やはり俺達が地球を守るのはまちがっている。 作:サバンナ・ハイメイン
1.そして彼ら彼女らはゲームに導かれる。
もし仮に、地球を守るためにロボットを操縦して欲しいと言われたら、俺は丁重にお断りするだろう。
俺はいつだって地球に優しくあるように、ゴミはきちんと分別して捨てるし、水や電気はこまめに消している。ぼっちは人様に迷惑のかかることを極力避けるからだ。誰にも文句を言わさないように努めるのが、真のぼっちだと言えるだろう。
つまりぼっちこそ、地球を誰よりも愛し、また既に地球を守っているのである。まさにエコでロハスな愛の戦士とも言えよう。そして、身を粉にして地球を守っている真のぼっちたる俺に対し、さらにロボットを使って外敵を倒せという要求は、あまりに負担が大きく不平等であり、断固として拒絶する。
むしろそんな危険な任務はリア充ども——ここでは所謂ウェイ系の意——に任せるべきである。
奴らはやれ祭りだのやれフェスだののイベントで、ゴミを散らかし、水や電気を大量に消費しているではないか。挙句「地球に緑を」などと
仲間内で仲良くしたいならば、みんなでロボットを操縦して地球を守るという名誉ある使命を全うすれば良いではないか。団結した力で平和を掴む。なんと素晴らしいことか。そこに生まれる友情やロマンスに浸っていればいい。ロボットで踏み潰された民家、瓦礫に埋もれた子供、敵の攻撃を受けた諸々の損害……。そんなもの彼らの前には等しく、地球を守るための犠牲として美化され、飲み会の話のネタとして消化されるのだろう。
やっぱりリア充ってクソだわ。爆発しろ。
……さて、話がだいぶ脱線してしまったが、結論を言おう。
俺、比企谷八幡は、地球を守るため最もエコロジーである自宅での睡眠学習を行い、試作ゲームの体験という奉仕活動を欠席する。
***
「ゲームの設定だけで、よくもまあこんなサボる口実をこねくり出せるものだ」
「いや、それほどでも」
戦隊ものやロボットもののアニメは大好きなのだが、周りの被害って考慮してるのかね。ニチアサを見ながらそんなことを考えつつ打った、俺にしては珍しい長文メールは、なかなか的を得ていると思う。
自分が書いた文章を自画自賛していると、腹に強烈な衝撃が伝わった。
目の前には長い黒髪の凜とした美人が、眉間に深いシワをピキピキと刻ませ、その顔を歪ませている。
「褒めてない。……奉仕部に入り文化祭を乗り越えて、君は変わったと思ったのだが、私の見込み違いだったかな?」
平塚先生は右手のケータイを白衣のポケットしまいながら、ため息をついた。
しかしこの暴力美人教師、いつもの調子で説教をしているが、俺にだって言い訳はある。
「いやいや待ってくださいよ。今日は体育祭の振替休日でしょ?」
「何か問題でも?」
全く悪びれる様子もなく、先生は答えた。
「休日と銘打っているのに奉仕部の活動に借り出されるのは納得いかないんですけど」
「棒倒しでズルをして負けた癖によく言うわね」
後ろから冷たい凜とした声は、奉仕部部長の雪ノ下雪乃である。
「相模のサポートとかもありましたし」
「それはあたしたちも同じだよ」
バカっぽいふわふわした声、同じ奉仕部部員の由比ヶ浜結衣も異を唱えた。
「……それとここ最近働き詰めなんで、休日くらいはゆっくり体を休めたいんですよ」
「えーでもお兄ちゃん、小町と一緒にららぽは行くって言ってたじゃん」
聞き慣れた可愛い声、世界一可愛い俺の妹こと小町も、ここでは敵に回ってしまい、完全に四面楚歌の状態である。
俺は深い溜息をついた。そもそも小町の受験勉強の息抜きのためのお出かけはずが、駅で平塚先生に拉致され、気が付けばこのザマである。
千葉村のデジャヴ。同じ失敗を繰り返すとは……。小町を利用するされたのでは仕方ない。全く大人の狡い手だ。
今回俺が連れてこられたのは某国立大学だった。
現在地は大学の工学部キャンパスのエントラルホール。ガラス張りで出来た開放感のあるロビーで待機していた。休日だけあって聞こえるのは俺たち一団の話し声だけである。
今回の試作するゲームは平塚先生の知り合いの教授が作ったもので、この大学のキャンパスに研究室を持っている教授らしい。
向こうには、葉山たちの集団がソファに座ってたむろっている。これまた千葉村と同じメンツで、それに今回は体育祭で仲良くなった海老名さんが川なんとかさんを引っ張って来ていた。
「あいつらが居れば、俺たちは必要ないのでは?」
「彼らだけでは足りないのだよ。何しろ10人以上でなければゲームは出来ないと言われている」
何そのぼっちに優しくないゲーム。ソロプレイが認められないとか製作者は何をターゲットにしているのだ。それともこれはアレか、ぼっちを貶めるための謀略的な何かか?
