ヒロインの一人にTS転生したので主人公を他のヒロイン達に押し付けたら…… 作:メガネ愛好者
二話目はライル視点です。
止めどころが見つからず長くなってしまった。
それでは。
初めまして。僕の名前はライル・ディアファルトって言います。
突然ですが、僕には家族同然の幼馴染がいます。
その子の名前はロア・イーリス。どことなく他の子達とは違った雰囲気を持つ不思議な女の子です。
ロアと初めて会ったのは五歳の頃でした。
その日、お母さんから僕と同じぐらいの歳の子が今から家に来るって知らされました。その頃はまだ仲のいい友達がいなかったので、どんな子が来るのかと少し緊張していたと思います。……でも、もしも仲良くなることが出来たらと思うと少し楽しみでもありました。
そして家にやってきたのは……綺麗な女の子でした。
ガラスのような透き通った水色の髪は風が吹いただけでサラサラと揺れ、不思議と輝いて見える藍色の瞳はまるで宝石のように光を宿していました。
お世辞抜きで綺麗な女の子、それがロアでした。
ロアを見た僕は、なんでかはわからないけど……ロアから目を逸らすことが出来ませんでした。どうしてもロアのことが気になってしまい、気づけばロアのことをジーッと見つめていたと思います。
そんな僕の反応が気に入らなかったのか、ロアは僕から顔を逸らしてしまいました。自己紹介をしてもずっと不機嫌そうにそっぽを向き続けていて、返事もしてくれません。その時になって、前にお母さんが「ちょっとしたことでも、女の子にとってはとても嫌に思うことがあるから気をつけてね」って言っていたのを思い出しました。どうやら僕は気づかぬうちにロアが嫌がることをしてしまったみたいです……
結局ロアの名前はシアルさん(ロアのお母さん。ロアと同じ髪と瞳の色を持つ大人の女性)から聞いて知りました。出来ればロアの口から直接聞きたかったけど……それも僕がロアの嫌がることをしちゃったからだと考えると、何も言えなくなってしまいました。
ロアとシアルさんが帰った後、僕はトボトボと部屋に戻りました。後からお母さんに話を聞くと、今までに無いぐらい落ち込んでいるように見えたそうです。多分、その通りだと思います。
ショックでした。初めて会う女の子だけど、何故かロアに嫌われたと考えるととても暗い気持ちになります。もしかしたら涙も流れていたかもしれません……そのぐらいショックでした。
なんだか胸にポッカリと穴が開いたみたいで、上手く言葉が見つかりません。悲しくて、辛くて、切なくて……いろんな気持ちになって、この気持ちをどうしたらいいのかがわかりませんでした。
そんなとき、このモヤモヤとした気持ちを晴らしてくれた人がいました。それはお父さんです。
お父さんはとても凄い冒険者で、街の皆からも慕われています。皆が言うには、お父さんはこの国の英雄なんだそうです。英雄が何なのかはよくわからなかったけど、とりあえず凄い人だってことは皆の様子を見てなんとなくわかりました。
そんなお父さんは普段から何処かに出かけています。どうやら冒険者のお仕事に行っているみたいです。そのため、お父さんはあまり家に帰って来てくれません。
でも、しばらくしたらお父さんは必ず帰ってきてくれます。そうして帰って来たときは、普段会えない分お父さんと遊んでもらうことが僕の楽しみになってます。
お母さんもお父さんが帰って来る時はいつも以上に笑顔で、少し甘えたがりになります。なんというか……その時のお母さんを見ていると、少し恥ずかしい気持ちになるぐらいです。特に夜、なんでか裸になっているお父さんとお母さんを見たときは胸がざわざわして落ち着きません。普段聞く事の無いお母さんの荒げた声なんかを聞くともう駄目です。何もしていないのに顔が熱くなるのは病気なんでしょうか?
