Heaven's Feel After 『ある昼の出来事』   作:キラ

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もともと続きを書くつもりはなかったのですが、第五次聖杯戦争再アニメ化と聞いてテンション上がったので1年ぶりに新しい短編を投稿してみました。


墓参り

「あ、桜ちゃんおかえり~」

 

 衛宮家の玄関をくぐると、ちょうど廊下に出てきていた藤村先生が笑顔で出迎えてくれた。

 

「夕ご飯の材料を買ってきました。今日はシチューですよ」

 

「やっほぅ、わたし今晩はシチュー食べたい気分だったのよ。桜ちゃん、ひょっとして超能力者?」

 

「さあ、どうでしょうか」

 

 超能力は無理ですけど、魔術ならちょっぴり使えますよ――なんて言葉を心の中でつぶやきながら、私は食材その他を片付けるために台所へ向かう。

 

「あ、そうだ。藤村先生、先輩はどこでしょうか? 頼まれていた物を買ってきたんですけど」

 

「士郎なら、今はいないわよ」

 

「どこかにお出かけですか」

 

 何気なく聞いたつもりだった。しかし予想外の反応といえばいいのか、先生は手を前で組んで目を少し細める。先ほどまで夕ご飯の献立にはしゃいでいたのに、どうしたというのだろうか。

 

「どうかしたんですか?」

 

「……さっきね、急に士郎が言い出したのよ。切嗣さんのお墓参りに行ってくるって」

 

「切嗣さん……それって、先輩のお父さんの名前ですよね」

 

 衛宮切嗣。先輩を大火災から救い、育て、そして魔術を教えた人。

 魔術師としての顔については、かつてお爺さまから軽く教えられた記憶がある。

 父親としての顔については、先輩や藤村先生(特に後者)から思い出話としてたびたび語ってもらったのを覚えている。

 直接会ったことがないから、切嗣さんがどんな人なのかはいまいちぴんと来ないけれど……それでも、先輩にとってすごく大切な存在だということは、よくわかっていた。

 でも、私の記憶が正しければ、先輩は確か――

 

「今まであの子、一度だって切嗣さんのところに行ったことなかったのに。高校卒業間際になって、何かあの人に話すことでもできたのかな」

 

 不思議なことに、先輩は切嗣さんが亡くなって以降、一度もお墓を訪ねたことはなかったらしい。そのことに関しては少し気にかかってはいたのだけれど、特に追及などはしていない。先輩にも先輩の事情があるのだろうし、切嗣さん本人を知らないわたしがとやかく言うことでもないと考えたからだ。

 

「そうなんですか」

 

 そんな先輩が、お墓参りに出かけたという。藤村先生の言う通り、父親に報告したいことがあったのだろうか。

 

「あの、藤村先生」

 

「なーに?」

 

「先輩のお父さんのお墓って、墓地のどのあたりにあるんですか?」

 

「ん、ひょっとして桜ちゃんもお墓参りに行きたいの?」

 

「……はい」

 

 今から家を出ても、先輩と入れ違いになってしまう可能性の方が高い。よほど向こうが長居していない限り、一緒にお墓の前で手を合わせることはおそらくできないだろう。

 だけど、それは別に問題じゃない。わたしはただ、一度衛宮切嗣さんにご挨拶をしておきたいと思っているだけなのだから。

 

「そう。きっと切嗣さん喜ぶわ。桜ちゃんみたいなかわいい女の子が来てくれるんだもん。しかも士郎の彼女だっていうんだから、余計にね」

 

 藤村先生は本当にうれしそうに笑って、わたしもつられて笑い返した。

 

 挨拶をして、それから何を話すのか。それはまだおぼろげにしか決まっていない。

 でもひとつだけ。先輩を育ててくれたことと、藤村先生を大切にしてくれたことにお礼を言いたいという気持ちだけははっきりしていた。

 

 

 

 

 

 

「ふう……こんなもんでいいか」

 

 墓参りなんて初めてだから、ずいぶん墓の手入れに手間取ってしまった。おまけに墓地に来る前に境内で一成と話し込んでいたもんだから、当初の予定よりもずいぶん遅い時間になっている。

 空になった水桶に柄杓を入れて地面に置き、きれいになった墓石に目を向ける。もっとも、藤ねえが定期的に掃除しに来てくれていたおかげで、最初から大した汚れはなかったのだが。

