やはり俺達が地球を守るのはまちがっている。   作:サバンナ・ハイメイン

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8.あまりにも穏やかに、雪ノ下陽乃は死を予言する。

 小町に葬儀に行くと伝えて、制服に着替えていると、平塚先生の車が迎えに来た。

 後部座席には、小町と由比ヶ浜と雪ノ下が既に乗っており、必然的に俺は助手席となった。

 

「ヒッキー、その、大丈夫?」

「まぁな」

 

 車が動き出し、シートベルトを締めながら、そのまま答えた。

 由比ヶ浜は上目遣いながら、恐る恐る口にした言葉は、予想通りだった。

 声をかけにくい雰囲気な俺に話しかける、その心遣いに痛み入る。

 やっばりコイツ優しいな。

 

「お兄ちゃんの目がマシになってる! これは大丈夫な証拠だよ!」

「俺の目は体温計か何かなの?」

 

 後ろからのずいぶんな体調確認にジロリと睨み返す。

 

「いつも通りの冷たい目よ。熱は無いから安心しなさい」

「お前は目も反応も、相変わらず冷たいのな」

 

 それでも雪ノ下のどこか声音は穏やかで、言葉の棘は普段より影を潜めていた。

「あら、まだ冬眠し足りないかしら、ヒキコモリくん。てっきり『ご友人』の葬儀には参列しないものと思っていたけれど」

 と、思っていたら違った。

 由比ヶ浜が気を使ってくれたのにぶち壊す雪ノ下さんマジぱねえ。

 

「てか友人、ってとこ強調しないでくんない。そんなんじゃないから」

「そうなのか? 君たちの仲は友人と呼ぶのに相応しい関係であったが」

 

 横の平塚先生が怪訝な顔をした。

 

「違いますよ。俺もあいつも互いに友人は居いません」

 

 本当に、そういうものではない。

 友人とは、ご機嫌を伺いながら、仲の良さを確認し合い、その裏腹を探りつつ、猜疑と欺瞞を延々続ける間柄である。

 俺と材木座は、機嫌を損ね合い、不仲を愉しみ、裏も表も見せつけながら、古傷を抉り合うような、そんな馬鹿げた関係である。

 ならば、それは友人でも友達でも、ましてや親友でもない。

 

「では、なんだと言うのかね」

「……同類とか似たもの同士とか、そんな感じじゃないですかね?」

「自覚はあったのね……」

 

 背後から呆れと確信に混じった声が聞こえてくる。

 

「そうか」

 

 平塚先生はそれだけ言って、おかしそうに笑みを浮かべた。

 ウィンカー音が鳴り、車は駐車場に入った。

 会場には幾つかの親戚らしき人影が見え、俺たちは受付を経て葬儀場に入った。

 雪ノ下と先生は諸手続きをするので、後から来るそうだ。

 

「あ、優美子たちだ。やっはろー」

 

 抑えめな声で由比ヶ浜が、参列者の中で一際若く、材木座には不釣り合いに派手な二人組み駆け寄った。

 ケータイを弄っていた三浦優美子はその手を止めて、それに応じた。

 

「お、結衣。ヒキオ連れてきてんじゃん」

 由比ヶ浜が自分のおかげではないことを言うのを、ほとんど聞き流して、三浦は俺の前に立ち止まった。

「あんた、友達の葬式くらい出ないとかどうなん?」

 思わぬ女帝からの攻撃に面を食らう。

「いや、友達じゃなくて、似たもの同……」

「あ?」

 

 有無を言わさぬ迫力に押し黙った。

 というか、材木座とは対して接点の無い三浦が葬式に来るだけでも意外なのに、俺に話しかけてくるなんて。

 びっくりすぎて心臓が止まり俺の葬式も同時開催しそうだ。

 

「ヒキオとザイモク? なんとかの仲とかどうでもいーけど、付き合いあるなら、葬式くらい出るのが礼儀じゃん?」

「お、落ち着いたほうがいいっしょー、優美子ー」

「そうだよ。あんまり騒ぐのは良くない、よ……」

 

