ヒロインの一人にTS転生したので主人公を他のヒロイン達に押し付けたら……   作:メガネ愛好者

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 どうも、メガネ愛好者です。

 前回は確認ミスで17時に投稿してしまいましたが、基本的にはこの時間に投稿する予定です。
 それにしても思っていた以上に筆が進む。原作とかキャラ崩壊を気にせずに書けるのはオリジナル作品のいいところだと思いました。それでは。



第二話・別れの日

 

 

 そもそも何故ライル達が引っ越すことになったのか? それはライルの父親側の祖父が他界したことがきっかけだった……気がする。それによって一人残された祖母の為にも、ライル達はこの街から出てライルの父親の生まれ故郷へと移り住むことになったのだ。

 

 正直そこらへんは曖昧だ。よくやり込んでいたゲームではあるけど、オレがやり込んでいたのはRPG要素の方だったからな。テキストは(濡れ場を除いて)ほとんど流し読みで、大体はスキップしてたからそこまで物語を詳しく覚えている訳じゃなかったりする。まあ大まかな流れはある程度覚えてるし、細かいところを覚えてなくたって支障はないだろう。

 

 とりあえずはここで、ライルの父親についてオレが知り得る限りの人物像を語ろうと思う。この世界においては結構な有名人だし、今知っておいた方が後々説明するよりもいいだろう。

 

 

 

 

 

 ライルの父親——ゲリック・ディアファルトさんは熟練の冒険者だ。まだ冒険者が開拓者と同類視されていた時期に、数回程未界に足を踏み入れては無事に帰還したほどの猛者である。

 当人は「運が良かっただけだ」と言っているが、あの人の実力を考えると運が良かっただけとは思えないんだよなぁ。だってゲリックさん、人間が出せる限界を超えていると言っても過言では無い身体能力を有しているからさ。一体何処に【巨人種】と殴り合って勝ち残る人間がいるっていうんだ……流石はファンタジーだぜ、人体の構造もファンタジーってか? そんな理由で科学が恋しくなってくるなんて初めてだよチクショーが。

 

 

 そんなゲリックさんの活躍は多くの冒険者、開拓者に知れ渡っている。一部の冒険者連中からは英雄視されていたりと、その経歴は伝説として語られてもおかしくないほどらしい。

 いずれはこのオルトリデアの歴史に名を残し、未来の子供達が学校の教本でよく見る馴染みの顔として親しまれることになるんじゃないかな? そんな人が身近にいるというのには何やら感慨深いものがあるぜ。

 

 数多くの偉業を成し遂げたゲリックさんだが、その中でも特に有名なのは魔獣の中でも現状で最上位に位置する【竜種】と一対一(サシ)で戦い、激闘の末に討ち倒したって話だろう。どんだけだよゲリックさん。【竜種】って基本的に王国兵が一個大隊で挑まなきゃ勝てない程の強敵じゃありませんでしたっけ? もうゲリックさん人間やめてるとしか考えられないのですがそれは……

 

 そしてそんな人の血を引くライルもまた、将来的にはゲリックさん(超人という名の人外)の仲間入りをすることになる。

 今のオドオドしたあいつからじゃ全く想像もつかないけど、ヒロインが絡むと途端にパワーアップするからなあいつ。それによってゲリックさんにも劣らない数々の偉業を成し遂げていくことになるんだけど……ホントなんなんだよこのモンスター親子は。どっちが魔獣かわからなくなる。もうなんかいろいろと怖ぇよ……

 

 

 ゲリックさんはフリーの冒険者で、各地のギルド……特に王都にあるいずれかのギルドに立ち寄りつつ広範囲に活動している。そうしてあちこちを放浪しているゲリックさんだから、あまり家には帰ってこれていないようだ。かなりの頻度でライルの家に寝泊まりしているオレがあまり出くわさないんだから帰ってくるのも稀なことなんだろう。

 

 ……え? ライルに好意を持たれたくない割には結構仲を深め合うようなことをしているじゃないかって? しょ、しょうがないだろ!? こちとらいつもいつも母さんにほぼ強制的に連れてかれてるんだよ!! ヒエラルキー最上位の母さんにオレが逆らえるわけないだろ!? ……自分で言ってて情けなくなってくるなコレ。

 

 まあ本気で嫌がれば母さんも無理強いしてくることはないんだけど、そうなると一人で留守番に……ってことには流石にならないけど、行かないとなると母さんは少し寂しそうな顔をするからなぁ。そのせいで結局泊りに行くことになっちまうんだ。

 