 

「さてと、それじゃ」

 

 線香に火をつけ、香炉に立てる。

 

「久しぶりだな、爺さん。でかくなっただろ、俺」

 

 そして、およそ7年ぶりに、俺は親父に向かって言葉を投げかけた。

 

「今まで顔も見せないでごめん。いろいろ意地張っててさ」

 

 切嗣から受け継いだ夢を形にするまで、あるいはそこに至る道が見えるまで、ここには来ないと誓っていた。面と向かって話したいことができるまで、墓参りはしないと決めていた。

 それと、今になって思えば怖さのようなものもあったのだろう。墓を見てしまえば、切嗣がもうこの世にいないという事実を突きつけられることになってしまうから。

 

「……今日は、大事な話があって来たんだ」

 

 伝えなければならないことがある。俺に夢を語ってくれた、いつも飄々として覇気のなかった父親に、言っておくべきことがある。

 

「俺、明日高校を卒業するんだ。4月からは、市外の大学に通うことになってる。昨日、合格通知が来た」

 

 今日墓地に足を運ぼうと決心するまでに、長い時間を要してしまった。悩んで悩んで、とりあえずの進路が決まった段階になってようやく覚悟が固まったのだ。

 

「大学までは電車で通えるから、あの家を出ずに済んだ。だから春からも、藤ねえと一緒に過ごせそうだ。あの人も変わらず元気……なのは知ってるか。いつも俺の分までお参りに来てくれてるもんな」

 

 近況を報告している最中、頭の中では切嗣との思い出が徐々に蘇ってきていた。頼りない背中に、なんだか弱そうな物腰。だけど時々、普通じゃない何かを感じさせることもあった。

 

「それでさ、爺さん……」

 

 言葉に詰まる。喉がからからに乾いて、声を出すのを拒絶しているかのように感じられる。

 

「俺は……」

 

 だが、言わなければならない。切嗣にだけは、どうしても知ってもらわないといけない。

 次の言葉を口にすれば、もう後戻りはできなくなる。だから、俺は怯えている。積み重ねたものを、すべて壊してしまうことを、恐れているのだ。

 ……でも、すべてを犠牲にする覚悟なら、とうの昔に決めたはずだ。2年前のあの日、大雨の中で、ひとりの少女を抱きしめた時に。

 

「俺は、爺さんの夢を、諦めた」

 

 言葉にしてしまえば、たったこれだけの文字数のもの。

 なのに、俺の声はどうしようもなく震えていた。

 

「正義の味方を、目指せなくなった」

 

 満月の下で、切嗣と交わした最期の会話。聖杯戦争で一度は破壊されてしまった記憶だが、今はきちんと思い出すことができる。

 自身のことをほとんど語らなかった男が、最後の最後に教えてくれたひとつの夢。

 

『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』

 

 俺は、切嗣に憧れていた。大火災の中、瀕死の俺を救ってくれた時の、あまりにもきれいな顔が忘れられなかった。

 そんな切嗣が、正義の味方を夢にしていたというのなら……俺が、その夢を引き継ぎたい。たとえ切嗣が亡くなっても、その想いまでは死なせたくない。そう思っていた。

 

「大層なこと言っておいて、情けないよな」

 

 結局、俺は切嗣から譲り受けた夢を形にすることはできなかった。俺の中に存在していた、衛宮切嗣の想いを殺したのだ。

 

「爺さん」

 

 ぽつりと、手の甲に水滴が落ちた。

 雨かと思い空を見上げるも、そこには雲ひとつなく、太陽が元気に輝いている。

 

「ああ……」

 

 そうか。これは雨じゃなくて――

 

「爺さん……ごめん」

 

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 嗚咽をこらえてなんとか言葉を絞り出して、そして――

 

「うわっ」

 

 風が強く吹きつけてきたので、反射的に顔を風とは反対方向に向ける。

 

「あ……」

 

 その方角に、ひとりの女の子が立っていた。俺のよく知る、気立てのいい後輩――いや、同級生が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「桜?」

 

 このままこっそり引き返そうと思っていたのに、風の悪戯のせいで先輩に見つかってしまった。

 

「ずっとそこにいたのか」

 

