「エグゼイドを排除せよ」
「出来る限り穏やかに、かつ確実に、一つの揺らぎも産まぬように」
「失敗は許されない」
「人々を守るために、皆の笑顔のために、仮面ライダーはある」
「この世界に生きる人間の自由と平和を守れ」
「私達の
「エグゼイドがこちらの味方にならないと判断したその瞬間に、その首を刎ねろ」
人類の敵、ウイルスから生まれた怪物。
ウイルスとしても怪物としても人を殺そうとするそれらが、街を闊歩する。
確認できるだけでも何人もの人間を殺したその怪物に、襲われていた一般人を逃した後、『エグゼイド』と呼ばれる存在に変身した一人の男が立ち向かっていた。
見据えるは怪物の軍勢、手には武器、目には闘志、胸には熱。
昨晩に雨が降ってぬかるんだ地面を、足が強く踏みしめる。
戦士は高い跳躍力を生かし、走行と跳躍を織り交ぜた高速機動で、怪物の間をすり抜けるように動き武器を振るう。
武器を振るうテンポはキツツキが木を突くそれよりも速く、剣と鎚の二つに適宜変形する武器は反撃の余地すら与えない。
斬って殺し、叩いて飛ばし別の敵にぶつけ、まとめて切り捨てる。
敵の剣を切り落とし、分厚い鎧を叩き壊す。
斬り殺されるか、叩き殺されるか。この武器を前にすれば、二つに一つだ。
究極を意味するEX、救助を意味するAID、二つ合わせてエグゼイド。この名前には、そんな祈りが込められている。
彼の名は
何かがズレたこの世界で、一番にズレている、一番にズレがない人間。
「残念ながら、お前らがもう人を殺すことはねえ」
剣で肩をトントンと戦う様子からは、彼の柄の悪さが伺えた。
「俺様ことエグゼイドが居るからな!
ところで子供受けはいいんだが思春期受けと大人受けの悪いこの一人称どう思う!?」
知らんわ、と言わんばかりに怪物が襲いかかる。
そして一匹残らず打倒され、あっという間に殲滅された。
「うーむまあしばらくはこれでいいか……」
一人称のことなのか、討伐のことなのか。何にせよそこそこ納得は得られたようだ。
変身を解除しエグゼイドでなくなった昌徳に、彼と同年代の二十代男性が話しかけてきた。
「お疲れさん」
「国吉か」
「微糖と無糖のコーヒーどっちがいい?」
「俺様ぁ無糖しか飲まねえ。知ってんだろ」
昌徳の幼稚園時代からの幼馴染であり親友である。
更にはある大病院の小児科医である昌徳の同僚で、その病院の外科医であり、エグゼイドとして戦う彼の良き理解者であった。
小学生時代はコロコロの昌徳、ボンボンの国吉という二つ名で呼ばれていたとは本人談。
「しっかし、お前の戦闘力はヤバいな……」
「マタギの子だからな。
昔やってた熊や猪を素手か簡単な武器で狩ってた時のノリさ。
害獣はさっさと狩って数減らして地面に埋めるに限る。農作物に被害出るからな」
「……マタギってサイヤ人の別名だったっけ……」
マタギの一族泉家の分家に生まれた突然変異体・東海道昌徳は走ればマウンテンバイクを追い越し、殴れば木をへし折って、気合いを入れれば止まった車をウィリーさせられる。
ひと跳びすれば三階にまで侵入が可能で、対生物の戦闘経験はそろそろ四桁に突入しようという勢いだ。
人間の腹を開いた数より、熊の腹を開いた数の方が多い医者。
生かして返した害獣はおらず、死なせて返した患者も居ない。そんな医者だ。
国吉はあっという間に片付けられた怪物達にちらりと目をやり、今日も害獣退治のノリで殲滅していた昌徳の余裕っぷりに戦慄し、苦笑する。
「医療も戦闘も常勝無敗。国吉が心配するこたあねえのさ」
「自信満々だな、お前はいつもそうだが」
「自信満々で絶対に失敗しない奴が、一番医者としては頼りがいがあんだろ!」
「うわーすっげえ理論」
「俺様は基本無敗よ。絶対に患者を助ける医者そのものが
「偉そうな理想論のクセに実現してるから腹立つなこの野郎……」
事実、昌徳が医師としてミスをしたことはなく、昌徳が助けられなかった患者は居ない。
昌徳は現在小児科医だが、他の専科も問題なくこなせるだけの能力と免許も持っていた。
「診療、教育、研究。
大学病院の三つの柱であり、矛盾の塊って言われるやつがあるよな。
新人の教育とか研究とかしてねえで患者に最高の医療を受けさせろってやつ。
パッと見もっともらしく見えるその主張もそうだが、医療には矛盾が多すぎる」
「まあ……そうだな。昌徳が嫌いそうな矛盾だ」
「例えば近年、遺族が医者を罵倒するなどして与えるストレスが問題になってるよな。
医者だって精一杯やってんだから文句言うな、っていう擁護意見。
医者なんだから素直に受け止めろ、メンタル弱すぎだろ、っていう否定意見。
遺族は家族を失った悲しみの底に居るんだから大目に見ろよ、っていう擁護意見。
遺族だからってなんでも言っていいわけじゃねえしそんな権利ねえよ、っていう否定意見」
「あるある、他にも色々」
「だが俺様が最高の医師として君臨し、全ての患者を治せるようになったなら……?
