やはり俺達が地球を守るのはまちがっている。 作:サバンナ・ハイメイン
しばらくして、戸塚が由比ヶ浜と一緒に現れた。
「ヒッキーやっと起きたんだー。やっはろー」
由比ヶ浜がお馴染みのバカっぽい挨拶をして手を振った。
それ、寝起きも使うのかよ。
「うす。てか口になんか付いてるぞ」
「うっそ! ペペロンチーノ付いてる!?」
顔を紅くして、ハンカチでゴシゴシと口を拭った。
てかペペロンチーノとか、いつ食ったんだよ。オレ、身ニ覚エ、ナイ。
「ごめんね。夕方だから外で食べに行っちゃったんだ。代わりにお土産と、コンビニで食べ物と買って来たから……」
戸塚は手を合わせながら、頭を下げた。
お土産? とちょっと引っかかるが可愛らしい上目遣いの戸塚が見れたのでどうでも良くなった。
「ま、まあ、気にすんな」
頬が綻びそうなのを誤魔化すように、目線を切りコンビニ袋とオシャレな紙袋を受け取る。
メロンパンやら午後ティーやら、入っている中、不意に何かがもぞっと動いた。
「うおっ!」
「きゅっぷぃ! 食べ物だと思った!? 残念コエムシ様でした!」
ふぉんとコンビニ袋から浮遊し、戯けてみせるコエムシ。
マスコットぽいことしやがって……。パンつまみ食いしてないだろうな?
ちなみに紙袋にはピサの斜塔の置物が入ってました。わけ分からん。
非難の眼差しを向けてみるが、コエムシは意を返さずに、けたけたと笑って、何処かへ消えた。
「ヒッキー、超ビビってたしー」
由比ヶ浜も同じように笑みをみせる。堪えているようだが戸塚も肩が震えていた。
ちょっとは病人を労わってくれよ。
時刻を確認するともう夕方5時をまわっていた。
「他の連中は?」
「もうすぐくると思うよ。……あ、ほら」
言うがすぐに現れた。材木座を除いた9人だ。
夕飯を食べた帰りなのだろう、集団からはイタリアン料理の香りが仄かにする。
「認めないわ、瞬間移動なんて……! 科学的に不可能と証明されているし物理学に量子テレポーテーションというのはあるのだけれど、それは全く別のもので……!」
「君らの常識はよく分からないけど、雪乃たちは瞬間移動でイタリアに行ったのは事実だよ?」
雪ノ下はぐぬぬと押し黙る。俺の居ない間になにしてんだよ。てか本場に行ってたんかい! ピサの斜塔がお土産ってガッツリ海外旅行してるレベルじゃねーか!
「今日はわけのわからないことだらけだわ……」
「オレも君の頑固さは、わけがわからんな」
雪ノ下はこめかみに手を押さえて俯くと、コエムシもそれに習うように俯く。
それに気が付いた雪ノ下は射殺するような忌々しい目つきで睨むと、コエムシは楽しそうに空を舞った。
お前ら、仲良しだな。
「まあまあ雪乃ちゃん、そうカッカしないの。良かったじゃない、まだピサは行ったことなかったでしょ?」
「一瞬で海外に行けるなんてコエムシは本当に便利だな」
大人は順応性が高いのか、すぐに瞬間移動を受け入れていた。
いや、普通は逆じゃないんですかね?