僕がロアに(多分)嫌われた日から数日後、お父さんが帰ってきました。
普段ならすぐにでもお父さんと遊びたいのですが、その時の僕はロアとのことで落ち込んだまま部屋にこもっていたのでそうはなりませんでした。
そんな僕が部屋にこもっていることを知ったお父さんは、お母さんに何があったのか事情を聞いたようです。それを聞いたお父さんは……僕の部屋に乗り込んできました。そして——
「立て、ライル。立って今すぐにでもその子の元に会いに行け」
——そう言ったお父さんに、僕は家から追い出されました。
突然のことで何が起きたのか分かりませんでした。気づけばお父さんに担がれて、いつの間にかに家の前に立たされています。お父さんは目の前に立っていて、その後ろにお母さんも心配そうな顔でこちらを見ていました。
そしてお父さんは、混乱する僕に向けて確認するかのように語り掛けてくるのでした。
「ライル、以前に俺が話したことを覚えているか?」
「え……な、何の話?」
「俺が一人で【竜種】と戦った時の話だ」
お父さんの話に何とか反応出来た僕は、言われて前にお父さんが話してくれた話を思い出しました。
確か若い頃のお父さんが、一人では絶対に勝てないと言われていた魔獣を一人で倒したときの話……だったかな?
そこまで思い出すと、続けてお父さんはこう言います。それがお父さんの伝えたかったことでした。
「強大な敵と対峙しても決して諦めるな。そうすれば本来単独では勝てないと言われていた【竜種】であろうと一人で倒せないこともない……俺はそう言ったな?」
「う、うん……(それってお父さんだけなんじゃ……)」
「……それと同じだ。ライル、"
「お父さん……」
この時、僕はお父さんの言葉を半分も分かっていなかったと思います。
だってお父さん、いつも難しい言葉ばかり使うんです。だからお父さんが話す内容のほとんどはわからないことだらけです。
……それでも、この言葉だけは心に残りました。
——我武者羅になれ——
『とにかくやれるだけのことをやり通せ』——ってことらしいです。
このままだと何も変わらない。それならやれるだけのことを全力でやって、少しでもロアとの仲をなんとかする為に動いた方がずっといい。それで仲良くなれるかはわからないけど、やらないで後悔するならやって後悔した方が全然いい……お父さんは、そう伝えたかったみたいです。
この言葉が不思議と僕のポッカリと空いていた胸に収まりました。なんだかやる気が溢れてきて、少しずつ気持ちが溢れてきます。
ロアと仲直りしたい。ロアと仲良くなりたい。ロアと友達になりたい——胸の内に宿った気持ちが次々と溢れてきて、気づけば僕は走り出していました。
向かう先はロアの家。まだどうすればいいかはわかっていなかったけど、お父さんが言う様に"がむしゃら"になれば……きっとロアとも仲良くなれる。そう信じて、今度こそはロアと仲良くなる為に僕はロアの元へと向かったのでした。
□□□□□
その日から僕は毎日ロアに会いに行きました。
ロアは僕が来るととても嫌そうな顔をします。そんなロアの顔を見る度に胸がチクリと痛んだけど……それもしばらくしたら慣れました。今では例えロアが嫌そうな顔をしてもなんてこともないです。
因みにシアルさんは僕のことを歓迎してくれていました。その上、僕がロアと友達になりたいことを知ってからは積極的に協力してくれます。
どうやらロアはあまり同年代の子と仲良くなることも無いみたいで、友達と言える子が一人もいないみたいです。
元々気難しい性格なこともあって、自分から友達を作ろうとしない。そもそもどうすれば友達が出来るのかがわからないと言った様子で、そのせいで他の子達に話しかけるのを躊躇っているようだとシアルさんは言っていた。
他の子達もロアの雰囲気に近寄りがたいものがあるようで、遠目から見るだけで積極的にロアと友達になろうとする子はいないようです。
そのことにロアは気にする素振りを見せたことはありません。いつも一人で難しい本を読んでいます。何を読んでいるのかと後ろから覗き込んでみましたが……僕には難しい内容でした。全然わからなかったです。ロアは読めているのでしょうか?
