彼女との1年   作:チバ

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なんか気がつけば10月。作家活動1年越えちゃったよ。


11月 –––学園祭–––

 大学の学園祭というのは、高校に比べて幾らか自由だ。

 もっとも、それにより対価として払われる我々委員会への仕事の大変さは想像を絶するが。

 

「次はどこだ?」

「次はここだ」

 

 1枚のプリントを渡される。校内の地図に小さく赤い印が付けられている。

 

「見回りとかしんどいな…」

「同じく」

「なんで委員会になったのか…」

「ジャンケン。運に見放されたな」

 

 隣で歩きながらボヤく友人を尻目に、俺は羽目を外し過ぎている奴がいないか目を光らせる。

 

「よくお前はそんな真面目にできるな」

「運に見放されたとはいえ天から与えられた仕事。やり通すのが筋ってものだ」

「おーおー、いい子なことで」

 

 とは言っても、自由に学内を回りたいのは事実である。しかし、我々委員会への仕事は前述した通り想像を絶する大変さだ。

 休憩は昼ごはんのみ。

 

「ここと…次の次が終わったら飯にしよう」

「飯…どこかいいところあるのか?というか…金もあまりない」

「俺もだ。だがそこは俺の一声で安くなる」

「マジか」

「可能性がある」

 

 釘をつけるように言う。

 とは言っても、その望みは割と薄いが。

 

 昼ごはんを食べる場所は、蘭がメイドカフェをやっているというのだ。委員会権限と俺のコネを使って、なんとか安くならないだろうか。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「美竹さーん、こっちお願ーい」

「はいただ今」

 

 気怠げに返す。

 私は今までバイトというのをやったことがなくて、高校の時の文化祭程度だったけど…やっぱり接客って大変だ。休む間もない。

 …それに。

 

「うっ…」

 

 このメイド服。言ってはなんだが相当ヒラヒラしている。メイド服自体は高校の文化祭でも着たことがあったが、今回は何故か和風だ。振袖とかが邪魔なのだ。

 

 とは言っても、メイド服は着たことあるから、それについては特に何ともないし、羞恥心のようなものも忙しさで消えて無くなった。

 

「はい、いらっしゃいませ」

 

 接客としてはあんまりすぎるぶっきらぼうな対応に、客はやや苦笑まじりに声を返した。

 

「その対応はマズイんじゃないか、店員として」

「……なんだ京介か」

 

 右腕に委員会と書かれた腕章を付けた京介がいた。その隣には同じく委員会の者と思われる人も。

 

「なんだとはなんだ」

「えーっと、あっちの方に席が空いてるからそこに行って」

「おい」

 

 そう言いながらも彼は私の頭をポンポンと叩きながら進む。

 

「誰あの美人さん」

「彼女」

「彼女か……えっ、おい嘘だろ」

「早く行って食うぞ。時間が押してる」

 

 いつもの彼らしい様子で、店の奥へと進んで行った。

 

 彼から入った注文はオムライス。厨房に行き、手短に名を言う。

 接客などを中心にこなし、再び厨房に行って完成した料理を京介たちの元へ届ける。

 

「お待たせ」

「しました、は?」

「ふんっ」

 

 ニヤついた表情が気に食わなかったので鼻で笑ってやる。もちろん彼以外にはしないが。

 

「なんかないのか、ケチャップかけて言うやつ」

「言いたいことは伝わったけど、ウチはそういうサービスやってないから」

「サービス悪いな」

「贔屓って言葉、嫌いなんだよね、私」

 

 そう言ってやると渋々とケチャップを手に取ってかけ始める。それに習って隣にいた友人さんもかける。

 

「じゃ、また会計の時にでも」

「ああ」

 

 私が踵を返した頃には、彼はもうスプーンを口に入れていた。

 

 それから何分ぐらいたったか。

 昼ごはん時は過ぎ始めているというのにも関わらず、客足は途絶えるどころか、減る様子もない。

 

 レジで残りの小銭を計算していると、500円玉を静かに置く音が。

 顔を上げてみると、爪楊枝を咥えた京介が。

 

「500円?」

「足りるだろ」

「まあ足りるけど。ギリギリね」

 

 そう言って20円のお釣りを返す。本当にギリギリだ。

 

「さて、もうひと働きするか」

「面倒くせ…」

 

 伸びをしながら愚痴をこぼす2人。すると京介が思い出したようにこっちを振り向く。

 

「今日は一緒に帰れなくなりそうだから先に帰ってろ」

「…そんな忙しいの?」

「片付けやら報告やらがな。晩飯食えるかが心残りなぐらい」

「ふーん…」

 

 首をコキコキと鳴らして苦笑しながら言う。

 

「ま、身体には気をつけてね」

「そうするよ」

「じゃ」

「ああ、また」

 

 短く言葉を交わし、京介は出て行った。

 …知ってる顔がいなくなったことで、少し肩の重荷が取れたような気がした。変に意識してしまうのだ。

 

 今の所ピークが見えないが、少し経てば客足も減るだろう。この忙しさは、あと少しの辛抱だ。

 

 ガラガラ、と扉が開かれる。

 