「ん、そろそろ敵がくる! みんな自分の椅子に座れ」
円状に並んだ椅子にコエムシは誘導した。
「どうだい、元気になったかい、ヒキタニ君?」
葉山が颯爽と俺の元へ歩いて来た。
海老名さんが「はやとくんが自らヒキタニ君に……! はち×はやいただきー」など何か騒いでいるが、ここは無視。
「……ああ、これお前の椅子か。良いの使ってんな」
「いや、大したこと無いよ」
んなわけあるか。高級感ハンパ無かったぞ、このリクライニングチェア。
ちょっと立つの名残惜しいと思いつつ、円状に並んだ椅子の中に、自分のものを見つけようと見渡した。
どうやら俺の椅子として設定されたのは、リビングのソファらしい。
腰を下ろすとお馴染みの感触が伝わってくる。
既に各々が自分の座るべき椅子に着席していた。
そういえばココペリさんの時は椅子は馬蹄状だったのに今度は違うんだな、とかどうでも良いことを考えていると、部屋の椅子に座る小町から声がかかる。
「お兄ちゃん、中二さんは? 最初のパイロットなのにどこ行ったの?」
「さあな。そのうち来るだろ」
コエムシに目線を流しながら答えた。
するとぶんとコエムシが消える。
材木座の準備とやらが終わったようだ。
……自分で言っておいて何だが、良い予感がしない。
再びコエムシが現れた。そしてコックピット内の空気が変わる。
馬鹿でかい襟付きコートと漆黒の仮面を纏った、それはそれは痛々しい男が佇んでいたからだ。
「ふはははは! 我こそは、地球を守る正義の象徴!」
場が凍る、とはこのことだろう。
誰もが口を開け、何こいつキモッ、という表情をしている。
「剣豪将軍、材木座義輝!! ここに見参!!」
いつもなら素に戻る材木座であるが、仮面のお陰なのか、キャラは崩壊しない。
そして自分の椅子へ腰掛ける。
「ようやくこれで全員だね」
そう言うと、全ての椅子が円状の並びを保ったまま、ゆっくりと浮上していった。
コックピットは暗幕が晴れるように闇が消え、やがてジアースの周囲を映し出した。
「今ジアースは海の中だ。普段はここに身を隠している」
戦隊もののロボットと同じ設定ね。
コエムシは先ほどまでのおちゃらけた雰囲気押しとどめ、厳粛なナビゲーターになっていた。
「君たちはこれからやってくる敵のロボットを倒して、地球を守らなくてはならない。もし負ければ地球は滅亡する」
どうやらルールのおさらいをするらしい。
「戦闘の時は君たち全員をここに呼び出す。後はココペリのチュートリアルの通りだ。何か分からないことがあればオレに聞くと良い」
区切って、余韻を残す。
「地球の未来は君たち次第だ。健闘を祈るぜ、義輝」
「おう、我に任せておくが良い」
するとコックピットの画面が動き出した。細かい水泡がいくつもできて、やがて海上に出た。
ジェットコースターの登りのような高揚感に包まれる。本当に上昇しているかと錯覚させられた。
ジアースのいる場所は海上数キロ沖。遠くには海岸線、反対には小さな小島が幾つか見える。
ちょうど夕日が地平線までおりて来て、赤橙の海原が一面に広がっていた。
幻想的でノスタルジックな情景に誰もが息を飲む。
時が止まったかのような、そんな一瞬。いや永遠にも続くかとも思われた。
そして、静寂は切り裂かれる。
「来たぜ!」
夕暮れを遮る形で、円形の断面が現れ、敵が姿を見せた。
これがジアースの初戦である。
チュートリアルの直後だから流石に強敵はこないとは思うが、材木座が勝てるかわからない。
出来ることならば、リア充たちにドン引きされるくらい完勝して欲しい。
緊張と興奮はピークに達し、皆が敵の動向に注視している。
ついに地球を守る戦いが始まった。
全身を見せた敵ロボットは端的に言って物凄く強そうだった。
形状は人型であるが、ジアースとは全く異なる。
一番の特徴は大きな胸部だ。上部が開口した三日月の型をしている。
双肩からは類人猿を連想させる、自身の胴体と同じくらい巨大な両腕と頑丈な拳が威圧感をさらに際立たせる。
「これホントに最初の敵……?」
キャラは守れよ、と思ったが材木座が唖然とするのも無理はない。
ココペリ戦の蜘蛛とは比較にならないほどの強敵——『弦月』の登場に、皆驚きを隠せない様子だ。
「スリット数15、光点は3か……」
コエムシが何事か言った後、材木座に向き直った。
「気をつけろ義輝! 相手はかなりの強敵だ」
「そんなもの見れば分かる! チュートリアルの次戦にしてはあんまりだろ! 設定にバグでもあるんじゃないのか?」
「いや、良いのだ、八幡。敵が強ければ強いほど熱くなるというものぞ!」
材木座は手ぬきグローブをぐっと強くはめ直し、仮面の位置を正す。