 詰め寄る三浦を宥めようと、一緒に居た戸部や由比ヶ浜が言葉が声を掛けるも、全く通用しない。

 由比ヶ浜に至っては途中から声が小さく萎んでいく有様だ。

 静粛な会場では、一段と目立ち、注目を集めていた。

 

「つーかこん中で一番絡みあったヒキオが来ないとかありえないんですけど。あーしたちはこうやって来てんのに。ホント、何考えてんの?」

 

 腕を組みながらカツカツと長い爪を鳴らし敵意剥き出しで俺にガンつける。

 

 そしてあの日に居た人間が微かに思っていた禁句を、ついに口にした。

 

「大体、ヒキオが殺したようなものなんだし……」

「やめなっ!」

 

 遮るように、別の声が響いた。

 決して大きな声では無いのに、その鋭く冷めている言葉は、熱を帯びた三浦の怒号を冷やすようだった。

 

「その話は今関係ないでしょ? ここは葬式会場。騒ぐ場所じゃない」

 

 そう言って俺と三浦の間に入ったのは、川崎紗希だった。

 今到着したのだろう、コートを脱ぐ時に乱れてしまったのか、青みがかった長いポニーテールのあちらこちらに枝毛が見える。

 川崎は覇気の無い冷めた目で、三浦を睨みつけた。

 

「アンタは地震で海に落ちる材木座を助けようとしただけだ。そうだろ?」

 

 川崎の視線が俺に移る。

 ああ、そんな話になってたんだっけな。

 俺は三浦のそしりと、川崎の突然の援護に戸惑つつ、なんとか首肯して答えた。

 

「コイツはちゃんと来た。何も悪くない」

 

 また川崎は三浦に向き直る。三浦はあからさまに顔を歪め、不快感を露わにしていた。

 それでもなお川崎は続ける。

 

「それにコイツのこととやかく言ってるけど、アンタの連れだって葬式に来ないのによく言えたもんだ」

 

 三浦の表情が、一瞬虚を突かれたかのようになり、そのあと一気に顔を赤らめ険しくなった。

 並の人間なら思わずたじろぐような女王の怒りの魔眼。川崎はなんでも無いように対峙する。

 

「あぁ? 海老名のことは関係ないっしょ?」

 

 まさに一発触発である。三浦と川崎。両者一歩も引く様子は無い。

 そういえば確かに海老名さんの姿が見当たらない。由比ヶ浜は体調不良と言っていた。なんとなく精神的にタフそうだと勝手に思っていたので意外ではある。まあずっと学校休んでいた俺が言えたことじゃないんですけどね。

 既に外野となっている俺ではもう手出しできない。なだめ役の由比ヶ浜や戸部も完全に萎縮してしまっている。小町なんて怯えて半分涙目である。

 

 誰も寄せ付けない雰囲気を出し、二人は睨み合い続ける。

 

「何を騒いでいるのかしら?」

 

 そこへ最悪のタイミングで、空気を読まない女ナンバーワンの雪ノ下が戻ってきた。

 三浦と川崎が同時に、第三者に威嚇する。

 

「あ? 外野は引っ込んでろし」

「ちょっと雪ノ下は黙っててくんない」

 ア、アカン……!

 

「黙るのは貴方達の方よ。さっきから醜い口喧嘩が聞こえてきてとても耳障りなのだけれど」

 

 売られた喧嘩は倍返し、がモットーな雪ノ下さんは、予想通りに二人を煽り始めた。

 総武高女子の頂点を決める三つ巴の戦い。

 キャットファイトどころじゃない、ライオンと虎とチーターが全力で殺し合うようなものだ。

 おかしい、俺は材木座の葬式に来ていたはずなのに。

 どうしてこうなった!?

 事の発端を思い返してみる。原因は何だ?

