「ウ、ウソデショ……」
ここは帝国の有名な娯楽街の中にあるカジノの施設内。その小さなつぶやきは周りが雑音で騒がしいながらもしっかりと耳に届いた。それを聞いて、ある者はその人物から目をそらし、ある者はその人物をゴミのような目で見た。
いつもは活発で元気な彼女なのだが、今は見る影もない。棒立ちで顔面蒼白、この世の終わりが来てしまったような表情をしていた。
なぜそうなってしまったのか、というのはここがカジノという時点でほとんどの人は察するだろう。
彼女はそう、負けてしまった。賭けに負けてしまったのだ。
繰り返すようだがここはカジノ。勝者がいれば敗者がいるのはいたって普通のことなのだが、ここまで見事にテンプレみたいな負け方をした人物を見たのは初めてだった。
この空気をどうにかしなければならない。それは分かっているのだ。だけど彼女にどんな言葉をかければよいのか俺にはわからない。隣にいる自分と同じ境遇にいる幼馴染に助けを求めてみるが、そっと祈るように目を閉じただけだった。
「ド、ドウシテコウナッタ……」
手首に巻かれている電子的なブレスレッドに映し出されている0という数字を見ながら彼女が再び口を開いた。いや、本当にどうしてこうなった。
話は1時間前まで遡る。
▼▼▼▼
エレナがこの場を去り生徒達のざわめきもなくなった後、俺たちは先生たちの指示に従ってホテルまで移動した。そんなに時間はかからず、歩いて約10分で着いた。
見たときはみんな驚いただろう。なぜならそこにはよくある御伽話の中で出てくるような見事な城が立っていたのだから。
もちろん聖都の城よりは明らかに小さいものの、俺たちが驚くには十分だった。
中に入るとそこにはホテルっぽく受付があるのだが、俺たちが思っているようなホテルはそこまで。
受けつけのすぐ後ろにはまるで舞踏会でも行われていそうなロビーと、高価そうなカーペットが敷かれている大きな階段が佇んでいる。
誰もが想像していたような城の内部がそこにはあった。
ちなみにだが、聖都の城は見た目は御伽噺のそれだが、中は近代的な設備ばっかで正直他のビルの中を綺麗にした感じだ。へーやっぱ国のお金で建てられているものは違うぜーとしか思わない。
さてホテルの感想はさておき、俺たちは中に入ったあとすぐに部屋分けを指示されたので、10分後に今いる場所で落ち合おうということでそれぞれの部屋へ向かった。
今回は二人または三人部屋なのだが、俺は二人部屋配属で相方はコウタだった。ちなみにリアとシズもお互い同じ部屋らしく何かエレナ的なものが働いていると感じたのだが、とりあえず問題は特にはないので考えないことにした。
そして荷物を置いて少し休んだ後、時間になったので集合場所に向かった。
ホテルは貸し切りらしく一般客はいなかったのだが、みんなやっぱりこのホテルの内装に興奮しているのか、ほとんどの生徒が部屋の外に出てそれぞれの感想を話していた。
俺たちもその生徒の一部で、いつもよりもテンション高めで話していたと思う。
集合場所に着くと、そこには俺とコウタ以外のメンバー、リアとシズ、それにゴリとソラもすでに集まっていた。
全員集まったのを確認した後、どこに行くか少し議論になり、「カジノに行きたい!」というリアの強い要望により俺たちはホテルのすぐ横のカジノへ向かった。
「うわぁ!」
カジノに入った瞬間リアがそんな驚いたような声を出していたがそれもそのはず。騒がしいけれど緊張感があるそんな初めて感じる雰囲気の中で、多くの人が知っているものから見たことがないものまで様々な種類のギャンブルをしているのだ。正直に言うととても圧倒された。
これまでカジノは漫画やドラマなどで知っていたが、実際に自分で来てみるとカジノの印象は全く違うものになっていた。
「ようこそおいでくださいました。聖都代表の皆様」
入り口で立ち尽くしている俺たちを我に返したのは、スーツに身を包み、しっかりと髪を整えていてこの場の雰囲気にうまくなじんでいる50代くらいの男性だった。
「は、はい」
一番その男性の近くにいたシズが少し声が裏返ったような声で返事そ返す。
「そう緊張なさらないでください。言い遅れましたが、私はこのカジノの支配人、ルート・カキュラスと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「いえ、ご丁寧にありがとうございます。私はシズ・アルノールといいます」
シズに続いてそれぞれが軽い自己紹介をすると、カキュラスさんは優しく笑いながら俺たちの顔を一度見渡してから口を開いた。
「良い生徒さんたちで安心しました。話は聞いておりますので是非楽しんでいってください」
「ありがとうございます。では早速「その前に」
言葉を遮られたシズはつい怪訝な顔でカキュラスさんを見る。そんな顔を向け垂れているカキュラスさんは申し訳なさそうにしながら話の続きを始めた。
「よろしければ少し豪華な格好で観光してみませんか?」
俺たちは一斉に首をかしげた。