 オレ、母さんのあの顔に弱いんだよ。……親父がいなくなってから見せるようになった、あの顔が……

 やっぱり、寂しいんだろうな。オレやレイラさん達がいるから大丈夫っては言うけれど、時折何処か無理してるようにも見えるし……あんな顔を見せられたら、拒むことなんてオレには出来ねーよ……

 

 

 因みにレイラさんっていうのはライルの母親のことだ。

 母さんとレイラさんはこの街で育った幼馴染同士で、その仲の良さから実は姉妹なんじゃないかと疑われる程に親しい関係だったりする。顔は似てないんだけど、距離感や雰囲気がまさしく姉妹のそれなんだとか。

 

 一時期はゲリックさん絡みで喧嘩したこともあったそうだけど、最終的にゲリックさんがレイラさんを選んだことで母さんは潔く身を引いたらしい。

 今は後腐れなく元の仲良し幼馴染の関係に戻っている。たまに母さんが当時のことを掘り返してはレイラさんをからかっていることもあるけれど、母さんの性格から自分がからかわれているってことをレイラさんは分かっているから険悪になることもない。笑い話で済んでいるのは二人の絆が確かなものであるという証拠だろう。

 

 そんな二人は幼い頃からお互いの家に寝泊まりする習慣があったようで、それは今でも続いている。流石にゲリックさんが帰ってきているときは母さんも空気を読んで泊まりに行くことはしないが、逆を言えばゲリックさんがいない時はかなりの頻度で泊まりに行っていることを意味しており……必然的にオレも一緒に泊まりに行くことになるのは当然の帰結というものだった。

 幼いオレを一人にするなんて選択肢は母さんの頭にはないからな。勿論最初は反論したさ。でも結果はさっき言った通りだ。儘ならないね。

 

 と言うか母さん? その時オレが反論した理由を"ライルと会うことに照れてたから"とか勘違いしないでもらえます? 別にオレは照れてたわけじゃないんだけど? オレはただ自身の貞操を守るためであって……なんでそんな微笑ましいものを見るような目を向けるんだ!? その目をヤメロー!!

 

 つーか寧ろ照れてたのはオレじゃなくてライルだからな? 何せ半ば強制的に同じ部屋で寝ることになった時なんて、あいつ顔を真っ赤にして狼狽えまくってたんだぜ? その動揺っぷりには思わず笑いが込み上げてくるぐらいだったし、気恥ずかしさから急いでベッドに潜り込もうとしたあいつが焦ってベッドから転げ落ちたときはもう傑作だったよ。おもわず腹を抱えて笑っちまったわ。

 

 え? その時のオレはどうだったかだって? 特に何も。至って大人しくしてましたとも。

 あーだこーだ言ったところで、泊まりに来てしまった以上はもうどうすることも出来なかったからな。……まあ実際のところはそこまで余裕があったわけじゃないんだけども。

 

 とは言え、必要以上仲を深めるのはよろしくないのは確か。なのでライルの相手は適当にして、夜はすぐさま寝るようにしていたさ。流石に寝込みを襲うような奴じゃないし、寧ろ起きてた方が身の危険がヤバい気がする。

 

 そのことでライルは少し残念そうにしていたけど、まあこれから先ライルには激動の物語とヒロイン達との運命の出会いが待ち受けているんだ。そうなればヒロイン達と寝泊まりする機会だって何度もあるだろう。楽しみはその時までとっておけ。

 

 付け加えるなら、この頃の記憶なんて成長するにつれ徐々に薄れていっては終いには忘れるだろうからな。正直そこまで危機感は無かったりする。

 ギャルゲーではそれなりにあることだが、主人公が幼い頃に交わしたヒロインとの約束をその娘のルートに入らない限り忘れてしまってるとかザラにあるしな。この程度のイベントなら何も問題はないだろう。きっと。

 

 

 ちょっと話がズレてたな、話を戻すことにしよう。

 あまり家に帰ってこないゲリックさんだが、それでも月に二、三回は帰ってきていたらしい。全然帰ってこないわけではないから家族仲が険悪になることもなく、寧ろ家に帰ってきたときは会えなかった分も含めて愛を深め合っているようだ。

 お互いに十代でゴールインした二人はまだまだ若い、おそらくは情熱的な夜を過ごしていることだろう……何をしているかはみんなの想像にお任せするぜ。

 

 それでも依頼の内容によっては帰ってこれない場合も多く、そのせいで数ヶ月の間帰ってこれなかったこともあったらしい。確か大規模な魔獣の襲撃――『大侵攻』が起きた時なんて三ヶ月もの間帰ってこれなかったみたいだからな。