そんなロアに、シアルさんとしては一人でもいいから友達が出来たらなぁと思っていたそうで、だからシアルさんは僕に協力してくれるようです。
シアルさんからは数々の助言をいただきました。ロアはどういったことが好きなのかとか、ロアが嫌がることは何かなど、シアルさんが教えてくれなければ本当に嫌われていたかもしれません。そう思える程に重要なロアとの接し方を色々と教えてもらいました。
そんなシアルさんの言葉の中には、僕が知らないロアの一面が所々に含まれています。それを知る度に、僕はどんどんロアに興味を持つようになりました。
その中でも、一番知れてよかったと思うロアの一面は……
「ロアはね、少し臆病なところがあるの。友達を作ろうとしないのは人と話すのが恐いから。不愛想なのも知らない人が近寄ってこないようにする為。そしてライル君を避けようとするのも……きっと、どう接したらいいのかがわからないからなのよ。ロアは根が優しい分、とても傷つきやすい子だから……だからロアは他人に心を開こうとしないの。でもね、心を開いてくれさえすれば……きっと、ライル君とも仲良くなれる筈だから」
話を聞くと、ロアはシアルさんの前でなら気持ちを隠すことはないらしいです。
嬉しいことがあれば素直に喜ぶし、嫌なことがあれば包み隠さずに怒る。悲しいことがあれば涙を浮かべるし、楽しいことがあれば笑顔を見せる。
ロアは決して不愛想な子なんかじゃありません。ただ人前で心を晒すのが怖いから、傷つく前に遠ざけようとする……そんな臆病な女の子なんだと、シアルさんの言葉で初めて知りました。
その話を聞いて……僕は、シアルさんが羨ましいと感じました。
僕だってロアと楽しくお話がしたいです。外で一緒に遊びたいし、ロアの笑うところを見たいです。
僕はまだ不機嫌そうなロアの顔しか見たことがありません。未だ僕を避けようとするし、話してもくれません。
シアルさんの言う事が本当なら、僕はロアに怖がられている。まだまだ僕は、ロアにとって「見知らぬ他人」なんだと思い知らされるようで……それが悔しくて、嫌だった。
でも、僕は諦めません。ロアと仲良くなることが出来れば、きっとロアも話してくれる。遊んでくれる。笑ってくれるかもしれない……そう考えると、どれだけ難しいことでも頑張れる気になれたんです。
それから僕はロアと仲良くなる為にいろいろとやってみました。
積極的に話しかけたり、遊びに誘ってみたりしました。ですが、僕が話しかけてもロアは僕のことを無視し続けます。全く反応してくれません。
それでもめげずに話しかけました。お父さんが言う様に、がむしゃらに話しかけ続けました。
そうして僕が話しかければロアが無視するという日々が暫く続きました。
でもそんな日々が続いたからか、ある日を境にロアは僕から逃げるように何処かへと隠れたり出かけたりするようになってしまいました。
そこで僕はやり方を間違えてしまったことに気づかされました。諦めたくないからと、しつこく話しかければ嫌われるのも当然です。こうするしかやり方を知らなかったとはいえ、僕の行動は強引すぎたようです……
またロアに嫌われてしまいました。しかも今度は初めて会った日以上に嫌われたかもしれません。何故途中で気づけなかったのでしょう……後悔ばかりが残りました。
それからはロアの家に向かっても、ロアと会うことはありませんでした。シアルさんに話を聞くと、僕が来る少し前に出かけてしまうみたいです。僕が来るまでロアを引き留めようとはしてくれたみたいですが、シアルさんの言葉を聞いてもロアはさっさと何処かに行ってしまうようです。
ここまで避けられてはロアが僕を嫌っているのは明らかでしょう。もうどうしたらいいのかわからず、その時の僕は半分諦めかけていました。僕はどうやったってロアと友達になることは出来ないんだと、今までにない程落ち込みました。
そんなときでした。僕が諦めそうになったときに、もう一度頑張る気になれたきっかけを……シアルさんから貰ったのです。
