やはり俺達が地球を守るのはまちがっている。   作:サバンナ・ハイメイン

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2.高らかに彼はそのロボットを『ジアース』と呼んだ。

 

「こんにちは。平塚先生と総武高生の皆さん。今日は遠いところからお越しいただき有難うございます」

「こちらこそお世話になります。こんな大人数で押しかけてしまってご迷惑にならないように指導しますので……」

 

 物腰柔らかに挨拶をしたのは、丸眼鏡をかけた長髪の大人しそうな男性だった。彼が件の教授さんなのだろう。それを受けて平塚先生が大人の対応及び社交辞令じみた挨拶を交わしている。

 雪ノ下や葉山がしっかりと挨拶をしたので、これ幸いと俺は後ろの方で会釈のようなよく分からない動きで誤魔化し、研究室の観察をすることにした。

 

 研究室というには随分と広い部屋だ。ちょっと大きめの会議室くらいありそうなほど。

 前半分にはデスクトップパソコンが4、5台並べられ、四方には本棚が大量の学問書を抱え込んで立ち並んでいた。

 後方には黒いスタンドパネルが一本だけぽつんと立っているだけである。

 ちょっとこの部屋バランス悪すぎでしょ。レイアウト考えたの誰だよ。

 

 俺が1人で部屋にケチをつけている間に、大人同士の話は終わったらしく、教授が俺たちを研究室に案内した。そして、例のスタンドパネルがある場所に連れて来られる。

 俺たちの前に出て来たの教授は咳払いをひとつして、口を開いた。

 

「地球に選ばれし者たちよ、私の名前はココペリ。これから案内役をさせてもらうことになった。地球の未来は君たちの双肩に委ねられている! しっかりと私について来てくれたまえ!」

 

 ぽかーん。

 今の状況はまさにこんな言葉が似合うだろう。どう見ても理系の大人しそうな教授さんが、それに似合わぬ声量を出して言い放ったのだから。

 誰もがみんな、何言ってんだコイツ頭おかしくなったのか、と思ったはずである。

 ……隣で目を輝かせてる材木座以外は。シンパシー感じてんじゃねえよ。

「ゲームの前振りだ。付き合ってくれ」

 平塚先生が小声でみんなに伝える。

 なるほどと一応納得はするが、ゲーム試作のためとはいえよくやるもんだ。教授さん大人しそうな人だと思ったけど、もしかしたら本当に材木座と似た者同士なのかもしれない。ちょっとゲンナリしてきた。

 こんなテンションでやんの? 材木座がウキウキするようなこのノリで? 勘弁してくれよ……。

 ところが俺のこんな感想はあっという間に消え失せることになる。

 

「これからこの地球には10の敵がやって来る。どれもこれも強力な戦闘能力を持っていて、現在の兵器では傷一つすら付けられない。我々は研究に研究を重ね、ついに奴らに対抗する術を手に入れた。それがこの地球防衛ロボットだ!」

 

 教授ことゲームの案内人ココペリは、研究室の明かりを落とすと、パソコンをいじってスクリーンに映像を流し始めた。

 姿を見せたのは、巨大なロボット。その大きさときたら一緒に写ってるビルが雑草に見えるほどである。スカイツリーの2倍くらいあるのではないだろうか。

 四足歩行で、長い脚と腕は付け根はがっちりしているが先に進むほど細く鋭くなっていき、腕に至っては鎌のように尖っている。胴体、肩部、頭部には甲殻を思わせる甲冑を身に纏っていた。

 ロボットは街中を仁王立ちしている様子で、それを旋回するようなカメラワークで全体を映しており、武者とカブトムシを融合させたかのような、そんなデザインになっていた。

 

「……すげえ」

「うわー、カッコいい……!」

 

 感嘆の声が漏れるのも無理はなかった。

 はっきり言って、めちゃくちゃカッコいい。

 そのCGとは思えぬリアル過ぎるグラフィックもさることながら、このロボットの持つ風格は、歴戦の猛者であることを感じさせるのだ。

 黒いフォルム、巨大な全身、積層された装甲は圧倒的な力の象徴だと言わんばかり。少なくても男の子なら誰もが心を揺さぶられるオーラみたいなものを、このロボットは身に纏っていた。

 

「この、このロボットの名前は?」

 

 材木座が、興奮を抑えられないと言った様子でココペリに質問した。

 

「地球を守るロボット、『ジアース』さ」

 

 ジアース……!

