東海道昌徳は既に決めていた。
正しい選択を選ぼうと、あるべき形に戻そうと、戦おうと決めていた。
傷一つ付けたくないと決めていた女に刃を向けてでも、守ると誓った恋人と戦ってでも、この夢を終わらせると決めていた。
なのに、愛が彼の手をまともに動かさない。
語田英梨は既に決めていた。
条理を捻じ曲げようと、夢想を現実に変えようと、夢を永遠に昇華すると決めていた。
愛より世界を優先しようと決めていた。
なのに、愛が彼女の手をまともに動かさない。
二人は愛し合っていた。
この世の誰よりも、目の前の一人が好きだった。
世界中の全てを敵に回してでも目の前の一人を守れるか、と言われれば、迷わず頷けた。
全ての人を敵に回し、世界を逃げ回らなければならないとしても、それでもこの恋人を殺さないでいられるのなら、それでいいと思えるくらいに愛していた。
だが、そうはならなかった。
『誰も殺さなくていい』なら、世界を敵に回そうが、世界中逃げ回ろうが、二人は耐えられた。その手の苦痛であれば、どんなに大きくとも二人は耐えられたのだ。
だが、『世界全ての人間の死』がかかっているのなら、彼も彼女も無責任な選択は選べない。
使命感が、責任感が、二人に『全ての終わり』か『世界の存続』かを選ばせる。
彼が勝てば世界は終わり、彼女が勝てば世界は続く。
時間稼ぎも先送りも、彼女が許さない。彼が逃げても、彼が戦いを拒んでも、彼が夢の世界の自然終了を待とうとも、彼女は必ず彼を追い詰めるだろう。
彼は生きているだけで世界を終わらせる最悪の毒、"気付きの悪夢"なのだから。
彼らは自分の中の愛に決着をつけなければならなかった。
だから、"何故"と一言も問うことなく、二人は最後のデートの約束を取り付けていた。
これがきっと最後の一日。
昌徳とこの世界が共存できる最後の一日だ。
これ以上昌徳が生きてしまえば世界は手遅れとなり、この日の内に昌徳を殺せれば、世界はなんとか回っていける。
背中に刃を隠して笑い合うようなデート。
二人は、遊園地のゲートの前の行列に居た。
「こうして待つ時間も私、好きですよ」
「俺もだ。話すのが楽しいからだろうかね」
「昨日見たテレビのこと。
空に浮かんでる変な形の雲のこと。
さっき買ったこの変なジュースの味のこと。
何話してても楽しいって感じられるのは素敵だなーと思ったり」
「ああ、やっぱお前と話してるのが一番楽しいな。お前が一番だ」
「えへへ、嬉しいこと言ってくれますねー」
ほのぼのと、心底気を許した者同士にしかできない会話が行われる。
「知ってます? この夢、見てるのは入院してる小さな子供なんだって」
「ああ。今の俺なら、なんとなくそれも感じられる」
一人称戻したんですね、と英梨は言わない。
彼の『俺様』という一人性は、他人に聞かせるための一人称。自信満々で、能力抜群で、患者に何の不安も抱かせない絶対者としての医者の姿を見せるためのものだ。
この夢の中で「そうあれかし」と彼に
夢に色を付けるための『主人公設定』。
それが無くなったということの意味に、気付けない英梨ではない。
「入院してる子供だから、
「へえ」
「だからあなたは強いんです。
何よりも強く、誰よりも強い。同じ人間とは思えないくらいに」
「子供の夢……子供か。いつまでも眠っていたら、親が起こしに来そうなもんだな」
「目覚めませんよ。私がそういう風に働きかけてます。この夢を続けさせるために」
「……」
「子供で助かりました。
眠り続ける人間は、点滴でも使わなければ生かせませんが……
老人の夢だったなら、そんな状況でいつ死んでしまうか分かりませんから。
その点この夢を見ているのが子供であってくれたおかげで、寿命死だけはきっと遠い」
「最低だな」
「ええ、最低です。私は子供の未来を食い物にして、この世界を続けようとしている」
見方によっては、これはバッドエンドしかないゲームなのだろう。
見方によっては、彼らは少しでもマシなバッドエンドにしようとしているのだろう。
喜びはなく、苦しみは多い。
それはあるいは、月の光も差さない夜の夜道のようだ。
進む先は闇、背後から迫るのも闇。
進まなければ光に至ることはなく、足を止めれば闇に飲み込まれてしまう。
夢という漢字は、日が沈み夕暮れに草茂る中、人の目が何も見えなくなった時を表している。
そういう成り立ちで出来た漢字だ。
『夢』とは、本来何も見えない絶望に近い闇を指すのである。
「子供の味方もできない仮面ライダーなんて、俺はどうかと思うがね」
「この夢の世界にも子供は居るんですよ?」
「現実の子供か、夢の世界の子供か……か」
「夢の世界の子供だって成長はするんです。生きてるんです。
この世界の子供にだって未来はあります。生きていたら、数多くんがそうなっていたように」
「……だな」
「私とあなたは、違う子供の味方をしているだけです。
あなたは間違っていません。私達は、違う未来を守ろうとしているだけなんですよ」
二人の意見はぶつかり合う。
自分の意見は曲げないが、だが相手の意見も否定はしない。
なぜ二人は喧嘩にもならないのか? それは、二人が互いを理解し尊重し合っているからだ。
隣に居る恋人が、確かな覚悟と強さをもってその選択をしたと確信しているからだ。
だから、敵なのに尊敬できる。
殺さねばならないのに愛し続けられる。
二人が遊園地のゲートをくぐった時も、二人の手はぎゅっと繋がれていた。
「アイス買いませんか?」
「俺が買ってくる。その辺のベンチで待っててくれ」
遊園地や入るやいなや、男の"食べたい"という意を汲みアイスを買おうとする女。
どのアイスの味にするか聞きもせず、彼女がどのアイスを買ってほしいのか理解し、正解の味のアイスを買ってくる男。
一目には分かりづらい、相互理解の証明だった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「溶けちゃう前に食べないといけませんね?」
「ああ。アイスも夢も、本来そんなに長持ちしないもんだからな」
絵里も、昌徳も、知らぬことであったが。
この遊園地は、この夢を見ている子供が昔テレビで見た、『夢の国』と呼ばれる遊園地がモデルになって構築された遊園地だった。
なんとも皮肉な話である。
「この夢を見てる子供だって、いつかは寿命が来るぞ。
夢の主が死ねば、夢も共倒れだ。後には何も残らない。最後はゼロだ。
なら俺は、少しでも後に何かが残る、現実に何かを残したいと思う」
「現実と夢の時間の流れは違います。
長い夢を見ていたつもりでも、現実では十分ほどのうたた寝だったなんて珍しくもない。
上手くやれば、短くても私の孫の孫の孫世代くらいまでは世界を続けられると思いますよ」
「だけど、後には……」
「もしかしたら、夢から夢へと移動する技術がこの世界で生まれるかもしれない。
もしかしたら、いつかこの夢と別の場所にある夢を交換する技術が生まれるかもしれない。
未来さえ残せれば、希望は残りますよ。希望があれば、未来が繋がる可能性は残ります」
「……もしもにもしもを重ねる、希望的観測だらけの話だな。
地球の人口爆発に『宇宙に進出すればいい』って言うような話だ。
第一、それでまた新しい夢の主を眠らせ続けるつもりか?