ロアが何処かに出かけるようになってから数日後のことです。
その日も僕はロアと会うことが出来ず、半分諦めた気持ちで家に帰ろうとしていました。……ですがその時、家に帰ろうとしていた僕をシアルさんは引き留めたのです。
多分この時の言葉が無ければが、僕はロアと仲良くなることが出来なかったかもしれません。今でもロアに避けられ続けていたかもしれません。それほど大きなきっかけでした。
そうしてシアルさんから僕は聞かされることになります。僕が気づくことのなかった……ロアの気持ちを。
「ライル君、もしよかったら……ロアのことを探してみてもらえないかしら?」
「ロアを……ですか? で、でも、僕はもう嫌われてるんじゃ……」
「フフッ、きっと大丈夫よ。ロアはきっと、ライル君のこと嫌ってなんかいないから」
「な、なんで……そう言えるんですか?」
「だってあの子、ライル君と出会ってから……少し、明るくなったもの。素っ気ない態度を取ったり、ライル君と会おうとしないのは……もしかしたら怖いんじゃなくて"戸惑ってる"のかもしれないわね」
「——え?」
「今までこんなに自分と関わろうとする人はいなかった。ここまで本気で友達になりたいって気持ちをぶつけてくる相手はいなかった……だから、戸惑ってる。どうしたらいいのかわからないから。今まで通り避ければいいのか、それとも――差し伸べられた手を掴んでもいいのか、迷ってる」
「…………」
「何よりロアは……嫌なことは嫌だってハッキリ言う子だもの。ライル君が嫌いなら、とっくの昔に嫌いだって言ってると思うわよ?」
「——!」
シアルさんの言葉を聞いて、僕は思い出しました。
ロアは確かに何も話してくれません。僕が何を言っても無視して、まだまともに返事を聞いたことはありませんでした。
でも、ロアは一度たりとも僕のことを「嫌い」だとは言ったことがありません。
それが分かった瞬間、僕はシアルさんに一言お礼を言ってすぐにロアの家から跳び出しました。
僕はロアを必死になって探しました。そこまで大きい街ではないけれど、当時の僕が探すには広すぎて大変でしたが、それでも探し続けました。
もう諦めません。挫けません。ロアが僕をハッキリと「嫌い」だと言わない限り、僕はしつこいと思われてもロアに話しかけ続けます。がむしゃらです。がむしゃらになって話しかけ続けることに決めました。
……今思えば、ここまでムキになる必要もなかったんだと思います。
別にロア以外でも友達は作れたはずです。ロアじゃないといけないなんてことはなかったはずです。
それでもロアと仲良くなりたかったのは……なんでなんだろう? なんとなくですが、友達になりたいってだけではないような気がしますが……それが何かまでは、今の僕にはわかりませんでした。
□□□□□
それから僕はロアを探し、思ったほど苦労もせず見つけることが出来ました。
本を読むことが好きなロアなら図書館辺りにいるかなと考え行ってみると、僕の予想通りロアはいました。そんな直感を頼りにして探すと不思議とその先にロアはいます。今のところその直感を信じて向かった先には必ずロアがいるので、結構僕の勘は良いのかもしれません。
そして、初めはなんで僕がいるのかと言いたげな顔をしていたロアでしたが、日に日に慣れていったのか暫くすればいつも通りの無愛想な顔で一瞥するだけのいつものロアに戻りました。
そんなロアですが、シアルさんの言う様に僕を嫌いだと言ってきたりはしませんでした。ロアのことを探して見つけた時だって逃げることはなかったし……本当に嫌いじゃないのかな? そうだったら嬉しいな。
とりあえずはこのままめげずに仲良くなれるよう頑張っていこうと思います。確か……友達になってほしいことをきちんと伝えれば相手もそれに応えてくれるってお母さんが言ってました。よし、これから毎日友達になろうって言い続けてみよう! ……本当にこれであってるのかな?