「ら〜ん〜」

 

 気怠げでローテンションな声。

 その声が耳に入った瞬間、大きなため息を心の中で吐いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 程なくして営業は終了した。

 結果的に客足は少し減った程度で、忙しさはほぼ変わらなかった。おかげで大儲けだ。

 

 こった肩をマッサージしていると、メールが届いた。

 発信者は巴。

 

『これから打ち上げいかないか?』

 

 私と巴たちはやってた事が違うので、何の打ち上げなのかさっぱりわからなかった。

 

 普段なら京介の帰りを待つのだが、今日は彼直々に帰れないと言われてしまった。

 

 断る理由もなし。

 少し間を置き、短くメッセージを紡いで送信する。

 

『行かせてもらう』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 打ち上げは近くの居酒屋で開かれた。メンバーはAfterglowだ。ポピパは別で開いてるらしい。少しだけ映像通信で話したりした。

 

 鍋をつつきあいながら、それぞれの恋バナを聞いたり、愚痴を聞いたり。ありふれた、ごく普通の事を話した。

 

 雰囲気に酔った巴が酒を飲もう、と言いだした時は私とつぐで必死に止めた。モカが笑ってたのが少し癪に触ったので軽くチョップしといた。危機感がないと困る。

 

 小一時間。あまり長くは続かずに解散した。巴は今日は両親が家にいないらしく、今は妹のあこが1人で家にいるらしい。心配だから早く帰るらしい。

 つぐみも明日はお店の準備を手伝わなければならない、ということで以下巴と同じ。

モカとひまりは帰る理由がない、との事でポピパの打ち上げに混ざるらしい。あの2人はかなり心配だけど…まあ沙綾がいるから大丈夫かな。

 

 私はというと、別にポピパの打ち上げに混ざってもよかったのだが…。参加しようか考えてる最中、コートのポケットの中に入っていた1つのキーに触れた瞬間、京介の顔が浮かんだ。

 その後、丁重に断った。

 なんだか、気分が乗らなかったのだ。

 

 今、私が手に持っているのは大槻京介の家の鍵。所謂合鍵というやつだ。1週間ほど 前、京介本人から渡されたのだ。何かあった時用という。

 

「何かあった時、ね…」

 

 夜道で1人呟く。

 

 何かあった…今、彼は忙しさで疲れているだろう。私も、疲れている。けど、それは京介のものに比べれば大したことはない。

 

「……」

 

 11月にしては少し冷えた、乾いた風が髪を揺らした。

 

「せめて、お味噌汁ぐらい」

 

 こんな寒い日には、暖かいお味噌汁が体を温めてくれる。疲れた彼の心も、きっと温めてくれる。

 

 

 コンビニに行くと、以外にも味噌は売っていた。最近のコンビニは何でも揃っているとは聞いていたが、まさかここまでとは。

 

 ビニール袋を片手に、あまり通らない道を歩く。

 そこでようやく、アパートにたどり着く。

 少し錆びついた階段を登り、彼の部屋まで向かう。扉の前でビニール袋を置き、鍵穴に鍵を差し込む。

 ガチャリ、という小気味いい音が少し心を愉快にさせた。

 

 扉を静かに開けるが、その部屋に電気はついていない。

 

 手探りでスイッチを探し、手に触れたところで押す。パチリと鳴り、音もなく電気が点いた。

 

 暗闇に目が慣れてしまっていたのか、突然の光に少し目が眩んだ。

 

 男の人の部屋はもう少し散らかっていると思っていたのだが、京介の部屋はひどく纏まっていた。整理整頓、その一言に尽きる。ひまりに見習ってもらいたいものだ。

 

 コートを脱いで、そこら辺にあったハンガーにかける。袖を捲り、キッチン前に立つ。

 

 レシピをしっかり思い出し、意気込む。

 

「よし」

 

 まずは水を入れよう。

 

 

 私の手際が良かったのか、それとも時間が早く過ぎたのか、どちらかはわからない が、割と早く終わった。

 早く終わりすぎたので、ついでに冷蔵庫にあった具材を拝借して何だか色々な物も作ってみた。それでもだ。

 

「……」

 

 畳に座り、テーブルに腕をのせる。夜遅くの静寂な空間に響くのは時計の針金が動く音と、偶にどこか遠くを通る車のエンジン音、あと飛行機。

 

「……」

 

 チクタクチクタク。

 時はゆっくりと進む。

 

「………」

 

 チクタクチクタクチクタク。

 さらに時は進む。無論、ゆっくりと。苛立ちを覚えるほどゆっくりだが、確実に進んでいるのだ。

 

 暇なので、何か面白い話はなかったか、と思い出す。

 すると、モカが高校1年生の時に話してくれた事を思い出した。

 

 

 ––––––男の子というのはだねぇ〜、部屋に必ずアレな本を隠してるのだよ〜。

 

 

「バカじゃないの」

 

 100%の再現度で頭の中でその映像をイメージした私は、その当時私がモカに言ったことをそのまま声に出してしまった。

 

 というか、よりによって彼氏の部屋にいるのに何でそんな話を思い出したのか。間が悪い。

 