 

 ……俺でした(白目)

 

 空気に耐えられず、目を逸らすと材木座の遺影があった。

 その写真はうざいくらい印象的な、眩しいくらいの笑顔だった。

 

『イェーイ! 八幡、楽しんでる〜!?』

 

 遺影からそんな声が聞こえた気がした。

 やはり材木座は死してなおウザい。

 けれどそのウザさが今、どうしようもなく恋しくて堪らなかった。

 

「そもそも因縁つけて来たのは川崎っしょ?」

「三浦が的外れなこと勝手に騒いでるだけだ」

「だからそのピーピー喚く口を閉じろと言っているのが分からないの? 人の言葉が理解出来ないなんて貴方たちの知能は、そこらの犬以下しかないのかしら」

 

「「あ゛っ?」」

 

 雪ノ下は二人を宥めるどころか、両方に喧嘩を売るファインプレーを見せた。

 場を収める才能無さ過ぎだろ……。

 三人はバチバチと火花を散らすどころか、大炎上しているレベル。消防車でも鎮火出来ない大火事の発生だ。

 焼くのは火葬屋だけで十分だよ!

 ぱんっ!

 唐突に手を叩く音がした。あまりに淀みない音なので、皆の視線が集まった。

 

「もうすぐ式が始まるよ。さ、優美子、行くよ」

 

 葉山は半ば強引に三浦を二人から引き剥がし、席へと向かう。戸部もそれに続いていった。

 

「お葬式なのに、騒いじゃダメだよ……!」

 

 続いて戸塚が涙ぐみながら川崎と雪ノ下に言い放った。

 本来こういうことは得意でない戸塚が止めに入るとは。

 

「材木座くんに失礼だよ……!」

 

 戸塚は少なくても材木座を友達だと思っていたはずだ。その葬儀で騒ぎを起こされれば、怒るのも当然と言える。

 毒を抜かれたように、川崎と雪ノ下は息を吐いた。

 

「悪かったよ」

「ごめんなさい。配慮が足らなかったわ」

「……すまんな、戸塚」

 

 戸塚はきょとんとした顔で、なんで八幡が謝るの? と首を傾げている。

 葉山と一緒に来た戸塚は事の発端が俺であることを知らないようだ。

 それは後で説明するとして、俺はもう一人にも謝罪しなければならない。

 

「すまん、川崎。俺を庇ってくれてありがとな」

 

 足早にその場を去ろうとする背中に礼を述べる。

 すると川崎は驚いたように目を丸くして振り向いた。

 

「べ、別に、アンタを庇ったわけじゃない。ホントにそんなんじゃないんだ……」

 

 急にかあっと顔を赤くして、そのあとまるで念を押すように、小さく否定した。

 川崎は視線を落として、そして何か言いたげだったものの、ポニーテールを翻した。

 

 一体何なんだろうか。川崎の意図が俺にはわからなかった。

 俺がうんうん唸っていると、雪ノ下さんがお坊さんを連れてやって来て、用意されていた席に座った。

 なんだがもう疲れてしまったが、ようやく材木座の葬式が始まるのだった。  

 

 

 

 ***

 

 

 

 さて一通り葬式の内容が終わる頃には、もう日が沈む時間になっていた。俺は今葬儀会場からほど近い、材木座宅の家の前に来ていた。平塚先生が車で送ってくれたのだ。

 そして少し前のことを思い出す。葬儀では材木座の親戚たちが、悲しそう表情をしていた。それで、また痛感した、自分の罪深さ。

 やはり俺が殺したという事実は揺るがない。 材木座のご両親などは、涙も枯れて憔悴しきっていた。 それでも受け止めなければならない。俺がやってしまったことなのだから。

 

 俺は葬式の間、ずっと思考の海に没していた。 真っ暗闇で自分の体すらまともに見えないような深海の中、様々な感情が水圧となって俺を押し潰す。

 ただひたすら耐える時間だった。

 

 唯一救われたのは、その材木座のご両親が俺のことを認めてくれたことだ。

 材木座母曰く、「義輝がよくあなたの名前を叫んでるのを聞いたわ。『はちまーん!』って。家ではほとんど喋らなかったのに、ね」

 材木座の遺品を漁っていたところ、生前に冗談で作った遺書らしきものに、俺の名前が刻まれていたらしい。

 例えその気が無かったとしても、少しでも息子の意思を反映したいと、ご両親は考えたようだ。

 

