やはり俺達が地球を守るのはまちがっている。   作:サバンナ・ハイメイン

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第1戦 だからこそ材木座義輝は慟哭する。
4.唐突にコエムシは現れる。(前)


 先ほどの体験はまだ鮮明に思い出せる。

 研究室からの瞬間移動。薄暗いコックピットに、宙を浮く十数の椅子。どこか変わった雰囲気になったココペリさんに、巨大ロボット『ジアース』の全身。荒れ狂う海、暴れる敵ロボット『蜘蛛』、交錯するレーザー、呆気ない勝利。穏やかなココペリさんの顔。そして、また瞬間移動。

 

 夢見心地。

 そんな言葉がぴったりの俺たちは、とりあえずココペリさんの研究室を出て、雪ノ下さんの案内されるがまま、大学の食堂に移動していた。

 平塚先生は姿が見えない教授を探しに行き、雪ノ下さんも何処かへ行ってしまった。

 残った生徒組は、静寂に包まれた食堂の大テーブルを囲み、しばし呆けていた。

 

「……なんか凄かったね。結局何だったんだろう」

 口火切ったのは戸塚だった。そしてあのゲームについて様々な意見が飛び交う。

 

「あれが最新の技術なんだべ? 今のゲーム業界マジっべーわ」

 戸部が感心したように言えば、

「あーしはあれがだだのテレビゲームとは思えないんだけど」

「うーん、私も優美子に同意見。ちょっと普通じゃないよ」

 三浦と海老名さんが首をかしげる。

 

「そうだよね、なんかドカーンって感じで便乗感凄かったし」

 由比ヶ浜は相変わらずアホだ。

「それを言うなら臨場感、でしょ。私は正直まだ信じられないくらいよ。全員が同じ夢を見ていた、なんて冗談の方がまだ納得がいくわ」

 雪ノ下がこめかみに手を置くいつもの動作をすれば、卓上に集まっている11人がうーんと考え込む。

 

 全員が同じ夢ね……。

 俺もしばらく自分で色々と考えてはいたものの、イマイチ釈然としなかった。可能性としてあり得そうなのはいくつか思い当たるんだが……。

「めちゃくちゃ再現度を高めたバーチャルリアリティゲームって感じかな、無理やり解釈するなら」

 葉山が腕を組んでひとつの仮説を立てる。

「ばーちゃるりありてぃ?」

 由比ヶ浜が横文字を言いにくそうに復唱するので、補足しておいておく。

 

「ざっくり言うと疑似体験できるゲームの種類だ。仮想空間の世界に入って現実とほぼ同じ感覚で銃を扱ったり人と話したりできるってやつ。SF小説とかラノベとかに良くあるやつで、やたらゴツい機械とかつけたらカプセルに入ったりするのがお約束なんだがな」

「つまり私たちはピコピコの中に入ってたってこと?」

 川崎が指をピコピコと動かして、眉をひそめた。何だよ、ピコピコって。ゲームのことそう呼ぶのっておばあちゃんくらいだぞ。

 そんな感じで川崎を見ると、指を動かす川崎と目が合って、思いっきり目を逸らされてしまった。

 いくら俺の目が腐ってるからって、そんなに勢い良く避けないでくれないですかね……。怒りからかその耳はほんのり赤いようにも見える。どんだけ嫌いなんだよ。

 

「でも小町たちは何にもつけてなかったですよね? ゲーム始まる時も、終わった後も」

 俺がちょっと心に傷を受けてる内に、優秀な小町はバーチャルリアリティゲーム説を消す。

 その通りなのだ。

 何の準備もなく、また気づかれることなく、一瞬で13人の人間を仮想空間に放り込むなんて芸当は不可能である。

 ゲームの前にしたこと言えスタンドパネルに手を置く契約の儀とやらだが——それが準備とか完全にSF漫画の世界なんだよなあ……。

 

「やはり夢……というより、集団催眠が濃厚な気がしてきたわ」

 雪ノ下が自分に言い聞かせるように頷いた。

「ココペリさんは仕掛け人で、私たちは被験者だったのよ。それならば色々と説明がつくわ」

 今度は葉山が頷いた。

「俺もその線が妥当だと思う。ココペリさんは俺たちで催眠の実験を行ったんだ。こういうのは被験者に知らせないでやるのが普通だからね。それにバイト代も破格の三万だ」

 