そうやって現実に生きる命を食い物にするのは、まるで寄生虫だぞ」
「ええ、外道ですね。まるで家畜を一方的に食い物にする人間のよう」
男の方が先にアイスを食べ終わり、女が後からアイスを食べ終わる。
楽しく笑う人達で満たされた遊園地の中で、一瞬だけ英梨が見せた悲しみは、特に際立って暗く見えた。
「例えば、こんな世界があったとしましょう。
病原体の怪物が人類を攻撃し始めた。
人は神に祈ります。『どうか助けてください』と。
神様は人の祈りに応えて、病原体の怪物を全て消し去りました」
「頼まれたら断れない性格してそうな神様だな」
「それを見ていた家畜の牛が、神様に祈ります。
『どうか助けてください』と。
神様は牛の祈りに応えて、牛のために人類全てを全て消し去りました」
「……頼まれたら断れない性格してそうな神様だな」
「ま、今私が即興で考えた創作話ですけどね」
もしも、地球に住まう全ての命の願いを聞く神様が存在していたなら、人間は地球に残るのだろうか。残らないのだろうか。
「私がその当事者の人間だったらきっとこう言いますね。
『家畜を食べなければ飢えて死んでいた、生きるためには仕方なかった』って」
「お前はその陰で、きっと家畜に謝るよ。
今まで無自覚にいじめてごめんなさい、って。
お前がそういうやつだって、俺は知ってる」
「……私は、そんなにいい人じゃないです」
「いいや、いいやつだよ。
俺はお前の最大の理解者だ。そう設定されて、この世界に生まれてきたんだからな」
"他人にデカい迷惑をかけるくらいならいっそ死ね"と言う者が居る。
それは絶対的な正論のようにも聞こえるが、この言葉を叩きつけられた側が間違っているかといえば、それもまた違う。
人間は自分に迷惑をかけるものを、社会が許す範囲で反抗し排除する権利を持っているだけで、迷惑をかけられた方が正義というわけでもなく、迷惑をかけた方が必ずしも悪であるというわけではない。
何故なら、人間は自分が生きるために他人に迷惑をかける権利も持っているからだ。
自分が生きるために敵を倒す。
自分を害する者を排除する。
それは、あらゆる命に許された決死の行動であり、それが全ての命に許されているからこそ、世界から闘争も戦争もなくなりはしないのだ。
人間は自分が生きるためにならなんだってしていい権利を持ち、その権利が取り返しのつかない事態を引き起こさないよう、大抵の法律はその権利を肯定も制限もするようになっている。
「私がこの夢の世界を残すために醜く足掻いた果てに
『そうまでして生きたくない』
と夢の誰かが思い、夢を終わらせようとしたっていいんです。
誰も生きることを強制するなんてしていないんですから。
ただ、『生きたい』という願いだけは、誰もが形にする権利があると思うんです」
「そうだな」
「他人を犠牲にして生きる権利は、誰にだってあります。
他人の犠牲になって死ぬ義務は、誰にもありません。
私はきっと、あなたを倒した後、いつかどこかで誰かに殺されるでしょう。
あなたのような人の手にかかって、兄のように死ぬでしょう。
でも、それでいいんです。
私はこの世界に生きる人達が嫌いじゃないから、いつか死ぬその日まで、皆を守ります」
「……そんな、泣きそうな雰囲気で、かっこいい顔するなよ。エリ」
世界を長持ちさせようとしてるくせに、自分を長生きさせる気がない。
彼女は自分の『次』の夢の守り人を育てた後は、安心してさっさと戦死してしまうだろう。そういう意志の持ちようをしていた。
彼は、"死なせたくない"と、そう思った。
"けれど戦わねばならないのだ"という思いが、その感情を押し潰した。
「夢の世界だったとしても、俺達にコンテニューなどなく、やり直しはない、か」
「夢にもやり直しはありません。
いい夢から目覚めて、"今の夢をもう一度見よう"と寝なおしても、夢の続きは見れませんから」
愛していた。愛している。だが、彼女は戦わなければ生き残れない。
彼に至っては、戦っても生き残れない。
「一度終われば最後です。終わりの先はなく、終わりの次はない」
「この夢を見てる子供だって同じだ。夢から目覚めなければ、次はない」
「現実の命と夢の命、どちらが残るか、正解なんてあるんでしょうか……
死んでいい命も残るべき命もない。
よほどのことがなければ命の優先順位なんて発生しません。
それがたとえ夢の中でしか生きられない命であっても、価値が低いわけがない」
「知ってるさ。俺にもお前にも、無条件で肯定される正しさなんてもんはない」
「私には世界を守るという正しさがある。
あなたには現実の命を守るという正しさと……
夢はいつか終わるという、摂理に沿っているという正しさがある。
でもきっと、私達はそれ以上の正しさも、それ以外の正しさも持っていないんですよね」
アイスを食べ終わった二人は、静かに周囲を眺める。
遊園地ではしゃぐ人々の笑顔は、何故か見ているだけで苦しかった。
それは、昌徳が守ろうとしていたもの。既に過去形である。
それは、英梨が守ろうとしているもの。今も現在進行系である。
この遊園地で笑っている命は、英梨の勝利と世界の維持以外では守ることもできないのだ。