 俺は思わず息を飲んだ。

 子供の頃に戻ったかのような高揚感だ。このロボットを、俺たちが操縦する……。

 

 ふと電気が付けられ、スクリーンからジアースが消えた。

 名残を惜そうな声が自然と上がる。

 

「さて、ジアースのパイロットとなるには契約が必要だ。地球を守る戦士たちよ、宣誓の儀としてここに手を当て、自らの名を刻むが良い!」

 

 ココペリは大きな身振りでスタンドパネルを指差した。

 普段ならノリについていけず、うげえと嫌な顔をしそうな演出であるが、ジアースの魔力に取り憑かれつつある俺は、不覚にも全く抵抗なく受け入れようとしていた。

 

「すっごくカッコよかったね、八幡」

「……ああ、そうだな」

 一瞬、俺が褒められたのか、と思い、すぐに結婚しようという言葉が喉から出かかったが、なんとか飲み込んで当たり障りのない返事を返す。

 いやだって、興奮気味の戸塚の顔、めっちゃ可愛いんですもん。色白の頬を赤く染め、少し息が上がっていて、これ以上にないってくらいのとびきりの笑顔を無防備に晒してくれるんだぜ? マジで毎朝味噌汁作って欲しい。

 しかし戸塚だってもちろん(いや残念ながら?)男の子。俺と同じようにジアースの虜となったかのようだ。

 しかし先頭に立ってスタンドパネルに行こうとするほど冷静を失ってはいない。

 

 俺はふと周りを見渡すと、材木座は今にもスタンドパネルに飛び付きそうなほど身構えていたり、戸部も「っべーわ、マジっべーでしょ」といつも以上にテンションが上がっている。それを宥めてる葉山も、やはりジアースを気に入ったのか顔が綻んでいるようにも見えた。

 一方女性陣はジアースよりも映像の綺麗さに驚いているようだった。雪ノ下は「まるで実写のようだわ」と漏らし、川崎は「戦隊モノに出てきそう」と呟いている。由比ヶ浜や小町はあまりのクオリティに圧倒されたのか口を半開きさせバカみたいにポカーンとしていた。

 あまり興味なさそうなのが三浦と海老名さんで、葉山と戸部の絡みに鼻血を出した海老名さんを三浦が介抱するいつものご様子。さらに雪ノ下陽乃さんに至っては表情すら変わらず何かを考え事をしているようだった。

 

「さあ、契約を最初に果たし、地球防衛の初めの一歩を刻むのは誰だい?」

「はいはいはい!」

 

 いの一番に駆け出したのは、よりにもよって年長者である平塚先生だった。

 ああ、そういえばこの人、こういうのすげえ好きそうだもんなあ……。

 それにしても材木座を押しのけてスタンドパネルに齧りつくのはどうかと思うが。

 流石のココペリも苦笑いを浮かべている。

 

「えーと、平塚先生も参加するんですか?」

「わ、私は参加してはいけないのか、ココペリ!? 」

「いや、ダメってことは無いんですけど……」

「やはり歳のせいのか、三十路手前で少年の心を持っていてはダメなのか——!?」

「分かりました、分かりましたから、そんなに激しく肩を揺さぶらないで下さい!」

 

 平塚先生、必死すぎだろ……。

 ゲームの案内人ココペリも一瞬でただの一教授に戻す先生の懇願。この人生徒に見られてるって自覚あるのかと疑いたくなるほどで、平塚先生の結婚できない理由のひとつを垣間見た気がした。

 

「こほん、では最初の戦士よ、契約の儀を!」

「平塚静だ!」

 

 一息ついて教授がココペリに戻ったところで、契約の儀なるものは再開された。

 平塚先生の手がかざされたスタンドパネルはピローンと音が鳴り、淡い光を発光した。

 

「これで契約が完了した。次の戦士は誰だい?」

 

 ココペリが場の雰囲気を元に戻そうとより一層大きなリアクションでこちらを見た。

 次に行くのは、まあソワソワしてる材木座だろう。先生のあのザマを見ても興奮は冷めないらしい。はよ行けと奴の脇腹を肘で押すと、意を決したのか、スタンドパネルに手を置いた。

 

「ゴラムゴラム、我の名は剣豪将軍、足利義輝である!」

 

 材木座の威勢とは裏腹にスタンドパネルはうんともすんとも言わず、発光もしない。

 

「あ、本名じゃないと契約できないんです。ごめんなさい」

「え、あ、はい。材木座義輝です……」

 

