レベルMAXのユーリがエステルを守るお話   作:ニコっとテイルズ

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 『小説家になろう』のR-18の判断基準を閲覧した限りにおいて(ハーメルン様といろいろ似ているため参照)、「著しく性的感情を刺激する行動描写」とは、やはり具体的・明白な第一線を越える描写でなければ大丈夫みたいです。
 つまり、R-15さえ付けていれば、エロ表現はけっこう許される……と解釈しています。
 まぁ、村上春樹の小説なんかエロばっかですけど、R指定の話は聞かないので、文章ならばよっぽどのことがない限り大丈夫だろうとは確信しています。

 とはいえ、倫理基準は人それぞれだと思っていますので、ダメだと感じたらブラウザバックをお願いします。
 余談ですけど、R-18の方が書き手としては楽ですね。何でも表現して良いってことですから。
 そんな文章を書くつもりはなかったのですが……今回の作品に合理性を持たせると、どうしてもこうなってしまいます。

 



8.⑥前編

 

「ハハハハハ……」

 

 舞い戻った下町の部屋で、オレの狂った哄笑がこだまする。

 

 記憶が流れ込んできた。ハンクス爺さんと仲の良かった下町のヤツラ数人と……フレンが12年前に死んだって。

 アイツの、8年前の命日の前にこの時間を選択したってのに。

 

 これが意味することは――

 

 

 

 一度エターナルソードの副作用に呑まれたら、もう救出できないってことだ。

 

 

 

 だから、リタは存在しないだろうし、ジュディは敵のまま。

 おっさんも死んだままだろうし、パティもいないだろう。

 ひょっとしたら、エステルも、カロルも、ラピードも……。

 

 ……だが、確認しなければならない。

 そして、誰もいなかったら、今度こそ―――――――仲間を葬りまくった狂人なんて必要ないだろう。

 

 のろのろとオレはベッドから立ち上がる。疲弊を感じる資格があるのかと疑いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からエステリーゼ様の専属護衛官を務めさせていただくことになりましたユーリ・ローウェルです。よろしくお願いいたします」

「ユーリさんですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 記憶の中にあるよりもチビで、しかし幾分か高音のボイスでぺこりと頭を下げるエステルに、オレは思わず笑いが込み上げそうになる。

 バカ丁寧に挨拶をする自分を嗤いそうになったのもあるが、こんな時代からでも性格の変わっていないエステルを見ると、安堵とともに妙ちきりんな気分を抑えきれない。

 

 相変わらずの桜色で短かい髪の毛。

 草原を内包する、顔の面積に占める割合の大きいパッチリとした瞳。

 純白なプリンセスドレスを纏わせられるのは、成長する前の純真無垢さの表れゆえか。

 でも、オレの顔の中ほどまで背があるのは、やはり女の方がこの時期は若干成長が早いからだろう。もちろん、胸はない。

 オレの肉体年齢は13歳、コイツは10歳。……微妙に以前よりも相対的に背が高いことにややムカつく感じがしないでもないが、とりあえずは存在していることに一安心といったところだ。

 

 頭を上げた幼気なエステルは、目を見開きながらオレのことをじっくり、まじまじと見詰める。

 ……相変わらず、いじらしいほどに人に慣れてないやつだこと。

 

「……ビックリしました。こんなに若い方だなんて」

「騎士団は実力主義だからな。剣の腕さえあれば、年齢なんざ関係ねぇさ」

「あ……そうなんですね」

 

 とつぜん敬語を崩したからか、エステルは戸惑ったがすぐに納得の表情になる。

 どうせ言葉遣いなんざ気にしねぇヤツだから、こっちも遠慮なくタメ口になれる。

 

 調べてみても、やっぱりシュヴァーン隊はなかったし、フレンもいない。

 ラピードは、あと3年半経たないと生まれて来ねぇし、カロルは……いるとしたら4歳児。ダングレストの親元にいるだろう、恐らく。

 だから、オレのやれることは、始祖の隷長からエステルを守るってことになる。

 

 んで、ちょっくら乱暴に騎士団の門を叩いた。

 ま、騎士団が実力主義なのは間違いないが、希望のポストに就くには少しばかり賄賂が必要だったのはコイツには内緒である。

 アレクセイの身分差を厭わない騎士の登用にこの時ばかりは感謝するとともに、騎士団の腐敗を嘆かずにはいられない。

 今回は、大いに便乗させてもらったが。

 

「でも、わたしの師匠(せんせい)を打ち負かすなんてすごいです。とっても強いお方なのに」

「相手もオレがガキ過ぎて油断したんだろうよ」

「そんなことないですよ。師匠は年も身分もまったく気にされない方ですから」

「もういいだろ、過ぎたことは。それより、これからよろしくな、エステル」

「はい! ……エステル? エステル…………はい、こちらこそ、よろしくお願いします、ユーリ!」

 

 18歳の時と同じように、新しい愛称を口ずさみ、丸みを帯びた相好を崩すエステル。

 ……頼むから、“エステル”に感動するのは今回で最後にしてくれな。オレ次第なんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 それからは、心が洗われる日々だった。

 

 まだ慣れない手つきで剣を振るうエステルに、オレは厳しく指南した。

 オレの剣術は、独自で作り上げたとはいえ、基礎は騎士団で習得している。

 記憶の中のコイツは、型に嵌まった丁寧な剣術だった。

 旅の中でべつだんの不自由はなかったから、その基礎から離れようとは思わない。

 ……ただ、非効率な部分も素直に継いでいるため、自分で考えさせて、もっと効率的な剣の振り方はないかを考えさせた。

 エステルは、厳格な指導でもへこたれない。だから、強くなってもらわなきゃ困るという意味も込めてこっちもガンガン詰め込んだが……あんまりにも嬉しそうにやるもんだから、却って面食らった。

 ここまで激しい指導に根を上げない騎士の卵も、そうはいねぇってのに。

 

 訓練ばっかじゃつまんねぇし、たまにエステルをこっそり外に連れ出した。さすがに箱入りが過ぎてたからな、成長したエステルは。

 剣の修行と託(かこつ)けて、例の女神像の仕掛けをくぐり、不安げで、真面目なエステルの制止を引きちぎって、たびたび城の外で太陽を浴びせた。

 腰が引けていたエステルも、一回お外に連れ出せばこっちのもの。

 肉屋で見慣れないビーフやポークの生肉をしげしげと眺め、服屋でふつうの女の子と同じように何時間もあれこれ試着し、生まれて初めてのアイスを丸ごと頬張って頭痛に悶えたり……。

