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時刻は11:30分。
照り輝く日差しが、ビルの窓を強く刺す。
短い黒髪に、灰色のベレー帽を軽く被った少女ーーー美竹蘭は、悠然たる足取りで俺の元まで来た。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
短く朝の挨拶を交わす。
「じゃ、行こうか」
「はいよ」
以前にも交わしたことがある様なこの会話。
強烈な既視感に襲われながらも、俺は美竹の後ろ姿を追う。
少し都心の方に出たからだろうか、交わる人の数はとても多い。
その人混みにやや表情を崩しかけるが、仕方がない。美竹と恋人である、という関係上、こういった場面はこれからも多くなるだろう。今の内に慣れなくては。
そんな俺の内情を察したのか、美竹はベレー帽により目元が見えないながらも配慮の声を上げる。
「大丈夫?」
「ああ、心配するな。直に慣れる」
「それって大丈夫って言えるの…?」
現在進行形では大丈夫とは言えないが、未来形では問題は起こらないだろう。
「そういえば、こういう事も5年ぶりになるわけなんだ」
「ん…まあ、そうなるな」
5年前のクリスマス以来か。
俺たち2人はそこまで外に出ることはない。
どちらかというと、休日は家でのんびりと過ごすタイプだ。
「どう、友達はできた?」
「お前の幼馴染たちを含めれば…4人かな」
「……それはすごい」
呆れの眼差しを強く刺されるが、彼女の顔を見ないことでなんとか避ける。
美竹の幼馴染ーーー宇田川巴、上原ひまり、青葉モカ、羽沢つぐみ、の4人だ。
最初でこそ、俺たちのこの関係に戸惑いを見せた。
宇田川は警戒するように、上原と羽沢は困惑気味に。
そうなるのも無理はないだろう。なにせ、5年間も会っていない恋人同士なのだ。普通はまず疑うだろう。
しかし、その中で青葉は早々に俺たちの関係を弄り始めた。その弄り方は嫌らしくはなく、寧ろ幼馴染たちの俺への凍てついた感情を溶かす様に。
そんなこともあってか、今ではその4人とはそれなりに仲良くしているつもりだ。特に羽沢には、カフェによく立ち寄るため良く話す。
「ま、仲良くしてるならそれでいいけど」
口でこそぶっきらぼうに言ってはいるが、内心では安心しているのだろう。なぜなら5年間も黙っていたことなのだ。下手をすれば関係が破綻しかねない状況だったのだ。
「それで?今日はどうするんだ?」
「そう、その事なんだけど」
歩きながら彼女は語る。
それは1週間ほど前のこと。
幼馴染たちに「お前ら本当に付き合ってるのか?」と聞かれたらしい。
なぜその疑問に至ったのかというと、会話が殺伐としている、とのこと。羽沢は人それぞれだから気にすることはない、と言ってはくれたらしいが、上原と宇田川は根をあげなかった。
しつこく聞いてくる2人に、美竹の方もやけになったらしく、なら今度2人で買い物に行ってやる、とその場で言ったとのことだ。
そうして俺の元へ連絡が届き、今はこういう状態というわけだ。
「…俺って巻き込まれただけだよな?」
「私たちの関係が疑われている以上、無関係というわけじゃないと思うけど?」
「……なるほど」
確かにそれはそうか。
彼女の言ってることは間違っていないので、それ以上口は出さない様にした。
「で、何処に向かうんだ?」
「決めてない」
「…決めてないのか」
「うん」
誘った側としてそれはどうなのか、と言ってやりたかったが、美竹らしいといえば美竹らしいと思ったので追求しないことにした。
「まあでも、時間的に御昼ご飯じゃない?」
「む、そうだな」
「とりあえず適当にファミレスとかでご飯にしよ。それからの予定はそこで決めるとして」
歩きながら話すというのも意外と体力を消費する。
俺は無言で彼女の提案を飲み、近くのファミレスに入った。
俺はピラフを、美竹はパスタを注文し、テーブルを挟んで対になる形で座る。