老衰以外のことごとくを直し、患者の家族も文句言えなくなったなら、どうする……?」
「どうする、ってなんだよ」
「どう思うかって聞いてんのさ」
「んーとね、バカだと思うかな。
なんのために医師ごとに専門分野に分けて仕事分担してると思ってんだ」
「ぬあっ」
「医者ってのはチームで患者を救うもんだぞ、普通は」
医師としての能力は間違いなくある。戦闘者としての能力も間違いなくある。
だがどこか世間ズレしていて、患者が理想に思う医者とかけ離れている。
極めて高い能力を持ち、一人きりでなんでもかんでもやろうとする昌徳は、"優秀な医者"ではあっても、"理想的な医者"とは言い難かった。
「物腰丁寧な人の方が安心感を与えられる患者さんも居るんじゃないですか?」
「お、エリも来たのか」
「子供相手なら昌徳さんみたいにガキ大将風の性格の人の方がいいかもですけどねー」
男二人でまったり話していると、やがて二人より少し年下に見える女性が現れた。
短く切り揃えられた髪、女性らしい体つき、優しそうな印象を与える垂れ目。
分かりやすく『美人』な女性であった。
彼女の名は
語田国吉の妹であり、国吉同様昌徳の幼馴染でもある女性だ。
そして、昌徳の恋人でもある。
そんな彼女の『ガキ大将』という指摘は、俺様気質の彼にも多少効いたらしい。
「ガキ大将……俺様の性格ガキ大将……」
「紛れもなくガキ大将ですよ。
昔から今日までずっとガキ大将です。
でもあなたの性格のそういうところ、正直好きです」
「エリ!」
「昌徳さん!」
どちらからともなく、抱きしめ合う二人。
愛し合っているのは分かるが、真っ昼間から天下の往来ですることだろうか。
国吉は親友と妹がバカップルをやっているのを見て、複雑そうな呆れ顔を浮かべる。
「バカップルを見てると徐々に頭彼岸島になるという噂は本当だったか……」
エグゼイドである男。
その親友である兄。
その恋人である妹。
三人はそんな関係だった。
男二人は英梨と別れて病院前まで戻る。
ゴリラみたいな顔になりやがれ、面倒臭い奴だなお前、なんでそんな直情的に生きてるんだ、最高の医師だとは思うがもうちょっとどうにかなんだろ、いいやつなのは知ってるが親友やってると疲れるんだよ……と長々+色々と言いたかったことを、頭文字だけ取って圧縮して、国吉は親友に叩きつけた。
「ごめんなさい」
「謝ればいいんだ、国吉。
俺様とお前の付き合いだからな、謝れば何でも許してやれる。
仕事がまだあるからという理由で俺様とエリの逢瀬を邪魔したことも許す」
「俺が間違ってると思うか?
