 その可能性も、捨てきれない。

 言い出せばキリがないぐらい出てくる可能性。人生というのは、わからないのだ。

 

「たださ。それで何もせずに離れるなんて無様にもほどがあるだろ?抗おうぜ」

「あら、がう…?」

 

 ああ、と頷く彼は得意げに話す。

 

「あの時は俺たちはガキだったけどよ、今はもう大学生だ。それもあと少しで20歳。充分歳を取っただろ?」

「そう、だね。そういえば」

 

 ついつい最近よく感じるようになった、加齢。歳をとるというのは、なんとも複雑だ。

 

「例えばさ。2人で遠くへ行ったりとか、そういう映画みたいなことが出来るんだ」

「なにそれ、現実的じゃないじゃん」

「けど、出来る」

 

 そう。現実的じゃない。けど私たちはそれをすることが出来る。正しくは挑戦か。

 そんな彼のお笑い芸人のネタのような内容の話に、少し吹き出す。

 ああ。そうだ。抗うんだ。

 私は、私たちは抗うことが出来るんだ。理不尽な運命と人生に。

 嘗て叩きのめされた絶望に、抗うことが出来るんだ。

 

「ありがと。少し元気が出た」

「そりゃよかったよ」

 

 辛気臭い語り合いを終えた私たちは、綺麗な街並みを見下ろす。

 所々に街並みに並んでいるピンク色の物々は、この季節の名物の桜だ。

 

「あ、そういえばよ」

「なに?」

 

 突然口を開いた京介に、私は聞く。

 それに彼は、いつも通りの笑顔で答える。

 

「3月は別れだけじゃない」

 

 1つ、間を置く。

 

「後ろを振り向く。再認識の季節だ」

 

 再認識。それは、後ろを振り向くことにより、新たに改めて気づく愛の形。

 

 なるほど。彼にしては、まあ良いことを言ったものだ。

 

「そうだね。偶には、後ろを振り向くのもありかもしれない」

「ああ。前ばかり見ていても、何も始まらない」

「うん。少し足を止めて、今をしっかり見よう」

 

 それがきっと、上手い人生の歩み方だろうから。

 

 立ち止まって、改めてその幸せを噛みしめる。そしてまた歩き出す。

 そうやって、私は、私たちは生きていく。2人で寄り添って、軽口を叩き合いながら。

 

 短く感じながらも、しかし濃密な、私たちの1年が、これからまた、始まるのだ。




はい。というわけで『彼女との1年』はこれにて完結です。
初投稿から半年経つか経たないかぐらい。私自身も短く、しかし非常に濃密な半年だったと感じています。
京介と蘭は、まあ終始あのテンションでした。それが多分、というかほぼ確実に彼らの愛の形なのでしょう。

さて、この作品のこれからの展開は、まあ大学生編後のちょっとしたショートストーリーを考えています。
これからも何か気分が乗ったりしたら1話とか2話ぐらい投稿すると思います。結婚後の話とか?そんなこととか?
あと、今随筆している作品で巴の小説があるんですけど、その作品は『彼女との1年』と同じ世界観にしようかと考えてます。そこでもこの2人はチョイチョイ描写しようかと思っています。
他に何か「こういう話やって欲しい!」みたいなリクエストがあったら私のTwitterに言ってください(笑)Twitterでチバチョーと検索すれば1発で出ると思うので。

とまあ長くはなりましたが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
これからも他のバンドリ作品を頑張って投稿していこうかと思います。興味があればそちらの方も是非!
ではまた何処かでお会いしましょう。サラダバー!

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