やはり俺達が地球を守るのはまちがっている。 作:サバンナ・ハイメイン
淡い光がゆっくりと俺の意識を浮上させていく。
体に鈍痛が走り思わず声が溢れた。
俺は一体どうしたんだっけ?
未だはっきりしない頭の中、聞き覚えのあるソプラノの声がそれを払う。
「八幡、大丈夫!? 」
「ああ、平気だ」
眉を八の字にした戸塚は、甲斐甲斐しく俺の腕を握り、状態を起こす手伝いをしようとしてくれている。
好意に甘えたいところだったが、それを優しく手で制して自分で上体を起こした。まだ少し体のあちこちが痛いが、大したことはない。戸塚に心配を掛けたくないし、何よりこれ以上優しくされたら、求婚してフラれかねないからね、仕方ないね。てかフラれちゃうのかよ。いや同性婚は最近認められたはず、千葉を捨てて渋谷区民になろうかな。
さて、そんなアホなことを考えつくのは、目の前の現実が信じられないからだろうか。
運動できる程度の大きさの部屋。高い天井からの仄かな光。そして馬蹄状に並んだ椅子。
俺はその椅子の中のリクライニングチェアに寝かされていたらしい。
「戸塚、ここって」
「ジアースのコックピットだよ。いきなりでびっくりだよね。あとで説明するからちょっと待ってね」
そう言うと戸塚はリクライニングチェアの背もたれを起こしてくれた。
背中を預けると、皮膚にひんやりと冷たい感覚に襲われ、思わずピクリとはねた。
あーこれ湿布が張ってあんのな。
「比企谷、具合はどう?」
その声でようやくこの空間に川越……じゃなくて川崎がいることを認識した。ついでにその脇の方で暑苦しいコート着ている男も居たがヤツは見なかったことにする。
「もう大丈夫だ」
「川崎さんが八幡の介抱してくれたんだよ! 湿布とか用意してくれて」
「そうなのか。ありがとな」
「……いや大したこと無いよ。弟たちとかよく怪我するからさ」
顔をふいと背けながら、指先を合わせてわにゃわにゃと動かす川崎。
それを見て戸塚がくすりと笑う。
妙な間のせいで居心地が悪いぞ。なんだその反応は。適当に話を繋いで誤魔化そう。
「つーかアレだ、よく湿布なんて持ってたな。ギックリ腰でも患ってんの?」
「は? んなわけないじゃん」
川崎は低いトーンの声で睨みつけてきた。その眼力はまさに不良少女がカツアゲでもするかのような威圧感である。怖い。
「川崎さん、八幡はほら、コエムシの能力知らないから……」
戸塚が間に入って川崎を宥めた。
「能力?」
「コエムシー、お願いー」
すると何もない空間から、ブッサイクなヌイグルミが現れた。
ついに戸塚の天使力がオーバーフローして人知を超えた超能力でも使えるようになったのだろうか。
「お、ハチマンが起きたみてえだな」
「コエムシが救急箱取ってきてくれたおかげだよ。それでね、八幡にご飯持ってきてあげたいから僕を連れてって欲しいんだ」
「あー私もちょっと家に顔出したいから送って欲しいんだけど」
戸塚と川崎は親しげにヌイグルミいやコエムシと話す。
てか俺のことも下の名前で呼ばなかったかコイツ。
そうだ、気絶する前、コエムシが現れたんだった。俺はコイツの侮蔑たっぷりの目を忘れない。そして、その後、急に頭の上に影が出来て、何故か平塚先生が現れたのだ。あれはまるで瞬間移動してきたかのような——
「んじゃ八幡、ちょっと待っててね」
そう言うと戸塚の姿は、川崎とコエムシと共に、消失した。
……マジか。
目をパシパシ瞬かせて、辺りを見回して、もう一度戸塚のいた場所を確認。誰もいない。
「本当にテレポートしたのか……?」
あまりの出来事に俺は思わず言葉溢れる。
「心配することはないぞ。ちゃんとテレポートしてる。我も確認した」
さっきからひっそりと居た材木座が、俺の独り言を拾った。
頭を抱えたくなる。なんだこれは。どうなっているんだ。
「まあ今さっき目が覚めた貴様が狼狽えるのも無理はないだろう」
背の高いパソコンチェアに踏ん反り返る材木座。なんか色々話し始めているが、気だるさで頭に入らない。
身体に力が入らず、背もたれに体重を預けた。上質な革素材が俺の上半身を優しく受け止め、ゆっくりと沈んでいく。このリクライニングチェア、随分高級なやつだな。
不意に腕時計を見ると、すでに夕方を示していた。この虚脱感の原因は空腹か。昼食ってねえもんなあ。ああ、だから戸塚はご飯とってくるって言ってたのか。