「うーん、あたしあんまりゲームとか詳しくないけど、10人以上でやるゲームって想像つかないよね」
「それもそうね。ゲームのあらすじやこの情報科の教授という話から察するに、テレビゲームか遊園地の映像型アトラクションの類だと思われるのだけれど……」
思案顔の雪ノ下の視線がおれにむけられる。確かに奉仕部の中じゃ一番ゲームに詳しいのは俺だけどよ。
「大学教授の考えるゲームなんて想像もつかねえな」
俺はお手上げと投げやりぎみに言った。
「でもどんなゲームなのか、ワクワクするよね!」
背後から、前向きで純粋な言葉が澄んだソプラノボイスで聞こえてきた。
飲み物を買い出しに行った戸塚が戻ってきたようだ。
「そうだな、めっちゃワクワクするわ!」
天使のような笑みを浮かべる戸塚に、思わず即答である。もはや条件反射だ。だってほら、この楽しそうな戸塚の笑みが、同意するだけで得られるんだぜ?
「ムッフッフ、我が貴様の所望する《濁りし甘露》を天から授かってきてやったぞ。有り難く受け取るが良い」
「どーも」
《濁りし甘露》ことマッカンを速攻で受け取ると、そいつには目もくれず、いつもの甘ったるい味に喉を潤した。
せっかく戸塚で癒されたというのに、対極に位置するやつの顔など誰が見たいと思うのか。てか俺のマッカンに厨二くさい名前つけんな。天から授かるってたかが自販機だろうが。
「ちょ、戸塚氏と我とでは全然対応が違うのではないか!?」
「材木座、お前のノリはここでは恥ずかしいから出来るだけ喋らないでくんない? てかなんで来たの?」
「ゴファ!?」
厚手のコートに指ぬきグローブの相変わらず痛々しい格好の材木座は、なんか奇妙な断末魔を上げて、その場にへたり込んだ。
戸塚は苦笑して、由比ヶ浜はドン引きし、小町はしれっとどっかへ行き、俺は我関せずを突き通し、雪ノ下は存在を脳内から抹消しているように視線すら向けなかった。
「ひゃっはろー静ちゃん、教授が準備出来たから研究室に来いってよ」
「……雪ノ下、何処からから嗅ぎつけて来た?」
「嫌だなあ、静ちゃん、愛する教え子の進学先を忘れちゃったの?」
ケラケラと笑いながら廊下を歩いて来たのは、雪ノ下陽乃さんだった。
雪ノ下さんの姿を確認するや否や、妹の雪ノ下が露骨に嫌な顔をする。俺も引きつる顔を抑えるので必死だ。
そして雪ノ下さんは頭を抱える平塚先生の尋問をのらりくらりと躱しつつ、自分もそのゲームに参加する旨を半ば無理やり押し通した。相変わらずの傍若無人っぷりである。
「それじゃあ、研究室に案内するわ」
もう完全に場を掌握した雪ノ下さんを先頭に、俺を含めて合計13人の大所帯はゾロゾロと工学部のキャンパスの奥へと進んでくのであった。
ところでだんだん薄暗くなっていくのは工学部キャンパスの特徴なのだろうか?
なんとなく感じる閉塞感に、やっぱ理系ってクソだわと完全な偏見で対抗を試みるも、その心がよっぽど暗くて陰気であることに気がついて、ちょっと自己嫌悪に陥るどうしようもない俺であった。