 最後の方で聞き捨てならぬことを聞いたぞ。

「おいおい、三万ってなんだよ。俺聞いてないんですけど」

「あー、そうか、君たちは奉仕部だから」

 葉山が一人で納得しような顔をする。

「今回の件は平塚先生が持ってきたバイトなのよ。私たちは奉仕部だから当然無しだけれど」

 雪ノ下は平然と言うが、本来三万のバイトをボランティアさせるって酷すぎじゃないですかね、平塚先生。承知する雪ノ下もどうかと思う。これだから金持ちのとこの娘は。一般的な高校生にとって数時間三万のバイトなんてデカすぎるんだよなあ。由比ヶ浜を見ると、やっぱり不満そうに頬を膨らませていた。

 だから一見興味無さげな川崎とか三浦とかが来てたわけね。

 

 とりあえず俺たちの奇妙な体験は、ココペリの集団催眠実験ということで無事決着が付きそうだった。

 

「少し待たれい、皆の衆!」

 そこに水を差すのは、黒い指ぬきグローブから出る太い五本指。

「あれほどの体験をしておきながら、ただの催眠で済ませられるわけなかろう! 我らは見たであろう、あの轟々しき巨体を! あの猛々しき装甲を! 躍動する甲冑を!」

 ほとんど演説に近い語りを、材木座は我を忘れて続ける。

「あれは脳内が作り出した幻でも、CGで加工されたデータでもない! ジアースは確かに存在するのだ! で無ければ、あの圧倒的威圧感は説明できぬ!」

 言い切ると、材木座はフンスと鼻を鳴らし、踏ん反り返る。

 てかやっぱり俺の方しか見れないのな。机の位置が対面のおかげで誰も気がついてねえけど。

 しかし皆先ほどの結論で釈然としなかったのは事実のようで、材木座の言うことも一理あるのではないかと言う空気になっていた。

 

「そもそもココペリ殿は実験をする素振りすら見せなかったではないか。結局、それも推測に過ぎぬ!」

「は? 隼人の考えにケチつける気?」

「ヒィ」

 調子に乗った材木座だったが、三浦に人睨みされると、縮こまってしまった。

 ……だからこっち見んなって。ペットショップのチワワみたいな目をしても可愛くねえんだよ。どうする、アイフル? とか聞こえてこないから。

 そして急にキョロキョロと辺りを見回す材木座。明らかに挙動不審だ。コイツ大丈夫か?

 

「は、八幡? 我を助けてくれるのか?」

 いや俺なんもしてないんだけど。なんで助けてやる感じになってんの?

 しかし三浦を始め他の奴らの視線が俺へと向かっていた。

 ため息をつきガシガシと頭を掻く。

 

「まあアレだ、今日の奇妙な体験は、各自で結論を出せば良いんじゃねえの。ここで一致させる必要も別にねえだろ。終わったことだし」

 とりあえずその場をやり過ごす一番無難な言葉を述べる。

 俺たちは偶然集まっただけの集団だ。数時間後には解散し、数日後には誰が居たかもあやふやになり、数ヶ月後には綺麗さっぱり忘れちまうだろう。このような希薄で脆弱な関係性に、一致した見解などそもそも必要ないのだ。

 三浦はそれもそうだと携帯に目を移し、葉山が場を適当にまとめ始める。

 

 材木座だけが不満げに俺を睨みつけるのだが、知ったこっちゃない。

「酷いではないか、我の名前を呼んだから助けてくれると思ったのに!」

「は? 誰が?」

「八幡以外に我の名を呼ぶやつなんておらぬ」

「呼んでないんだけど」

「ほむう? 八幡でないなら誰だと言うのだ。我はたしかに聞いたぞ、フルネームで材木座義輝と我を呼ぶ声を——」

 材木座が幻聴を聞いて、俺がその相手をしていたまさにその時だ。

 

「おいおい、終わるのはまだ早いぜ」

 

 唐突に、何処からともなく声が聞こえた。

 そしてテーブルの中央、小さなぬいぐるみが浮遊している。

 

「な、なんだコイツ!?」

「さっきまで何もなかったのに!」

「宙に浮いて……! それに今喋ったわ!」

「何このブッサイクなぬいぐるみ、きしょ!」

「っべーマジっべーわ!」

 