それから暫く経ち、ようやくロアがまともに話してくれるようになりました。
ずっと無視され続けた僕がようやくまともにロアと話したのはこの時が初めてです。それまでは僕を遠ざけようとする言葉しか向けてくれなかったけど、これからはそんなことはなく普通に話をしてくれるという事実に、その時ロアが何を言っていたのかも気にせずつい喜んでしまいました。
そうして暫くすると、なんとロアは僕と友達になってもいいと言ってくれました。
本当に嬉しかった。ようやくロアと友達になれたことに僕は嬉しくて嬉しくて……それなのになんでか涙が流れてきて、もう顔がぐしゃぐしゃになっていたと思います。疲れたような顔をしていたロアが僕の顔を見てあたふたと慌てふためくぐらいには酷い顔をしていたのかもしれません。今思い出すと恥ずかしいな……
お父さん達やシアルさんも僕とロアが友達になったのを自分のことのように喜んでくれました。その勢いのままロアとシアルさんを含めて家でパーティーを開いたのは忘れられない思い出です。お母さんが言うにはこういっためでたい日の事を『記念日』って言うみたい。覚えておこう。
それからは口数少ないながらもロアは僕の話に付き合ってくれるようになりました。
めんどくさそうにしながらも話してくれる。僕の頑張りが実を結んだ結果です。……ただ、ロアが男の子みたいな喋り方をしたのにはビックリしました。
このことを期にロアのイメージが一変したのは言うまでもないでしょう。綺麗な女の子が荒々しい口調で話すんです、そうなってもしょうがないと思います。
そんなロアの口調も、彼女と話しているうちに慣れていきました。この喋り方で話すのがロアなんだし、今から女の子の喋り方になられても違和感しか感じない。だからロアはあのままでいいんだと思う。……それに、男の子みたいな喋り方で話すロアを見ているとなんだか安心するしね。お母さんはロアの喋り方に「背伸びした子供みたいで微笑ましいわぁ」って言っていたけど、この気持ちもそうなのかな?
因みにシアルさんはロアの口調を正そうとしているみたい。もしもシアルさんがいないところでロアが男の子口調になってたら教えてほしいって言われてる。その事を知ったロアが震えながら僕に「母さんには言わないで」と言って来たときの焦った表情は……うん、可愛かった。なんだか苛めたくなるような可愛らしさがそこにあった。
それからの日々は本当に楽しかった。
ロアと本の内容で話をしたり、ロアと一緒にいろんなところに出かけたり、ロアと新しいことを見つけて挑戦してみたりと、僕の日常には当たり前のようにロアが隣にいた。
そんなロアは未だに不愛想な顔がほとんどだけど、たまに見せてくれる笑った顔はとても可愛くて……その顔を見てると、なんだか胸がドキドキします。
これが何なのかをお母さんに聞いても優しく微笑むだけで教えてくれない。いずれわかるって言ってたけど……そのうちわかるなら今教えてくれてもいいんじゃないかな?
