彼女との1年   作:チバ

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お別れというのは辛いもの。それは幾つになってもそう。


3月

 学校は2学期が終わり、春休みとなった。

 その間、俺は引越しの準備を着々と済ませていた。

 春休みに入る前、先生からクラスメートに知らされたらしく、お別れ会なるものが開かれた。

 別段どうでもよかったので、そこら辺は説明を省く。

 

 ダンボールに私服を詰めて、手に持ち、外で待機していた業者さんに渡す。

 業者さんは受け取ると、小走りにトラックに荷物を乗せ、俺の両親に一礼をして、トラックに乗り走らせて去って行った。

 

「さて、じゃあ我々も出るか」

「そうですね」

 

 と、両親は話し合う。

 俺もそれについて行こうと、黙って両親の背中を追う。

 しかし、途中で頭の中で神社のあの光景がフラッシュバックした。

 

「ーーー」

 

 これで最後。

 そう思うと、最後にあの光景を目に焼き付けるのもいいのではないか、と思った。

 

「父さん」

「なんだ?」

「ちょっと、時間をくれないか」

「時間?」

 

 始め、父は怪訝な眼差しを俺に向けた。しかし、何かを察したのか、頷いて言った。

 

「少しだけなら」

「ありがとう」

 

 それだけ言い、俺は駆け出した。

 向かうは神社。少し遠いが、構わない。

 

 しばらくして、ようやく神社に着いた。が、

 

「そうかぁ…これがあったか」

 

 目の前には長い階段。走るのに夢中になって、この存在を忘れていた。ため息を吐くが、仕方がないと割り切って一歩を踏み出した。

 

 最初の10段はウンザリしたが、これが最後、と思うと、次第に悪くはないと感じ始めた。それからは一段一段をしっかりと踏みしめた。

 

 そうして、何分か時間をかけてようやく着く。

 しかし、天気は生憎の曇りだった。遠くでは少し明かりが見える。

 

「…まあ、悪くはないか」

 

 天候には恵まれなかったが、街の並びは相変わらず綺麗だ。

 これも別に良いだろう。

 

 一回深呼吸をし、俺は帰ろうと振り返ると、そこには肩で息をしている少女ーーー美竹の姿が。

 

「……大槻…」

「なんで、ここに」

 

 俺は美竹に何も言ってないのだが、何故か彼女はここにいた。

 おまけに、肩にはギターが入っているのだろう、黒いギターケースらしきものが。彼女の小さい体にはまだ似合わない。

 

「あんた…もう行くんでしょ」

「ああ、まあな」

 

 短くやり取りをする。彼女もまだ息が続かないらしく、途切れ途切れになっている。

 

「何でここにいるんだよ」

「何となく…っていうの嘘。練習帰りに、あんたが走ってるのが目に入ったから、それで」

「走って追いかけてきた、と?」

 

 うっ、と声を漏らす。図星か。

 

「…どうせ、これ見たらすぐ行くつもりだったんでしょ」

「そりゃあ、な」

「贈り物があったから、走って追いかけてきたの」

「贈り物?」

 

 美竹には似つかわしくない言葉だ。

 

 すると、彼女はおもむろにケースからギターを取り出す。

 

「何してんだ、お前」

「贈る歌…とでも言えばいい?」

「そんなキャラだったかな」

 

 そう交わしつつ、彼女はギターを構えた。

 初めて美竹がギターを構えてる姿を見た。やはりまだ小柄なその体躯には、緋色のギターは浮いて見えた。

 

「似合ってない、とでも言いたい?」

「バレたか」

「わかってる。他のみんなからも言われた」

 

 自嘲気味に笑いながら言う。

 ピックを手に持ち、一音、かき鳴らす。

 

「曲名は?」

「まだない。とりあえず完成一歩手前って感じ」

「未完成曲ってやつか」

「そ。ちなみに人の前で披露するのはあんたが初めて」

 

 それはつまり、毒味役ということか。それとも偶々か。何やら含みを持ったやうな笑みを浮かべて、彼女はギターを鳴らした。

 

 その歌詞は、とても短くまとめられていた。

 所々に英語を詰め込み、かつ誰でもわかるシンプルな日本語が入り混じっている。

 

 歌声も、先ほど走ったばかりで体力がないからか、やや縺れたりしてしまっている。ギターの方も、素人でもわかるぐらい音が外れてしまっている。

 

 しかし、そんな状態でも必死に歌う姿が、なんだか美竹らしいと感じていた。

 そしてギターを持ち、強く歌う美竹は、忙しなく人が動くその街と似合っていた。

 