 材木座宅は閑静な住宅街の一角だった。白黒の提灯、御霊灯がぼうっと静かに玄関を照らす。

 夜も遅いしあまり時間をかけたく無い。何より材木座のご両親に、これ以上迷惑をかけたく無い。

 本当ならば日を改めたかったが、とある人物のせいで急遽すぐに来なければならなくなった。

 

「雪ノ下さん、どういうつもりですかね?」

「うーんとね、比企谷くんと二人っきりになりたかったから、かな?」

 

 何故か俺の隣にいる雪ノ下さんは、ウインクしながら微笑みをたたえる。

 喪服姿の美しさも見事だが、その清楚かつ妖艶な佇まいに一瞬だけ見惚れてしまった。

 

「……いやいや、言い訳にもなってないですよそれ」

 

 雪ノ下さんの行動原理がわからない。

 特に葬儀が終わってからここまでの行為は、その言い訳にもなっていない冗談が、あたかも本当だと錯覚しそうなほどだ。

 

 葬儀が終わった直後、俺は材木座のご両親に遺品の話をしていた。そこにさらっと混ざり、雪ノ下さんは自分が保護者代わりになると、俺と付き添うことを提案した。雪ノ下さんがあれよあれよと話を進め、結局俺が気が付いた時には、遺品整理の話が今夜ということになっていた。

 ここまででも十分意味不明なのだが、さらに雪ノ下さんの奇行は続いた。 遺品整理について行きたいと言う戸塚を丁寧に断り、三浦の件を謝りに来た由比ヶ浜を言葉巧みに俺から引き剥がし、いちゃもんをつけて来た雪ノ下を適当にあしらった。

 とにかく俺に近づく者は小町でさえも徹底的に退け、葬儀終了から現在まで雪ノ下さんは俺とずっと二人でいた。

 

 裏があるのは間違いないが、その真意の鱗片すら見せない。一体どういうつもりなのか。俺は雪ノ下陽乃の強化外骨格の中身に戦々恐々としていた。

 思わず体が震えだす。怖い。もしかして材木座を殺したという俺の弱みに付け込んで、無理難題を押し付けるつもりではないだろうか。

 

「比企谷くんの、その、行動の裏を読もうとする考え方、好きだよ。……捕食者に怯える小動物みたいだもの」

 

 雪ノ下さんは相変わらず笑みを浮かべているが、その属性が嗜虐的なものに変わっていた。

 形の良い唇から、白い八重歯が見え隠れする。

 

「八幡くんと、雪ノ下さん。上がってくださいな」

 

 材木座のお母さんの声が奥の部屋から聞こえた。

 雪ノ下さんは今度は、悲しみを押し殺し何とか笑っている、といった表情を作り、その声に答えた。

 

「お邪魔します。……じゃ比企谷くん、遺品整理は任せたよ」

 

 小声で俺にそれだけ言うと、雪ノ下さんは材木座のご両親の元へと向かった。

 

 材木座の自室は、分かりやすくオタクの部屋だった。

 アニメのポスターが四方に貼られており、本棚には所狭しと漫画やラノベが並べられていた。

 小さなテレビには据え置きゲーム機が複数台、机にはパソコンと原稿用紙、ガラス張りのフィギュアケースまで完備してある。

 

 なんというか、想像通りすぎて、ちょっと可笑しくなってきた。

 

 ただ部屋の中自体はとても丁寧に掃除されており、ご両親がここで生前の材木座を思い出しながら整理をしていたことは想像に難くない。

 掃除はしても材木座の部屋はそのまま残しておく、と材木座の母親が話していた。そして材木座本人の意思も尊重したい、とも。

 俺がやる遺品整理とは、簡単に言うと材木座指定の遺品を、見えない袋に分別するというものだ。

 とりあえず材木座が書いた遺書らしきものをポケットから取り出す。お葬式のときご両親からお借りした物だ。

 筆で『八幡へ』と書かれてある。

 