ここが現実の世界であったなら、昌徳と英梨が守ろうとするものは、同じであったはずなのに。
「どこか、別の場所に行きませんか?」
英梨は立ち上がり、花のような笑顔で彼に手を差し伸べる。
「ああ」
彼は穏やかな微笑みを浮かべ、その手を取って歩き出した。
コーヒーカップに乗って、二人はゆったり揺れる。
「なあ英梨、俺を好きになったこと……嫌になったりしないのか?」
「今更ですね。
人によっては嫌な状況だと思いますよ?
ある日突然あなたが現れて、あなたを好きになるよう設定を追加されたわけですから」
ぐさりと来る一言に、思わず俺様気質の昌徳も怯む。
だが、そこにひとかけらの嫌悪もなく、嫌味もなく、皮肉もないことに、昌徳だからこそ気付けていた。
「でも私、あなたを好きになったこと、そんなに嫌な気分じゃないんですよ」
「そうなのか?」
「これが惚れた弱みなのか。それともあばたにえくぼなのか。
そう設定されたから不満に思ってないのか。
あるいは、それらとは全く関係なく不快に思ってないのか……私にも、よく分かんないんです」
「……」
何故彼女は彼を好きになったのか?
そう問われれば、『そう設定されたから』としか答えようがない。
ここは夢の世界。
夢の主が設定しなかった部分も、夢の世界の一部として存在している。
だが夢の主が"AはBに惚れている"と設定してしまえば、その時点で露と消えてしまう儚い世界の一部だ。
英梨が他人を好きになる権利など、その程度のものでしかない。ここは夢の世界なのだから。
「現実の人間だったなら、私はどんな恋をしていたんでしょうね」
「……少なくとも、そういう話をされたら、俺は妬くな」
「ふふっ」
コーヒーカップを一周りして、二人は別のアトラクションへと向かう。
男の嫉妬を受けて、女はどこかウキウキした様子を見せていた。
思わぬところで彼の愛を確かめられたからだろうか?
「もしも私が現実の世界の人間でも、私がこの私のままなら……
現実でも、あなたのような人を好きになっていたかもしれません」
彼女が彼女のままである限り、彼女の好みは昌徳という男そのものだ。
好きになるとしたら、昌徳に似た男以外にはありえないだろう。
彼女は、そう設定されたのだから、それ以外にはありえない。
「私が現実の世界に生きる人間だったなら……
誰を好きになってもよかった。
誰を好きになるかも分からなかった。
誰かを好きになる苦しみもあったんだと思います」
誰かを好きになるかも分からない無限の可能性が現実の恋愛であるなら、彼女のそれは一本道しか存在しない夢幻の恋愛と言えるだろう。
「でも、私はあなたが好きです。
あなたを愛しています。
恋や愛に当たり前にあるものの多くが私にはなかったけど、好きになる喜びだけはあった。
誰かを好きになるっていう幸せだけは、私にもあった。だから、それで良いんです」
「……エリ」
「私の恋には物語も過程も無かったけれど、後悔も嫌悪もありませんでしたから」
あなたが優しい人でよかった、と英梨は小さく呟いた。
「本当は、全てを捨ててあなたとどこかに逃げ出したいくらい、あなたが好きです」
でも、そうはしない。それだけはできない。
彼女の双肩に乗せられたものは、あまりにも大きすぎる。
彼女の兄が彼女に託したものが、あまりにも重すぎる。
愛する兄を殺した憎い仇と、全てを許してしまえそうなくらいに愛した恋人が、同一人物であるという彼女の苦悩は、きっと誰にも分からない。
「英梨、俺はお前の兄を……」
「それ以上言わないでください。
許せば兄への侮辱になります。
許さなければあなたの傷になります。
私に、これ以上私のしたくないことをさせないでください」
「……」
「私の気持ちは、先程述べました。それでは足りませんか?」
昌徳は首を横に振った。
彼女は彼への愛を語った。それは全てを知った上でも揺らがないものだった。
彼の問いかけへの返答は、それで十分だっただろう。
二人は遊園地を歩く。
遊園地の名物の大小様々な噴水が組み合わされた水場で写真を撮って、戯れのように二人で水をかけ合い、小さな噴水から噴き出す水に彼女が手を当てる。
下から上に流れる摂理に反した水を抑え込むように、彼女は手を動かしていた。
「夢の中の人間だって生きていたい、って願いでさえ、許されないんでしょうか」
彼女のその手を取って、昌徳は懐から取り出した清潔なハンカチで丁寧に拭っていく。
「俺だって生きていたい。皆に生きていて欲しい。だけど、それでも、俺達は夢なんだ」
彼女の手を拭く一動作にさえ、愛が見える。
「例えば、野球選手になるという夢を見続ける子供が居たとする。
夢は叶えば終わりだ。
夢を見続ける人間ってのは、夢を叶えられないまま諦めることもできない人間だ。
20歳、30歳、40歳になっても、全く諦められず、野球選手になり続けようとする人間」
その男は地獄の鬼もおののくような姿をしているんだろうな、と、彼は彼女の手を拭きながら口を動かし続ける。
「例えば、幸せな夢をベッドで見ていたとする。
でもその夢がずっと続いてたらどうなんだろうな?