 相変わらずの好奇心の乱反射で、引き戻すのが大変だった。ったく、隠密行動を弁(わきま)えろっての。

 殺伐とした異常に喘いでいたオレとしては、こんな日常的な光景を享受していいもんかと思ったが、満面の笑みではしゃぐエステルにいつしかそんな疑問は消し飛んでいた。

 

 

 

 いっかい外に連れ出してから、初めての時の逡巡もどこへやら、エステルは剣の稽古の度に外に連れ出すことをせがむようになった。

 目を輝かせながら懇願するエステルを押し止めるのはなかなかに大変だった。剣の訓練に段階を設けて、ここをクリアしたらオーケーと、あれやこれや条件をつけても、あっという間に乗り越えちまう。

 思った以上に強くなるのは結構だが……賄賂だってそんなに何回も通用するもんじゃねぇんだぞ。

 

 そんなこんなで、エステルは、すくすくと成長していった。……一時、オレの身長を抜かしやがって、この野郎。

 

 

 

 とはいえ、オレがエステルを世話していただけじゃない。

 旅の中じゃあんまなかったことだが……エステルにはかなり助けられた。勉強面で。

 

 ある日、オレが前周と同じように、魔導器の専門書に顔を顰めていると、

 

「なんです、それ?」

 

 オレの部屋に入って来たエステルが、興味津々、訊ねてきた。

 専属護衛官、っていう都合上、オレはエステルの私室の隣の部屋に住んでいる。

 いちおう、身分とか諸々の理由で出入り禁止だが……もはやそんなことを律儀に守りはしないエステルである。誰のせいなのやら。

 

「どうもこもねーよ。難しい本ってだけ。……エステル、わかる?」

 

 お手上げな俺は、エステルに分厚い本を渡した。

 本には目がないエステルではあるが……

 

「ダメです。わたしにも難しくて」

 

 今回ばかりは首をひねってからかぶりを振った。

 

「だろうな。でも、オレ、何としてでもこれを理解しなきゃいけねーんだよな」

「……ユーリ」

「ん?」

 

 振り向くと、エステルは口角をこれ以上ないほど大きく上げていた。

 要するに、ものすごく得意げな表情だった。

 

「勉強って言うのは、簡単な、分かりやすい本から入るのが一番です。

なので、まずはもっと薄くて、簡単な本から入りましょう」

「……そうなの?」

 

 剣術は体で、もしくはほとんど見ただけで吸収できたオレにとって、その発想はなかった。

 いや、空回りし過ぎて辿り着けなかっただけかもしれないが。

 

「はい。まずは、わたしの部屋にある教科書から始めましょう。

わたしも一緒に頑張りますから」

「……そうだな。なら、よろしく頼むわ」

「はい!」

 

 ああ、そう言えば。

 コイツは、人の役に立つのがものすごく好きな奴だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エステル先生は大したもんだった。

 

 齢はオレの方が断然重ねているはずなのに、本の読解力だとアイツに敵ったことはほとんどない。

 いつも先にアイツが読み終わって、オレが躓いている部分を極限まですりつぶして解説してくれる。

 おかげでオレもオートミールのように知識の消化が速くなり、あの分厚い本の数式群も徐々に解きほぐされていった。

 2年も経つ頃には専門書の読破も終わった。それじゃ足りないから、エステルが家庭教師に頼んで城の蔵書を引っ張ってきてもらったり、オレが騎士団に頼んでアスピオから稀覯書(きこうしょ)を送ってもらったりして、段々と応用を積み上げていった。

 いろいろと分担しながら、内容について議論を交わしあい、魔導器についての理解をさらなる深みにまで踏み込んでいく。この辺りになると、エステルの家庭教師を遥かに凌駕していた。

 本に書かれていること……すなわちリタの通ってきた道を概ね踏破した後は、昔の旅で見聞したことをそれとなくエステルに披露して、星喰みを倒すのと似た装置をエターナルソードに組み込んでいく。

 この剣は、硬度が非常に硬く、材質的にちょうどよかったのだ。

 2人でリタの頭脳の代わりを担い、エターナルソードは、打倒スパイラルドラゴの剣へと変貌を遂げる。もう、これ以上は強化できないほど改造した。

 オレもエステルも調子に乗ったのか、それ以外にもいろいろと改造を施して、エターナルソードは多機能型の剣にしてみた。ま、これは枝葉末節のことだけどな。

 

 

 

 古代ゲライオス語も似たような感じだった。

 エステルは、魔導器以上に古典や語学に関しては天才的で、スポンジで水を吸収するように単語を覚え、複雑な文章の解釈も瞬時に提示する。

 スパイラルドラゴについては、特性についての記述を除いて大きく役立つものはなかったが、古代ゲライオス文明の古文書で魔動器について現代ではできなかった発想が書かれており、魔導器研究をより進捗させた。

 あと、御伽話の類からも、意外とスパイラルドラゴの伝説じみたことが描かれていて、全貌解明に邁進できた。

 まぁ難点だったのは、どれもこれも強大さばかり記載されていて、肝心の弱点についてはまるで記述はなかったことであるが。

 

 オレは、フレンには剣も体力も負けていた。エステルには学習面では全く敵わねぇ。

 どうにも、劣等感に置かれる立場が宿命付けられているらしい。

 ……だが、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

  

 

 そんなこんなで、年月を順調に積み重ねていった3年後のこと、エステルが13歳の時のことであった。

 

「ユーリ……」

 

 オレがエステルの部屋を詣でると、どでかい天蓋付きのベッドで毛布の塊が、か細い声を出した。

 

「エステル、どうかしたか?」

 

 声には出さなかったが、エターナルソードの副作用が、病気という形でエステルに及んだんじゃないかと、内心で肝を冷やす。

 オレは、小走り気味にエステルの元へと駆け寄った。

 ところが――

 

「えい!」

「………………」

 

 布団からひょっこりと、リンゴのような顔を出したエステルが、オレの腕を引っ張った。

 武醒魔導器を装備していたが……13歳ごときの腕力で無駄に強くなったオレを動かせるはずもない。

 

「あ、あれ? ……えい、えい!」

 

 真っ赤な顔のまま、目をぎゅっと閉じてエステルはオレを一生懸命引っ張った。

 むろん、オレは動かない。

 

「……何してんの、お前?」

 

 色んな意味でオレは訊いた。

 

「だって、ユーリと離れるの寂しくて……今日は一緒に寝ようかと」

「………………はぁ」

 

 どうやら、男をベッドに引きずり込むという真意は理解していなかったらしい。

 とはいえ、心配させてこの野郎という気持ちと、アホかお前の気持ちで、軽くエステルの頭にチョップを下ろす。

 

「いった~い! 何するんです!?」

「それは、こっちのセリフだっつーの」

 