「先輩……あの、ごめんなさい。覗き見するつもりはなかったんですけど、なかなか声をかけられなくて」

 

「はは、そうだよな。墓の前で泣いてる人間に話しかけるなんて、相当な勇気がないと無理だ」

 

 ばつが悪そうに笑い、先輩は服の袖で目元を拭う。やりきれない気持ちになって、思わず目を逸らしてしまった。

 

『俺は、爺さんの夢を、諦めた』

 

 先ほどの先輩の言葉を思い出すだけで、胸がしめつけられるような感覚に襲われる。

 

『正義の味方を、目指せなくなった』

 

 先輩の夢。お父さんから受け継いだ、大事な夢。それを捨てるのにどれだけ苦しんだのかは、今の先輩の涙を見ただけで痛いほどにわかる。

 そして、その夢を諦める原因を作ったのは、他でもないこのわたし。

 

『爺さん……ごめん』

 

 ずっと、怖くて尋ねられなかったこと。

 先輩は、ずっと正義の味方という目標に向かって走り続けていた。言葉の響きだけなら子供っぽい夢だと思われるかもしれないが、先輩は本気でそれに憧れ、そうなれるように生きてきた。だから、巻き込まれただけの聖杯戦争にだって参加したのだ。文字通り、自分の命を賭けて。

 そんな真っ直ぐな人が、わたしのために理想を曲げた。

 

「先輩」

 

「……なんだ?」

 

 わたしを助けるために、この人は自分の――自分と父親の志を捨てた。

 それは。

 

「先輩は」

 

 後悔、していませんか。

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 喉まで出かかった言葉を、すんでのところで食い止めた。

 ……これは、わたしが言ってはいけないことだ。先輩が理想を捨てていなければ、わたしは今ここにいないのだから。

 

「桜」

 

 でも、不思議なこともあるもので。

 わたしの煮え切らない態度を見て、先輩はなぜだか優しい笑みを浮かべていた。

 

「爺さんの墓参りに来てくれたんだろう? そんなところに立ってないで、こっちに来て顔を見せてやってくれ」

 

「え……はい、わかりました」

 

 少し戸惑いはあったものの、もともと切嗣さんに会いに来たのは事実なので、言われた通りに墓前まで移動する。

 どんな風に挨拶をしようかと考えていると、隣に立っていた先輩がわたしよりも先に口を開いた。

 

「紹介するよ、爺さん。この子は間桐桜。俺の、世界で一番大切な人だ」

 

「っ、先輩……」

 

「美人だろ? 正直、俺にはもったいないくらいの女の子だよ」

 

「あの、先輩。恥ずかしいです……」

 

 普通なら歯の浮くようなと表現する類のセリフを臆面もなく言われ、顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。

 

「桜」

 

「は、はい」

 

「俺は、後悔なんてしてないからな」

 

「え……?」

 

 わたしの心を見透かしたかのような発言に、心臓がどくんと跳ね上がった。

 だって、あの言葉は声に出してはいなかったはずなのに。

 

「鈍い鈍いって言われる俺でも、ことお前のことに関しちゃ、大体のことはわかってるつもりだぞ」

 

 そう言って、先輩はわたしの頭にぽん、と手を置く。優しく撫でられると、先輩の温もりが手の平を通して伝わってくるような気がした。

 

「確かに、切嗣の夢を叶えられなくなったのは残念だし、悲しいとも思ってる。そこをごまかすつもりはないさ」

 

 でも、と。

 先輩はお墓を一度見つめてから、再びわたしに視線を戻す。

 

「それを後悔したことは、一度もない。桜を救おうと決意したことが間違いだなんて、思ったことはない」

 

 その答えに、迷いは微塵も感じられない。力強さを感じさせる瞳が、わたしを真っ直ぐに射抜いていた。

 

「今日は、切嗣の夢と決別するためにここに来たんだ。……多分あの爺さんなら、笑って『ああ、そうか』で流しそうだけどな」

 

「……そうなんですか?」

 

「そういう人だったんだよ、爺さんは」

 

 昔を懐かしむような笑みを見せて、先輩は墓石に彫られた父親の名前に目を向けた。

 

「俺は今、幸せだ。桜と一緒にいられるこの日常が、この上なく大切だと思ってる。桜はどうだ?」

 