幸せな夢でも、それを見てる内に現実で十年も経てば絶望的だ。
現実のその人の人生は相当にヤバいことになるだろう。
幸せな夢を見る代償に、現実の自分の環境が悪夢そのものになっちまうわけだ」
「……」
「どんな夢だろうと、終わらずに長々と続くなら、それは悪夢になっちまうと俺は思う」
夢とはそういうものなのだと、彼は言った。
彼女の正しさに、彼の正しさが真っ向からぶつかる。
昌徳はハンカチをポケットにしまい、英梨は綺麗に拭かれた自分の手を見つめる。
まるで、その手を通して自分を見つめ直すかのように。
「私達の世界って、どこで間違えてしまったんでしょうか」
「世界を守ろうとするお前の意志自体は間違えてないぞ?
世界を守るための行動も……俺は絶対に許容しないが、お前に間違いだったとは言わない。
俺を初めとする世界を殺す毒から、お前達は命をかけて世界を守ってきたんだ」
「分かってますよ。
でも、どこかに間違いがあったんじゃないかって、思っちゃうじゃないですか。
そこで間違わなければ、そこを直せば、全部上手く行ったかもって思いたいじゃないですか」
「……間違いが、あったとすれば」
どこかに間違いがあって欲しい、と英梨は思っている。
間違いがあったなら、"間違わなかったもしも"を想像できる。
その間違いを直して、円満に終わらせる"もしも"を想像できる。
間違いがあってくれた方が、まだ救いのある想像ができる。だから間違いがあったかなかったにかかわらず、"どこかに間違いがあって欲しい"と彼女は思っていた。
なのに。
「夢の世界の住人が生きたいと思ってしまったことが、間違いなんだろうな」
彼の率直な物言いは、"どこかに間違いがあって欲しい"という彼女の儚い願いを、一瞬で"それを間違いだなんて言わせたくない"という覚悟へと変えていた。
「それは、間違いじゃありません」
「俺はお前のその考えを否定しない。
だが、俺はそれを間違いだと思う。
夢の住人は、夢の中を生きる命は、生きたいだなんて思っちゃいけなかったんだ」
ここの判断は、本当に人によって分かれることだろう。
夢の中の命が生きたいと願うことが、正しいことなのか間違いなのか。
全部正しいと言う者も、全部間違っていると言う者も居るだろう。
理詰めに考える者も、同情から感情論で語る者も在るはずだ。
「俺達は、病気みたいなもんだ。治療しなくちゃいけない」
「この世界に生きる私達が病原体の一種だとして、生きたいと願うことは罪なのでしょうか」
「……その辺まで、口にする気はねえよ。夢の中の人の命をバイ菌扱いしてる俺も相当に外道だ」
「……」
「だが俺は、現実に生きる子供の命と未来を食い潰しながら残る世界は認められない。
それはさっきも言った通りだ。
この夢は俺達のものじゃない。
この世界を夢に見ている子供のものだ。その子に返して、俺は全てを終わらせる」
未来とは悲しみが終わる場所であると、希望を持つ者は言う。
全てが終わる未来は、すぐそこまで迫っている。
二人が永遠に別れる瞬間が、未来が、肌で感じられるところまで迫っている。
「数多くんがあなたを正しいと言った理由が分かります。
……いや、私は、あなたのそういうところを分かっていました。
きっと、兄さんも分かっていたんでしょうね。
だから、最初からずっと、あなたがこの夢を終わらせると、確信していたのです」
「そういや国吉は、俺がこう選択するってこと、最初から疑ってなかったんだっけな」
「はい。何せ、兄さんは昌徳さんの親友ですから」
ある日突然兄妹になって。ある日突然恋人になって。ある日突然親友になって。……けれど、そこにある気持ちだけは確かに本物で。
彼らにその関係以上に大切な関係なんて、どこにもなくて。
でもやっぱり、その始まりからして偽者で。
それでも大切で。
昌徳と英梨は、それから何時間も互いの気持ちの気持ちを確かめながら、自分の中にある気持ちに一つ一つ決着をつけていった。
"殺すことを躊躇わないように"という二人の悲しい意志が、その行動の中に垣間見える。
閉園時間はまだ遠いはずなのに、遊園地からは人影が徐々に消えていく。
英梨の仲間が一般人を巻き込まないために、いつ戦いが始まってもいいように、人払いをしていることは明白だった。
「最後に、観覧車に乗りませんか?」
夕暮れをバックに、彼女はそんなことを言う。
彼に断る理由はなく、二人は向き合う形で観覧車に乗り込んだ。
もう言うべきことは言い尽くした。
いや、もしかしたら、言うべきことなど無かったのかもしれない。
言葉無くとも、彼らの心の間には繋がるものがあったのだから。
「今まで、ありがとうございました。
私が愛した人が……あなたで、よかった」
女は、過去への感謝を。
「今まで、ありがとう。
どんな結末になろうとも、君を愛せたことを俺は誇りに思う」
男は、過去への敬意を口にする。
「俺はこれを、泡沫に消える
「私はこれを、終わりのない
「この夢を見ている子供は俺の患者だ。患者の運命は、俺が変える」
「この世界を殺させたりはしません。この世界の運命は、私が変える」
観覧車は一周りして、二人は観覧車から降り、メリーゴーランドの前で対峙した。
沈黙が流れる。
夕日が遊園地の内側を照らし、光量が減った遊園地の中で、機械がオートにメリーゴーランドの各種照明とライトを点灯させた。