 

 

 数年に一度という周期で起きる『大侵攻』では国にいる全ての冒険者が戦場に駆り出されることになる。その中でもやはりと言うべきか、ゲリックさんの戦果は他の冒険者の活躍が霞む程に凄まじいものだったという。

 最前線にて一騎当千、孤軍奮闘の活躍を成し遂げたゲリックさん。相変わらずのオーバースペックには最早驚愕を通り越して呆れしか沸いてこないぜ、全く……

 

 ゲリックさんは強い。それはレイラさんも十分に分かっている。……でも、だからと言ってそれが心配しない理由になる訳がない。三ヶ月もの間、子供を持ったことで冒険者を引退したレイラさんに出来るのはゲリックさんの無事を祈り、ゲリックさんが帰ってくるのを待つことだけだ。

 

 オレやライルの前ではいつも通りに振舞っていたけど、その影で何も出来ない自身の無力さに何度も頬を濡らしていたことをオレもライルも知っている。

 夜遅くにリビングで不安のあまりに母さんに啜りついて弱音を吐きながら泣いていたレイラさん。その悲痛な姿にオレ達は何も言えず、ひっそりとその場から離れることしか出来なかった。オレとライルはその時の光景をきっと忘れることが出来ないだろう。

 

 やっぱり冒険者になんてなるもんじゃない。改めて冒険者と言う職に忌避感を感じた瞬間だった。

 

 

 ——そんな不安に押し潰されそうになっていたレイラさんも、無事に帰ってきたゲリックさんとハッスル(意味深)して第二子を儲けたことで再び笑顔を取り戻したのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 

 

 「いろいろと世話になったな」

 

 「それはお互い様よ。……レイラのこと、泣かせたら承知しないからね?」

 

 「ちょっとシアル!? それじゃあ私がいつも泣いてるみたいじゃない!」

 

 今、目の前ではオレの母さん(本名シアル・イーリス)がゲリックさんとレイラさんに別れを告げていた。

 長年の付き合いである親友と初恋の相手がこの街から去るというのに、母さんの態度は至っていつも通りである。母さんはあまり人前で動揺を見せることをしないけど、こういった時ぐらいは素直に感情を表に出してもいいとオレは思うんだけどね。……そんな母さんが無意識にも浮かべてしまうのがあの寂しそうな顔だったのかと思うと、なんだか切なくなる。

 

 

 はい、そんな訳でライル達が街を出ていく日がやってきました。

 

 

 唐突過ぎるって? 気にしたら負けさ。

 そもそもな話、オレがゲリックさんの話を始めたのもついでのことだったからな。本題を忘れて延々と語っていては本末転倒だろう? また機会があればこの日までのあれやこれを語ることにするから、それまではお預けということで一つ納得してくれ。

 

 街の入り口、これからライル達が移り住むことになる『王都アウルス』へと続く街道で、オレと母さんはライル達の見送りに来ていた。というか連れてこられた。相変わらず母さんには逆らえないオレである。まあ今回はライルに嫌な女だと思われなきゃいけねーから行く気ではあったけどな。正直気は乗らないけどさ……

 

 因みにオレが見送りに来たと知ったライルはというと、嬉しそうな顔になったかと思えばすぐに表情を曇らせるなど数秒の間に目まぐるしく表情を変化させていた。これはあまり触れないでおこう。きっと藪蛇だろうし。

 

 とりあえず落ち着けライル。あと泣きそうになんな。男の子だろう? この街に留まれなかったとはいえ、もう二度と来れないわけじゃないんだからそこまで落ち込むことも無いだろうに。いやまあ来てほしくはないんだけども……そんな顔されたらこっちまで気まずくなるじゃねーかよ……

 

 

 一週間前、ライルはゲリックさんから引っ越すことを告げられた。

 しかしこれに対してライルは猛反対。ゲリックさん達に何度も行きたくない、この街から離れたくないと駄々をこねたようだ。

 住み慣れた街から離れることに抵抗があったんだろうねきっと。オレだってこの街からわざわざ自分の意思で出ていこうだなんて思わないし、そもそも冒険者になるつもりもないんだから出ていく必要も理由もないのだ。

 

 そうだ、きっとそう。ライルはただ単にこの街から離れることに抵抗があるだけなんだ。それ以上の理由なんてないったらないんだよ! ……だからオレの方を見て悲しそうに顔を歪めるんじゃねぇよ。ゲリックさん達もオレに顔を向けて申し訳なさそうに頭を下げないで貰えます? 全然頭下げる必要なんてないですからね? 寧ろこれからお宅の息子さんを身勝手な理由で傷つけようとしているオレに頭を下げる必要なんて全然ないですからね!? やめてよ罪悪感がどんどん湧いてくるじゃないか!! オレの決意を鈍らせないでぇ!?