 あなたは今、幸せですか。

 そう聞かれれば、答えはひとつしかなかった。

 

「わたしも、幸せです。先輩がいて、姉さんがいて、ライダーがいて、藤村先生がいて。みんなと一緒に笑える時間が、すごくうれしいです」

 

「そうか。……なら、それで十分だろ?」

 

 その言葉は、じんわりとわたしの心の中に広がっていき。

 さっきまで抱いていた陰鬱な気持ちを、どこかに消し飛ばしてしまっていた。

 

「はい。そう、ですね」

 

「よし。じゃあそろそろ爺さんに挨拶してやってくれ。あんまり待たせると退屈しちまう」

 

「わかりましたっ」

 

 元気よく返事をして、わたしはお墓の中の切嗣さんと相対する。

 

「はじめまして、切嗣さん。間桐桜です。先輩の……士郎さんの、彼女です」

 

 自己紹介に照れが入るのをこらえながら、わたしは笑顔で墓前に語りかけた。

 

「な? 爺さん。この子の笑顔、きれいだろ」

 

 

 

 

 

 

「明日はいよいよ卒業式ですね」

 

「そうだな。あの校舎とも、ついにお別れか」

 

 墓参りからの帰り道、俺は桜と並んで夕陽の照らす道を歩いていた。

 

「春休みが終わったらキャンパスライフが待っていますよ」

 

「2人揃って合格できて本当に良かったな。そういえば、遠坂には進路のこと話したのか?」

 

「えっと……まだ話してないですね。報告は合格してからにしようと思っていたので。春休み中に帰ってくるはずだから、姉さんにはその時伝えます」

 

「そうか」

 

 俺たちが高校最後の1年間を過ごしている間、遠坂は魔術の本場、ロンドンの時計塔で自らの研鑽に努めていた。桜から聞いた話によると、どうやら喧嘩友達ができたとかなんだとか。

 まあ、あいつならどこにいてもうまくやっていけるだろう。その点に関してはまったく心配していない。だって遠坂だし。

 

「あいつ、なんて言うだろうな」

 

「うーん……どうでしょう。驚かれるような気もしますし、普通に納得されそうな気もします」

 

「俺もだ」

 

 俺と桜が選んだ、大学進学という選択肢。発案者は桜の方だった。

 高校3年生に進級した春。間桐の枷から解き放たれて、約1年。たったそれだけの時間では、今まで祖父の言いなりであり続けた少女が、本当にやりたいことを見出すことはできなかった。だから大学に行って、いろいろな経験を積みながら考える時間が欲しいと桜は言ったのだ。俺もそれに賛成し、この1年は受験勉強に費やした。

 まあ、その傍らで魔術の勉強も続けていたのだが……無事合格できたのだから問題はない。

 

「先輩は、何か将来のヴィジョンみたいなもの、見えてきましたか?」

 

「いや。俺もこの1年考えてみたけど、桜と同じでよくわからなかった」

 

 『桜だけの正義の味方になる』というのが生涯を通しての誓いではあるのだが、じゃあそのためには何をすればいいのか。具体的な案は出てこない。ヒモになるつもりは毛頭ないので、職にも就かないといけなくなるだろうし。

 

「これじゃわたしたち、どんどん姉さんに置いて行かれてしまいますね」

 

「あいつは一直線だからなあ」

 

 道が決められずに足踏みしている俺たちと比べて、遠坂は一流――いや、超一流の魔術師を目指して邁進している。素直にすごいと思えるし、憧れているのも事実だ。

 

「でも、俺たちは俺たちのペースで歩いて行けばいいさ」

 

「はい」

 

 あれこれと語り合いながら、俺と桜はゆるやかな坂道をのぼっていく。

 別に、遠坂のように勢いよく進む必要はない。迷うことがあってもいい。

 桜が何か大きな壁にぶち当たったら、俺が必ず乗り越えさせる。

 

「先輩。これからも、よろしくお願いしますね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

 それでいいよな? 爺さん。

 

 柳洞寺の裏山を見つめながら、俺は心の中でそう問いかけた。

 答えを聞く必要は、きっとないだろう。

 




新アニメ版はぜひ桜ルートでお願いします! という祈りをこめて書きました。
PV見たらHFっぽい、なんて情報もありますが、いったいどうなるのでしょうね。

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