やはり俺達が地球を守るのはまちがっている。   作:サバンナ・ハイメイン

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お久しぶりです。


3.密かに、ココペリは謝罪する。

 目を開けると、薄暗い部屋に俺たちは居た。部屋の中央部から漏れる微かな光のおかげで、その全容を辛うじて把握できる。

 形状はドーム状で、天井はかなり高いようだ。大きさもちょっとした運動ができるくらいの、広めな面積を持っている。研究室をどう装飾してもこうならないのは明白だ。

 少なくても俺たちは一歩も動いてない。感覚としては、瞬きをしたらその場の風景が変わっていたと言った感じなのだ。

 

「うわ、ここ何処? ちょ、隼人くん、俺たち瞬間移動でもしたんじゃね?」

「……まさか」

 

 戸部の言う通り、この状況を正しく説明するなら、まさに瞬間移動をしたとしか言いようがない。

 

「ねえ姉さん、私たちは夢でも見ているのかしら」

「……いいえ、雪乃ちゃん。私も信じられないけど、これは現実よ」

 

 身に起きた異常事態に一団がざわざわとしていると、明かりが落ちる部屋の中央部から何がが出てきた。

 床をすり抜けて現れたのは、無数の椅子だった。馬蹄状に並んだ椅子たちは、あろうことかそのまま浮遊していき、床から何メートルかの地点で止まった。

 その椅子のひとつには、長髪の丸眼鏡の男性、ココペリが座っている。

 

「これは一体何なのだ!? どういうことだ? 私たちは何処にいるんだ?」

 

 超常現象の連続に、流石の平塚先生も声を荒げる。

 ココペリはそれを一瞥して、椅子に深くもたれかかった。

 

「言っただろう。ここがコックピットさ。色々言いたいことはあるかもしれないけど、今は飲み込んでおいてくれ。これからすぐにチュートリアルだ。よく、見ておくように」

 

 ココペリが有無を言わさぬ強い口調で言うと、いきなり部屋の全面が、スクリーンのように外を映し出した。

 どよめきの声が上がり、そして、スクリーンに映された黒い甲冑を見て誰もが息を飲んだ。

 ジアースだ。圧倒的強者のオーラを放つ、地球防衛ロボット。どうやら海の中にいるのか、装甲に当たる潮がいくつかの水泡が生まれ、流れていく。

 

「さて、そろそろ来るな」

 

 スクリーンは切り替わり、大海原を俯瞰している映像になった。

 海は大荒れで、空には分厚い雨雲、下には荒れ狂う高波、横殴りの強い雨と雷の音がコックピットまで聞こえて来るかのようだった。

 

 その視界の悪い海上の上空、何もないところから、何がが現れようとしている。円状の断面から徐々に下へ移動して、その場で作られているかのように、少しずつ何かは形成されていく。某ネコ型ロボットの通り抜けフープをイメージしてくれれば分かりやすい。

 

「あいつが、僕たちが倒さねばならない敵だ」

 

 敵は、人型の形状に肩口から左右二つずつ合計四つの、太くて長い腕のようなものを持ってた。

 そして、その四つの腕が地面について、体を持ち上げた時、それは腕ではなく脚であることが分かった。この状態で大体ジアースと同じくらいの大きさである。

 この敵——『蜘蛛』は臨戦態勢に入ったようだ。警戒するようにジッとしている。

 

「さて行くか。ジアース、発進!」

 

 ココペリが言うと、スクリーンに映る景色がゆっくりと動いて行く。目の前の『蜘蛛』に少しずつ近づいているのがわかる。

 しかしこれだけ大きなものが動いているのに、全く振動を感じないのは何故なのだろうか。

 ……あれ?

 

「そういえば、これゲームなんだから、振動無いのは当たり前だよな」

 

 瞬間移動めいた出来事や余りにリアルなグラフィックのおかげで、あたかも今行われていることが現実に起こっているかのように考えていた。

 そりゃそうだ、こんなアホみたいに大きいロボットが実際に存在しているわけがないじゃないか。

 

「本当に、ゲームなのかしらね」

 俺の独り言を拾ったのは雪ノ下陽乃さんだった。

「ただのゲームではないのは確かだと思いますけど、流石に現実離れし過ぎてますよ」

「…………」

 雪ノ下さんはまた眉を寄せて考え出す。しかしこの人がこんな反応を示すことは予想外だ。てっきりいつものように飄々として、ふーん大したことないじゃない、みたいなことを言うものだと思っていたんだが。

 なんとなく気味が悪いというか、あの雪ノ下陽乃さんが考え込む案件であるということが凄く嫌な感じがした。

 いや、きっと何処かで彼女ならば、この超常的現象に感じる不気味さを否定してくれるだろうと、そう願っていたのかもしれない。

 

「あーそれに、アレですよ。俺が地球を守るパイロットに選ばれるわけ無いじゃないですか。だからこれはゲームですよ」

「……ぷっ」

 俺が頭をガシガシ掻きながら言うと、雪ノ下さんは面を食らったように目をパチクリさせてから吹き出した。

「あはは、比企谷くんは、本当に面白いなあ。お姉さんを心配してくれたの?」

「そんなんじゃないですよ……」

 頭を撫でようとしてくる雪ノ下さんから逃れながれようと身をよじると、今度は雪ノ下(妹)が冷ややかな笑みでこちらを見ていることに気がつく。

 

「そうね、比企谷くんにこのロボットを操縦させるなんて事態になったら、それこそ地球滅亡と同義だものね」

「おい、だからこれはゲームだっての! なんで現実と仮定してまで俺を貶めようとするんですかね……」

「ヒッキーの女たらし」

「お兄ちゃんも天然ジゴロですなあ」

 ぷくっとむくれる由比ヶ浜に小町が便乗すれば、雪ノ下(姉)の方もノリノリで俺に絡んでくる。

「私と雪乃ちゃん、どっちを選ぶの、比企谷くん?」

 だああああ! めんどくせえ!

