夢の守り人   作:ルシエド

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原作でドレミファッ!?ビートから生まれときめきクルルァイシスで変身するヒロインのホッモーホモホモちゃんに相当するキャラは今作では出ません


承の節

 彼がまだ生きていた頃の話。彼らがまだ文句なしの親友だった頃の話。二人が殺し合う前の話。

 昌徳と国吉は、エグゼイドでもブレイブでもなく、ただ一人の人間として、一つの部屋で別々のことをしながら駄弁っていた。

 昌徳は意外にも、就職後にも時間を見つけて参考書を読んだりするタイプ。

 国吉は適当なゲームで時間を潰しつつ、遊ぶ時と勉強する時を分けるタイプだった。

 

 結果、寝っ転がってギャルゲーをテレビでプレイする国吉と、その横で寝っ転がって参考書を読む昌徳の会話という、何やらヘンテコな光景が出来上がるのだった。

 

「お前、俺様とエリが付き合うの反対だったのか?」

 

 参考書から目を離さずに、昌徳が言う。

 ゲーム画面から目を離さずに、国吉は答えた。

 

「なんでそう思った?」

 

「お前は時々、俺様とエリの絡みを見てる時複雑な顔をするからな。すぐ分かった」

 

「……邪推かもしれんぞ?」

 

「いいや、親友のことで勘違いなんてしないな。何せ俺様だぜ?

 付き合うのに反対だっていうのはまあ俺様適当ぶっこいたが、思うところはあるだろ?」

 

 この時の昌徳は、国吉の心の奥底を理解してはいなかった。

 だがその内心に、苦悩にも似た複雑な感情があることは察していた。

 霧の向こうの怪物を見るように、おぼろげな親友の感情に気付いた昌徳は、苦笑する国吉の返答を待つ。

 

「早く別れねえかなーとは思ってんよ。

 昌徳がギリギリ合格点だから付き合いを許してるが、そうじゃなかったらデンプシーさ」

 

「ひっで」

 

「シスコン兄のくだらない発言だと思って流してくれ。たはは」

 

 早く別れればいいのに、というのも国吉の本心。

 昌徳をいいやつだと思っているのも国吉の本心。

 その二つの本心は両立されている。

 昌徳を親友だと思う気持ちと、昌徳を殺さなければと思う気持ちが両立するのと同じように。

 

「まあ、俺が思うに、"幼馴染が負けフラグ"と言われるのには相応の理由があるんだよな」

 

「ほほー、その心は?」

 

「長い時間一緒に居ても主人公に好きになって貰えなかったヒロイン、が負け幼馴染だろ?」

 

「あー……」

 

「そういう意味では、英梨は負けヒロインではなかったわけだ」

 

 妹がどこぞの男のものになったのが悔しいのか、悔しくないのか。

 妹の愛が報われているのが嬉しいのか、嬉しくないのか。

 国吉の本心は彼の発言から一々推測する以外に、見抜くすべはない。

 参考書がめくられる音と、ゲームのコントローラのボタンを押す音が重なった。

 

「人生っていうゲームはいいもんだ。

 何より自由度が高いのがいい。

 どんなマルチエンド系ゲームも、こんなに多くのEDを実装したゲームはないだろう」

 

 国吉がやっているゲームは女の子を恋愛で攻略するもの。

 女の子の魅力以上に、老若男女問わず魅力的なキャラクター同士の掛け合いと、キャラクター達が作るドラマティックな物語が人気なゲームだ。

 多くの人達が絡み合う魅力を実装したそのゲームは、ある意味人生という名前のゲームに近いものであるとも言える。

 

「俺はどんなEDを迎えるのかね。

 せめてクリア後に見れる一枚絵は、俺と英梨の姿が映ってて欲しいもんだが」

 

「語田国吉にバッドエンドはねえさ。何せルート修正役に俺が居るからな!」

 

「よく言うぜ」

 

 人にはそれぞれの人生があり、人は各々別々の人生というゲームの主人公だ。

 そのくせ、コンテニューはない。

 ギャルゲー等における『ゲームオーバーを回避するためのアドバイスをくれる親友』は、取り返しのつかない失敗を回避するための名脇役であるが、昌徳はそういうものになろうとしていた。

 

 皆それぞれが主人公をやっている、人生というゲームをゲームオーバーで終わらせないための、名脇役。他人の人生を助けられる、他人の人生における脇役になろうとしていた。

 

「ゲームってのはさ、『俺は好き』と『俺も好き』があるわけよ」

 

「前もそんなこと言ってたな、国吉」

 

「『俺は好き』はマイナー名作。

 多数派が面白いとは言わないが、マニアが『俺は好き』と言う作品。

 少数の好きな奴が熱烈に支持するから、レビューサイトの平均点はクソ高い」

 

「ふむ」

 

「『俺も好き』はメジャー名作。

 誰かが好きだと言ったなら、思わず『俺も好き』と便乗しちまう作品。

 大勢の人間が見て、大勢の人間が評価すっから、平均点は下がるが大人気作になる」

 

「ちなみにこのゲームは?」

 

「比較的平均点が高い『俺も好き』ゲーム」

 

 少数に好かれる人間も、多数に好かれる人間も居る。

 少数に好まれる人生も、多数に好まれる人生も在る。

 だが国吉は、人間も人生もゲームも、多くの人に好まれるものより、少数の人間に高く評価されるものの方が好きだった。

 