光り輝くメリーゴーランドが、感情を噛み殺した二人の横顔を照らしている。
最初に動いたのは昌徳だった。彼は変身し、エグゼイドへと変わる。
だが次に動いた英梨が変身すると、昌徳は仮面の下で目を見開かされる。
「大変身」
変身した仮面ライダーゲンムが、あっという間に二人に分裂し、しかもその片方が昌徳の聞き覚えのある――英梨ではない――声で喋り始めたからだ。
「よう、久しぶり」
「……! その、声は……! 国吉!」
「最後の戦いだ。夢の世界ならではの反則……一回限りの、妹のワガママってやつさ」
そこに居たのは、間違いなく語田国吉。昌徳が殺した男であった。
英梨がここが夢の世界であることを逆手に取り、自分の兄の記憶を夢の世界に投射した幻想の兄を具現化させる分身技だ。ゆえに幻想。夢の中で見る夢とも言える。
これは彼女の兄であって兄でないものであり、かつての語田国吉が残した想いに従い、黒のゲンムと対になる白のゲンムとしてここにあるものだ。
昌徳が最も信頼し、最も敬愛し、最も評価していた二人が彼の前に立ちふさがる。
「決着をつけるぞ、昌徳」
「……ああ、国吉」
「さようなら、昌徳さん」
「じゃあな、エリ」
かくして、戦いにもならない最後の闘いが始まった。
これが、この夢の世界で起こった悲劇の戦いの結末であり、『仮面ライダー』と名乗る者達の戦いの真実である。
各々にそれぞれが信じる正しさはあろう。
だが、この戦いに正義は無い。
そこにあるのは、純粋な願いだけである。
その是非を問える者など―――きっと、どこにもいはしない。
正義のヒーローは、優しいからこそ土壇場で人を思い強くなれる。優しいからこそ人質一人で倒されてしまう。優しいからこそ時に哀れな敵に手加減してしまう。
愛も優しさもない者は、ヒーローにはならない。
優しさは彼らの武器であり、同時に弱点でもあるものなのだ。
そういう意味では、東海道昌徳は先日までヒーローだった者であり、今日だけはヒーローでなくなってしまった者だった。
エグゼイドの刃が、滑るように白いゲンムと化した国吉の腹に突き刺さる。
「……迷いも、躊躇いも、ないか」
今日まで一度も、昌徳は人を殺すつもりで戦ったことはなかった。
彼の攻撃は、常に大なり小なり手加減の為されたものだった。
自分を命を救う医者だと思っていた彼は、他人の命を脅かしたくなかったのだ。
その加減の度合いは、数多少年が彼を精神的に追い詰めただけで、手加減する余裕を僅かに失った彼の体が、数多の戦意を刈り取るほどの一撃を繰り出してきたことからも伺える。
今この瞬間、彼は全ての加減を捨てていた。
この世界の全ての人間を殺す覚悟を決めた以上、躊躇の無い彼の一撃は全てが必殺。
動きは目で追えず、技のキレは理外の域、力は平然とゲンムの武器をへし折っていく。
まさに『
夢を終わらせる者である彼には、どんな力を使っても敵わない。
悲しみに満ちた、悲劇の流れを世界ごと終わらせる、悲惨なまでの
「ああ、お前は、本当に……あの時、俺を友達だと思って、手加減してくれてたんだな……」
腹の剣を抜かれた国吉が、力なく地面に倒れ込む。
「なあ、こんな世界じゃなければ、普通に出会えてたら、俺達―――」
何かを言いかけて、けれど言い切ることはできないで、国吉の残滓は消えていった。
親友が蘇っても昌徳の剣筋に迷いはない。
それが異様に、異常に見える。
親友を二度に渡り殺してなお剣筋が鈍らないエグゼイドの攻撃をかわしながら、英梨は避けられない運命を確信する。
最強という残酷。
無敵という絶望。
力の差という無慈悲な現実が、彼女の命の残り時間を突きつけてくる。
今更になって、彼女は身に沁みて理解する。
自分が、兄が、仁科理人が、算旭数多が、この世界を守れるという希望を信じられていたのは……彼が、その優しさで、ずっと手加減してくれていたからなのだということを。
(敵わないなあ)
不可避の斬撃が迫る中、彼女はとても優しい声で最後の言葉を口にする。
「運が良ければ、来世にでも」
そして、彼女の上半身と下半身は、一太刀にて切り分けられた。
切り捨てられた上半身はべちゃりと地面の上に落ち、上半身を失った下半身はへたりと地面に倒れ込む。
圧倒的な力。
一方的な勝利。
呆気ない結末。
危なげない完封。
おおよそ理想的な勝ち方であるはずなのに、彼の胸に去来するのは虚しさと悲しみだけだった。
大きな力に、どれほどの価値があるのだろうか。
勝っても幸せになれないのなら、一方的に蹂躙できても心が晴れないのであれば、大きな力は人にとってどれだけの価値があるというのだろうか。
意味があるとすれば、自分の意志を力尽くで通せるということくらいのもの。
この世界の人間に限れば、最強の力を持つ昌徳は仮面ライダーではなく、彼の敵こそが"人間の自由と平和を守る"仮面ライダーだった。
力があっても、昌徳は仮面ライダーではない。
少数を犠牲にして大多数の人達と人が生きる世界を守るなら、それは正義ではない仮面ライダー、あるいは悪の仮面ライダーであると言える。
だがその少数も大多数もまとめて殺そうとするのなら、それは悪の仮面ライダーですらない。
そんな自分を、昌徳自信が一番よく理解していた。
昌徳は変身を解除し、人間の姿へと戻る。エグゼイドの仮面は消え、人の顔が戻って来る。