 さほど強くないだろうに、大げさに頭を両手で押さえるエステルに、オレは呆れの籠った溜息を吐き出す。

 

「いっつも隣の部屋にいるんだから、寝るときくらい我慢しろよ」

「だって、最近、『寂しい』っていう気持ちを知ってしまって……ユーリと離れると、とたんに胸がスカスカになるというか心にぽっかり穴が開いた気分になるんです……お願いです、ユーリ。一緒に寝て下さい」

 

 成長したエステルは、旅の中で当たり前のように男女別で寝ていたから、きっと貞操教育は施されていたんだろう。

 んで、このちっこいお姫さま(暫定的に上回っているのは無視して)は、生憎とおしべとめしべについてまで学習を終えてない、と。

 だから、いつか身悶えするであろう発言を平然としているんだろうな、と思った。

 

「却下だ」

「どうしてです!?」

「あとでわかる」

 

 説明を放り投げて、クルリと方向転換したオレの腰に、布団から飛び出したエステルは抱きついてきた。

 

「……聞き分けのねぇお姫さまだこと」

「ユーリこそ、わたしはお姫さまなんですから、あなたのご主人様なんですから……わたしの命令を聞いてください!」

 

 コイツが、身分を理由に命令してきたのは、オレの記憶の中でも初めてのことだ。

 その記憶の堆積が、オレの思考を一時停止させたのか、次に喋ったのもエステルだった。

 

「わたし、幼いころに両親を亡くしてて……それ以来ユーリみたいに気さくに接してくれる人は初めてだったんです。

だから、人に飢えているというか、こうやって肌と肌で触れ合える人を心の中で求めていたんだと思います。

お願いです、ユーリ! 一緒にベッドで寝てください!」

 

 ……爆弾発言はともかく。

 なんかやたらと切羽詰まってる感じがしたのはそのせいか。

 あの旅に出る2年ぐらい前は、フレンを定期的に会って寂しさを紛らわしていた。ま、アイツは堅苦しいからこんな事を頼めるはずもないが。

 んで、旅をしている時は、どんどん仲間が増えていったから寂しさもなくなっていたが……今は身分に頓着せずに接する非常識なヤツはオレしかいないからこうしてオレに懐いてきた、と。

 とはいえ……その将来のお前の絆をまるごと奪い去ったオレが素直に頷けるはずもない。

 

「……お前の事情は分かった。けど……やっぱ、オレじゃダメだ。

オレじゃ、お前と、ずっとは一緒にいられない」

 

 言葉の選び方を間違えたと思った時には、もう遅かった。

 

「なんで……なんでですか! わたしはユーリと一緒にいたいです! ずっと一緒にいたいです!

それなのに、それなのに……どうして、そんなことを言うんです!?」

 

 ひしと腰に巻き付く腕の強さが、さらに増した。コイツが権力を笠に着るヤツだったら、命令を受けた騎士たちによってオレは緊縛されていたかもしれない。それくらい、強かった。

 そして――涙まで零してきた。もう、振り向かなくてもわかる。

 

「悪かったよ、エステル。……けどな、お前には、オレよりも頼りになるヤツがいつか現れ「今です! 今の話をしているんです!」……」

 

 荒唐無稽な行動以外で、エステルがオレを怯ませたのはこれが初めてだったような気もする。

 旅の間もそうだし、3年の城勤めでコイツのことを深層まで理解したと思ったが……どうやらそうでもなかったようだ。

 過去を掘り下げていくと、意外なほど深い傷跡がコイツの中で疼いていたということか。

 そう思うと……あんまり無下にもできねぇな。

 

「……エステル」

 

 エステルの腕をそっと緩めてから向き直り、なるべく真剣みを帯びさせた語調で声を落とす。

 泣き腫らしたその面(つら)は、自分でも意外なほどオレの心にずっしりと圧し掛かってきた。

 ことによると、前回の周で嫌というほど味わった寂寥感が、響いたのかもしれない。

 あの想いの中に幼年期からエステルが沈潜していたとするなら――

 

「その思いには応えきれねぇ。……けど、お前の元から離れたりはしない。

だから……安心してくれ」 

 

 歯が浮くような台詞。しかし、弱っちぃ弁明。

 だが、罪人たるオレにはこれが精一杯だった。

 サラサラとした髪の毛を梳(くしけず)る。お前にこうすることすら浅ましい所業なんだぜ。

 

「………………わかりました。すみません、取り乱して」

 

 明らかに不承不承の声色であったが、エステルはきっぱりと身を翻してベッドへと戻って行く。

 記憶よりもずいぶんと小さいその体は、サイドテーブルに置いてあるヨレヨレのクマのぬいぐるみを引っ張って、また毛布の塊へと変化した。

 幸いにして暗い部屋の中では、団塊が小刻みに震えている原因がよくわからないように自分の心を韜晦(とうかい)することができた。

 むろん、真摯に向き合うこともなくオレはエステルの部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

「エステル……ねぇ」

 

 隣の部屋に帰ったオレは、適当な椅子に腰かけ、もう何年も一緒にいる――仲間と見做していた少女のことを想う。

 

 エステル――嫌いではない。いっつもバカで真面目で、そして未熟さの残るピンクのお姫様を疎ましく思ったことは一度もない。

 今回の周で、その存在自体がどれほどオレに恵みをもたらしたか――アイツには想像もつかんだろうな。

 勉強をリードしてくれたことはもちろん、ただ隣の部屋にアイツがいるだけで、赤い花畑の中で亡霊が出て来る悪夢に苛まれることもなくなった。

 

 だからこそ――オレにはもったいない。

 

 身分差なんざどうだっていい。オレの周りにもアイツの周りにもまともな絆がない以上、そんなものはどうでもいい。

 でも、オレじゃダメだ。アイツから何もかも奪っちまったんだ。

 襲撃してくる始祖の隷長がいなけりゃ、もう顔を見せることすら許されない領域に達してしまっている。

 こんな泥濘の河に沈むべき悪人が、穢れをまったく知らない女の子をどうこうしていいはずがない。 

 

 だから――無理だ。

 

 そう心に蓋をしたオレは、さっさとベッドへと潜り込んだ。

 

 

 

 ――めんどくせぇ。余計な贈り物をしやがって。

 

 

 

 寝心地の悪さから、オレはエステルにそう悪態をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「ユーリ、わたしがんばりますから!」

 

 翌朝、やや気まずい心持ちでエステルの部屋を訪ねると、エステルから溌溂(はつらつ)にそう宣言された。

 顔をやや赤らめながらも、決然と言い切るその語調から翻心は難しそうに思える……というか、コイツが梃子でも簡単には動かせない頑固者だって知ってるから、オレはすぐに匙を投げた。