「俺の人生っていうゲームは、平均点が高い終わり方をして欲しいもんだよ」

 

「俺様はどうなっかねえ。まあ今は未来に出会うかもしれない患者のために復習復習」

 

 自信とは、自分を信じること。

 多くの場合、自信満々な振る舞いは自分のプライドを守るためにある。

 だが昌徳が皆の前でする自信満々な振る舞いは、いつだって他人のためにあった。

 そんな昌徳が、国吉は嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

 そんな国吉を、昌徳は殺してしまった。

 何も知らなかったがために、戦いのルールを理解していなかったがために、止めようとして親友を殺してしまった。

 後悔しないわけがない。

 苦悩しないわけがない。

 絶望しないわけがない。

 だが後悔は意志で、苦悩は覚悟で、絶望は希望で踏破する。

 昌徳は膝を折ってはおらず、心も折れてはいなかった。

 

「そんな顔して、どうしたんです?」

 

「……いや、なんでもない。今日もエリは美人だと思ってな」

 

「やだもーホントのことを!

 今日の晩御飯何食べたいですか? フランス料理のフルコースでも作ってあげますけど?」

 

「いや俺様そういう意図で褒めたわけでは」

 

 けれど、彼の妹を前にすれば、心は痛む。

 

「最近うちの兄さん見てないんですが、何か知りませんか?」

 

「いや、俺様は知らないな」

 

「なーにやってるんでしょうかね」

 

 言わないのか? 君の兄を殺したのは自分だ、と。

 いや、言えない。

 言えるわけがない。

 東海道昌徳は、語田国吉が何故自分を殺そうとしたのかさえ知らないのだ。

 わけもわからず襲われて、わけもわからず殺してしまった。

 そんな返答で、どこの誰が納得する?

 

(……せめて、真実を知らなければ。何も知らない道化のままだ)

 

 昌徳は真実を、自分が彼に殺されかけた理由を知らなければならない。

 でなければどこへも進めない。この心に決着がつけられない。

 国吉の親友を名乗ることも、英梨の恋人であると胸を張って言うこともできやしない。

 

 昌徳は国吉のことを何でも知っていると思っていた。

 だが親友は、彼に殺意を抱くほどの秘密を隠していた。

 それを知ることが、今彼が為すべきことの中で最も重要なことであることは間違いない。

 

「事情は分かりませんけど、私で良ければ相談に乗りますよ?」

 

「大丈夫だ。何せ俺様だからな」

 

「遠慮しなくてもいいのにぃ」

 

「遠慮じゃあない。こいつは、まず俺様が自分で果たさないといけない責任があるだけだ」

 

「そですか。まだ私に頼るタイミングじゃないって感じですねえ」

 

 昌徳は真実を突き止め、英梨に全てを話さなければならない。

 自分が犯した罪も含めた全てを、彼女の兄を殺したことまで全てを明かさねばならない。

 その結果、彼女が自分を離れていくことになったとしても、彼は彼女に全てを話すだろう。

 

 それが成すべきことならば、彼は躊躇わない。彼はそういう男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんなに精神的に追い詰められようが、正道とするべきことを見失わない。それが昌徳だ。

 彼が置かれた状況は控えめに言っても最悪だったが、彼は己が精神状態をおくびにも出さず、今日も病気の子供達と遊びつつ診察を行っていた。

 

「見るがいい、これが俺様のウルティメイト折り紙術。

 右からゴジュラスギガ、ブレードライガー、ストームソーダー、凱龍輝だ」

 

「「「 すっげー! 」」」

 

「欲しい奴は持って行っていいぞ! ああそうだ、リクエストがあればなんでも言え!」

 

「キツネ!」

「ねこ!」

「ガンダムバルバトス!」

「トゲアリトゲナシトゲトゲ!」

「イエロースポッドサイドネックタートル!」

 

「余裕だ! だが五分ほど俺様に時間をくれると嬉しいな!」

 

 子供達のリクエスト全てに完璧に答えつつ、子供達の診察も平行して行う。

 彼ほどに飛び抜けた能力があれば、子供達と遊びながら体の状態を目で見て、脈やリンパ線等に手で触れ、口と耳で子供の状態を聞くだけで、病気の状態を把握することも容易いことだ。

 子供はつまらない問診や診断の途中に逃げ出してしまうことが時折あるというが、この診察は事実上遊んでいるだけであるため、子供には毛の先程のストレスもないはずだ。

 

 彼が子供と遊ぶ過程で把握できないことなど、専門の機械等を使う精密検査でしか分からないことくらいのものだろう。

 

「それ僕がもらうー!」

「わたしのー!」

 

「おい喧嘩すると一個もやらねえぞ。

 だが喧嘩をやめて譲り合いの精神を発揮したいい子には、特別に二個作ってやろう」

 

「「 するするー! 」」

 

 一つの折り紙を取り合って子供が喧嘩したら、二つ三つと作ってやることで仲裁する。

 大人でも感嘆する出来の彼の折り紙は、子供を夢中にさせるには十分だ。

 わいわいがやがやと盛り上がる子供達だが、それを遠巻きに見る小学生の子供が一人。

 昨日昌徳と酒を飲みに行く約束をしていた警察官、仁科理人の一人息子だ。

 大人しい気質の少年は、誰とも喋らず、折り紙にも群がることなく、ふわふわとした様子でぼうっとしていた。

 