「ゴラムゴラム。八幡よ、やっと二人きりになれたな」
頭がまだ少しズキズキする。戸塚パワーでも回復し切れないとは、平塚先生恐るべしだ。
こういうときは寝るのが一番。
「聞いて驚くなよ……。なんと我、最初のパイロットに封ぜられたぞ!」
早く戸塚来ないかな? 独りが寂しいなんて久しぶりだ。
うつらうつらとして気を紛らわそう。
「我の名を呼んだかと問うた時があっただろう? あれが実はジアースの啓示だったのだ」
戸塚ってどんなお菓子が好きなんだろう。やっぱり可愛らしいチョコとかクッキーとかかな。それとも渋いせんべい系かな。
サンタを待つ子どものような気持ちで、夢の世界に行こう。
「…………」
「…………」
ガタッと物が動くような音がする。
そして耳元に微かに気配を感じた。
「はちまーん!! おきろー!!」
「うわあああ!!」
せっかく存在を抹消していたのに、むりやり視認させられた。
材木座義輝はいつもの暑苦しいコートで、鬱陶しいほどの存在感を出していた。
いつだって現実は無情である。
「チッ、うるせーな」
材木座は年季の入った木製の学習椅子に腰かける。
肘を立て、してやったりと顔をニヤつかせる様は、なんとも憎たらしい。
こいつに怒鳴ったところで、某スノボー選手みたく、意味がないんだろうな。反省させてえ……。
「盟友である我の言葉を聞かぬから裁きが下ったのだ。『
なんだよその漢字とルビは……。
全然律しても無いし、小声でも無いし、俺は幻影旅団でも無い。
「つーか盟友でもねーし。何の用だ?」
「……実は我、緊張している」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が出た。
深妙な面持ちで、材木座は続ける。
「ロボット格ゲーの心得がある我だが、このような大勢の前でやるのは初めてなのだ」
「ゲーセン仲間とかいるだろ?」
「今の居るメンバーは見知らぬ輩。リア充たちもおる。あやつらとは違う。一応ゲーマーとして失敗する訳にはいかん」
ああ、なるほど。
オタク故にその手のものにはプライドがあるというわけか。
リア充たちに唯一勝てる分野。意地でもあっと言わせたい。
「コイツゲームごときにマジになっちゃってんの?」「上手過ぎて逆にキモい」と引かれることなったとしても、それは名誉の負傷だ。
リア充が女と遊んでいる間にも、材木座はゲーマーとして努力してきたのだ。
例え蔑まれようが誇れるものなのだ。
珍しく材木座に感心した。
……ま、話だけでも聞いてやるか。
「だから楽に勝てる方法教えてよ〜。ハチえも〜ん」
前言撤回。コイツ、清々しいくらいに丸投げしやがった……。
「知らねぇよ。格ゲーなんて守備範囲外だ。あとその呼び方辞めろ」
期待した俺がバカだったよ。
シッシッと手を払う。
「待て待て。要はこの緊張を和らげる術を知りたいのだ」
見れば材木座のグローブをはめた手はプルプルと震えている。いつもより呼吸も荒いし、汗もかいている。
緊張しているのは本当だろう。……後半はコートを脱げば解決しそうだが。
「……はあ。そうだな、平常心だ。いつも通りで居れば良い」
「ありきたりなもので解決できるか! それに我はこの通りいつものままだぞ!」
「いや違う。お前は普通を履き違えている」
普通の高校生は、四六時中コートを羽織ったりはしない。指ぬきグローブもはめてない。
だから材木座は普通じゃないのが普通なんだ。
「材木座、お前はジアースに選ばれし者なんだろ? 剣豪将軍、足利義輝の生まれ変わりなんだろ? こんなことでビビってんじゃねぇよ」
「な、なんだ急に」
「キャラを守れつってんだよ。ラノベ作家なんだろ? 絵師が誰かも重要だがキャラクターも同じくらい重要だろ? つまりそういうことだ」
材木座はきょとんとし、しばらく停止していた。
それで何度か頷き「なるほど」と呟いた。
「フフフ、八幡よ! お前の策、しかと受けとった! 我はこれからその準備にかかるとしよう!」
「さらだばー!」
言うが否や颯爽と材木座は立ち去った。野菜食べ放題かよ。
が、しばらくして出口が無いことに気がついたらしく、情けない声でコエムシを呼んでいた。
「だからキャラは守れよ……」