 皆がそれぞれ騒ぎ出す。

 ぬいぐるみは宙を舞いながら、俺たちの顔確認するように飛び回る。

 ふーんとかほーんとか言いつつ、俺の目の前に来ると、一瞬だけ止まって「汚い目してんな」と吐き捨てやがった。

 なんだこのムカつくぬいぐるみは。

 

 一周して満足したのか、テーブルの中央に戻ったぬいぐるみは、一体何処から出ているのかわからないが、自己紹介を始めた。

「俺はお前らの乗るロボット、ジアースのナビゲーターだ。名前はコエムシ。地球滅亡させたくなけりゃせいぜい頑張るんだな」

 クソ生意気なぬいぐるみは、ジアースのナビゲーターを自称した。しかしココペリさんと違って随分と投げやり気味だ。中古のカーナビの方がまだちゃんと教えてくれそうだぞ。

 

「今回は13人って話だったんだが、ひい、ふう、み……2人ほど足りてねえな。せっかく俺様が出てきてやってんだ、全員で出迎えってのが礼儀ってもんだよなあ」

 

 外野の声は全く無視して、コエムシとか言うヌイグルミは独り言を述べている。

 俺は自分の中の警報が鳴り響いていることに気がつく。

 こいつは危険だ、と本能が告げている。その豆粒みたいな目ん玉には、俺たちのことなど入っていない。それこそ道端の羽虫を見るような、どす黒い無関心さが、酷く怜悧に思える。

 この悪意の性質は俺が中学の時に遠巻きからいじめを主導していた、トップカーストの御坊ちゃまによく似ていた。自分は関係ないけど惨めな奴は遠巻きで笑っていたいとか、そういうタイプの人間が、俺に向ける目。

 

 俺はとにかくあの気味の悪いヌイグルミから小町を守ろうと、目線を奴から切り離した。

 すると、突如、俺の上に大きな影が現れた。

 何事かと思う前に、それは容赦なく俺の頭に落っこちてきた。

 

 流れるような黒髪に、整った目鼻立ち。服の上からでも分かる豊満なバスト。

 町でいたら思わず振り向いてしまうほど美女が、俺の頭上から突如として現れたのである。

 

 ……ってこれ平塚先生じゃねーか!

 

「グホッ……!」

「痛てて……。一体なにが起きたんだ?」

 突然天から現れた美女こと平塚先生は、事態を把握しようとしているらしい。

 

「な、なんだ、あのヌイグルミ! 宙を舞っているぞ!?」

 先生その件さっきやりました。てかどっから来たんだよ、この人!

「静ちゃん、どうやら私たちはあのヌイグルミにテレポートさせられたみたいだよ」

 その声のお陰で、さっきまで居なかった雪ノ下陽乃さんもここに来ていることが分かった。

 しかし俺の耳が間違ってなければ、今陽乃さんの口からテレポートなんて言葉が聞こえて来たような気がするんだが……。

 

「私、見てた。何もないところから、ヒキタニくんの頭の上に平塚先生が現れるのを」

 海老名さんらしき声に、妙に耳に残るヌイグルミの声が答えた。

「そうだ。俺様はジアースのナビ。それくらい出来て当然」

「ジアースのナビだと!? いやしかしそれはあまりに非現実的では……」

 ぶつぶつと独りごちる平塚先生。てかそんなこと考える前にやることがあるでしょ!

 

「先生、早くどいて下さい」

 俺はなんとか口を自由に動かせるまで顔を横にして、堂々と乗っかっている人に声をかけた。

 問題は美女こと平塚先生のお尻が俺の顔に乗っかっていることだった。

 ハリのあるヒップがホットパンツのデニムの生地越し伝わってくる。

 端から見ればラッキースケベなのだが、その重さたるや小町の比ではないので結構辛い。

 いくら美女でもアラサーにもなるとやっぱり皮下脂肪とかも多くついてしまうのだろうか?

 

「衝動のファーストブリット!!」

「グホォッ……!」

「……これ以上失礼なことを考えたら、分かってるな?」

 

 な、なんで考えてること分かるんだよ……。

 俺の視界は平塚先生(アラサー)が遠ざかる共に、現実世界も遠ざかっていった。  

 


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