イチャイチャしてないで仕事しろって言う俺は間違ってるか?」
「いや、何も間違っていない。お前が言うことは俺様の言うことより大体正しいからな」
バカップルとしか言いようがない愛を英梨に向けていた昌徳も、国吉に言われればすぐに仕事に戻ろうとしている。
そこからも、この二人の関係性は見て取れた。
「ところで、うちの妹のどこがそんなに良いんだ?」
「可愛い。優しい。頭いい。おっぱいが大きい。
愛する理由なんてフィーリングでもいいんだし別に長々語る必要なんてないだろ」
「とことん無駄を削ぎ落とした愛の理由……!」
おっぱいが大きい美人というだけで大きなプラス要素だが、それがなくともこの男は英梨を愛していただろうということは、なんとなく雰囲気からも感じ取れる。
「何も考えることなく、何も迷うことなく、好きだと言える。愛していると言える。
それは望んでも得られないものであるがゆえに、幸福なことであると俺様は思うのだ」
「……俺も一度は
自分とは違うものを見ている人間に抱く、特別な尊敬や友情というものはある。
「語田先生ー! 東海道先生ー! ちーっす!」
「数多君じゃないか。今日も元気だな」
小児科で東海道昌徳が受け持っている患者の一人である。
薬を飲んでいれば健康な子供と変わらないが、薬が切れると血液内部の成分を自分の力で調整できなくなり、最悪死んでしまうという病気を抱えている。
そのくせ、小学生男子らしいエロガキであった。
「手に柔らかいと書いて『揉』……
東海道先生、突然ですが先生の恋人の英梨さんのおっぱいは柔らかいですか」
「教えんぞ。恋人の個人情報を守るのも俺様の恋人としての勤めだ」
「ちぇー」
病人とは思えない元気さで、数多は手にした傘をぶん回す。
どうやら雨を予想して持って来た傘を玩具にしているようだ。
数多がぶん回した傘が『Y』の字状にひっくり返る。
「傘裏返し! どうよ先生、おれが見つけたこのウラワザ!」
「うっわ懐かし」
「雨降ってる時にこれやると雨水溜まるんだぜー!」
口には出さないが、東海道昌徳曰く。小学生男子とは、地球で最もバカな生き物である。
「次の誕生日にさー、おれマウンテンバイク買ってもらうって話したじゃん?」
「いやだからママチャリにしとけって。
こいつは俺様の経験に基づいた的確なアドバイスだぞ?
ちょっとカッコイイだけでカゴも付いてなかったじゃねえかお前が買おうとしてたやつ」
「やだよだせーじゃん、おれはマウンテンバイクがいいの」
「何故小学生はマウンテンバイク大好きなんだろうな……覚えあるけどよ……」
傘は剣であり武器。自転車はマウンテンバイクがカッコイイ。モンスターはメタル系が好き。数多はそういう、かなり標準的なタイプの小学生男子であった。
まあつまり、まだまだおバカの類であるということだ。
「んじゃおれ帰っから! 先生達もまた明日なー!」
「気を付けて帰りなよ」
「俺様の患者は俺様が死なせないからな! 遊びでも思う存分暴れ回ってこいよ!」
国吉は患者の健康を気遣い、昌徳は患者に日々を思いっきり楽しめと言った。
医者として正しい対応は前者だろう。されど患者に好かれるのは後者。そういうものだ。
走って病院の敷地を出ていった数多と入れ違いに、今度はサングラスのガタイのいい男が敷地に入っていく。
「おや、数多君は今日も元気ですなあ。
どうも、東海道先生、語田先生。うちの息子の見舞いに来ました」
「これはこれは仁科さん。お子さんは今日もお父さんの見舞いを待ってますよ」
現役の警官であり、昌徳の患者の一人である子供の父親だ。
息子がこの病院に入院しており、毎日愛息子のために見舞いに訪れ、息子と何時間も一緒の時間を過ごしていくほどの愛深い父親であった。
"この病院に見舞いに来る頻度が間違いなくNo.1な人"と国吉が断言するほどの男である。
昌徳も身長は180弱あるが、身長190を超える理人は筋肉もあって更に巨躯に見える。
ちなみに国吉は169cm。『ギリギリ170ない』という日本人男性の多くが抱える苦しみを背負っているため、この二人と並んでいると肩身が狭いようだ。
妹の英梨は150半ば、小学生男子の数多は150ジャストであるので、あの二人がここに居ればあるいは身長劣等感も緩和されていたかもしれないが、あいにく二人共帰宅してしまっている。
「東海道先生、また飲みに行きましょうや」
「お、いいっすねー。仁科さんの知ってる店は酒が美味くて困る」
「うちの息子の面倒を見て貰ってますからな。
今度の店は、細切りにしたローストビーフの外側だけカリッカリにしたみたいなツマミが……」
「昌徳、仁科さん。病院前でそういう話は控えてください」
昌徳はジュースの延長のような酒を好み、深酔いしすぎるのはいけないと思うタイプ。
理人はガツンと腹や食堂にクる酒を好み、ジュースのような酒を"酔う前に腹が一杯になる"とあまり好まないタイプ。
それでも一緒に酒を飲みに行っているということは、気兼ねなく・楽しく一緒に酒を飲めるくらいには、気が合うということなのだろう。
酒は空気の味を楽しむとも言われる。
こいつと飲むと酒が不味くなる、と言う人も居る。
損得抜きで酒飲みに誘うのは、あらゆる立場やしがらみを排除して考えた時、その人間を好ましい人物だと思っているということなのだ。
「ではまた、後日の夜に」
息子に会いに病院の中へと消えた理人の足取りは軽い。
父親のためにもその息子をちゃんと助けてあげないと、と医者が自然に思えるような、そんな『いい人』な父親であった。
「……お前は患者にも、患者の家族にも、結構慕われてるな」
「最短で、最高の形で、必ず治す。そんな医者は好かれて当然だぜ、ふはははは」
「患者を救えるのは嬉しいか?」
「嬉しいさ! 死ぬのは悲しい、救われるのは嬉しい!