「……国吉……エリ……」
仮面の下でずっと泣いていた彼の顔が、仮面が消えて
「仁科さん……数多……国吉……エリぃっ……!」
仮面の下で泣きながら、それでも一片の情も恋人には見せることなく、彼はやりきった。
泣きながら彼女を両断したのだ。
愛した女を真っ二つにしたのだ。
この涙だけは絶対に彼女には見せまいと、流れる涙を仮面で隠し、彼女が死するその時まで、彼はエグゼイドの仮面を被り続けてみせた。
彼女にだけは、この涙を見せたくなかった。
―――彼女に、これ以上罪の意識を背負わせたくなかった。
だから、仮面で素顔を隠した。
―――仮面越しなら、隠しきれる感情があった。
己が目から流れる透明な雫は隠して。
―――彼女の身から真っ赤な雫を流させて。
彼は、愛する者を切り捨てた。
―――彼は、誰よりも大事な人を切り伏せた。
彼女を、愛していたのに
―――彼女に、愛されていたのに。
「……謝りはしない、だけど、せめてっ……!」
心の中で、頭を下げる。
涙をこぼすその男に、かすれた声が投げかけられた。
「……意地っ張りなんですから、もう」
「!」
それは、上半身だけになったエリの声。
彼女はそんなになった今でも、彼の意志を尊重し、彼のことを気遣う優しい声を出していた。
「エリ……」
「覚えてますよね? 兄さんの、最後の言葉」
「……ああ」
「それ終わりです。勝者の権利を、果たしましょう」
―――自殺はするなよ、無自覚な虐殺者。……必ず、俺達に、殺されろ。それまで、待て
国吉が最後に残した言葉。あれが、最後の最後に使えるヒントになった。
彼は昌徳が自殺しないように釘を刺していた。それは何故か?
そう考えてみれば、答えはおのずと導き出される。
「エリ」
彼は彼女に呼びかける。返事はない。
最後に彼に助言を与え、それで力尽きた彼女の体は動かない。
「エリ」
彼は彼女に呼びかける。返事はない。
死体は既に夢幻の泡沫と化し、消え去っていた。
「……エリ」
死体がそこから消え去ってなお、彼は彼女の死体があったその場所へと呼びかけ続ける。
返事はない。
返って来る声などない。
それでもなお彼女に呼びかけ続ける彼は、彼女の声を、彼女の返答を、来るはずもないそれを待ち続ける哀れな待望者でしかなかった。
もう一度声を聞きたい、と願い無駄な行為を繰り返す、憐れな勝利者だった。
やがて彼は心に鞭打ち、観覧車の頂点へと登る。
何故国吉は昌徳の自殺を止めたのか?
それは数多が言っていたように、昌徳こそがこの夢の主の視点の中心であるからだ。
夢の主の主観と共に、この高さから飛び降り自殺をすればどうなるか?
夢の主は『夢の中で高い所から落ちる体験をする』、ということになる。
「悪夢みたいな、人生だった」
この夢を終わらせないように干渉していた仮面ライダーも、もう居ない。
あとはきっかけ一つで夢は終わる。
観覧車のてっぺんから、昌徳は広がる町並みを見つめた。
人の姿。
見える営み。
ぽつぽつと街の各所に灯る、人が生きる証の光。
その全てを見つめ、その全てを殺す己の罪を見つめ、彼は飛び降りる。
命も、幸せも、営みも、笑顔も、自由も、平和も、愛も、友情も、信頼も、人々から全てを奪う覚悟で飛び降りる。
「……悪夢だったら、ちゃんと終わらせないとな」
地面に彼の体が叩きつけられるその前に、高い所から落ちた感覚が、その夢を……その夢が内包する全てと共に、終わらせていった。
『宝生永夢』は、病院の一室にて目を覚ます。
ぼんやりした頭でぼけーっとしていると、見回りに来た看護婦が目覚めた彼の姿を見て、大慌てでどこかへと駆けていった。
「先生! 先生! ずっと寝ていた宝生永夢くんの目が覚めました!」
幼い子供である宝生永夢は、ずっと夢を見ていた。
悲しい夢であったような気がした。けれど、もうそのほとんどを覚えていない。
ヒーローが戦う夢だったような気がした。だが、思い出そうとする度に忘れていってしまう。
夢の世界の皆が
でも、もうほとんど覚えていない。
「……忘れないように!」
永夢は近くにあった愛用の紙とクレヨンを手に取り、頭の中に覚えているおぼろげな記憶を書き出していく。
それは乱雑で、統一性もなく、永夢の頭脳と発想があって初めて他人に理解できる形となって紙に描かれるものだった。
夢の中のワードを拾って、情報の断片を形にして、紙に書き上げる。
永夢は後にこれを、尊敬するゲームクリエイターの下へと送ることになる。
ゲームクリエイターはそれを見て、永夢のとてつもない発想力に嫉妬することになる。
それが全ての運命を変えた。
ゲームクリエイターは、それを見て永夢の発想と、永夢の発想に混ざる何かの情報に影響を受けることだろう。
勇者のRPGの使用者に、安直に『ブレイブ』と名付けるかもしれない。
マイティアクションXというゲームの使用者に、『エグゼイド』と関連性の見えない名前を付けるかもしれない。
レースゲームの使用者に、『レーザー』と無関係な名前を付けるかもしれない。
それもこの世界の未来の話。まだ語られない、遠い未来の話だ。
だが、今この瞬間に言えることもある。
夢は終わり、永夢の中にはほとんど何も残らなかったが、この世界に残るものはあった。
「希望!」
昌徳の決断と戦いは、この世界に僅かであっても確かなものを残したのだ。