「行くぞぉ! 我とともに敵を討ち払わん! ジアース、発進!!」
かけ声と共にジアースは敵ロボット『弦月』との距離を縮めていく。
最初に仕掛けてきたのは、『弦月』の方だった。
大きな右腕を思い切り振り下ろして来る。ジアースはその隙に、『弦月』の懐に潜り込もうとしたが、その振り下ろさせた右腕の衝撃で阻まれる。
ジアースと『弦月』の間に大きな水飛沫が上がった。
「そうやすやすとは行かぬか!」
「なんか……凄い!」
「もう一撃、来るぞ!」
材木座が舌打ちをし、由比ヶ浜がアホみたいな反応をし、葉山がすぐさま次の攻撃に気が付いた。
水の壁から、今度は左フックが飛んできた。 水飛沫は目隠しだったのだ。
ジアースは両腕で重い攻撃を受ける。
衝撃がコックピットにも伝わってきた。
凄まじい揺れが俺たちを襲う。体感震度5弱だ。皆悲鳴を上げ、恐怖で椅子の背もたれや肘掛けに掴まった。
ただ一人、パイロットの材木座を除いて。
「また右腕を振りあげてる。重量に物を言わせて押し潰すつもりだわ! 一旦距離を取るべきよ!」
雪乃が自分のソファに掴まりながら、早口で指示を出す。
揺れるのが怖いのか、少し声が上ずっていた。
しかし材木座はジアースを後退させようとさせない。
「退かぬ。男の辞書に退くという文字は無い!」
いかん、材木座の奴、キャラに入り込み過ぎて、事態を冷静に分析できてない
まるで夜が来たように、コックピットが闇に包まれた。『弦月』の拳による影だ。
こんなものまともに受けてはひとたまりもないだろう。
やはり材木座は動かない。
流星のような勢いで、『弦月』が右腕のを振り下ろした。
再び、衝撃。
だがさっきよりも全然弱い。体感震度で言えば3程度だ。
そんなはずはない。振り上げた相手の拳は、位置エネルギーも加わって、先ほど左フックとは比べものにならないほどの威力のはずだ。
「やはり、ジアースは強い!」
ジアースの両腕はしっかりと相手の拳の勢いを殺していたのだ。
『弦月』の右腕とジアースの両腕が、ジリジリと鍔迫り合う。
それも長くは続かなかった。あろうことか、徐々にジアースの方が押しているではないか。
「ジアースの能力は、原則パイロットの能力に比例する」
そういえば材木座は体育祭の棒倒しで、戸部ら体育会系3人のブロックを一人で突破したことがあった。
まさかこんなところで馬鹿力が役立つとは……。
ジアースはそのまま『弦月』を押し切り、タックルを喰らわせた。
また大きな水飛沫が上がり、『弦月』の巨体は海に投げ出された。
日は既に落ちて、海面も空と同じく仄暗い。
三日月が、怪しくジアースを照らしていた。
「すげえ……」
思わず口からこぼれ出す。
あの体格差を真っ正面から受け止め、相手を吹っ飛ばすとは。
「きゃー! 財津くんすごーい! 素敵!」
「うん。やるじゃん、中二!」
「っべぇーわ! ザイモクセイくんマジパネェ!」
普段なら絶対にあり得ない、材木座への賞賛の声。
「フッ、どうと言うことないわ」
う、うぜぇ……。
それを素直に受ければ良いものを、材木座は余裕そうな顔で答えている。
というか誰も苗字覚えてないことにツッコまないのか、材木座。
「材木座くん、かっこ良かったよ!」
「デュフフフ、そうかなぁ?」
戸塚に言われるとあからさまにデレっとする材木座。
……素直でも、やっぱり材木座はうぜぇわ。あとキャラは守れ。
「その気持ち悪い顔はちゃんと勝ってからにして欲しいのだけれど」
雪ノ下が指差す方向には、態勢を立て直す三日月型のロボット、『弦月』。
「くだくだしてっから、アイツ復活してんじゃん」
「形勢逆転したら、ラッシュをかける。戦闘の基本だな」
「分かっておるわ。しかし距離が出来た以上こちらの優位! なぜなら……」
『弦月』の戦闘方法はどうやら肉弾戦のようだ。それも主に両手を使ったパンチが主流。
確かに一発の破壊力はあるが、タメが長く、隙が多い。そして渾身の一撃はジアースに真っ向から防がれている。
「ジアースの方が腕は長いし、相手の攻撃を避けて、アウトレンジから攻めれば勝てるってわけだね」
材木座に補足して、爽やかスマイルを浮かべる葉山。
おいおい、葉山、材木座の見せ場を奪ってやるなよ……。
「む、そ、その通りだ。強敵だったが、これで終いにしよう」
ところが妙なことに、『弦月』はその場に立ち尽くすのみ。
普通なら距離を詰めて反撃に出てくるのだが……。
月明かりをバックに、『弦月』は直立不動を保ったままだ。
三日月型の胸部が、不気味に月光を反射し、白くなっている。
いや、違う。
この光は反射じゃないっ……!