「帝都のここら辺の階層は一番華やかな観光地でして、制服もよいのですがドレスやスーツといった服の方がよりこの階層の雰囲気に溶け込むことができて楽しんで頂けるかと。勿論、服の方は無料でお貸しいたします」
シズは少し悩んだ後に、「では、せっかくなので」と返事をすると俺たちに同意を求めてきた。俺は勿論、他のみんなも乗り気なようで反対意見はなかった。
こういうところに来たのだから形から入るのも悪くはない。
そういうことで俺たちはそれぞれの更衣室で自分の着る服を選び、着替えることにした。
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「俺が一番か」
スーツに着替えた俺は更衣室から出てロビーに戻っていた。着馴れていない黒のスーツ姿は妙に緊張するが、カキュラスさんの言う通り場の雰囲気には馴染めている感じがした。
「おーい」
待つこと3分、後ろから聞きなれた声がしたので振り向くと……そこには美女がいた。
深紅の胸元を強調するようなドレスに身を包み、元の顔の良さを引き出す化粧、そして極めつけの彼女に似合う少し派手目の髪飾り。その全てがリアの可愛さを存分に引き出していた。
「あれ、まだリョウしかいないの?」
「あ、ああ。まだ俺しか来てないな」
一瞬見とれて返事が遅れてしまう、それほどまでにリアは可愛かった。いつもよりも多めの視線がそのことを証明している。
そんな中で当の本人は周りの目も気にせずにカジノの風景に目を輝かせながらはしゃいでいた。
「ねえねえ!みんなが来るまでさ、少しここら辺を見てみようよ」
そのセリフに中身はいつも通りなことを確認できた俺は少し安心しながら、少し考える素振りをした後、そうだなと返事を返すのであった。
そして数分後、冒頭のような状況になるとは知らずに
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「リョウ、あなたがついていながら……なぜこんなことに?」
「いや、本当に面目ない」
シズの強めの口調に俺はそれとは正反対のいつもより弱めの口調で返事をする。
「謝罪はもういいから早く説明してくれ」
「お、おう」
コウタの追撃に心が折れた俺は簡単にまとめながら、みんなを待っている間のことを話し始めた。
リアがスロットで大当たりを連続で出したこと、そのあとにポーカーに行きそのポイントを更に増やそうとして負けたこと、そしてもう一回、もう一回、次でラスト、なんて言っているうちに気が付いたらもうポイントがゼロになっていたこと……
「なんでお前はリアさんがそうなる前に止めなかったんだ!」
「いや、本当にスロットで大儲けしてそう簡単になくなるわけないと思ってたというか、ポーカーでも惜しいときがあったし次は勝てるんじゃないかと思っちゃったりして……」
「この二人にギャンブルはやらせちゃダメね。ついでにソシャゲの課金も」
「はぁ……全く、これからだというのに」
ゴリとシズの呆れた視線が更に俺の心を抉っていった。いやほんとにごめんなさい。
「おい、リアもいつまでへこんでんだ!早く立ち直ってこれからのことを少しでも考えろ」
「う、うん」
弱々しく立ち上がるリアには、さっきまでの人々を魅了する可愛さはなくなっていた。
まるで大富豪から大貧民になってしまったお嬢様みたいだ……。
「とにかく、余裕がないうちはカジノはやめましょう。さっきカキュラスさんに聞いたのですが、安定してポイントを増やすにはアルバイトがいいそうです。大会の関係でそう長い時間拘束されないらしいですし、何より仕事しながら観光もできるものが多いそうですよ」
確かにそれが一番良さそうだな。本当にそう思う……。
そのアルバイト募集の掲示板は街に多く張り出されているようなので、観光ついでに良いアルバイトがあったらそこでポイントを集めることになった。
カジノを出るときにカキュラスさんにお礼をしようとすると、彼は俺たちが何かを言う前に一人一人に何か飲み物のようなものを渡してきた。
「それはいわゆるエナジードリンクというものです。まだ発売前の商品ですが運よく手に入れましてね。ぜひそれを飲んでみてください、効果は保証しますよ」
「何から何までありがとうございます。これはありがたく飲ませて頂きますね」
シズが頭を下げるのと同時に俺たちも頭を下げる。
「いえいえ、いいのですよ。さあ、時間も限られているのですから早く行った方が良いですよ」
ホホホホと笑うカキュラスさんに見送られながら、豪華な服に身を包んだ俺たちはカジノを後にするのだった。
こんにちは、だゆつーと申します。
第15話を最後までお読みいただきありがとうございます。
これからも頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
誤字脱字があれば教えていただけると幸いです。
また、感想とアドバイスがあればぜひお聞かせください。
最後に、次回の話もお読みしていただければ幸いです。
今年の花粉少し頑張りすぎてませんか!?