 何やってんだあのバカ……。

 ココペリがまた教授に戻っちゃってるじゃねえか。せっかく盛り上げようとしてくれてたのに、二度も水を差されて可哀想である。

 

「あはは、残念だったね。材木座くん」

 戸塚が苦笑しながらなんとかフォローするも、若干白けたムードが俺たちを覆う。

 ココペリがなんとか取り繕おうとしているが、かなり微妙な雰囲気だ。むしほ空回りしているみたいで見てて痛々しい。

 

「じゃあ、次は俺が地球を救う戦士になってくるよ」

「お、隼人くん、ついに世界デビュー? かぁーマジパねえわ」

「葉山隼人です。……戸部もやるんだろ? 早く来いって」

「戸部翔。地球、マジで救っちゃうっしょ!」

 おちゃらけた感じで葉山が言えば、戸部もそれに乗っかってくる。

 こういう時だけはリア充共の場を調整する能力がありがたく感じた。葉山たちが動けば当然他の奴らも動き、契約の儀は滞りなく進んでいく。

 

「三浦優美子」

「海老名陽菜です」

「……川崎、沙希」

「由比ヶ浜結衣でーす」

「雪ノ下雪乃よ」

「比企谷小町!」

「雪ノ下陽乃」

「戸塚彩加です」

 

 スタンドパネルに手を当て、名前をいうとピローンと音がなって、発光する。それが何度か繰り返され、ついに俺で最後となった。

 

 なんとなく、自分の番に回ってくるのが、嫌な感じがした。

 上手く言葉に出来ないが、この行為は取り返しのつかないことになるのではないか。そんな漠然とした、全く根拠のない不安に駆られる。

 それでも俺の番は訪れる。恐る恐るパネルに触れると無機質で冷んやりしていた。金属類を触った感じだ。これといって変わったことはない。

 

「あー、比企谷八幡だ」

 

 ……あれ?

 材木座の時のように、音が鳴らない。光も発しない。

 何度か繰り返してみるも、スタンドパネルは反応を示さなかった。

 

「おっかしいなあ、比企谷くん、それ本名だよね?」

 

 不思議そうな顔でココペリが問うた。

 当たり前だ。俺は間違いなく比企谷さん家の八幡君だ。もしかして俺は実は違う所の子供で両親はそれを隠してるのか? それだったらやばいな、小町が義妹でしたなんて言われた日には、それこそ俺は何を起こしてしまうか分からんぞ。俺の妹がこんなに可愛いはずがないとタイトルがつきかねない。さすが千葉の兄弟だぜ、小町ルート一直線だ。

 なんて冗談を考えてみる。アホか。あり得るはずがない。戸籍謄本にもちゃんと比企谷八幡と記されているのだ。俺が比企谷八幡でないなら俺は何者で、比企谷八幡は一体誰だと言うのか。

 ココペリはパネルを弄ったり叩いたりして様子を見ている。

 

「コエムシー? コエムシいるかー?」

 

 謎の虫を呼び出そうとする始末である。

 俺は呆然と立ち尽くすことしか出来ない。なんで俺の時に限ってこんなこと起きるんだよ。

 しばらくすると突然パネルからピローンと例の音と発光が起きた。

 

「パネルが気まぐれを起こしたみたいだ。なーに、これから地球を守るんだ。これくらいのアクシデント、なんてことないさ」

 

 ポンと俺の肩を叩くココペリ。

 おいふざけんな、そっちの不具合じゃねえか。なんで俺が悪いみたいになるんだよ! なんかすげー恥ずかしいかったわ!

 じろりとココペリを睨みつけてやる。

 

「良かったわね、ゲームには仲間外れされなくて済んで」

「まるで他のことなら仲間外れにされてるような言い方はやめろ」

「あら、されてるじゃない。人間とかに」

「バッカ、俺は仲間外れにされてるんじゃねえ。俺には仲間が居なかっただけだ」

「ヒッキー、それ威張って言うことじゃないからね……?」

 雪ノ下は心底楽しそうに嫌味を言ってきやがる。

 クソ、やっぱり嫌な予感的中したじゃねえか。

 

「これでこの場にいる全員が、ジアースのパイロットとなったわけだ! そして今から私がコックピットに案内しよう!」

 

 ココペリはそういうと両手を広げた。

 次の瞬間。

 目の前にはテレビの砂嵐が広がり、ノイズが走る。

 そして俺の視界はブラックアウトした。

 




書き溜め、書き堪らず。

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