「材木座! 避けろぉ!」
刹那、『弦月』の胸部から真っ白な三日月型の光線が放たれた。
ジアースは転がるように、間一髪それを回避した。
「な、ななな!?」
光線の着弾先、数十キロ先には、三日月の形にかたどられていた、海。
周辺には島々もあったようだが諸共消滅していた。
こんなものジアースのレーザーの比ではない。当たれば即死亡の一撃必殺。
予想外のメインウェポンに、声を失った。
「どうやらこっちが本命っぽいな……」
「ウチらのレーザーと全然違ぇし……。つーかコエムシ! こんなん反則じゃね? 敵だけ有利過ぎっしょ!」
「確かにロボットには戦力差はあるけれど、それはルールの範疇だから問題は無い」
『弦月』はもう一度三日月に光を溜め始めた。
「まずい! 材木座、あの光線はもう撃たせるな!」
「分かっておる!」
ジアースは距離を詰めようと動き出す。
しかし『弦月』は頭部から細いレーザーを放射し、ジアースの足止めを図った。
コックピットはレーザーの衝撃で激しく揺れ、悲鳴が木霊する。
「くそっ!」
こちらもレーザーを放ってみるが、相手の気を紛らわせることすら叶わない。
ジアースと『弦月』。長距離武器の性能差は歴然だった。
「ならば正面突破しかあるまい」
ジアースは勢いをつけ、一気に『弦月』へと突進しようとする。
『弦月』の細いレーザーが直撃し、火花が散るのが見えるが、ゴリ押しで突っ込んだ。
多少速さは損なわれたが、それでも敵の光線の溜めを中断させるには十分な勢いは残している。
モニターには徐々に『弦月』の三日月のような胴体が近づいてくる。同時に月光の光も強くなる。
このまま行けるか!?
不意に、『弦月』の光が消えた。
次に凄まじい衝撃。
「うわああああ!?」
浮遊感、そして叩きつけられた感覚が、コックピットに走った。
モニターは海と空を交互に映し出す。
『弦月』は光線を出す振りをして、ジアースをおびき出したのだ。
太い両手を支えにしたドロップキック。体操のあん馬の競技をしているかような格好だ。
「あれはフェイクだったのか!」
「いや、そうでもないみたいだ……」
『弦月』の三日月は眩しいくらい輝いていた。
それはつまり。
「あれがくるぞぉ!」
空気を切り裂く雷音の如く轟いた。
思わず目をつぶってしまう、圧倒的な閃光。
それは世界の終わりのような一撃だった。
…………。
意識が飛びかけた。いや飛んでいたかもしれない。天に登っていたまである。
天地が翻したかのと錯覚するような衝撃だった。
そして、モニターには、半身を失ったジアース。
右肩から胸にかけてが全ての消失しており、股の部分が辛うじて残っている状態であった。
材木座がとっさに避けたのだろうが、ジアースはまさに満身創痍。あまりにも無様な姿。
敵機、『弦月』は幾つかの打撃痕はあるものの、ほぼ五体満足と言っても良い。
「これは……負けだな」
千里の道も諦めろ。
押してダメなら諦めろ。
敵を知り己を知れば百戦諦めろ。
我が座右の銘を見ても勝ち目が無い。明らかに諦める。
なにもおかしいところもない。
ジアースの無残な姿に、コックピット内は皆一様にため息をつく。お開きムードが漂っていた。
足元にはよく見れば右腕の残骸が浮いている。大きさはまちまちで、それなりに形が残っているものもあった。
これが現実だったら、コックピットまで破壊されているかもしれない。
ゲームで良かった。
「材木座、よく頑張った。痛いキャラを貫いてまでやろうという気概は、きっと葉山たちに伝わっただろう」
現に引かれはしたものの、当初の目的である緊張を紛らわせることは出来ていた。