 

「そうかい」

 

 オレはにべ無く返答し、古文書を机の上に置いて、背凭れも格調も高い椅子に座る。

 するとエステルは、自分の椅子を引きずりながら、オレの隣に置き、左腕にすり寄るように腰かけた。

 内心まだ逡巡があるのか、オレの左肩に頭を乗せようか乗せまいか、プルプルしている。

 

「……エステル」

 

 ずいぶんとベタなことを、と胸中で失笑しつつ、しかし口調はいつもと変わらないように声をかける。

 

「は、はい! なんでしょう!」

 

 成長したエステルよりも、2オクターブほど甲高い声が耳元に響いた。

 

「本開きづらいんだけど」

「あ、す、すみません!」

 

 とっくの昔に知っているが、何かに集中すると周りのものが見えなくなるのはコイツの悪い癖だ。

 注意を受けたエステルは、今度は椅子をテーブルから思い切り離す。

 そして、離し過ぎたと遅まきながら思ったようで、どのぐらいがちょうどいい距離なのか思案しながら、ようやく落ち着いた場所に置いた。

 

 ――相変わらず、コイツはバカだな。

 

 騙すとか誑かすとかそういうのが一切できない小さな体に、オレはよくわからない溜息をついた。

 

 

 

 

 これを皮切りに、エステルの、拙(つたな)すぎて見ていられないアプローチは激化した。

 

 まず、へそ出し肩出しの、なんかの漫画にあったような魔法少女のコスチュームを外出の時に購入し、頻繁にオレに披露した。

 ニーソックスから覗く白く透き通った絶対領域に関しては悪くない。――もう少し体が大きかったならば。

 いかんせん13歳の身体で、もう年齢を数えていないオレを魅了するのは不可能である。

 だからオレがすげなく普段通りに接していたら、むくれたエステルが自分でスカートを捲り上げて紺色のパンティーを見せてきた。

 さすがに、はしたなかったので叱ったが。

 

 別の日は、料理にチャレンジした。

 厨房を借り、レシピを開いてなんかかんかの料理をオレに差し出してきた。

 それがハッシュドビーフだとわかったのは、煮詰まり過ぎているのに、なぜか赤ワインのアルコールが残存していたからである。

 本来のさまざまな具材と食感を調和した味もどこへやら、エステルのハッシュドビーフは、しょっぱい以外の感想が出て来ない。

 多少なりとも言葉に気を付けてあれこれ指摘したが、聞いている内に涙目になってきたエステルを憐れに思えてきたから、オレ自身の身の安全も考えて料理の手ほどきをすることにした。特に味見の重要性を強調して。

 すると、エステルはパッと晴れやかな顔になるもんだから……いつの間にやら女狐に転じたかと思った。

 もっとも、馴染みきった性格というのは、そう簡単に抜けるものではないことがすぐにわかったが。

 

 剣の稽古や勉強中にそんなアプローチは仕掛けて来ない。ある程度の分別がついていたのは幸いだった。

 あるいは真面目な時は真面目にやることも、コイツに思いつける戦略の一つだったのかもしれないが。

 ただ、ことあるごとにオレの部屋に入って来てわざとらしくオレの膝に座ろうとしたり、ベッドに潜り込もうとするもんだから少々辟易した。

 ハロウィンの時期には、魔女っ娘コスチュームで「ト、トリックオアトリート……!」と、明らかにトリックの方を期待した目線と震えた声で仕掛けてきたリ。

 クリスマスの時期には、ミニスカサンタのコスチュームで、空気穴を作るのを忘れたドデかいボックスに入って、オレが来るまで酸欠で目を回していたり。

 まぁエステルなりに一生懸命考えたんだろうなーというアプローチや、季節感あふれるアプローチを企ててきた。

 

 ただ、あんまりにもオレが素っ気ないと、「いいんです、いいんです、どうせわたしには魅力がないんです」と拗ねてベッドから出て来なくなる。

 そういう時は、さすがにオレも反省して膝枕をしながら髪を梳いたり、お姫様抱っこをしたり、逆に料理を振舞ったり(鍋焼きうどんとかの庶民の味がコイツの好みだったりする)して、ご機嫌を取ってやった。

 どれもこれもあっという間に元気になるもんだから、コイツは単純で助かる。

 ――まぁ、それだけでもない。

 

 いつもいつも考えが見え透いていて、策略も何もあったもんじゃないアプローチばっかであるが……存外オレには効いていた。

 オレは、案外頼まれることに弱かったりもする。たいていは、頼まれる前に問題の解決を図るから。

 エステルのことはもともと嫌いではないし、そのそばから離れられない。だから、未成熟な身体とはいえ、ほとんど直接的に好意をぶつけられると――オレの心も揺れ動いてくる。

 鬱屈とした時間周回、他に行く宛てもない自分の身。その中で、今回のエステルの存在はとても心地よかった。

 当然と言えば当然か。もうすぐラピードに会えるかもしれない、カロルに会えるかもしれないとはいえ――今現在、エステル以外にオレの絆は存在しないのだから。

 コロッと落ちてしまっても良かった。アイツの想いに応えてもよかった。――オレの心が穢れていなかったならば。

 

 むろん――オレがエステルに縋るわけにもいかない。本当は傍にいる資格だってない。

 エステルに絆(ほだ)されそうになる度に、アイツから絆を奪ったのは誰だ、と内奥からの呵責の槍がぐさぐさとオレを突き刺すのだ。

 それで、どうしても落ちるわけにはいかないから――結果としてオレは何でもないような振る舞いをしてしまう。

 

 絆が欲しい。けれど、エステルに甘えるわけにもいかない。

 

 噛み合わない歯車がガリゴリと不協和音を立てる。そんな葛藤が、だんだんとオレを苛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 頃合いを見て、ラピードを拾ってきた。

 アイツが前の主人から離れて、帝都の犬のビッグボス争いに敗れて大怪我をしているところを外に出たオレとエステルで手当てをしたのだ――フレンがいたときは、フレンとオレで必死に怪我を治したんだがな。

 エステルの治癒術は――使わせるのに躊躇いはあったが、下手を打つとエターナルソードの副作用に呑まれる可能性がある以上、背に腹は代えられない。

 オレが何をするでもなく、エステルはあっという間にラピードの怪我を治癒した。

 

 ラピードは、今までの旅の最中において、エステルには素っ気なかったが、今回は別だ。

 仔犬のラピードは、しょっちゅうエステルをぺろぺろと舐め回した。エステルも、初めてのペットを持てて嬉しかったようで大いにはしゃいでいた。

 