「あの二人のヒーロー、『希望』って言ってた!」
永夢は紙に、夢の最後におぼろげに見た二人のヒーローの姿を、色も姿もあやふやにしか覚えていないその姿を、自分なりに書き上げていた。
ここまでは、ビターエンドに至る物語。
そして、ここからは蛇足の物語。
「ここがあの子の夢の中か」
「ん? お前は……東海道さんね。胸にお医者さんのネームタグ付いてるぞ」
「俺の好みの問題で悪いが、俺のワガママを通させてもらう。
綺麗に終わる一流の悲劇より、多少強引でも次に繋がる三流の喜劇の方が好きなんでね」
「―――俺が君の、最後の希望だ」
見渡す限りの大草原の真ん中で、昌徳は目を覚ました。
自分の手を見て、実体があることを確かめる。足を見て、足があることを確認する。
何故か最後に着ていた私服も、医者の仕事着へと変貌している。
"幽霊になったってわけじゃなさそうだ"と思い、何故自分が生きているかを疑問に思う昌徳の前に、やる気の無さそうな顔の男が立っていた。
「あんたは?」
「俺か? 俺は……」
"ああ、この男に救われたんだ"と、昌徳は直感的に理解した。
「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」
偉そうなくせに、頼りがいのありそうな男だった。
「通りすがりの……仮面ライダー……?」
「お前かは知らん。だが、誰かが『助けて』とお前の世界で叫んでたもんでな。
夢の世界がちょうどいいタイミングで終わったもんだから、まとめてこの世界に運び込んだ」
「!」
「最初は事情なんて全く分かってなかったんだが、まあ今こうして見ると大体分かった」
昌徳が周りを見ると、自分以外にも多くの者達が気を失って倒れている。
その中には、彼の目の前で殺された桜という少女や、彼が殺した国吉達の姿があった。彼が愛した、英梨の姿さえもあった。
空にいくつもの穴が空き、そこから落ちて来た人達を魔法使いのような仮面ライダーが空中で拾い、次々に魔法をかけていく。
魔法をかけられた夢の住民達は、夢の世界ではない現実世界であるこの場所で、魔法の力を受け『現実に生きる人間』として具象化していった。
草原の中、唯一目覚めていた昌徳は、全てを救い終えた魔法使いの仮面ライダーと、通りすがりの仮面ライダー、二人の前に立つ。
「俺はウィザード。お節介な魔法使いさ、東海道。
人のアンダーワールド……まあ夢みたいなもんを扱うのは、専門分野だ」
「俺はディケイド。世界の破壊者とでも呼べ」
「ウィザード……ディケイド」
永夢は夢の最後に『二人のヒーロー』を見た。
昌徳に救われた永夢が最後に見たものは、昌徳を救う二人のヒーローの姿だったのだ。
ディケイドとウィザード、二人のヒーローが"誰かを救う"姿を永夢の心に残ったものだった。
国吉達が世界を維持するため戦ったから、夢の世界は最後まで残った。
昌徳の戦いが永夢を守り、最高のタイミングで夢を崩壊させ、ディケイドが繋いだ世界に夢の世界の構成要素が全て流れ込む状況を作ってくれた。
崩壊した夢の世界はディケイドが繋いだ現実世界の一つに流れ込み、そこでウィザードの力を受けて物質化、夢の中で死んだもの・壊れたもの全てが再構築された。
どれが欠けても、きっとあの世界は救いのない終わりを迎えていたはずだ。
ありえぬ奇跡だ。
こんな強引すぎる解決と結末など、舞台でやれば顰蹙を買うこと請け合いだろう。
だが、これでいい。これでいいのだ。
『本物の仮面ライダー』は、平気でこういう奇跡を起こす。
ありえないくらいいいタイミングに間に合ってくれる。
そういうものなのだ。
「おいディケイド、世界の繋ぎ方が乱暴じゃないか?」
「知らん、丁寧に世界を繋げたことなんて一度もない。
それにしても、また新しい指輪を手に入れたのか? それは」
「瞬平の新作指輪さ。
また使えない指輪だと思ってたんだが、どうやら違うらしい。
"現実に出てきた夢の住人を現実の人間に変える"魔法の指輪だったみたいだ。
ったく、『チチンプイプイ』といい、あいつが作る指輪はどうにも使い勝手がな……」
「ピンポイントで使える魔法が手元にあるだけで十分だろ」
昌徳は二人のライダーに説明を求めた。
曰く、眠ったまま起きない子供が居たので、人の心の中に飛び込めるウィザードと、世界の壁を越えられるディケイドが、それぞれ別ルートで解決を試みたらしい。
ウィザードが心に飛び込んだ時点で夢の世界は一個の世界として観測され、その世界と現実世界の一つをディケイドが繋いだ、というのが真相のようだ。
「そんな力を持った仮面ライダーが居るなんて……」
「ま、頑張った奴に最後に渡された奇跡の報酬だとでも思っておけ。
俺もウィザードも、偶然通りがかっただけだ。
お前らはこの人間も住んでない新しい世界で、一から街でも作り上げればいい」
「……いや、そうもいかないだろう。
俺は先にアンダーワールドからこの世界の経緯を見ていた。
東海道、あんた、夢の世界の奴らがこの世界で生きるなら、ここでは生きづらいんじゃないか」
「……」
世界と人々を守るため、世界を崩壊させる人間を狩っていた者達は、大なり小なりわだかまりが生まれるだろうが、まだ受け入れられる余地はある。
されど、昌徳は違う。
彼は明確に夢と現実を天秤にかけ、現実を取った。