何かのキャラに自分を重ね。空想の世界を救う。
見せ場もあった。体格差をものともしないあのタックルを見た時は深くにも材木座をちょっとかっこいいと思った。
無趣味な俺にとって、バカみたいに夢中になれるものがある楽しさは、とても眩しく見えた。
ポンとコスプレをしたパイロットの肩を叩く。
「今回は残念だったが、また次回やればいいじゃないか」
「次回……?」
「八幡! 我は……俺は嫌だぞ!」
コエムシの声を遮って、仮面を外し、キャラを脱ぎ捨てた材木座が声を荒げた。
「俺は勝ちたい! あいつがどんなに強くても、ここは勝たないとダメなのだ!」
鼻をすすりながら、思いをぶちまける。
「ここでまでやって負けては俺はずっと勝てない気がするんだ! 弱い自分に言い訳して、敗戦を正当化して、前に進めない! ……そんなのは嫌だ!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、材木座義輝は慟哭す。
あの……これ……ゲームなんスけど。
こんなゲームにマジなっちゃってどうすんの?
サザっと引き潮みたいに皆引いていた。これには俺も苦笑い。
だがただ一人それに感化された人間がいた。
「おお材木座よ! その通りだ! 諦めたらそこで試合終了だぞ! まだゲームオーバーになっていない以上チャンスはあるということだ!」
「先生!」
「材木座!」
ガバッと抱き合う二人。
材木座、もうお前が嫁に貰ってやれよ……。
勝負が決まり、三浦などはもう興味を無くし、ケータイをいじり始める始末。
敵も同様、茶番に付き合うプログラムはないらしく、トドメの一撃を三日月に溜め始めた。
ああ、これは終わったな。 小町に夕飯どうする? サイゼ寄ってく?
「隼人、ちょっとこれ見て。東京湾沖に、謎の巨人現るだって。これウチらじゃね?」
「何言ってんだ優美子、そんなわけ……」
「よし! 行くぞ! ジアースよ、最後の攻撃だ!」
復活した材木座は、大声で鼓舞し、ジアースは何かを持つような動きをした。
『弦月』の光は最大になり、今にも光線を発射せんとしている。
「タイミングが大事だぞ! 一回ポッキリの策だ!」
三日月型の胸部が前のめりになり、大きな両手を軸にして砲台のような形となる。
光線前の、予備動作だ。
「そこだっ!」
ジアースは、自身の右腕の破片を、投擲した。さながら槍投げか、はたまた北欧神話のグングニールか。
「くらえ! 『
ジアースの右腕は『弦月』の左腕に深く突き刺さった。
そのせいで重心のバランスが崩れ、前屈みに崩れ落ちる。
直後、『弦月』の光線が発射された。
倒れこむ海の中に撃っている形になるのだが、その破壊力をゼロ距離で放てば、当然『弦月』自身も無事ではすまない。
大きな爆破音がしたかと思うと、『弦月』の背中から光線の幾つかのが反射し、内部の核諸共空へ登っていった。
「か、勝った!?」
「勝ったぞー!」
再び抱き合う。師弟愛って美しいッスね。超どうでもいい。
ジアースのコックピットは暗くなり、戦闘の終了を告げていた。
「よくやったよ、義輝! 君の勝ちだ。まさかあそこから勝つなんて驚いたよ」
「そうであろうそうであろう! ま、我は最初から勝てると信じておったし、あのピンチも計算通りよ!」
ムッハハ、とよくわからない笑い声を上げる材木座に、周りは早く帰らせろという視線が集中した。
「まあ待て。折角勝ったのだ、外に出て余韻にでも浸ろうではないか」
……地味にメンタル面も強くなってやがる。
***
「さぶっ!」
材木座の頼みにより、一同が移動した場所は、ジアースの頭部だった。
アクアラインの向こう、日はどっぷり落ちて、海岸線はネオンに彩られている。