 その姿を見て。

 ラピードが存在してよかったという安堵は別として。

 ほんの少しラピードに腹を立てる自分がいたことに……ずいぶんとエステルに毒されたもんだと、自嘲した。

 

 

 

 

 

 

 “ほんの少し”でもなかった。それからはイライラする日々が続いた。

 

 エステルがオレを見てくれない。ラピードばかり見ている。それに腹が立ってしょうがないのだ。

 むろん、最初はラピードが来たばかりからだと妥協した。エサやりも、お風呂に入れるのも仕方のないことだと自分に言い聞かせた。

 だが、エステルは一点集中の性格。ラピードの世話をしている最中、アイツの視界にはオレが入っていない。入る余地がない。

 

 とろけるような無垢な微笑みも、耳朶を柔らかく愛撫する声も、小さくも透き通るような肢体も……すべてラピードに独占されているのだ。

 

 思い出す。前周の、ラピード以外すべて喪ったことを。

 誰もいないという飢饉を。

 誰かが欲しいという飢えを。

 否が応でも思い出させられた。

 

 エステルがオレを見てくれる時間が減るのに反比例して、オレがどれほどエステルによって満たされていたか、知った。

 そして、エステルの誘いをすげなく断ち切っていたオレがいかほど愚かであったかも理解した。

 前回、嫌というほど喪失の痛みを、寂寞の辛さを理解したというのに……。

 

 ラピードじゃダメなんだ。

 人に擦り寄るわけじゃない、素っ気ない性格っていうのもあるが、やっぱ人でないと。

 包んでくれる奴じゃないと。

 

 ……そんな内に秘められた想いを、たぶん表面上でも抑えきれなかったのだろう。

 

「ユーリ、最近、あんまり元気ないですよ?」

 

 魔動器の研究中、憂いの篭った口調で、エステルが訊ねてきた。

 まさか自分の飼い犬に嫉妬しているなどとは言えまい。

 オレを取り巻く社会が喪失したとはいえ、まだそれぐらいの矜持はある。

 

 ちなみに、その件の犬は制服姿のエステルの生脚の上に乗っかっている。

 ほんの少し前に、オレが転寝(うたたね)した隙にエステルがオレの頭を乗せてくれた至福の枕の上に。

 あの時はオレへのサービス精神のつもりで着替えたんだろうが、今はラピードの毛皮を地肌で感じたくて制服姿になっているのだろう。

 

 気に入らない。たまらなく、気に入らない。

 お前の向いていた相手はいつだってオレのはずなのに、どうして今は犬の方に集中しているのだ?

 

「別に」

 

 エステルの膝の上で丸まっているラピードを一瞥することなく、それどころかエステルの方に視線を向けることすらなく、オレは本に目を落とし続けるフリをした。

 

「もう。また、そうやって誤魔化すんですから」

 

 本の内容など頭に入っていない。見ているのはエステルの膝の上。

 エステルはむくれながらも、ラピードを丹念に撫で続けている。そう、丹念にだ。

 そのたおやかな手つきはよほど心地よいのだろう。ラピードも、かつて見たことがないほどスヤスヤと眠っている。

 ――オレの枕で。

 

 しばらくして、エステルは眠っているラピードをバスケットのタオルの包みへと運んだ。

 そして、心の中でほっと一息ついているオレに、柳眉を逆立てたエステルが戻って来て、

 

「それで、何に悩んでいるんです?」

  

 腰に両手を当てながら詰問してきた。

 いつもは優しさを湛える草原の瞳も、いまは妥協を許さないと語っている。

 

「………………」

 

 それでも、オレは黙秘した。誰が話せるというのか、犬を妬んでいるということを。

 同時に、かつてこれほどまでにエステルに対して畏怖の念を持ったこともなかった。

 自分がエステルに支配されている――そう自覚しなければならない。

 

「……もういいです」

 

 目を逸らし続けるオレに、エステルはプンプン怒りながら本を持って部屋から出て行こうとした。

 嵐が去ったと弛緩するオレに――エステルは痛烈な一撃を放つ。

 

 

 

 

「そんなユーリ、嫌いです」

 

 

 

 

 その一言で。

 身体がかっとなった。

 内側の血液がすべて蒸発するような強烈な煮えに襲われる。

 すぐ後に、極寒ともいえる冷えが襲ってくる。

 溶鉱炉から出たばかりの溶銑が一気に冷銑になったような、強烈な変化だ。

 ――そして、オレは爆裂した。

  

「きゃっ!!」

 

 気が付いたら、オレはエステルを後ろから抱き留めていた。エステルの悲鳴でようやく自分の所業が理解できたのだ。

 しなやかな身体を捕まえて、視界は桜髪で埋め尽くされ、鼻腔をエステルの首元にあてる。

 どうやらエステルは、抱えていた本を落としたらしいが、オレにはそんなもの映らない。

 ただただ、エステルという温かみと香りだけあれば良かったのだ。

 

「ゆゆゆゆゆゆゆユーリ!?」

 

 見ずとも、エステルがどんな表情をしているかわかる。

 熱で凝固しているであろうエステルの身体を、オレは一寸の隙間すらないほどにひしと抱き締める。

 最近ようやくエステルの頭に顎を置けるくらいの優位的な身体を以て、オレはエステルの支配に取り掛かった。

  

 まず、両腕とオレの胸の中という拘束具でエステルの身体に残る力という力を大かた吸収する。

 震えていた身体が、頼りなく垂れ下がったのを確認した後、オレはエステルの耳元にふ―っと風を吹きかける。

 

「ひゃっ!」

 

 未知の刺激に驚愕しているエステルに構うことなく、現われ出た、美しくも赤い耳にもう一つ刺激を――食んだ。

 

「はぅっ!」

 

 バラエティー豊かな悲鳴を提供してくれるエステルの、媚びなき嬌声を心地好く感じながら、外耳を甘噛みした。

 姫さまともあらば、耳にまで美容に気を遣われているようで、コリコリとした食感を歯で感じ、段々とした軟骨を階段をステップするように舐め回す。

 流れ出ている汗の塩分も、今は素晴らしいアクセントになっている。

 そして、十分に堪能した後、エステルの耳がオレの涎でビチャビチャになっていることでオレの跡を付けられたことに満足する。

 名残惜し気な意味を持つはずの粘液の糸も、エステルとの確かな繋がりだと確信でき、独占欲を満たした。

 そして、最後に、「ほらほらユーリ。わたしは首元が弱点なんですよ」と、わざわざ嘯(うそぶ)いてくれた情報を十全に活用し、ワイシャツの襟元に舌を忍び込ませる。

 

「ひゃっ…………はぅーーー」

 