世界を守るのではなく世界を滅ぼそうとした。人々を残すのではなく、人々を皆殺しにしようとした。彼は自分の意志で、夢の世界の住人達に受け入れられる土壌を捨てたのだ。
途方も無い苦労をすれば、夢の世界の住人達に受け入れてもらえる可能性も無くはない。
だが、昌徳がそれを望まないだろう。
彼は夢の世界の全てを能動的に殺した自覚があり、その自覚がある限り、きっとこのコミュニティに溶け込むことはできやしない。
「ありがとう、ウィザード、ディケイド。
あんた達二人には、何度頭を下げても、何度お礼を言っても足りない」
ここは、昌徳を受け入れてくれる世界ではないのだ。
(ああ、でも、良かった。
無茶苦茶で、唐突で、何の脈絡もない終わりだけど。
……俺が想像してたのよりも何億倍もマシな、救いのある終わり方をしてくれた……)
なのに、後悔はなく、喜びはあり、彼は救われた気持ちになっていた。
「その上で、図々しくも頼みたい。俺を、彼らとは別の世界に連れて行ってくれ」
昌徳の願いを、ディケイドは無言で承った。
世界を繋げ世界を越える穴を空け、昌徳が新しい世界へ旅立つ手助けをする。
妙に素直なディケイドに、ウィザードはからかうように声をかけた。
「面倒見がいいじゃないか、ディケイド」
「勝手に全ての破壊者と言われる。
よく分からんまま仮面ライダーと戦わされる。
その内ヤケになって全部ぶっ壊す。
何も壊したくないくせに、壊す以外の解決を知らない。
ここは自分が受け入れられない世界だと思ってる。
こいつを見てると、どうにも他人の気がしなくてな。同情みたいなもんだ」
ありがとう、と昌徳は最後に再度二人の仮面ライダーに礼を言い、まだ目を覚まさない夢の住人達に深く深く頭を下げ、世界を越える一歩を踏み出す。
踏み出した昌徳の背中に、お節介なウィザードが最後の助言を投げかけた。
「そっちの世界には、神敬介って人が居る!
あんた医者なんだろ! そいつも医者だ、手伝えば給料くらいくれると思うぞ!
夢の世界と現実世界じゃ勝手が違うと思うが、無責任に言わせてくれ! 頑張れっ!」
「……何から何まで、ありがとうございました!」
仮面ライダーX、マイティアクションX、EX-AID、医者、大変身。……偶然の一致だが、奇縁というものはあるものだ
世界を越える道を進み、彼は皆から離れていく。
「待ってください!」
「! エリ!?」
家族や友人、全てを捨てて彼について行くことを決めた語田英梨を除いて。
「殺されて蘇ったなんて、ゾンビみたいですけど。
まあでも、死んで蘇って普通の人間になっても、私はあなたが好きなままでした」
「エリ、お前……いや、ダメだ、戻れ。
家族とか仲間とか、お前は向こうに沢山……」
「嫌です、死んでも離れません」
夢の縛りを抜け出しても、彼女は彼を好きなままだった。
彼女は彼と手を繋ぎ、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
彼の手を引くようにして、新しい世界へと踏み出していく。
「旅は道連れ世は情け。昌徳さんにひとりぼっちで寂しい思いなんて、絶対にさせません」
「……エリ」
「あなたは頑張りました。
皆が助かったのは、あなたのおかげでもあります。
でもきっと、あなたはまだ罪悪感から自分を責めている。
あなたの頑張りと、あなたが掴んだ未来を、あなたが受け入れられるようにしてみせます」
英梨は昌徳の敵だった。最後の敵だった。
英梨は昌徳に兄を殺され、昌徳に自分自身も殺され、守ろうとした世界も壊された。
だが、英梨は最後まで昌徳の最大の理解者で在り続け、最後まで昌徳の選択を全否定せず尊重し続け、相互理解を断ち切ることはしなかった。
彼女は彼のことをよく分かっている。
彼のことを愛している。
放っておいたら、罪悪感のせいで一生幸せにはなれないであろう彼に、未来で幸せになれる可能性を作ってしまう。それが彼女だった。
戦いの最中、英梨は"敵わないなあ"と昌徳に思った。
なのに今は、昌徳が英梨に"敵わないなあ"と思っている。
最後の最後に、エンディングの後に、最強キャラはとうとう負けてしまったらしい。
「絶対に幸せにします。あなたが苦しんだ分の、何十倍も幸せにしてみせますよ」
あの世界で唯一、昌徳の考えを否定しなかった女は。
この世界でも現在唯一、彼の味方であろうとする女だった。
「ありがとな」
彼女に手を引かれて、彼は新しい世界に踏み出していく。
不安はある。だが恐怖はない。踏み出した先の新しい世界を、彼は全く恐れていない。
何があるか分からない世界でも、あの夢の世界に比べれば、きっと良い世界に違いないと、彼は信じているからだ。
あの世界と比べれば、どんな世界でも『夢のような世界』であると思えるからだ。
もう誰も殺さなくても、世界は終わらない。
世界を守るためだけに、人を守るためだけに、生きていくことが許されている。
ただそれだけで、彼にとっては救いのある世界であると言い切れる。
夢から皆が目を覚ました。
彼の悪夢は、ここに終わりを告げたのだ。
世界に鬱フラグが生えると唐突に別の世界からやって来て、その世界の仮面ライダーに協力し鬱ブレイクして去っていく世界の破壊者が居るって、鳴滝って人が言ってた
平成VS昭和のちょっと後