 

 

 ……コホン。ま、まあそれは置いておくとして、結局ライルの説得が叶うことはなかった。

 祖母を一人にさせる訳には行かない。こちらに来させようにもアウルスからこの街まではそれなりに距離がある。老人に長旅は酷だろうから、やはり此方が出向くしかないとの結論に。

 ゲリックさんもライルの気持ちを蔑ろにはしたくなかったんだろうけど、今回ばかりは仕方ないよな。引くに引けないものがあった以上、ライルには我慢してもらうしかない。

 

 まあでも安心しろライル。あっちに行けばヒロイン達を始めギルドの仲間達が待っているんだ。こんな辺境の地でオレなんかといるよりもずっと有意義な時間を過ごせるだろうよ。だからそう落ち込むことはねーさ! ……なんて、言えるわけないんだけどな。

 

 「じゃあ、元気でね。くれぐれも道中は気をつけて。……まあゲリックがいれば問題はないだろうけども」

 

 「うん、わかった。あっちでの生活が落ち着いたら会いに行くから、それまでは一旦お別れだね」

 

 おっと、気づけば母さん達は別れ話を済ませたようだ。

 因みにオレとライルは一向に口を開いていない。ライルはおそらく何を話せばいいのかわからないでいるんだと思う。時折口を開いては再び閉じるのを繰り返しているのを見るに間違いないだろう。

 

 そして、オレはオレで口を閉ざしている理由があった。

 

 正直に言うと、今のオレは緊張で身を強張らせている。それもこれからこいつに嫌われなければならないという自分勝手な理由に罪悪感と後ろめたさを感じているからだ。

 

 別にオレは自分が真っ当な人間だとは思っていない。悪態はつくし嘘もつく、ライルに対して嫌がらせだってしたこともある。

 そんなオレが善良な心の持ち主だなんて思わないし思えない。……それでも意図的に人から嫌われようだなんてした試しがないオレからしてみれば、これからやることはどうしても良心を痛めてしまうわけで……

 

 嫌われなければいけない。でも同時に嫌われたくないとも思ってしまう。この五年間で育んだライルとの絆を我が身可愛さで壊してしまって本当にいいんだろうか? そんな疑問に頭を悩ませ、口を開くきっかけを見失っていた。

 

 「……ロア」

 

 「……なに?」

 

 オレが罪悪感に頭を悩ませていると、意を決したのかライルの方から話しかけてきた。

 

 ちょっと意外だった。ライルの様子からこのまま何も話せずに終わるんじゃないかとも考えていたから、急に声を掛けられて少し驚きそうになってしまった。それでも平静を保って返事を返せたのは、ひとえにライルに好かれないよう普段から無愛想な態度を徹底していたからだろう。やっぱり日頃の努力は欠かせないね。

 

 そしてようやくオレ達が言葉を交え始めたからか、傍にいた母さん達は空気を察してかオレ達の傍から離れていった。まだ馬車に荷物を全て積み終えていなかったのもあるのだろうが、そう目に見えて気を使うのはやめてほしい。

 全然話してくれててよかったんですよ? 寧ろいい感じの雰囲気にならない為にもここは残っていてほしかったなぁ、なんて。……ダメ? あ、そう……

 

 「僕……冒険者になるよ」

 

 「…………なんだよ急に」

 

 そんなオレの心情も知らずにライルは語り始める。その時のライルの顔は何処か覚悟を決めたかのような表情だった。

 

 そしてその内容は、案の定冒険者になるという意思表明だった。

 

 それに対してオレは思わず顔をしかめてしまう。そんなオレの表情の変化を見てライルは予想してたと言わんばかりに苦笑した。

 

 「やっぱり、応援してはくれないんだね……」

 

 「…………」

 

 残念そうにそう呟くライルにオレは何も言わず顔をそらす。

 

 ……この際だから正直に言うけど、オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 オレは冒険者に対してマイナスの印象しかもっていない。だから冒険者も冒険者になろうとする奴も大抵は嫌いだ。

 人の迷惑も考えずに依頼を取り合う冒険者が嫌いだ。あぁ嫌いだとも。そんな奴等と関わりあいたくなんてない。

 

 