 オレがきめ細やかな肌を味わうとともに、エステルはその場で崩れ落ちる。

 しぶとく体内に残っていたエステルの力も、これで完全に抜けきった。

 オレはいったん解放し、皇族の部屋らしくやんわりとした絨毯の上に頽(くずお)れるエステルを満足げに見下ろした。

 充分に支配欲求が満たされた後、コイツの大好きなお姫さま抱っこをすべく膝を折る。

 膝の裏と背中に腕を通した後、何が何だか状況を理解していないエステルの虚ろな瞳に苦笑しながら、文字通り軽々と持ち上げた。 

 そして、今いるコイツの部屋ではなく――隣のオレの部屋の、ベッドへと向かう。

 

 ベッドに着いたと同時に、ようやくエステルも焦点を合わせられ、正気を取り戻したようだ。

 だが――もう遅い。逃がしてやれる時期は疾うに過ぎ去ったのだ。

 

「はぁはぁ……ユーリ、ど、どうしたんでしゅ……?」

 

 いろいろと刺激が強過ぎたせいか、エステルの呂律が回っていない。

 真っ赤なエステルの頭脳は、未知の感覚を未だに処理しきれてないみたいだ。

 

「どうしたって……オレにこういうことして欲しかったんだろ?」

 

 イタズラっぽく、オレは答える。

 エステルの頭の脇に両腕、腰の脇に両膝をついて、エステルのためだけの檻を拵える。

 

「こうって……わたし……まだ、こごろのじゅんびが……」

 

 そういえば、最近貞操教育が行われて、トマトになりながら聞いていた。

 齢14では、いささか怖いかもな。でも、オレはもう妥協しない。

 

「……エステル」

 

 囁いたオレは、グイっとエステルの顔に近づいた。

 天井すら、エステルの視界に入れることを許さない。 

 

「……! ひゃぁっ……!」

 

 悲鳴を上げたエステルを、改めてつぶさに観察する。

 

 桜の花びらをそっくりそのまま引き継いだんじゃないかと思うぐらい桃色に栄える髪の花園。

 太陽が何よりも照り映えさせ、しなやかにして瑞々しい触り心地をも内包する女の美の究極体。

 今は、あたふたと困惑を表す柳眉も、ふだんは物柔らかな円(まど)かさを醸し、出会うすべての人間緊張をやんわりとほぐす。

 大きくパッチリと見開かれた瞳は、コイツにとっては未知のはずの青々とした芝生を描き出す。

 記憶の中にあるよりはなだらかな顎のラインも、出会った頃と比べるとだんだん尖り始め、成長の兆しをキッチリ見て取れる。

 

 現在の服装はブレザーの制服姿。

 真っ白なワイシャツを赤いネクタイで締めるという露骨すぎるコントラストを、黄土色のブレザーが和らげて調和させる。

 「ちょっと長めのブレザーの袖で、手の平を隠しているのがポイントなんですよ」とおててを挙げて、生意気な口調で語っていたが、確かにエステル特有のいじらしさを醸成するにはベストマッチングだ。

 赤いチェックのミニスカートからは、日焼けすることなく育った白磁で、潤いたっぷり美脚を存分に大胆に露出する。それを黒檀のようなハイソックスが際立たせるものだから、憎らしくて仕方がない。

 スカートの中身が黒のパンティであると、先日わざわざ生の情報で教えてくれた。

 

 こんな美味そうな獲物を今の今まで見逃していたとは……目が腐っているにもほどがあるぜ。

 

 もういい。オレが生きるにはコイツが必要だ。

 罪? 罪悪感? そんな心の留め具はいったいどこへ行ったのやら。

 本能の歯車が強過ぎて、あっという間に吹き飛ばしてしまったぜ。

 

 いや、忘れたわけじゃねぇ。ただ、生きる気力を削ぐ言い訳にするのをやめにしただけだ。

 御託はもういいんだ。オレにはエステルがいなきゃダメ。そう自覚した以上、もう生きる気力をエステルから貰い受けるほかない。

 身重にしなけりゃいいんだ。身分はどうでもいいが、エステルが身を守れなかったらマズいからな。

 ということで――

 

 まずは、キスを落とす。

 

 オレは、腰を落とし、エステルに体重を乗せて、身体の中心を固定する。

 両手を挟み込むようにして、エステルの火照り過ぎている顔を逃がさないようする。

 そして――エステルの桜貝にオレの唇を落とした。

 

「んんっ! ……ん………………」

 

 エステルは電気ショックを受けたかのように一瞬ビクンと身体を跳ねさせたが、すぐに大人しくなった。

 すぐにエステルの唇という柔らかな門扉だけでは飽き足らなくなり、口内への侵襲を開始する。

 歯は閉じてないが……やはり、怯える羊のようにエステルの舌は大人しかった。

 あれだけアプローチをしたくせに、と不満げなオレは、最初に外に連れ出した時と同じく強引に吸い出す。

 肌と同様に、エステルの舌はざらつきが少なく潤っていて、優艶であった。

 味わいつくすほどにしゃぶりつくしてから、ようやく解放してやる。

 

「ぷはっ! はぁ……はぁ……」

 

 もうエステルの瞳はトロンとまどろんでいる。14のコイツには刺激が強過ぎて、いっぱいいっぱいだろう。

 

 次は、胸。

 いかんせん幼過ぎて成長した時のようなお手ごろサイズとはいかないが、それでもぷっくりと膨らんでいる小ぶりのサイズ。

 揉むというよりは、手の平で摘まむようなイメージでまずは制服越しに触感を確かめる。

 

「あうっ!!」

「おお、わりぃ」

 

 どうやら強過ぎたようで金切り声を上げた。しかし、まんじゅうのようなモチモチ感としっかりとした弾力は手の平に残る。

 直に触れてみたくなって、エステルの制服を脱がしにかかった。

 まずは、お腹のあたりまでを留めているブレザーのボタンを、続いて全身を上半身を覆うワイシャツのボタンを下からじっくり一つ一つほどいてゆく。

 ボタンが外れ、直接空気に触れていく地肌の面積が増えていく度に、横隔膜の上下運動は激しさを増し、しかし目は虚ろなまま一点だけを見据えている。

 荒い呼吸音のBGMに、黒いブラジャーが露出する。――まったく、コイツには白が似合うってのに、無駄に大人らしさを追求しやがって。

 でも、それもオレに気に入られたいからだと思うと、ゴクリと唾を飲み込みたくもなる。

 ブラジャーを捲し立てて、肌色の全容を掌握したと確信した時、オレの身体も内側から燃え立ってきた。

 

 そして、乳房がオレの目に曝されたあたりで――突然、エステルの腕が邪魔をしに来る。

 