 そんな少年の前に、昌徳は折り紙で折った立体の銃を差し出した。

 

「お前のかっこいいお父さんが普段使ってる銃だ。かっこいいだろ?」

 

 少年の父・理人は警察官だ。

 しからば警察官の銃は、この子にとって"父の強さ"の象徴だろう。

 昌徳(いしゃ)が作った紙の玩具でしかないが、少年はそれを大切な宝物のように抱きしめ、大事そうに指で撫でる。

 

「……ありがと」

 

 警察官である父が好きでなければ、こんな反応は見られまい。

 

「お父さん好きか?」

 

「うん、大好き」

 

 言葉少なに、されどまっすぐに子は親への愛を口にする。

 

「お母さんは居ないけど、ぼくのお父さんは他の人のお父さんの二倍優しいから、だから好き」

 

「そっか。君はいい子だから、お父さんも君のこと好きだと思うぞ」

 

「ん」

 

 昌徳は少年の頭を撫で、銃の折り紙をきっかけにして、子供達の輪の中に自然と少年を誘導していった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていって、太陽は地平の彼方に沈む。

 夕暮れの中、昌徳は医者としての勤めを果たし、子供達をあるべき場所へと帰していった。

 

 ある子供は迎えに来た親の下へ返した。

 ある子供は自転車で帰るのを見送った。

 ある子供は入院しているために、病室まで連れて行った。

 ある子供は早帰りの看護婦に何度も頭を下げて、その子供の家まで送ってもらった。

 

 遊び疲れた仁科家の子供をベッドに寝かせ、子供達が遊んだ後の後片付けをしながら、夕焼けを眩しそうに見つめる昌徳。

 その耳には子供の楽しそうな声が、その手には子供の手の暖かさが、まだ確かに残っていた。

 

「……うん」

 

 眠る仁科理人の子の横で、夕陽の残滓を握り潰すように、昌徳は拳を握る。

 

「そうだな。まだ何も分かってないが、一つだけ覚悟は決まった」

 

 患者―――『守るべき人達』であり『救うべき人達』である子供達が、彼に初心を思い出させてくれた。

 

「俺様は最後まで、命を軽んじない医者で在り続けよう」

 

 "守るべき人達を見て覚悟を新たにする"。

 それは誰にでもできることではない、ヒーローの資質だ。

 『正義の味方』という言葉にも見られるように、ヒーローとは自分一人で完結せず、守るべき他人の中に戦う動機を見つけるもの。

 子供達が、彼に戦う強さをくれていた。

 

「やあ、東海道先生」

 

「あ、仁科さん。息子さんはおねむですぜ」

 

「ありがとうございます。

 息子の安心して眠っている顔を見ると、先生のしてくれたことも察せるというものです」

 

 夕陽がほぼ沈んだ夜の時間に、仁科理人がやって来た。

 この時間まで働いて、すぐに病院に向かって息子が眠りにつくまで話し相手になってやるつもりだったのだろう。

 だが息子が遊び疲れて眠ってしまっていたために、徒労に終わってしまったようだ。

 

 彼はわざわざ遠い病院まで足を運んだことが無駄に終わったというのに、苛立ち一つなく、むしろ息子が安らかに眠っていることを喜んでいる。

 親バカと言っていいくらいの子煩悩だった。

 

(銃の折り紙、か)

 

 理人はすやすやと眠る息子が握っていた、紙の拳銃を見る。

 見覚えのある、日本の警察官が装備している標準的な銃だ。

 誰が折ったのか、何故息子が持っているのか、息子が嬉しそうな様子で眠っている理由はなんなのか、察しのいい人間ならその折り紙を見るだけで全てを察することができる。

 理人は横目に昌徳をチラリと見た。

 

 自分の息子に真摯に接してくれる医者に対する、確かな敬意と好意がそこにはあった。

 

「もうこんな時間ですし、仕事終わったら飲みに行きませんか?」

 

 ゆえに、彼が昌徳を酒の席に誘ったのは、自然な流れであったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昌徳が強い酒を好まないのは、『もしもの時』に泥酔して誰かを助けられないのが嫌だから。

 理人が強い酒を好むのは、目を逸らしたい現実があるから。

 だから二人は、並んで座ってジュースのような酒と強い酒をかっ食らう。

 酒の好みは正反対なのに、話は合うし気も合うというちょっとだけへんてこな関係であった。

 

「うむ、つまみは豆が一番だと俺様思うわけですよ」

 

「私は塩が一番だと思いますよ、先生」

 

「仁科さんはもうちょっと健康に気を使ってくれ、塩分とか血圧とかな?」

 

「おやまあこれは手厳しい」

 

 大酒飲みを自殺志願者と見る医者は少なくない。

 昌徳はまだ理解がある方だが、それとなく忠告し、それとなく人間ドックを勧めるのは彼が医者たる証明だろう。

 

「そういえば、語田先生が東海道先生のことを思い詰めた様子で話していましたな」

 

「! な、何か言ってましたか!?」

 

「私が聞いた範囲では……そうですな」

 