 ……だから、ライルには冒険者になってほしくなかった。……ライルのこと、嫌いになりたくなかったから。

 

 ……確か、あれはライルと話すようになって暫くしてからのことだったか、一度だけ……オレはライルに冒険者になんかならないよう説得してみたことがあった。

 

 それが自分にとっていい結果になるかどうかと言えば、ライルに好かれる可能性を考えると何とも言えなかった。

 それ以前にその説得は、ライルがこれから辿る筈だった未来を壊すも同然の行為とも言える。その結果、後々周囲にどんな影響を与えるかを考えれば……オレの行為は愚策中の愚策と言っても過言じゃなかっただろう。

 

 だってライルが冒険者になることを諦めたらヒロイン達と出会う機会が無くなってしまうかもしれない。彼女達は全員物語開始時点で冒険者だから、少なくともライルが冒険者の道を諦めた時点で出会う可能性は限りなく低くなる。例えライルが街中で偶々知り合ったところで、冒険者でもないライルと彼女達が仲を深められるかといえば……首を縦に振ることは決してできなかった。

 

 彼女達は冒険を通して次第にライルに惹かれていくんだ。それがなくなればライルに惹かれる可能性は低くなる。

 

 そもそもライルがそれで冒険者になるのをやめてしまったら、下手をするとライルの矛先(好意)がこっちに向くかもしれなかった。それでは本末転倒もいいところだ。

 

 

 ――それでも、言わずにはいられなかった。

 何でかはわからないけど……言わずにはいられなかったんだ。

 

 

 でも、案の定ライルの意思が変わることはなかった。

 まあそれもそうだろう。何せライルは出会った当時から冒険者になることが夢だとオレに語り聞かせていたぐらいだからな。

 冒険者を嫌うオレとしては冒険者のあれこれなんてあまり聞きたいものではなかったんだけど……そんなオレでも、ライルの冒険者に向ける憧憬が並々ならぬものであり、いつかは自分もと意気込むその姿は……何処か眩しかった。

 

 とは言え、隙あらば冒険者のことを語り始めるライルの相手は正直しんどかったりする。これもゲリックさんの影響が原因なのか、単純に男の子として冒険に憧れているだけなのか、困ったもんだよ全く……

 

 ……って、この考えは不味いだろ。オレだって元は男だったんだから、冒険者はないとしても冒険自体には興味を持たなきゃ…………いや、やっぱりないな。

 冒険するとかめんどくさいことこの上ないじゃん。ひたすら疲れるだけじゃん。やっぱ冒険も冒険者も憧れねーわ。……ま、まあでもやっぱり、ちょこっとだけは憧れる、かも?

 

 「……ロア、聞いてほしいことがある」

 

 「…………」

 

 冒険者に関してオレがあれこれ考えている間も、ライルは構わず語り掛けてくる。正直これ以上聞きたくもないんだけど……これで最後かもしれないんだし、しょうがないと言わんばかりにライルの言葉に耳を傾けることにした。

 何せあいつ真面目に聞いてないとすぐ機嫌を悪くするからな、不貞腐れたあいつの相手をするのは非常に面倒——あれ? ライルに嫌われたいなら適当に聞き流してあいつの機嫌を損ね続けた方がよかったんじゃね? それなら今日一気に嫌われようとしなくてもよかったんじゃ……

 

 (今からでもやってみるか? 少し心構えもしておきたいし……)

 

 そうと分かれば後の話は全部聞き流すことにしよう。今更遅いかもしれないけど、そもそも嫌われに来たんだから真面目に聞く必要なんてないだろう。どうせいつもと似たような内容でも語り聞かせるんだろうしね。

 

 そうしてオレはライルの言葉を意図的に聞き流し始めた。断片的に耳に入る言葉も数秒先には記憶の彼方。今のオレはライルが去った後に行うべき数々の難題をどうこなしていくかにのみ集中していた。

 

 しかし、そんなオレの耳に——

 

 

 

 

 

 「——そしていつか、開拓者になるんだ!」

 

 

 

 

 

 ——どうしても聞き流すことの出来ない発言が届いたのだった。

 

 





 この世界の魔獣の大まかに【○○種】という呼称で呼ばれています。その中でも明確に名称がつけられてはいますが、大体は種の呼称で呼ばれています。

 時代背景としてはまだまだ発展途上中の世界と言ったところ。乗り物なんて馬車か木船ぐらいしかありません。科学の代わりに魔法がある世界なので、そこまで高度な文明ではないです。

 次回、ライル君メインの話になるかもです。

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