 演奏が終わる。

 息をする美竹に、俺は拍手を送った。

 

「良い歌だな」

「名無しだけどね」

「それはお前達がこれから決めるんだろ」

 

 すると、彼女が持っていた鞄から1枚のCDが取り出された。

 

「これ、あげる」

「なんだこれ」

「CD。デモだけど」

 

 真っ白のディスクには「Afterglow・デモ」とだけ書かれていた。

 アフターグロウ。なるほど、それが彼女たちのバンド名なのか。

 

「…本当に、行くんだ」

「ああ。決まったことだ。取り消せない」

 

 携帯電話を見ると、時刻はもう17:30分だった。

 これで、本当に最後だ。

 

「じゃあな。いや、またな」

「…うん」

 

 たった二言。それだけで別れの挨拶は終わった。

 振り向き、歩く。しかし、その短いやり取りに心残りみたいなものが生まれた。

 俺は美竹の顔を見て、静かに言った。

 

「お前、緋色が似合うよな」

「………なに、突然」

「思っただけだ」

「…そっか」

 

 それで最後だった。

 階段を下る。上を見上げても、美竹の姿は見えない。

 

 俺は空を見上げる。

 別れによる悲しみか、理不尽さに対する怒りか、どちらとも取れる感情に押し潰されそうになる。

 

「……っ」

 

 強く唇を噛み、俺は駆け出した。

 まるでその感情なら逃げるように。全速力で、転びそうになりながらも走る。

外で外周をしていた部活動の生徒をも追い越してしまう。あの時の100m走が活きてるな、と嗤った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 それがお別れだということを理解するのに、数分はかかった。

 まず感じたのは虚無感。次に悲しみ。そして最後に儚さだった。

 

 

 ーーーお前、緋色が似合うよな。

 

 

 それが最後の言葉か。笑える。前に冗談めかして言ったのだが、やっぱり彼はロマンチストだ。

 

 激励の言葉をもらったと解釈すべきなのか。しかし、それでも涙が出そうになる。

 堪えるために目を閉じて、空を仰ぐ。

 

 涙が引いてきた、と思って目を開けると、目の前に現れたのは、オレンジ一面に染まった空だった。

 いやその色はオレンジを越して、緋色だった。

 

 見ると、大きな夕日が沈もうとしていた。

 

「綺麗」

 

 綺麗だ。本当に憎たらしいぐらいに。

 だからだ。私は、この憎たらしいほど綺麗なこの空に、夕日に、何か一矢報いたいと思っていた。

 

「緋色は…スカーレット…」

 

 そう、この空はスカーレット。とても鮮やかな緋色だ。

 

「スカーレット…スカイ…Scarlet Sky…」

 

 その瞬間、私は初めて運命というものに勝った気がした。

 どうだ神様よ。あんたが私に見せてきたこの色を曲名にしてやったぞ、と。

 

 しかし、私は文句を言い足りてなかった。まだ不満は残っている。ムシャクシャする。

 

 私は、誰もいないのをいいことに、夕日に向かって思いっきり叫んでやった。

 

 その叫びはどれぐらい響いたのか。あいつには届いたのか。…まあ、そんなことはどうでもよかった。

 ただスッキリした。それだけで良い。

 

 緋色に照らされた街並みを見下ろし、私はつぶやいた。

 

「またね、大槻」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 家に着く。

 明らかに様子がおかしい俺に、父は一瞥しただけで何も言わず、ただ車に乗ることを促した。

 

 車に乗り、助手席に座る。

 それから静かに車は走り出す。

 

 静かだ。静かすぎるお別れだ。

 なんだかお祭りのような騒がしさが恋しくなる。

 

 外を見ると、先ほどの曇り模様は何処へやら、真っ赤な空へと変貌していた。

 

「……」

 

 俺はCDを取り出し、ディスクトレイに入れた。

 すると、先ほど聞いたばかりの無名の曲が流れ始める。

 荒々しい演奏に、辿々しい歌声だった。

 

「良いな。何の曲だ?」

 

 父がこちらを向かずに聞く。しかし、その横顔はどことなくいつもよりも穏やかだった。

 

「そうだなーー」

 

 だから俺も穏やかに言った。

 宣言するように、誇らしく。

 

「俺の好きな(うた)だよ」

 

 




物語はこれにて終わり。しかし、まだ残っているのだ。約束を果たすその瞬間が。

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