 国吉と理人にも病院を通じた面識はあった。"何か"を聞いていてもおかしくはない。

 親友が隠していた真実の手がかりを探している昌徳からすれば、この手がかりは寝耳に水、そして棚からぼた餅だ。

 コップの酒を飲み干して、理人の言葉を一言一句聞き逃さない姿勢へと移る。

 

「語田先生とはとても気が合いました。

 私には息子、あの人には妹。

 たった一人の家族が居て、その家族のためならなんだってできた」

 

「……」

 

 声を出さないよう必死だった。表情を変えないのが限界だった。

 殺してしまった親友と、その家族への愛を話に出されるだけで、胸に剣を突き立てられたような痛みが走る。

 それを耐えてでも、聞かねばならない話があった。

 

「『昌徳は強い。心と精神性が、だ。おそらく誰よりも』」

 

 理人はかつて聞いた国吉の台詞を、そのまま昌徳に伝える。

 

「『迷いはあっても停止はない。

  悲しみはあっても絶望はない。

  敗北はあっても挫折はない。

  あれが本当の意味での最強なんだろうな……羨ましい。ああいう風に、なれたら……』」

 

「国吉……」

 

「私はそこで『嫉妬か? 羨望か? それとも憧憬?』と問いました。

 すると彼はこう答えました。『強いて言うなら、心折だ』と」

 

 昌徳の心が強すぎることが、国吉に憧れ以上の絶望を与えた。

 何故そうなったのか、何も知らない昌徳では想像することさえできない。

 

「『でも頑張るさ。まだ俺はあいつを見極めきれてない気がする』と、彼は締めくくった」

 

「頑張る……見極め……?」

 

 国吉はエグゼイドである昌徳の何かを見極めようとしていた。

 そして殺さなければならない、という判断を下した。

 雲を掴む様な現状に、昌徳は眉をしかめる。

 

「あいつは、なんぇ……」

 

 "あいつはなんであんなことをしたんだ"、と言おうとした。

 ろれつが回らず言えなかった。

 コップが手から滑り落ちる。

 昌徳が自分の手を見てみれば、震える手がまともに動いていなかった。

 酒に酔ったのだろうか、と思い自己診察を始める。

 立ち上がろうとして立てず、椅子から落ちるようにして片膝をついたところで、『これは酒ではない、毒の症状だ』という自己診察の結果が出ていた。

 

「なっ、にっ……?」

 

「人間よりも遥かに強い害獣なら、毒餌を使う。マタギの家系のお前はよく知っているはずだ」

 

「あ、んた……」

 

「致死量を盛ったはずだが、よく死なないな」

 

 理人は昌徳が落としたコップの近くには近寄らない。

 そこには、彼が昌徳に盛った猛毒が仕込まれているからだ。

 

「本当に化物のような肉体の強さだな。東海道昌徳」

 

 理人は片膝をついた昌徳を見下ろす。

 筋骨隆々とした体躯、見下ろす目線、殺意と敵意が滲む無遠慮な口調。

 それら全てが、昌徳に命の危険を感じさせた。

 

 対し理人は、人間なら絶対に死ぬ量の毒を盛ったはずなのに、全く死ぬ気配のない昌徳の強さに心中で驚嘆する。

 昌徳は死ぬどころか、ふらふらと立ち上がり始めていた。

 代謝の一環で徐々に体内で毒を自力中和している、ということなのだろう。

 この化物を殺すには、毒で弱っている今しかない。

 

「な、ぜ」

 

「分からないか? 私は語田国吉の仲間だ。お前を殺す目的を共通する、同志だよ」

 

「―――」

 

「お前を酒の席に誘うようになったのは、私のプランが最初から毒殺であったからだ」

 

 ふらふらと立ち上がる昌徳を、理人は全力で蹴り飛ばす。

 昌徳は咄嗟にガードしたものの、その衝撃で店の床に転がされていた。

 店員も、他の客も、何も反応しない。おそらくは彼らも理人の仕込みなのだ。

 

「最初から、騙して、いたのか……?」

 

「そうだな。お前が私と会う前には、私はお前を殺す役目を認識していた」

 

「……っ」

 

 またふらふらと立ち上がる昌徳に、理人はまたしても蹴りを叩き込む。

 昌徳はきっちりガードし、受け流し、立ったままでダメージの大半を受け流していた。

 

「私には、恩人を憎む理由がある。

 敬意を持った人間に殺意を抱く理由がある。

 子に未来を残してやるために……お前を殺さなければならない」

 

「子に……それは、国吉が言ってたのと同じ理由か!?

 俺様を殺さなきゃ、エリに未来を残せないと、あいつは言っていた!」

 

「そうだ」

 

「そいつは永夢(エム)計画ってやつと何か関係があるのか!?」

 

「……あいつめ、余計なことまで」

 

 永夢計画の名を聞いた瞬間、彼の様子が一変する。

 理人は三人目のライダーへと姿を変え、銃を手にした戦士へとその身を転じさせていた。

 

「もはや問答に意味は無し。仮面ライダースナイプ、推して参る」

 

 酒を飲む場所だったはずのそこが、一瞬にして岩石立ち並ぶ岩場へと変わる。

 スナイプの力で強制的に戦場を変えられて、昌徳は普段通りには動かない手を動かし、必死にエグゼイドへの変身を完了させた。

 

「大人しく殺されてくれ」

 