きっとこれからもこの日常が続くんだろう。お父さんやお母さん、シアルさんに……そしてロア。皆がいるこの街で幸せに生きていくんだと……僕はそう思っていた。
でも――――そんな幸せな日々が突然終わってしまった。
急にお父さん達から引っ越しすることを告げられた。場所はアウルス。おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいる街だ。
そのおじいちゃんが死んでしまった。信じられなかった。だって前に会った時はあんなに元気だったんだ。それが病気で死んじゃったと言われてもすぐに信じることなんて出来ない。
そして、今も一人王都に残されているおばあちゃんを一人には出来ないから、引っ越しをする事になったみたいなんだ。
この街から……ロアから離れることになる。
嫌だった。せっかくロアと仲良くなれて、最近はよく笑うところを見せてくれるようになったのに……ロアと離れ離れになってしまう。
でも……それはおばあちゃんも同じなんだ。おばあちゃんはおじいちゃんと離れ離れになってしまった。それも、もう二度と会えないんだ。僕たちと違って、もう会うことが出来ない……
そんなおばあちゃんを一人ぼっちにするわけにはいかない。ロアと離れるのは嫌だったけど……おばあちゃんのことを考えると、仕方がないことだと納得するしかなかった。
それでも、最後の日まで行きたくないと我儘を言ってしまったのは……ごめんなさい。
そして先日、僕は住み慣れた街とサヨナラをした。
そして、僕はロアと…………
「ライル……」
「……」
揺れる馬車に体を揺さぶられながら、僕は昨日の事を……ロアに言ってしまった言葉を思い出しては、後悔していた。隣に座るお母さんが僕の名前を呼んでいるけど、今はその声に返事を返すことも出来ない。
僕は……なんでロアに、あんなことを言ってしまったんだろう……
□□□□□
「くだらねぇ」
ロアの言った一言に、僕の頭は真っ白になった。
開拓者になることをロアに言った直後に言われたその言葉の意味を、僕はすぐに理解することが出来なかった。
元々、僕は冒険者になりたかった。
でも僕が冒険者になりたいとロアに言う度に、ロアは不愛想な顔を歪めて不快そうな顔になる。
何でそんな顔をするのかわからなかった。それが気になって、ある日僕はシアルさんに相談してみたんだ。なんでロアは冒険者の話をすると嫌な顔をするのかって。
そして僕は知ったんだ。ロアが冒険者を嫌っていることを……
僕がロアと出会う少し前、当時五歳だったロアがシアルさんと買い物に行っていた時のことだ。
シアルさんが買い物をしている間、暇を持て余していたロアは店の外でシアルさんを待っていたようだ。あまり人混みを好かないのもあって、店内にいるのは嫌だったらしい。
そうしてシアルさんを待っていたロアは、不幸なことにたまたま通りかかったガラの悪い冒険者に絡まれたそうだ。
そして、横暴な態度を取っていた冒険者は……何もしていない筈のロアに難癖を付けて暴力を振るったらしい。
勿論その冒険者は買い物を済ませて店から出て来たシアルさんに(半殺しにされてから)その場で取り押さえられたようだ。
その冒険者は威張っていた割に実力はそこまででもなく、シアルさんにあっさりと
そして、その冒険者にシアルさんはなんでこんなことをしたのかと問い詰めた。何かしらの理由があるのなら考えなくもないが、ろくな理由じゃなければ…………だそうだ。
……え? 何が「だそうだ」なんだって? 聞かないで……僕の口からはとてもじゃないけど言えないよ……
観念した冒険者は素直に白状した。嘘を吐いたらより酷い目にあわすとまで言われたのだ。下手に誤魔化す事など出来なかった。
どうやらその冒険者は先程まで街のギルドにいたらしく、そこで狙っていた依頼を他の誰かに横取りされたらしい。それで機嫌を悪くした冒険者は腹いせに周囲に八つ当たりをして回っていたようだ。
そこにたまたま視界に入ったガキが気に入らない目をしていたからってだけの理由で、そいつはロアを殴りつけたのだとか……
……なんだそれは。そんな理由でロアが傷ついたのか!?
シアルさんの話を聞き、僕はその暴力を振るった冒険者に怒りが沸いた。
ロアが理不尽な理由で殴られた。何もしていない、ただシアルさんを待っていただけのロアが、なんでそんな目に会わなければいけないんだ!?