海上の風は肌寒く、先ほどの戦いの興奮の熱を冷やすよう。
まるで現実の世界だ。
「……う」
死闘を終えたパイロットの材木座は、ジアースの甲殻の端まで歩いた。
そして、
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
と雄叫びを上げた。
「うるせーよバカ!」
恨めしく材木座を睨もうとすると、後ろから凄まじい殺気を感じる。
ああ、これは振り返らない方が良さそうだ。
「チッ、突き落とされたいん?」
殺気を漏らしたのは川崎である。
ボソッと言ったのがマジっぽくてガチ感が出て怖い。ついでに俺の語彙力のなさも怖い。
しかし材木座には通じないのか、ワザとらしい咳をいくつかして、向き直る。
「むはは、嫉妬の声が気持ち良いぞ。我はジアースに選ばれし者であるからな」
ドヤ顔で胸を張る材木座。
な、殴りてぇ……。
「つーか、これ順番だし。お前だけじゃないんだけど? つーか、パイロットだったら隼人のが似合うし」
今度は獄炎の女王の攻撃。流石にリアルギャルに凄まれたら怖いようで、材木座はあわあわ言い出した。
「とにかく勝てて良かったよ。今回は材木座くんのおかげでね」
ここで葉山が仲裁に入った。それに由比ヶ浜と戸塚がフォローする形で場は収まりそうだ。
葉山の言葉には色々含まれているのだろうな、と考えを巡らせる。
その時、ふと声がかかる。
「比企谷くんも、もう事の重大さは認識してるよね?」
背けていた可能性を突きつけられた。
薄々は感づいていた。瞬間移動も、コックピットの衝撃も、あまりにリアリティがありすぎる。
自分に言い聞かせるように、ゲームだと、設定だと。
ここに立っている以上、もう反論の余地はない。
それはつまり一連の出来事が、仮想世界におけるゲームではないこと。
少なくても今俺たちが乗っているジアースは、間違いなく現実だということ。
俺が小さく頷くと、雪ノ下さんはいつも人前に出る時の強化外骨格で、皆の注目を集めた。
「とりあえず、今日のところはお開きにしましょう! もう日もくれちゃったし。でしょ、静ちゃん?」
「……ふぇ!? ああ、そうだ。諸君、気をつけて帰りたまえ」
平塚先生はどうやら放心していたようだ。多分、自分の世界に入っていたのだろう。だって材木座に向ける目が、同志を讃えるようだったから。
ホントに先生かよアンタ……。
「八幡、八幡」
グイッと材木座に引っ張られ、無理矢理近くに寄せられた。
なんだよ、と仕方なく嫌そうな顔を向ける。
「次の作品が決まったぞ!」
絶対ロボットモノだ。しかも主人公自分の。
「巨大ロボに乗る足利義輝の生まれ変わりが」
「もういい、分かった」
はあ……。やっぱり材木座は材木座だ。
やれやれとため息を吐く俺に、鋭い視線が刺さる。
「早くしてくんない? あたし暇じゃないんだけど」
ダウナーなハスキーボイスで川崎にそう言われれば俺も思わずヒィと声が溢れる。
いそいそとジアースの肩口にいる材木座の元へ歩いた。
しかしなんだかんだ言って今日の材木座は良くやったのではないか。
先ほどの戦いで不覚にもこいつちょっとカッコいいんじゃんと思ってしまったのは事実だった。
「……まあ、なんだ」
あそこまで熱くなれる材木座を、素直羨ましく思った。
「ちゃんと、出来たら持ってこいよ」
とん、と。
軽く、拳を材木座に当てる。
そのはずが。
瞬間。
材木座の体はゆっくりと、崩れた。
「え」
まるで闇に吸い込まれるように。
ジアースの甲殻から東京湾へ、音もなく転落していった。
材木座は、数日後、遺体で見つかった。