そう思えたからこそエグゼイドとして戦ってるようなもんだ!」
「そうけ」
一人で怪物と戦う日々も苦にしない。
目の前の人間を救うことに躊躇いがない。
自分の休日・休憩時間・体力的及び精神的余裕をいくら削られようとも、"人を救うためなら"と愚痴一つ吐きもしない。不満を持つことさえない。
この男はただシンプルに、強く優しい者だった。
「昌徳は真っ直ぐだな。きっと何を言っても、お前のその部分は変わらないんだろう」
「んなこと言ってよ、お前も俺様のそういうとこ好きだろ?
待て、みなまで言うな、答えられるまでもなく分かってる。
何故なら俺様もお前のそういうところが好きだからだ。これからも頼むぜ、親友」
「あはは」
昌徳がニカッと笑って、国吉の肩を叩く。
国吉は複雑そうな顔で、けれども悪い気分ではなさそうな顔で苦笑する。
二人は病院の中庭を歩いて、目についた患者の様子を見つつ移動を続ける。
「せんせー」
「おお、桜ちゃんか。どうした?」
「変な夢を見て、こわくて」
「おお、よしよし」
昌徳が小さな女の子の頭を撫でる。
髪や頭に触れられることを好ましく思う子供も、それを嫌がる一定の年齢というものも、確かに存在するものだ。
目の前の子供の頭を撫でるべきかそうでないかを判断する能力は、この年頃の子供を扱う小児科医に備わっていると、色んな場面で役立つものである。
桜という少女は、頭を撫でられくすぐったそうにする度に、不安そうだった表情を笑顔へと変えていった。
「大丈夫だぞ、先生が居る限り安心だからな。
怖くない、怖くない。
俺様は高校時代も喧嘩で無敗だったからな、ゴジラだっておばけだって倒せるさ」
「ほんと?」
「ああ、君はちゃんと守るとも。何からも、誰からも」
老若男女問わず守る男が居る。
そんな男の自信満々な振る舞いに、子供を見る真っ直ぐな視線に、"この人が守ってくれる"という淡い想いに、少女は頬を染めた。
年上のお兄さんに向けられる、とても幼い女の子の、とても幼い恋心であった。
「わたし、せんせーのお嫁さんになる」
「おう、そう言ってくれるのは嬉しいな。
でも桜ちゃんが美人になる頃には俺様は結婚してるだろうからな。
桜ちゃんは俺様より強くてかっこよくて優しくて頭が良い男を捕まえな」
「えー、待ってててよー」
小さな手で、女の子がぽかぽかと昌徳の足を叩く。
痛くも痒くもなかったが、昌徳は彼女の遊びに乗るようにして、逃げる真似をする。
少女も彼にじゃれつくようにして、彼を追いかけぽかぽか叩きに行った。
「待てー!」
「待たん待たん。何せ俺様は、大学時代50m走6秒を切った男だからな、はっはっは!」
子供に追いつける速さで逃げ回る医者に、楽しそうにその後を追う女の子。
女の子が転ばないように時々振り返る昌徳。
案の定体が倒れ始めていたのが見えたので、振り返って少女が転ばないようその体を支える。
「危ないな、気をつけ――」
昌徳が支えた体から、ずりっ、と少女の首が落ちた。
「――え」
ぼとりと首が地面に落ちる。
落ちた首の、口の部分が地面に衝突し、その衝撃で歯が抜け歯が折れ飛び散っていた。
切断された首の断面が地面に当たって、赤黒い丸を地面に描く。
飛び散った歯、飛び散った血、落下の衝撃で擦り切れた顔の皮膚、流れる首の血。
落ちた首を凝視する昌徳の手に、生暖かい感覚が現れる。
その感覚で正気に戻った昌徳は、自分が桜という少女の体を抱えていたことと、その首の切断面から血が吹き出していることに、そこでようやく気付くことができた。
「……お前の前にまで、これが現れてしまうなんてな。事態は逼迫してるのかもしれん」
誰が少女の首を刎ねたのか?