「で、これからどうするよ?」
「何も予定は考えてないけど…あ、楽器店とか」
「楽器店?」
なんでまた、と思ったが、今の美竹の副業(?)を思い出してなんとなく納得した。
「ピックが切れそうだし、いいでしょ?」
「…まあ、いいけど」
美竹はコップに目を移した。水と氷が入ったコップを傾けながら、美竹は静かに聞いた。
「5年間、何やってたの?」
「実質的には4年間だな。しかし…」
外で道を歩く人々を眺めながら思考する。
4年間とはいえ、高校生としての生活を終えている。
その間、何があったかなどはあまり覚えていない。
「…そうだな。……あの時もらったCD、ウォークマンに移した」
「ウォークマンに?」
「高校で機械に強い友人が出来てな。そいつに頼んでやってもらった」
「へー」
興味なさそうだった。
会話が続かないというのも困るので、ふと思った疑問をぶつけてみることにした。
「あの曲、名前はなんて言うんだ?」
「名前…」
そういえばまだ言ってなかったか、と言う様な表情をする。
氷をカラカラと音を立てさせながら、彼女は静かに言った。
「Scarlet Sky」
「スカーレット…」
「緋色の空。意訳だと夕焼け」
緋色…そう聞いて黒髪の中で一つ輝く様に自己主張をしている緋色のメッシュを見た。
なるほど。どうやら美竹は緋色に何か思い入れがあるらしい。
「曲としてはほぼ完成しているし、他の曲も何曲かできてるから…今度ライブ来れば?」
「どこでやるんだ」
「ライブハウス」
「そんな所があるのか」
俺は音楽に関する知識が殆どない。先ほど聞いたライブハウスなるものも初耳だ。
「…あんた、本当に何も知らないんだ」
「ああ、知らない」
美竹から呆れのため息を吐かれるが、事実なので気にしない。
「ま、私がそのうち案内するからいいか」
「その時はよろしく頼む」
「不本意だけどね」
ネットで調べるよりは実物を案内してもらう方がいいだろう。
と、そうしていると注文した料理が届いた。
パスタを美竹の方へ差し出し、俺はピラフを自分のところへ寄せてスプーンを持つ。いただきます、と小さく言い、俺たちはそれぞれ食事を始めた。
そこからはずっと黙っていた。お互いに食事中は無駄な会話は挟まないタイプらしい。
結果的にその後も何もなく、食事は無事に終わった。
それぞれ会計を済ませ、店を出た。
「さて、楽器店まで案内してくれ。わからないから」
「…そういうの、普通は男の人がする事だと思うんだけど」
「楽器店なんて5年前は案内されなかった。仕方ないだろ」
「…それもそっか」
渋々と認め、彼女は俺の前を歩く。
暫く歩き、目的地の楽器店に辿り着く。
「いらっしゃいませー。って美竹さんか」
「どうもハルさん」
長身の美形の男性店員が俺たちを出迎えてくれた。
「そちらの人は?もしかして彼氏?」
興味津々に、弄るように聞く。
しかし、そんな声はなんのその。美竹はすまし顔で返した。
「彼氏です」
「お、おお…ふぅ…そうなんだ、それは、なんともまあ…おめでたいことで…」
本人としてはからかったつもりなのだろうが、アッサリと返されることに驚いたらしく、動揺気味に祝杯の声をあげる。
ハル、と呼ばれた店員は俺に軽く一礼をした。俺も彼に習って一礼をする。
「で、今日は何をしに?」
「ピックが切れそうなので、新しく仕入れようかと」
「なるほど」
それだけで、美竹はピックなどが売ってるコーナーへと向かってしまった。
俺は特別やる事もなく、楽器にも疎いため、適当に音楽雑誌を立ち読みすることにした。
それから何十分が経っただろうか。
雑誌を読み終えた俺は、店内の何処かにいる美竹を探すことにした。
そんな彼女は思いの外、早く見つかった。
並べられている品を、しゃがみこんで見定めていた。
そっと彼女の背後まで近づくが、俺に気づいていない様子だ。
「……」
見てみると、それは赤色の逆三角形のピックだった。
しかし、セットで売られている他とは違い、単品だ。しかも値段はわりとはる。
「…おい、美竹」