「エステル、腕どけろよ」

「だ、ダメです……。こんな、ち、ちいさな胸だと……」

 

 口を尖らせても、エステルは自信がないから余計に強く、腕をクロスさせて乳房の防備を固めてしまう。

 オレにはよくわからんが、確かに胸の大小にやたらとこだわるヤツがいるのは事実だ。

 だが、エステルしかいないオレにとってはもはやそんな贅沢なことなど言っていられない。

 だから、とっとと力づくでどかそうと思ったのだが……少し考えてちょっと趣向を変えることにした。

 

「きゃっ!!」

 

 オレは俄かに腕を背後に回し、スカートの中身――恥部を指で突っついた。

 予期せぬ刺衝に、エステルの腕は思わずそちらに回ろうとするが、馬乗り状態にされて上体を起こせず、そこまで腕の長くないエステルに届くはずもない。

 なので、目論見通り両腕が解かれ、肌色のちんまりとした膨らみと本当にチビのイチジクのような赤い突起が露呈する。

 本能的にオレは、その小さな丸い膨らみに舌を這わせた。

 

「あぅっ!」

 

 エステルはとても艶めかしい声を上げる。それがよりいっそう、オレの嗜虐心を盛り上がらせた。

 今度は、口全体で、乳首と乳房を纏めてしゃぶることにした。

 

「ん~~~~ッ!!」

 

 コロコロと、口内で凝った乳首が回るのを、汗の塩分と共に愉しんだ。

 吸うというよりも飲み込むような感じでエステルの乳房の触感を味わった。

 

「ゆ、ユーリ……」

 

 いきなり日常が破壊されたエステルは、呻きながらオレの名前を呼ばわる。

 胸から口を離して顔を見てみると、物欲しそうな顔に窶(やつ)していた。

 今までに見たことのない、屈服したメスの表情。

 ……あぁ、コイツの守護が必要でなかったら、この先に進めるのに。

 身体のキレをなくして万が一のことになったら目も当てられない。

 

 だから、オレは――

 

「はぅ……~~~~~!!」

 

 エステルに巻き付くことにした。存分に。

 顔を桜の森に埋め、腕は剥き出しの胸をガッチリと束縛する。

 ベッドを泳いでいるようなエステルの脚を、オレの両脚で螺旋状に縛り付けた。

 その柔らかな肢体は、やはり抱き枕としては最高の触感であった。ふわふわと雲を抱き留めているような感じがする。

 桃色の髪の芳香は、整髪剤と花蜜の甘さが和をつくり、オレの脳を蕩けさせる。

 そして――何よりも、“存在する”という温かみが、オレにとっては当たり前でない温かみこそが、何よりもオレの身体を満たした。

 ある種の母性を、女というより包み込んでくれるような温かみを、オレはずっと求めていたらしい。

 皇女という立場の人間に、かつてよりも幼げな体躯にそれを乞うのも、バカらしいと言えばバカらしい。

 

 だが、ダメなんだ。そんな常識に沿っているだけだと、得られないものがあるんだ。

 

 オレは二やついている。それが何の笑みなのか、もはや吟味する必要もない。

 

 オレは眠ったことがなかった。エステルを抱いて、それを初めて自覚した。

 

 心からコンコンと湧き立つ充溢感が体内を巡るのを細胞一つ一つで知覚しながら――

 

 

 

 オレは、眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のエステルとの関係は、以前とあまり変わらなかった。

 あの日から、数日の内こそどこか恐れている風であったが、毎晩いっしょに寝ることで段々とエステルの方も落ち着いてきた。

 それどころか、日が経つにつれてエステルの方からオレに向けて腕を伸ばし始めてきたのだ。

 ……まぁ、いつもいつも千里の道も一歩からという趣だから、毎度もどかしくなったオレの方から抱き寄せるのだが。

 

 ラピードとの関係も前周までと同じように、嫉妬することなくオレも世話をし始めた。

 まぁ、あの日以来、エステルがラピードよりもオレの方を長く見てくれることになったからなのだが……それにしてもコイツを妬む期間があったのは甚だ決まりが悪い。

 心に余裕ができると、ラピードがエステルにじゃれついていても特に何とも思わなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ――4年が過ぎた。

 

 

 

 

 

 魔導器を研究し、エステルを鍛え上げ、ラピードもすくすくと成長し、毎夜エステルを抱いて眠る……折々の季節の行事を介在しながら、そんな心穏やかな日常を過ごした。

 すべてが順調で、すべてがうまくいっていた。

 スパイラルドラゴの討伐のための装置もエターナルソードにでき得る限り組み込めたし、エステルも、ラピードもかつてとは比べ物にならないほど強くなった。

 

 

 

 何もかも上手くいく……そう思う度に、あの“呪い”は牙を剥くのだ。

 

 

 

 エステルが18歳を迎えて幾ばくも無いうちにフェローがやって来た。

 そして、オレは苦も無く撃退する。むろん、誰も怪我人は出ない。

 このタイミングで、オレはアレクセイ、キュモール、デデッキを暗殺した。

 エステルは、やはりフェローの調査に行きたいと言ってきたから、少し迷うフリをして頷いた。

 そうして、前回滅んでいたデイドン砦を避けて、クオイの森でカロルと合流できるように日程を合わせて帝都を発ったのだが――

 

 

 

「いやああああ!!!」

 

 

 

 エステルの運命を変えられ、ラピードも確かに今日まで生き延び、カロルにも久方ぶり会える……8年の歳月はエターナルソードの恐怖を弛緩させてしまっていたようだ。

 

 

 

 カロルは、魔物たちによって食べられていた。

 

 

 

 恐怖が貼りついたその顔は、もう二度と動くことが叶わない。

 喉笛を切り裂かれ、そこかしこの穿傷からとめどない血が流れている……嫌というほど見てきた、既に事切れている状態であった。

 かつて勇敢に仲間を救った、根底では勇敢な少年は、暗黒の森で人知れず命を散らしてしまっていた。

 

「ゆ、ユーリ……」

 

 涙目のエステルがオレにすり寄って来る。

 本来は、生々しい死体を初めて目に入れてしまったエステルを慰めるべきだった。

 男として、あるいは恋人として、そうすべきだった。

 

 だが――冷え込みの激しいぬばたまの闇は、かつての喪失を想起させ、オレの全身を凍えさせた。

 まるでゾフェル氷刃海にワープしてしまったかのような気分になったオレは――

 

 

 

 事もあろうに、エステルに縋りついてしまった。

 

 

 

 

「!? ……ゆ、ユーリ……?」

 