 ……ああ、最初のは辞書のカバーに隠してあるのね。

 材木座の名誉の為に言明は避けておくが、中身は要するにエロ本だった。ジャンルは……、うん、そうだな、見なかったことにしよう。

 袋にそれらを入れていく。

 クローゼットを開けると、材木座がいつも来ていた厚手のコートが5着くらいずらっとかけてあった。

 どこの漫画キャラだよ……。

 

 そのコートのさらに奥にある厳重にガムテープで巻かれた段ボール。

 雑に封印、とマジックで書かれてあるそれに、俺はどこか懐かしさを感じた。

 俺もやったっけなぁ。脱中二病の為にこんなことを。

 

 遺品とはいえ最終的には処分されるもの。段ボールのままでは出来ないので、テープをひとつひとつ剥がしていく。

 ローブやらロザリオやら水晶やら出てくる中二グッズに苦笑しながら作業に勤しんだ。

 おいおいこの模擬刀、俺も昔持ってたやつじゃねぇか。

 

「はっ……いかんいかん」

 

 ブンブンと首を振る。

 考えてはダメだ。無心にならなければ。俺の得意分野だろ?

 

 それでも、次から次へと出てくるどこか既視感のある品々が俺の心を揺さぶってくる。

 不意に車の中で平塚先生に言った自らの言葉が蘇ってきた。

 

 

『似た者同士とかそんなんじゃないスかね?』

 

 

 本当は予防線だった。

 俺と材木座を表現するのに的確な表現であると自分でも思う。

 けれど真意はそこではなかった。

 

 それ以上親しい間柄であると認めてしまえば、辛くなるから。

 

 自己保身と自己弁護には定評のある俺は、相変わらず俺のことしか考えていない。

 けどそれで良い。それでこそ俺だ。ぼっちだ。比企谷八幡だ。

 

 材木座の葬式に出る義務はあったが、悲しむ権利はないのだ。

 そう自分に言い聞かせ、遺品整理を続行した。

 

 材木座の遺書に記されたものは残りあとひとつとなった。

 机の引き出しの二重底、と書いてある。さてはこいつデスノート読んだな?

 

 流石に燃えるようにはなっていなかったが、二重底の作りが雑で上げるのに苦労した。

 やっとのことで取り出せたのは、黒い日記帳だった。

 材木座が日記をつけていることにちょっと驚いたが、これを袋に入れればようやく終いである。

 ふうと息をつく。だいたい30分くらいだったが、妙に長く感じた。

 

 手の力が抜け、するりと日記帳がカーペットに落ちた。

 思わず気を抜いてしまったようだ。

 拾おうとすると、日記帳が開かれており、ページには小さな写真らしきものが張ってある。

 楽しそうに映る戸塚と俺。背後霊のように後ろから写り込んでいる材木座。

 夏休みのいつの日か撮った、プリクラだった。

 

『今日は映画を見た後、戸塚氏と八幡を見つけたので一緒に遊んだ。

 戸塚氏は本当に可愛い。男なのが悔やまれる。しかし可愛いので許す。

 問題は八幡だ。なぜ我の戸塚氏とデートなどしていたのか!

 だからプリクラに写り込んで邪魔をしてやったわ。ざまあみろ。

 

 ……今日は我の人生の中で一番楽しい夏休みだったと思う。

 なんだかんだ言って八幡は我のこと好きだしな。戸塚氏は言わずもがな。

 また三人で遊びたい』

 

「……ばーか、誰がお前のこと好きだって?」

 

 材木座の奴こんなこと書いてたのか。

 てっきり日記なんて三日坊主で辞めているかと思ったのに。

 悪態を付いて何とか胸の痛みをこらえようとした。

 俺は材木座が死んでから、ずっと悲しみで泣いたことが無かった。

 突き落としたあとの一晩、遺体発見後の数日、引き篭もってからの一週間。それに葬式の時だって涙を出さなかった。

 

 それなのに。

 これで、もう悲しまなくて済むと思ったのに。

 

 喉の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。

 