「……」
呼びかけてみるが、反応は一切ない。
仕方がないため、彼女の頭に手をポン、と置いた。
すると彼女は驚いたのか、体を震わせて後ろ向いた。
「大槻…いたの」
「結構前からな」
「いきなり頭を触ることはないでしょ」
「呼びかけても気づかないから仕方なくそうしたんだ」
よほど驚いてのだろう、頭を少し触りながらも、先ほど見定めていた赤色の逆三角形のピックを手に取った。
「それ、なんなんだ。他と違って単品で売られてるが」
「…そういうものなの」
俺からの疑問の声に素っ気なく答えた彼女は、そのままレジの方へ向かってしまった。
しかし、彼女の片手には袋に何個か詰められたピックが。
「……?」
ますます彼女の行動がわからなくなった。
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その後もショッピングをしたり、休憩でカフェに寄ったりしたが、結果的に買ったのは楽器店でのピックだけだった。
「悪い、待たせたな」
「ううん。じゃ、帰ろっか」
トイレを済ませた俺は美竹と一緒に駅に向かい、そのまま帰りの電車に乗った。
帰り道。
夕焼け色に染まった空の下、俺と美竹は並んで歩いていた。
「しかし、変わらないな、この街は」
「本当に。しかもあんたが帰ってきてから尚更そう感じるようになった」
「そりゃどうも」
美竹から皮肉を言われる。
「まあ、今日は楽しかったよ」
「ほとんど私の趣味に付き合ってもらっただけなのに?」
「そうだな、付き合わされただけだったが…お前の新しい面が見れた、ということに関して言えば楽しかった」
「それ、褒めてるの?」
「お前の受け取り方に任せる」
2人でこうした濃密な時間を共に過ごしたのは5年ぶりだ。
長い期間、俺たちは一緒に入れなかった。
だからこそ、新しい面が見れたのだと思う。
「あのピック選びの時。俺の声が聞こえないぐらい集中して選んでたよな」
「ああ、うん。気づかなくてゴメン」
「それはいい。気にしてないし」
心のこもっていない謝罪をスルーした。
「それほど、お前は音楽にのめり込んでいるんだってわかったんだ」
「……」
「そんな面を知れて、俺はなんか嬉しかったよ」
「…そりゃ、よかったね」
そっぽを向いて言う。
しかし、そう素っ気なく返しても、耳は赤かった。
「そう…そうだ。これ」
そんな自分を隠すかのように、彼女はポケットからあるものを取り出した。
それは、お守りだった。
「お守り?」
「ピック入りの」
「ピック?なんでまた」
触ってみると、確かに逆三角形の型であるとわかった。
「そう言うお守りが実際にあるらしいから、作ってみた」
「作ってみたって…」
「帰郷記念のプレゼントとでも思って受け取って」
しかし、よく見てみると、縫い目が粗かったりしていた。
これは、手作りか。
そう思うと、何も言えなくなる。
「……ありがとよ」
俺は短く、そう言った。
「大切に使ってよね。その中のピック、めちゃくちゃ高いから」
「高い…ん?」
彼女の発言に少し引っかかるところがあった。
高いピック?
「…なあ、この中のピックの色って何色なんだ?」
「赤」
「買ったのは?」
「今日。あんたがトイレ行ってる間に、ピックだけ入れたの」
あの単品の高いピックだ。
ああ、なるほど。そういうことか。
「まあ、これは安全祈願とかそれぐらいしか効果ないと思うから、願いすぎには注意してよね」
「ああ…そうだな」
涙が出そうになった。
けど、ここで流したらダメだ。
涙を隠すように、俺は彼女の頭を撫でることにした。
「……っ…何…?」
「いや、なんでも」
不服そうに抗議はするが、満更でもなさそうだ。
そんな彼女が愛おしくなったから、それから暫く撫で続けた。
この時を永遠に味わっていたい。
俺は、彼女の元から離れるわけにはいかない。
そう心に決意をし、俺たちは家に帰った。
当然撫でられても怒ったりしない。蘭ちゃんも大槻くんとの再会に喜んでいるんです。かわいい。