 

 俺はするりと雪ノ下さんの手を抜け、大天使のご加護を受けようとサイカエルのそばに身を隠すように寄り添った。

「八幡も大変だね」

「勘弁してくれ戸塚。俺は戸塚一筋だ」

「もう八幡ったら」

 からかう笑みも戸惑う表情も死ぬほど可愛いラブリーマイエンジェル。やはり俺の青春ラブコメは戸塚ルートで間違っていない。

 照れを隠すように戸塚はスクリーンを指差す。

 

「それよりほら、敵が攻撃してきたよ!」

 スクリーンには『蜘蛛』がレーザーのような光線をこちらに浴びせてきていた。

 ジアースが両腕で受け止めレーザーが装甲を削る音が、どこからともなくギギギと聞こえてきた。

 

「ココペリ殿、マトモに攻撃を受けて大丈夫なのか!?」

「問題ない、ジアースは強いから、この程度の攻撃ではビクともしないよ」

 ジアースは『蜘蛛』のレーザーを受けながら強引に距離を詰め、相手の長い脚にジアースの鎌のような腕を叩きつけた。

『蜘蛛』はバランスを崩し転倒しそうになると、今度はジアースの足が胴体部分を蹴り上げた。『蜘蛛』は嵐の中で宙を舞い、荒れた海面に叩きつけられた。大きな水飛沫が上がった。

 

「うおおおおおおお!!」

 どよめきが起きた。特に材木座と平塚先生は目をキラキラさせて叫んでいる。

 ココペリはふうと一息つくと、こちらの方を向いた。

 

「ジアースはパイロットが念じるだけで動く。基本的にはこんな風に肉弾戦で戦うといいだろう。レーザーもあるが」

 ココペリは一旦言葉を切った。

 起き上がろうとする『蜘蛛』にジアースは腕から何十本かのレーザーを浴びせた。直撃した『蜘蛛』は白煙に包まれる。

「うおおおおおおお!!」

 再びどよめきと歓声が上がった。

 しかし白煙が消え、姿を見せた『蜘蛛』は平然と体制を立て直す。

 

「威力は牽制程度しかない。その分、こいつは装甲が厚くて馬力もある。ある程度力押しで戦っても問題ない」

 

 ジアースは距離を詰め、『蜘蛛』を殴打した。堪らずレーザーで反撃を試みるが、装甲が火花とともに少し削れるだけ。

 そして四本の長い脚のうちの右前足をジアースはもぎ取った。こうなると完全にこちらのペースだ。アンバランスとなった『蜘蛛』はもはや抵抗すらままならず、ジアースの猛攻のされるがままとなっていた。

 

「流石ココペリ殿! 製作者だけあって操縦慣れしてますな!」

「いや……操縦するのは今回が初めてだ」

「モハハハハ、何を言うかココペリ殿。これだけ鮮やかに戦っておいて」

 ココペリは馬蹄状に並んだ、空席の十数席の椅子を見回して、ふっと息を漏らした。

「ちょっと多くチュートリアルを見てきた。ただ、それだけのことさ」

 

 装甲が剥がれボロボロになった『蜘蛛』。その胴体部からジアースは白い球体を取り出した。

 鎌のような腕は先っぽが変形して、三つの指になった。

「勝利条件は、敵のどこかにあるこの白い核を潰すこと。……よし、勝ちだ」

 指の中の白い球体は発射されたレーザーによって跡形もなく消え去った。

 それと同時にスクリーンが消え、元の薄暗い部屋へと戻っていく。宙に浮いていた椅子がゆっくりと降下した。

 

「これで()()()()役割は終わりだ。次からは君たちが頑張ってくれ」

 ココペリは椅子から降りて俺たちに向き直る。一人ひとり、じっくりと見回して、意を決したように言った。

「それから、最後にひとつだけ。……気をつけろよ、××××に——」

 

 え、何だって?

 ココペリが何かを忠告しようとした瞬間、耳鳴りが走り、そして目の前が砂嵐に覆われた。

 気がつくと、俺たちは全員元の研究室に戻っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あぶねーあぶねー」

 薄暗いドーム状の部屋には一人の男。そして明らかにその男ではない声が響く。

「余計なこと言いやがって」

 

 男は、ココペリは、その声に舌打ちで返した。

「クソ、一矢報いたかったんだけどな」

「お前には最後の最後まで手を焼かされたぜ。だがこれでやっとおしまいだ」

 けけけ、とその声は男を嘲笑った。

 男は、馬蹄状の椅子のひとつ、座り慣れたリクライニングチェアに腰を下ろした。頭を垂れ、膝に肘を置いて、指を組んだ。

 様々な思い出が浮かんでは流星の如く煌めき、散っていく。そして最後に輝くひとつの光。最後に出会った13人の少年少女たちを思い出す。

 

「すまない……」

 

 か細い懺悔の声は、誰にも聞かれること無く、薄暗いコックピットへと飲み込まれていった。

 




これでプロローグ終わりです。
次から第1戦目。

いつになったらチラシ裏から出られるのか……。

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