 自分を抱き留めるはずの体躯が、翻って自分を抱き寄せてきたから、エステルも面食らっただろう。

 だが――男らしさだとか、騎士道精神だとか、モラルだとか……いつの間にやらオレは喪失してしまった。

 エステルに縋ってはいけない、頼ってはいけない、情けない姿を見せてはいけない……一方のオレは殊勝にもそう叫んでいるのに、もう一方のオレを制止することはできなかった。

 

 

 

 久しぶりに、いや、もう何年経ったかはまったくわからないが……オレは落涙した。

 

 

 

 

「……………」

 

 息を呑むエステル。そりゃそうだろうな。

 身体だけは、外面だけは、いっつも強い所を見せてたもんな。

 でも……心は、ずいぶんと脆くなっちまった。

 もう、エステルなしには生きられないほどに……。

 

 

 

 ――ハルルの街の宿屋に着いて、オレは禁を破った。

 厳密に言うと、エステルが妊娠しないように気を遣ったが……。

 スパイラルドラゴを討滅するまで取っておくつもりだったんだけどな。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 ラゴウと、傍らにいたバルボスもついでに暗殺した帰路――

 

「その娘を渡してもらおう」

 

 禍々しい妖気を湛える剣を片手に銀髪の美丈夫――デュークがそう要求してきた。   

 始祖の隷長(エンテレケイア)たちが、コイツを憂える気持ちは、嫌というほどわかるが……生憎とそれを受け入れられるほど、オレも素直ではない。

 

 返事の代わりに『蒼破刃』を放った。

 

 

 

「なぜだ? なぜ止めを刺さぬ?」 

 

 天を見詰めながら、デュークが虚空に言葉を投げる。

 天候を操る魔動器を壊したから、積乱雲はなくなって、そんなに悪くない景色だろうな。いや、ある意味清澄すぎるお前の心には知りたくもない真実ばかりが映るのか?

 

「さぁな。なんとなくだ」

「……また、襲ってくるやもしれぬぞ」

「そん時は、また勝ってやるよ」

 

 いちおう、世界を守護する志に敬意を表するとともに、コイツを恋い慕う始祖の隷長がいきり立ってこないようにするためだ。

 恋い慕う人間の喪失は……痛いもんな。

 

 倒れるデュークを尻目に、オレはカプワ・ノールの宿屋へと急ぐ。

 

 ……身体が怠い。熱が出そうだな、こりゃ。

 やっぱ、『エアリアルボード』なんて魔術に近いヤツは、オレには向かないってことか。

 

 ベッドに着いて、マジックテープを外し、背中に固定していたエステルを降ろす。

 むろん、エステルは今日もオレの抱き枕だ。

 

 羞恥心なんてもんは、取り巻く社会があってはじめて成立する贅沢な感情だ。

 エステル以外、誰も……すべての絆を喪ったオレに抱く資格はない。

 

 今日も今日で確かな温かみを感じながら、オレは心の中でエステルに誓う。

 

 

 

 ――今度こそ、永久(とこしえ)の桃源郷にお前を連れてってやるからな。

 

 

 




 裏設定:6週目まではソディアが存在していました。

 Yes、まどマギがモチーフ。「因果の糸」とか「因果律」とか、もはや二次創作じゃなかったらアウトになりそう。
 もちろん展開は全然違いますし(いきなりQBも魔女も出て来ないし)、同じ用語を使うだけならお金を得ているわけでもないし大丈夫かなーとは思いますが。
 着想の原点は、ボーっとまどマギを見返していて、「ほむほむが黒髪で、まどっちがピンクの髪……あ、これユリエスと同じじゃね?」…………以上。

 マジでこんなアホな発想だから困ります。恋愛を書きたいとか、絆がどうのこうのとか、そんな高尚(?)なことは一切考えてなかったです。
 ただ、仲間を大事にすることが謳われるテイルズで、仲間を脱落させていくとテイルズに対するアンチテーゼっぽくなるかなーとは思いました。もちろん後付け理由で。
 「仲間仲間」と連呼されるとこそばゆく感じてしまう20を過ぎた私に、「ニコッとテイルズ」というペンネームをつける資格があるのかと大いに疑問に思いますけど。
 
 ……ん~、いつもおふざけばかりで申し訳ないので、たまには真面目ことでも書きますか。だいたい描写し尽くしましたし、ユーリの人物分析をしてみます。

 ユーリという人は、「困っている人を助けずにはいられない」性格です。
 でも、その根源がどこにあるのかと推測すると、やはり幼いころに両親を喪って以来、周りにいる下町の人たちに対して無意識的に愛情を求めたことが大きいのだと思います。
 つまり、親がいない空虚さを埋め合わせるために、下町の人間の助けになるべく頼まれずとも身体が勝手に動くようになり(手段を選ばないのはともかく)、報酬として己の下町での立ち位置を確立しているのです。
 長年の日常生活で圧縮されているでしょうが、根底には喪失に対する恐れもあるのかもしれません。
 ともかく、下町での日常こそが本編のような万人に対する人助け癖、無意識の絆結合行為へと発展している……こんな感じだと解釈しています。

 逆に自分を支えてきた絆を喪失してしまうと、ユーリは案外脆いんじゃないかと思います(むろん、普通の人もそうでしょうが)。
 今作では、およそ本編では想像もし得ないような行動ばかりを取るユーリを描きました。
 それは社会的結合関係、要するに絆が切り取られ(しかもユーリは自分で切り取ったと認識)、経験したことのない孤独に見舞われたユーリが、残された絆に執着する様を描こうとした結果こうなったわけです。周囲の人間に満遍なく放射されていた彼の優しさが、ひとりの人間に集中するともの凄く強烈になります。
 それでも何とか誤魔化していたのですが、6周目のエステルのアタックでその守りもだんだん削ぎ落されてしまい、ついには絆が欲しいという本能の部分が剥き出しになってしまったのです。
 だから、エステルは大変なんです。

 ユーリは本来、皮肉気な口調で話します。この大本は、恐らく上の身分の人々から下町の仲間への悪行をずっと見てきたせいで、素直にモノを捉えるべきではないという斜に構える姿勢が形成されたのだと思います。
 ただ、今作では、その皮肉屋の部分が鳴りを潜めています。それは、取り繕うべき他人を喪失しているのと、エステル相手には大して効果がないからです。彼女はおよそどんな性格の人間でも無条件で受け入れられますから。
 それで本編に比べれば、この作品のユーリは割と素直な感じになっているわけです。

 ま、キャラ崩壊と言われたら、はいそうです、とお答えするほかありませんが……。
 
 

 それでは、今日は忙しいので明日、感想返しをします。この作品に皆様が何を思っていらっしゃるのか、今から楽しみです。

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