 変身完了したエグゼイドに、スナイプが光の弾丸を放つ。

 

 エグゼイドは、その弾丸を蝿でも掴むかのように、パシッと掴み取った。

 

「……っ!?」

 

 連射性に優れたハンドガンの引き金を、幾度となく連続で引くスナイプ。

 光の弾丸が四連続で発射され、エグゼイドの手首が凄まじい勢いで動き、手首の動きが止まった頃には指の間に四つの光弾が見事に挟み止められていた。

 何たる絶技か。

 昌徳が銃口の向きから銃弾の軌道を読んでいるとはいえ、これほどの技は見ているだけで怖気が走る。敵対している理人にはなおさらそう思えるだろう。

 

「毒は……毒はどうした!?」

 

「バカ言え……毒がなけりゃ、普段の俺様はこの数倍は強いっての」

 

「化物が!」

 

 連射される光弾をかわし、弾幕など無いも同然にエグゼイドは突き進む。

 "一歩踏み込むだけで、人間は銃弾の軌道から逃れられる"。

 理論上はそうだろう。

 実現するのも理論上は可能かもしれない。

 だが実際に一歩分動くだけで無駄なく銃弾を回避する人間を見ると、小刻みな歩行で銃弾の連射を容易く突破する人間を見ると、そこには恐怖しか感じられない。

 

 弾幕を突破したエグゼイドのハンマーの一撃が、スナイプをゴムボールのように吹っ飛ばしていった。

 

「ぐあっ!」

 

「もうやめてくれ。諦めてくれ。毒を盛ったところで、あんたじゃ俺様には勝てない」

 

「勝つ……勝たねばならないのだ! 私一人のために、ここで私は戦っているんじゃない!」

 

 吹っ飛ばされても立ち上がり、スナイプは繰り返し銃を撃つ。

 エグゼイドはそれを切り払うことも、叩き落とすことも、掴み止めることも、かわすこともできる。ならば当たるはずがない。

 それでも懸命に、彼は銃を撃ち続けた。

 

「守りたいもののために、自分より強い者に挑み勝つ……それが、仮面ライダーだッ!!」

 

 銃をハンドガンモードにして、数十にも及ぶ銃弾を撃つ。

 エグゼイドの剣が一つ残らず切り落とした。

 銃をライフルモードにして、眉間を狙った。

 エグゼイドは首を傾け、最小限の動きで回避する。

 銃にエネルギーを溜め、ハンドガンモードの五十倍の威力の銃弾を放った。

 エグゼイドはハンマーにてそれを叩き落とした。

 

 銃弾をものともせず、ゆっくりと近づいてくる悪魔のようなその姿に、理人は足が竦むほどの恐怖を覚えたが、その恐怖を噛み潰して引き金を引く。

 

「どんなに強い敵が相手でも……

 絶対に諦めない!

 絶対に負けは認めない!

 抗い続ける、最後まで!

 私には守りたいものが在るから―――絶対に、お前に勝つ!」

 

 子を想う親の心は、恐怖なんかに負けやしない。

 

「いい加減戦う理由くらい聞かせろ!」

 

「理由を聞かせてもお前は止まらない! 絶対に! 語田先生はそう判断した!」

 

 エグゼイドが蹴りを出す。

 毒で弱っているエグゼイドのそれを、スナイプは転がるようにして回避した。

 けれどもそれは罠。出した蹴り足が曲がり、スナイプの鳩尾に突き刺さる。

 毒のせいで威力が弱っていたものの、十分に体の深部へとダメージを伝える一撃だった。

 

「づぅっ……!」

 

 スナイプの体は蹴り飛ばされ、戦場に立ち並ぶ岩の一つにぶつかりそうになる。

 蹴り飛ばされながらも彼は瞬時に戦場に干渉し、誰も見当たらない夜の街へと戦場を変えた。

 そうやって岩に衝突するのを回避し、路面に転がった体の体勢を立て直す。

 昌徳は視線を動かし、そこが自分が働いている病院のある街の一角であることに気が付いた。

 

「話を聞かせてくれ仁科さん。医者の名にかけて、軽挙に出ないことは約束する」

 

「その約束は必ず破られる。お前は自覚していないだけの虐殺者だ」

 

 銃を構えるスナイプに、エグゼイドは"まず銃を奪って無力化し、その上で攻撃する意志がないことを示す"ことを決める。

 だがそう決めたエグゼイドの肩に、スナイプのものではない銃弾が一発命中した。

 

「……は?」

 

 スナイプの周りに、銃を手にした青服の男達がずらりと並ぶ。

 その一人一人が、この辺りの治安と人々を守る平和の守護者―――『警察官』であった。

 

「よう仁科」

 

「しょ……署長?」

 

 署長が居た。

 仁科の同期が居た。

 仁科に多くのことを教えた先輩が居た。

 仁科に憧れる後輩が居た。

 全員がスナイプを守るべく立ち、エグゼイドを倒すべく銃を構えていた。

 

「仮面ライダーじゃない奴が、仮面ライダーと一緒に戦っても良い。違うか?」

 

 同期の一人が理人に手を差し伸べ、彼はその手を取り立ち上がった。

 

「いや、違わない。ありがとう」

 

 仲間が居るから強くなれる。

 仲間が居るから立ち上がれる。

 仲間が居るから、諦めない心を持ち続けられる。

 仮面ライダースナイプは踏み出し、ワンアクションで姿を変え、橙混じりの新たなる姿となって飛翔した。

 

「姿が変わった!?」

 

「レベルアップだ……お前には負けん!」

 

 新生スナイプが空中で、脇下に二つのガトリングガンを構える。

 一発一発がハンドガンの銃弾40発分の威力を持ち、毎分5400発という連射力を持つその火砲が、地上のエグゼイドへと放たれた。

 エグゼイドは全て切り落とそうとしたが、銃弾が炸裂弾であったことで切り捨てることを放棄。

 一発ももらわないよう回避に動く。

 

「待て……待ってくれ! これは、警察が動く話なのか!?