「……」

 

 しかし、気にならないかといえば嘘になる。

 今は彼氏の部屋にいる。裏を返そう。調べ放題ということとなる。裏を返せているのだろうか、これ。

 

「……」

 

 そーっと、首だけを動かして小さな本棚に視線を向ける。

 もしかしたら、あの中にあるのかな。そんな淡い好奇心が私を突き動かそうとしている。

 

 しかし、いくら彼氏だとはいえ人様の物を勝手にいじっていいのだろうか。かなり小難しい哲学めいたことが頭を巡る。

 

「……いや」

 

 いや、むしろ彼氏だからではないか?彼女なら、彼氏の性癖やら何やらは知っておくべきじゃないか?そうではないか?うん、そうだ。

 好奇心に負けた私は心の中で開き直り、本棚に3冊本を抜き出す。

 出した本は村上春樹の″ノルウェイの森″と、河野裕の″その白さえ嘘だとしても″、辻村深月の″鍵のない夢を見る″と伊藤計劃の″屍者の帝国″だ。

 

 本を取ったことにより出来た隙間に手を突っ込んでみるが、何かを隠している様子はない。

 

「……む」

 少しだけ、ムキになった。

 私は、気がすむまで彼が持っているだろう如何わしい本を探すことにした。子供の頃にモカ達とやった様な宝探しのように。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 疲労困憊の体に、冷たい風が突き刺さる。1杯ホットコーヒーを飲んだが、温まる気配はない。

 

「……」

 

 腕時計を一瞥し、時間を確認する。23:30分。かなり遅くなってしまった。

 

 少し頭に痛みを感じ、左脳周辺を優しく摩る。疲れたストレスからか、偏頭痛が起こっている。

 

 軽い欠伸をして歩みを進める。

 時折止まり、夜空を見上げる。何だか人の温もりというのが恋しくなってきた。が、いくらそう思えど自宅には誰もいない。一人暮らしの辛いところが、こんなところで出てきた。

 

「……あ」

 

 飯、どうしよう。

 これから作る気もなければ、コンビニに寄れば遠回りとなる。

 

「……いいか」

 

 体には良くないだろうが、疲労困憊の身体を休めたいので今日は何も食わずに寝よう。

 

 1日気張った自分への待遇の悪さにため息、ついでに苦笑をしてまた歩みを進める。

 

 そこから数分の時間をかけて、ようやくアパート前にたどり着く。

 

 ああ、もう意識が途切れそうだ。

 あと少し、もう少し頑張れば家だ。

 

 重い足を精一杯の力で持ち上げる。倒れそうになるが、手すりに掴まって何とか支える。

 

 玄関扉の前に着いたところで、ある違和感に気がついた。

 なぜ家の明かりが点いている?家出るときに消し忘れたか?だとしたら電気代が痛いな。

 そう他愛もないことを考えながら、扉を開けた。

 そのとき、何故か俺は扉が施錠されていないことに気がつかなかった。

 

 ガチャリ、そんな音と共に光が俺を出迎える。

 そして、聞こえるはずもない彼女の声も。

 

「あ…帰ってきた」

 

 そこに、美竹蘭がいた。

 何故いるのか。理解が追いつかない。

 

「……」

「何突っ立ってるの、寒いじゃん」

 

 扉を閉めようと蘭が立ち上がってこちらに向かう。

 

「……蘭…」

「何……って、ちょっ…」

 

 名を呟いた俺に、扉を閉めて反応をした蘭に、俺は体を預けた。ああ、でも蘭は細いから少しキツイかな。

 

「……悪い、しばらくこのまま……」

「……」

 

 暫く蘭は黙っていたが、しかし受け入れたように俺の背に腕を回した。

 

「お疲れ様」

 

 一言、静かに俺に言い聞かせた。

 

「ご飯できてるから」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 その後、京介は静かにご飯を食べて、すぐに横になってしまった。だらしが無いったらありはしないが、満身創痍な体に目を瞑ってあげよう。

 

 横になった彼に、洗い物をしながら聞いてみた。

 

「何で私に抱きついたのよ」

「……抱きついたわけじゃない…」

 

 疲れからか、やや覇気のない声で言い返す。

 

「疲れてて立つのがしんどかっただけだ…」

「…あっそう」

 

 これ以上聞いても何も返ってこなそうだったので、そこで引き下がった。

 

 家に帰ろうとコートを取ろうとするが、横になって寝ていた京介が苦しそうに声を漏らす。

 何か悪夢でも見ているのだろうか。何にせよ、あれほど弱々しい彼は初めて見た。

 

「……」

 

 仕方がない、と言葉には出さないがため息をつく。

 携帯で手短に『今日は帰れない』と父さんにメールを送る。

 

 置かれていた毛布を手に取り、彼に優しくかける。私は…コートでいいか。彼の隣に座り、胸を優しく摩る。

 

「おやすみ」

 

 それだけを言い、私は電気を消した。




今回の話は私が前々から書きたかった話です。割とスムーズに筆が進みました。更新速度?知らぬ知らぬ聞こえぬ見えん!

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