シアルさんは語る。
シアルさんが駆け付けた時……ロアは震えていた。
殴られたところを抑え、身体を縮こまらせて、瞳には恐怖を映し、酷く怯えた様子で……泣いていた。
おそらく、その日を期にロアは冒険者を避けるようになったらしい。理不尽で、野蛮で、強欲。全ての冒険者がそういった者達という訳ではないが、ロアの冒険者に対する印象が最底辺にまで落ちたのは間違いない。
そしてそれをきっかけに、僕の中で冒険者に対するイメージが崩れていった。
お父さんのことは尊敬してる。その冒険者と同じ様な人ではないことも分かってる。……でも、その話を聞いた上でたまにギルドを見に行くようになってから、僕は冒険者に対して良い印象を持てなくなってしまった。
ロアが言っていた——「冒険者はハイエナみたいな奴等だ」って。
本当にその通りだと思った。高額な依頼を奪い合う冒険者達を見た時、僕もロアと同じことを考えてしまった。
そしてそれらを見ている内に、冒険者に向けていた憧れが急激に冷めていくのを感じた。
皆が皆お父さんみたいな冒険者じゃない。ほとんどの冒険者は……あんなにも醜いものだったんだと知ってしまったから。
僕はあんなふうになりたくない。あんな人達と同じになりたくない。
そして僕は、次第に冒険者になるという目標を
代わりに僕は新しい目標を掲げることにした。それが開拓者になることだ。
元々僕は冒険するのが好きだった。ロアと一緒に近くの森に行っては新しいものを見つけることが好きだったし楽しかった。それもあって、開拓者には冒険者ほどではないにしろ昔から憧れを持っていたんだ。
そんな開拓者に向ける憧れが、冒険者のそれを上回った。だからこんなにもすぐに目標を切り替えられたんだと思う。
開拓者にはどんな事態にも対処出来る程の技量、知識、そして運が必要だ。技量と知識はこれから頑張ればなんとかなる。そして運なんだけど……自分でもよくわからないけど、大丈夫な気がする。僕は運に恵まれている気がするんだ。
この自信が何処から来るのかはわからないけど、理由も無い確信が僕にはあった。これならいずれ僕は頑張り次第で開拓者になれるかもしれない。
ただ、開拓者になるにはまず冒険者になっていろいろと経験を積むべきだとお父さんが言っていた。態々冒険者になんてなる必要はないんじゃないかって思ったけど……
開拓者になる為と考えれば一時的に冒険者になる事も割り切れた。
その想いを、目標をロアに告げた。
どのタイミングで言えばいいのかわからなかったから今まで隠してたけど、もうそんなことを悩んでいる暇はなかった。ロアと離れ離れになるのだから、離れる前に伝えておきたかったんだ。
そして僕はロアに今は開拓者になることを目指しているって——ロアが嫌う、冒険者にはならないって……そう伝えようとした。
……でも、言えなかった。ロアの一言で僕が言おうとしていたことをまっさらにされてしまった。まさかくだらないだなんて言われると思っていなかったんだ。
僕の気も知らないでロアは続け様に話して来る。僕が掲げた目標が……どれだけくだらないものなのかを、事細かく。
「開拓者になってどうする? あんな、無駄に命を捨てに行くような奴等と同じになるとか……頭沸いてんのかよオイ。死ぬかもしれねぇ、帰れないかもしれねぇ、下手すりゃ魔獣を刺激してとんでもない事態になるかもしれねぇ……そんなろくでなしになるのがお前の目標なのか? ……ハッ、あほらし」
冷静に考えれば、ロアが言っていることは……言い方はアレだけど、正しかった。
開拓者は冒険者よりも危ない仕事で、帰ってこれない人がいるってのは知っていた。あまり開拓者になる人がいないのも、単純に"なれない"のではなく"なりたくない"人の方が多いからだ。
だからロアが言うことは……間違っていない。
それでも……引けなかった。
冒険者になる目標を捨て、開拓者になることを目標にした僕は止まれなかった。だって、僕にはこれ以外の目標が想像できなかったから……
今だからわかる。僕にとって目標とは心の支えと同じだったんだ。その目標を捨てるということは、僕の心の支えが無くなるってことだった。だから僕は引けなかった。引くことが出来なかった。