 だったらなんでこんな闇討ちみたいな暴力に訴える!?

 身に覚えはないが、それなら話し合いでそっちの言うこと聞くのもやぶさかじゃ……」

 

「お前に逮捕はない。

 お前の存在が報道されることもない。

 お前を裁くのは法ではなく、殺されるべき存在に振るわれる外道の暴力だ!」

 

「外道を名乗るくらいなら、するな!」

 

「外道にならなければ成せないこともある!」

 

 レベルが上がったスナイプはカタログスペックがエグゼイドの1.5倍近くにまでなったというのに、空も飛べるようになり一方的に攻撃できるようになったはずなのに、エグゼイドに対し攻め切れない。勝ち切れない。

 それどころか、エグゼイドがスナイプの居る高さまで跳び上がって来た。

 

「っ」

 

 路面を蹴って跳び、街灯を蹴って跳び、建物の壁を蹴ってスナイプの高さまでやってくる。

 振るわれたエグゼイドの剣は、必死に回避したスナイプの頬をかすった。

 毒の効果がなければ、おそらく直撃していただろうと予測できる剣閃であった。

 

「撃て! 仁科を勝たせて、再来月の息子さんの誕生日を気持ちよく迎えさせてやれ!」

 

 このままではスナイプがやられる。

 そう判断した警察官が、一斉にエグゼイドへと発砲した。

 銃弾が空中のエグゼイドの姿勢を僅かに崩し、警察官が襲い掛かってくるという現状がエグゼイドを狼狽えさせ、スナイプをエグゼイドの魔の手から救うことに成功していた。

 昌徳は警察官の内の一人に叫ぶ。

 

「や、やめてください! なんであいつに協力するんですか!」

 

「……少なくとも俺は、これが警察官の使命だと、信じている!

 邪魔なら俺達も殺せエグゼイド! そうされても文句が言えないことを、俺達はしている!」

 

「殺せるわけないだろ! 俺様は医者だ! 人の命を救うのが仕事だぞ!」

 

 だが警察官は、ここにいる全員が殺すことも殺されることも覚悟の上で、エグゼイドへと銃を向けているようだ。

 

「まだ戻れる! 俺様はこう見えても人の話を聞くタイプだ!

 あんたらも警察官なら、誰かを手に掛ける前に話し合いで踏み留まれ!」

 

「もう遅い。お前があの怪物から守ってきた人々が居るだろう?

 既にここに居ない署員を動かして、その全員を処置してきた。我々の手は既に汚れている」

 

「―――え」

 

「手遅れだ。お前が守ってきた人間は、その全員が既にこの世に居ない」

 

 『話せば分かる』と思っているのは昌徳だけだ。

 『取り返しがつく』と思っているのは昌徳だけだ。

 『誰も死なせないで終わらせよう』と思っているのは昌徳だけだ。

 もうとっくに、事態はどうしようもない局面にまで移行している。

 

 地上に降りたスナイプを守るように警察官が立ち、その警察官を守るようにゲームに出て来るような『怪物達』が現れたことで、昌徳の混乱はピークに達した。

 

「嘘だろ……? なんだよ、それ」

 

 人を脅かす怪物が居ると思っていた。

 怪物がゲームの中でそうするように、罪の無い人間を勝手に殺しているのだと思っていた。

 なのに、彼と相対するのは、人を守ろうとする仮面ライダー。仮面ライダーを守ろうとする警察官。人間を守ろうとする怪物。それらが力を合わせた、一塊の集団だった。

 スナイプが仲間達へと声をかける。

 

「一人では勝てない相手でも……皆が一緒なら! 私が勝てなくても、"私達"なら!」

 

 絶対的な力を持つ一人の敵に、力を合わせて挑まんとする。

 

「覚悟を決めろ!

 私達が何人死んでも!

 奴が死ねば私達の勝ちだ!」

 

 きっと、エグゼイドと敵対しながらも、彼らは人を殺したくなんてないのだろう。

 その叫びには、人を殺したくない――けれど殺さなければならない――自分に言い聞かせるような響きがあった。

 はぁ、とエグゼイドは溜め息を吐く。

 

 腕にぐっと力を入れる。腕の中の毒の効果が和らいだ。

 腹に力を入れ、ふっ、と丹田に気合いを込める。すると全身の毒の効果が和らいだ。

 まだまだ本調子には程遠いが、人を殺したくない奴らに"殺されてやらない"ことも、殺さないように人を制圧することも、きっとできる。それができる自信が彼にはあった。

 

「どうやらお前ら……

 『人を殺しちゃいけません』って、小児科の先生に教わったことないらしいな」

 

 命の価値を語りながら、ゆらりと握った剣を揺らしたエグゼイド。

 そのワンモーションだけで、相対した生物はそのことごとくが死を覚悟する。

 

「お前らにどんな事情があろうと!