 楽しげに映るプリクラの中の戸塚と俺、そして材木座。

 この笑顔の日はもう二度と来ない。

 プリクラの輪郭がゆらゆら揺れる。熱いものが目に込み上げてくる。

 だから無心になれと、強く念じていたのに。

 材木座の死を悼む権利は、俺には無いのに。

 

 押しとどめようとしても、なおさら溢れてくるものを、抑えられない。

 そして耐えられず、俺はその場にうな垂れた。

 

 

「すまん……すまん、材木座……!」

 

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、俺は声を抑えて、ただ謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「夜分遅くに押しかけてすみませんでした」

「いえいえ。遺品の整理を手伝って貰って助かりましたよ」

「……ありがとうございました」

「おやすみなさい」

 

 材木座のご両親は、優しい声音で別れの挨拶を述べた。

 街灯がぽつりぽつりと人通りの少ない道路を照らし、俺と雪ノ下さんの二人で帰路についていた。

 結局雪ノ下さんは材木座の両親の前で俺が殺したことを言うでもなく、ただ本当についてきただけだった。

 

「……比企谷くんも、人の子かぁ」

 

 にやにやと茶化すような視線が向けられる。

 くっ、ちゃんと顔洗ったのに、まだ目が赤かったか……!

 

「分かってはいたんです。でもダメでした。俺には泣く権利すらないのに……」

「へー泣いちゃったんだ!」

「えっ?」

 

 ……は、謀られた!

 恥ずかしくなり、声にもならない呻きを上げた。

 

「あああああ〜!! もうホント、辞めて下さいよぉ!!」

 

 それを見ていた雪ノ下さんはくつくつと笑う。

 明らかに不謹慎なイジリだったが、彼女は全く意に介さない。心底楽しそうに容赦無く俺を弄んでくる。

 雪ノ下陽乃はこういう人間だということを忘れていた……!

 

「ふふ、そうかそうか。比企谷でもやっぱり友達の死は辛いかー」

「そりゃそうですよ。……つっても俺も今さっき自覚したことですけど」

「寂しかったら、いつでもお姉さんに甘えても良いんだぞ〜」

 

 腕を抱き寄せられ雪ノ下さんと顔が近くなった。

 

「なんなら、今、ここで」

 

 道は大通りの入り口付近、ラブホテルの駐車場裏側。

 三日月型になった黒目がちの瞳に思わず吸い込まれそうになる。女性特有の甘い匂いと柑橘系の香水が鼻をくすぐり、腕には柔らかく包み込む二つの双丘が……。

 はっ! いかんいかん! 俺には戸塚という大切な人がいるんだった!

 堕落しそうな甘言と雪ノ下さんを振り払い、距離を取る。

 

「離れて下さい」

「相変わらずつれないなぁ」

「分かり易すぎる冗談には引っかかりません」

「人は死を覚悟すると性欲が高ぶるのよ」

「なんで俺を殺そうとするですかね……」

 

 呆れながら言うと、雪ノ下さんは一瞬きょとんと目を瞬かせ、そしてすぐに顔を逸らして、歩みを進めた。

 ふと雪ノ下さんの言葉の真意を探ってみる。

 

 死を覚悟、ね。目の前の雪ノ下さんは、殺しても死ななそうな人の代表みたいなもんだが。

 

 確かにここ最近、死を意識する機会が多くなっている気がする。ジアースによる災害の件、材木座の件では俺自身が生命を殺める経験をしてしまった。

 人間いつか寿命がくるとは言え、わずか17歳で人生を終えた材木座。ならば俺はどのように償っていけば良いのだろうか。

 

「つまり材木座の死は、死をもって償えと?」

「あはは! 比企谷くん邪推し過ぎ、自意識過剰よ」

 

 そんなつもりで言ったんじゃない、と苦笑しながら首を振る。

 ゆっくりと空を見上げ、雪ノ下さんは何かを決心したように、息をついた。

 そして俺に向き直って、言葉を発した。

 

 

「死ぬのは私よ。次のジアースのパイロットである、私が死ぬの」

 

 

 雪ノ下さんの表情は、セリフとは裏腹にあまりにも穏やかだった。

 




材木座編終了です。
次は陽乃編です。

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