その答えは、声がする方向に昌徳が首を向ければすぐに分かった。
水色の剣士。どこかエグゼイドに似た衣装の何かが、そこに居た。
それは国吉と同じ声をしていて、血に濡れた剣を手に持っている。
国吉の姿がどこにも見当たらないことからも、その剣士の正体が国吉であることは、疑いようのない事実であった。
「お、まえ……国吉、その姿は……」
「仮面ライダーブレイブ。『エグゼイドの次』だ」
ステージセレクト、と彼が呟くと、病院の風景が荒れ地のそれへと変わる。
エグゼイドも持つ戦場を移す力である。邪魔者など誰も居ない戦場へと、
「お前は何も悪くない。が、死んでくれ」
生身の昌徳に、変身した国吉が斬りかかる。
動揺から動きにキレが無い昌徳とは対照的に、国吉には本気の殺意が見える。
一撃一撃が急所を狙うブレイブの剣閃を、数十度に渡って昌徳は余裕をもってかわし続ける。
そして回避を継続しながら、親友であるはずの男に呼びかけ続けた。
「洗脳でもされてるのか!? お前、なんで突然急にこんな……」
「これが、本当の俺だ! 昌徳!
お前は生きているべきじゃない! 俺達の味方になる可能性もない! ここで死んでくれ!」
剣を回避しつつ、剣を振るブレイブの手首を蹴る昌徳。
彼の目は剣閃の全てを見切っているがゆえに、手首を蹴って剣閃を逸らせば体捌きのみで全ての攻撃を回避できる。
「俺にも英梨にも、両親は居ない……
俺の家族は英梨だけだ……英梨だけは絶対に守る。お前から守ってみせる!」
「エリ!? なんでそこでエリの名前だの守るだの……わけわっかんねえ!」
鬼気迫るブレイブの剣捌きは、剣に備わった炎と氷を放出する力も相まって、どんな強い相手にも小さな傷一つ付ける程度なら難しくない。
生身の昌徳相手なら、剣がかするだけでも、炎や氷が僅かに触れるだけでも致命傷になる。
されど当たらない。
(当たらない……!)
何かがバグったゲームキャラのごとく、人間離れした動きを繰り返す昌徳には、いくら攻撃を繰り返しても当たらない。
ブレイブの剣に力が溜まり、剣から氷の範囲攻撃が放たれた。
しかし昌徳は地面を抉るようにして蹴って後方に跳び、跳んでいる最中に更に地面を蹴って跳ぶことでその範囲攻撃すらも回避した。
これもまた、『二段ジャンプ』と言えるのかもしれない。
「理由くらい言えよ……言ってくれよ……なあ、国吉!」
「言ったところで何になる! 何も変わらない! 何も改善しない!