何より、一度決めた目標を諦めた上ですぐにまた諦めるなんて、そんなかっこ悪いこと出来なかった。そういった男としての意地が僕に見栄を張らせてしまう結果を生んでしまった。
僕は大丈夫。絶対に死なないし、必ず帰って来る。魔獣だって僕がやっつけるし、魔獣に襲われそうになってる人達もみんな助ける。だから安心してって、ロアを納得させようとした。
それがいけなかった。
「そう言うのを身の程知らずっていうんだよ!!」
初めて聞いた。ロアが大声で叫ぶ程に声を荒げるところを。
普段ならそこで僕は止まっていただろう。ロアが大声を上げたのにびっくりして、なんでそこまで否定するのかを冷静に聞いていた筈だ。
でも、タイミングが悪かった。今日でロアと離れ離れになってしまうという焦りと、今の目標に文句を言われたことによる怒りが僕から冷静を奪い取っていた。
そして僕とロアの怒鳴り合いが始まった。
何が何でも認めさせたい僕と、何が何でも認めないロア。お互い頭に血が上っていたのもあって、止めどころを無くしてしまった。お父さん達も僕達の様子に気づいて駆けつけてくるも、それでも言い争うことをやめなかった。
そして……言ってしまったんだ…………
「なんでわかってくれないんだ!! もうロアなんか"大っ嫌いだ"!!」
言ってすぐに後悔した。
言う筈じゃなかった言葉。嫌いだなんてこれっぽっちも思っていない。それなのに反論するロアにイラついて言ってしまった。
違うんだ。嫌いなんかじゃない。寧ろ僕はロアのことを——
訂正しようとした時には……既に手遅れだった。
「……ぇ」
よく耳を澄ませなければ聞こえない程に小さな声。でも、その声はやけに鮮明に僕の耳に届いて……容赦なく心を抉ってきた。
「……オ、オレ……だって……オレ、だって……お前のこと、なんか……」
僕の言葉に言い返そうと、震える声で途切れ途切れに言葉を紡ぐロアの顔は真っ青になっていた。
よく見れば声だけでなく体も震えている。必死に握り拳を作って震えを止めようとするその姿は……とても痛ましかった。
「嫌い……そう、だよ。嫌いだよ……ッ、テメーの事なんて元から嫌いだったよ!! しつこく言い寄ってはあーだこーだと耳元で騒いで耳障りだった!! いつもへらへらと笑いながら付きまとうテメーがッ、鬱陶しい上に馴れ馴れしいテメーが嫌いだった!! オレだって……オレだってお前なんか大っ嫌いだ!!」
そう怒鳴り散らすなり、ロアは駆け出した。
体力も無いのに全力で、早くこの場からいなくなりたいと言わんばかりに、僕の前から走り去っていった。
『ロアは根が優しい分、とても傷つきやすい子だから……』
いつだかシアルさんから言われた言葉が、脳裏によぎった。
その瞬間、僕の体から力が抜け落ちた。
立っていられなかった。頭を埋め尽くすのは後悔だけで、涙が溢れて止まらない。お父さん達が何か言っていたけど、その言葉を聞くほどの余裕が全くなかった。
なんで……僕は、嫌いだなんて言ってしまったんだろう。
そんなことを言うつもりなんてなかった。こんなことになるなんて思わなかった。
僕はただ、冒険者じゃなくて開拓者になることを目標にしていることを言えば、ロアはきっと応援してくれるって……そう思ってたんだ。それなのに、なんで……
あんな顔、させるつもりなんてなかった。
ロアに、あんな……信じていた人に裏切られたかのような、悲しみに溢れた顔を……させるつもりなんて、なかったのに…………
馬車の中、一人の少年は自問自答を繰り返す。しかし彼が求める答えは未だに見つからない。
ゴトリゴトリと馬車は揺れる。車輪の音を響かせながら……その音を今も離れ行く故郷の方に残しながら進んでいく。
果たして残したものは車輪の音だけなのか? もっと大切な物を残してしまったんじゃないのか?
少年には、わからない。
……あれ? なんでこんな悲壮感滲み出てるん?
シリアスさん頑張りすぎぃ!? なんでこうなった!? 私は糖分たっぷりのシリアルが好きなんだけど!?
……まあ、シリアスさんも嫌いじゃないけどさ。