 何の罪も無い人間を身勝手に殺した時点で!

 俺様が戦うと決めるには、十分過ぎる理由になるってんだよ!」

 

 スナイプの周りに居た無数の警官が、一斉に銃を発砲した。

 エグゼイドは銃弾の全てを切り払い、真っ二つに両断する。

 両断され二つになった銃弾は半分が地面に転がされ、半分が宙を舞う。

 そして宙を舞う銃弾が剣の腹で弾き飛ばされ、人を殺さない程度の弾丸と化し、その場の警官全ての眉間に命中した。

 衝撃が脳を揺らし、全員が気絶し崩れ落ちる。

 

「なっ―――」

 

 警官を全滅させたら、次は怪物だ。

 陸上選手が走る途中にハードルを飛び越える時のように、いやそれ以上に手軽に怪物を切り捨てながら、エグゼイドは進撃していく。

 剣で切り捨て、鎚で叩き殺す。

 蹴りで首を折り、殴って胸を潰し、突き出した手刀を敵の首に刺す。

 

 生物のようで生物でない、泥を練り上げて作った人形のような手応えが彼の手に残っていた。

 常人には理解できない感覚であるが、人と害獣の違い、人と命なき人形の違いくらいは、手応えだけで理解できるのが昌徳である。

 人間に対する攻撃と違い、怪物に対する攻撃はただひたすらに容赦がなかった。

 

 エグゼイドが警官と怪物を全員無力化するまでの短い時間で、スナイプができたことといえば、空へと飛び上がることくらいのものであった。

 

「負けるか……私一人になっても! 仲間のためにも、絶対にお前は倒す!」

 

「もうやめろ! こっちは一人も殺してない! お前らはきっと何か勘違いして……」

 

 彼が言葉を言い切る前に、スナイプに集中しすぎていたエグゼイドを背後から、駆けつけた別の警察官が羽交い締めにしていた。

 

「やれ、仁科! 俺ごとやれ!」

 

「―――!」

 

「……すまん! お前ごとエグゼイドを殺す俺を、恨んでくれ!」

 

「恨むわけないだろ、仮面ライダースナイプ!」

 

 エグゼイドとスナイプが戦っている間に、エグゼイドが守った人々を殺していた警察官が、心配になってここに来たということなのだろう。

 ただの人間がエグゼイドを捕まえ、スナイプはエグゼイドを仲間ごとマシンガンで蜂の巣にしようとしてる。

 なんという覚悟か。

 なんという冷酷か。

 なんという熱力か。

 その判断は冷酷でありながらも、守るために仲間を殺す心の熱、仲間のために死を選べる心の熱に満ちている。

 

 スナイプが距離を詰めながら、マシンガンを連射してくる。

 エグゼイドは警察官の拘束を振りほどき、その警察官を庇うように立ち、マシンガンの放つ炸裂光弾のことごとくを切り捨てていく。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 炸裂弾を切り捨てれば衝撃が発生し、その防御行動は毒に侵された昌徳の手に少なくないダメージを叩き込んでくる。

 だが、切り捨て損なえばただの人間でしかないこの警察官は死ぬ。

 昌徳に、この警察官を見捨てる気は無かった。

 たとえ、守っているその警察官が自分に対し殴る蹴るなどの妨害を、現在進行形で続けていたとしても。

 

 スナイプは仲間の警察官がエグゼイドの足にしがみついたのを見て、マシンガンと並行して小型ミサイルまでもを発射する。

 

「おおおおおおおおぅらぁっ!!」

 

 マシンガンの光弾を全て切り落とし、全集中力を込めて小型ミサイルに剣を振り下ろす。

 

「もう誰も! 俺様の前で死なせるかってんだよ!」

 

 そして、信管と爆薬を綺麗に切り分け、小型ミサイルから敵の警察官を守ることに成功した。

 

 そこからのエグゼイドの行動は早かった。

 ミサイルの無効化からノータイムで警察官を背負い投げ、路面に叩きつけて気絶させる。

 更には路面に落ちていた拳銃を拾い、スナイプへと投げつけた。

 豪速球もかくやという速度でスナイプに衝突した鉄の塊は、スナイプの胸に表示されたHPをほんの僅かに削る。

 構わず、スナイプは詰めてしまった距離を取りながら引き撃ちしようとするが、エグゼイドの接近速度はスナイプの後退を許さない。

 

「エグゼイドおおおおっ!!!」

 

「スナイプ!」

 

 退がりながら撃つ。ひたすらに撃つ。なのに、距離は縮まるばかり。

 仲間の想いを受け止めて、その想いに応えるために撃つ。

 愛する息子のために撃つ。

 

(せめて……せめて、子供に、未来くらい……!

 子供に未来も残せない男が、父親なんて名乗れるわけがない!)