お前が覚悟を決めるだけだ! 何も知らないお前の方が、迷ってる分倒しやすいんだ!」
真実を全て隠すでもなく、全て明かすでもなく、嘘はつかずに真実を匂わせることで迷いを誘い強さを削ぐ戦略。
強くはあるが優しくもあるために、彼は国吉と戦うことに躊躇いを持っている。
だから普段と比べれば弱い。
普段と比べれば弱いのに、生身であるのに、仕留めきれないこの強さは何かがおかしい。
熊と狩人。
狩られるのはどちらか? どちらが餌に変わるのか? それが定かでない狩りもある。
紙一重で剣閃を回避して、昌徳もエグゼイドへと変身した。
「何が何やら分からんが、受けて立つ。話は後で聞かせてもらうぞ!」
エグゼイドが変身を終え、剣を振るう。
その一撃を受け止めた、ただそれだけで、ブレイブが手にしていた剣はその手から弾かれてしまった。
絶対的に腕力と握力に差があるがゆえに、覆し難い実力の差があるがために、剣の一撃を受け止めることも受け流すことも出来ない。
たった一合で、国吉は力の差を思い知らされる。
そして国吉が剣を弾かれたという状況を把握するために使った一瞬で、エグゼイドはハンマーに変形させた武器を五度振るう。
両手両足、そして眉間。
五ヶ所を強打し、ブレイブに強烈なダメージを叩き込んでいた。
「がっ……!」
剣と鎚に変形する武器、つまり斬撃と打撃を使い分けられる武器の特性を最大限に活かした、『殺さないための攻撃』であった。
ブレイブの両手足を封じてから無防備な頭部を打って気絶を狙う、という理想的な気絶狙いの連撃であったが、ブレイブは仮面の下で歯を食いしばってそれに耐えた。
親友の仮面を被って、確かめようとしたことがあった。
戦士の仮面を被って、殺さなければならない親友が居た。
仮面を被ってでも、隠さなければならない気持ちがあった。
語田国吉は激情を口にする。
「死ねない、死ねない……まだ死ねない死ねない死ねない死ねないッ!!」
剣を失った手で殴り掛かるも、それで倒せるエグゼイドではない。
「お前だけは絶対に殺す! この命に代えても! 妹に、せめて未来だけでも残す!」
「……」
「
「……
「―――っ」
ブレイブの空気が変わる。
ただそれだけでエグゼイドはそれが『失言』であったと理解し、遮二無二襲い掛かってきた国吉を見て、理解を確信に至らせた。
失言がブレイブを無防備に踏み込ませ、命を懸けた捨て身の攻撃を実行させる。
我を忘れて防御さえおろそかにしてしまったブレイブに、エグゼイドの迎撃の打撃が叩き込まれてしまう。
そして、何も知らないエグゼイドの前で、ブレイブのライフゲージが尽きた。
「なんだ、これ?」
「『ライフ』が尽きたら死ぬ。仮面ライダーの力は、そういう仕様だ」
「死……? 仕様……仮面ライダーの……?」
「俺とお前の力は同じで、俺達は仮面ライダーで、だが、お前は……お前だけは……!」
「お前、死ぬのか!? 待て死ぬな! なんとかならないのか!?」
攻撃"してしまって"から、血相を変えたエグゼイドが死の確定したブレイブに駆け寄る。
親友を助けようと手を伸ばす。
だが昌徳が伸ばした手を、叫ぶ国吉は力任せに払いのける。
「お前だけが、仮面ライダーじゃない……人間の自由と平和を、お前だけが守っていない!」
「違う、エグゼイドとして医者として、この手で守ろうとして―――」
「違わない!」
自分の判断と国吉の判断なら、国吉の判断の方が正しい。
それは、昌徳自身が口にしていたことだ。
昌徳は反論したい気持ちをぐっと堪え、親友へと問いかける。
「聞かせてくれ。俺様は、何を間違えた?」
「この世界に生まれて来たことだ。そして今ここに存在していることだ」
返って来たのは、全否定の回答で。
「自殺はするなよ、無自覚な虐殺者。……必ず、俺達に、殺されろ。それまで、待て」
死ぬな、殺す、と矛盾するような二つの言葉を残して。
「すまない、英梨……兄さんは……役立たずで、弱かった……」
最後の最後まで家族を想って、家族の未来を心配して、家族に謝りながら彼は消えていった。
「……国、吉……」
親友の死に、親友との想い出が胸中に蘇る。
一緒に泥まみれになった幼稚園の頃。
カブトムシを捕まえて一緒に飼った想い出があった。
一緒に走り回った小学生の頃。
ガリガリ君を食べて夏を過ごした二人の想い出があった。
一緒に青春を謳歌した中学生の頃。
同じ学校に行くために勉強会で勉強を教えあった想い出があった。
一緒に通学の電車に揺られた高校生の頃。
同じ女性に恋をして、順番にフラれた想い出があった。
医者になるため積み上げ始めた大学生の頃。
力を合わせて命のために頑張ろうと決めた想い出があった。
想い出が蘇る度に、昌徳の視界の中で親友の残滓は霞と消えていく。
「……なんでだ? なんで……」
呆然とする昌徳を置いて、風景が病院のそれに戻る。
と、同時に彼のポケットの中で携帯電話が震えていた。
靄がかかったような思考で手に取って画面を見てみれば、表示されるのは恋人の名前。
つまり、今昌徳が殺した男の妹の名前が表示されていた。
「……」
電話に出て、ちゃんと話せるのか。今まで通り話せるのか。
国吉のことを話すべきなのか、話していいのか、話してはならないのか。
正しい判断を下すための材料は何一つとして存在せず、唇を噛む昌徳は携帯電話を睨み、泣きそうな顔でうつむくだけだった。