 

 想いだけで勝てるだなんて、彼も思ってはいない。

 だがそれでも、信じて撃つしかなかった。

 全力を込めて引き金を引くしかなかった。

 すがるような想いで、勝利を目指すしかなかった。

 

 人を撃ち抜ける弾丸も、現実だけは撃ち抜けない。

 弱者なら殺せる弾丸も、絶対強者は殺せない。

 自分を貫こうとする人間が、貫けない絶望という壁にぶち当たった時、現れる結末はその人間の破滅だけだ。

 スナイプの力は、理人の想いは、エグゼイドという壁を越えられずに、砕け散る。

 

 エグゼイドのハンマーが――ゲーム的な表現をするなら、HPを1だけ残す形で――スナイプの急所を強打し、その意識を揺らして、殺さぬままに変身解除へと追い込んでいた。

 

(手加減……そうか、くそっ……!)

 

 そうだ。

 昌徳は最初から、理人とは別のものを見ていた。

 彼はスナイプを殺すことなど望んでおらず、先日のブレイブとの戦いから仮面ライダーのライフを削り切ってしまえば、仮面ライダーが死んでしまうことに気付いていた。

 そのライフが、胸に表示されていることも。

 

 だから何度か攻撃を当てたのだ。

 『この威力の攻撃ならゲージはこのくらい減る』という検証を、エグゼイドは戦闘一回分の時間で検証終了にまで持っていったのである。

 ゆえに、スナイプはライフが0にならないギリギリの加減で、変身解除に足るだけの威力の攻撃を叩き込まれてしまったのだ。

 

「うし、誰も殺さなかったな。俺様頑張った。後でとんこつラーメンでも食って帰るか」

 

 剣でトントンと肩を叩く昌徳には、余裕がある。

 まだ毒の影響も消えていないだろうに、目に見えて余裕がある。

 複数人に囲まれようが、自分のスペックを大きく上回るライダーが相手だろうが、不殺を選べるだけの余裕が彼にはあった。

 

「だけどその前に、話を聞かせてもらいますよ。仁科さん」

 

「……無理だな」

 

「そんな意地を張って――」

 

「もう時間が無い。お前に言える言葉なんて、数えるほどしかないだろう」

 

「――え?」

 

 理人の体がおぼろげになって消えていく。

 周りを見てみれば、いつの間にか警察官達も消えていた。

 あの数の人間を気絶させたのだから、勝手にどこかに行けるはずがない。運べるはずもない。

 つまり―――警察官達はもう、消えてしまったということだ。

 

「な、なんでだ! 苦労して、誰も殺さないようにしたのに!」

 

「負けた奴も消える。死ぬ。それがこの戦いのルールだ」

 

「そんな……!

 なら、こっちに戦いなんて挑むべきじゃなかっただろ!

 そうでなくても、勝てないと判断した時に逃げ出していれば!」

 

 昌徳の言葉に、理人は静かに首を振る。

 

「自分の命よりも大切なものがある。

 他人のために自分の命を懸けられる。

 得る物がなくても、命がけの戦いに本気で挑める。

 だから仮面ライダーに選ばれたんだろう……私も、お前も」

 

 勝てない戦いでも、挑む理由があったのに。勝ちたい理由があったのに―――負けてしまった。

 

「ダメだな。誕生日に3DSを買ってやる約束も……

 病気が治ったら、遊園地に連れて行ってやるという約束も……

 母親が居ない分、ずっと倍愛してやるという約束も……もう、果たせないか……」

 

「仁科さん! 何が起こってるのか分からねえが、病院に運んで検査して手当てする!」

 

 昌徳は理人を背負って、必死に走る。

 病院はここからでも見える距離だ。

 ただのケガなら治せるだろう。彼は優秀な医者なのだから。

 ただのケガなら、治せるだろう。

 

「助けるから! 死ぬな! 病院まで保たせてくれ!」

 

 けれど、理人はもう手遅れで。理人は昌徳に背負われ、彼の背中の暖かさを感じながら、目を閉じる。

 

「お前は、悪の存在で、虐殺者で、破壊者かも知れないが……」

 

 消える。理人の体が消えていく。

 

「……同時に……誰かを守る……仮面ライダーなのかも……しれ……」

 

 彼は最後まで秘密と真実を明かさぬまま、昌徳の背中で泡沫の如く消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室の前に、昌徳は無言で立っている。

 時刻は夜。彼の背中に、もう理人の姿は無い。

 扉を開けて、理人の息子に会って、全てを話すべきなのか?

 そう思うも"仁科理人が何故死んだのか"を説明できない時点で、茶番以下の悲しみ語りにしかならないだろう。

 

 昌徳は、『何が理人を殺したのか』さえ知りはしないのだ。

 

「……」

 

 病室のドアに添えていた手を離し、病室に背を向け、無言でその場を去っていく。

 

 繰り返しだ。

 国吉を殺して、英梨に何も言えなかった時と同じ、繰り返し。

 彼は何も知らないから、何も理解できない。何も救えない。

 死んだ誰かの遺族に満足な説明をすることさえ、できないでいる。

 

「……誰も」

 

 理想と世界は反発し合う。

 どんなに大きな力があっても、無双の戦闘力があっても、彼に救えるものはない。

 真実に至らなければ、その力は人間を救うための礎になどなってはくれないのだ。

 

「誰も、死なせたくなんてないのにっ……!」

 

 今は亡き命を想いながら、彼は真実を知ろうとする。

 

 残酷な真実なら、知らないくらいでいいのに。

 

 

 


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