思い出すのは、一番古い記憶。
まだ小さな自分と小さな彼が手を繋いで歩いている。
どこかへ向かうのか、家に帰るのかは分からない。
分かる事が一つだけある。
二人とも、笑顔で楽しそうに歩いているという事だけだ。
そして、現在進行形の一番新しい記憶。
高校生になった自分と彼は、少し離れて歩いていた。
五歩分の距離。
この距離はいくら歩いても変わる事は無い。
学校まであと十分。この距離感が続くのだろう。
一緒に登校するのは癖のようなもので、何も感じてはいないだろう。
少なくとも、彼は。
でも、私はこの時間にある種の煩わしさを感じている。
彼は異性にもてる。
先輩にもよくいい意味で絡まれているし、後輩からの尊敬交じりの視線も受けている。
その二人から見れば、私は根暗な邪魔者、幼馴染というだけで彼の傍にいる邪魔者、というわけだ。
では、私は彼の事をどう思っているのか。
嫌い、ではない。そんな相手とは一緒に居たくない。
普通、というわけでもない。
興味がない、などとは口が裂けても言えない。
では、どう思っているんだと改めて問われれば、答えは一つ。
私は彼の事が好きなのだろう。
いつからかも分からない。何処がと聞かれても正直困る。
なんとなく、という感覚が一番近い。しかし、確かな感情だ。
もてあました感情は、生活をよくも悪くも掻き乱す。
朝の何気ない挨拶と、昼下がりの食事も、夕暮れの別れも。
全てが私の心を掻き乱す。
正直、辛い。
どうすればいいかなんて、百人に聞けば百人が同じ答えを返してくるだろう。
「告白しろ」、だ。
とんでもない、無理だ。
自分には何一つ秀でた所は無い。先輩のような気遣いも、後輩のような純真さも無い。
私にあるのは、すれた心と小賢しい頭。ついでにひがみっぽい性根。
ああ嫌だ。こんな面倒臭い女、誰が好きになるものか。
自覚しているが、治しようがない。三つ子の魂百まで、なのだ。
陰鬱な思考を繰り広げながら歩けば、不意に視線が陰った。
顔をあげれば、いつもの距離感を無視して彼が立ち止まっていた。
手を伸ばせば届く一歩分の距離、久しぶりに感じるそれは、随分近い。
「どうしたの」
「こっちの台詞なんだが」
どういう意味だろうか。
「いつもより辛気臭い顔をしてる」
余計なお世話だ。誰のせいだと思っている。
「気のせい、気にしないで」
言って手を振っても、彼はそのままだ。
「……何?」
「なんか無理してるツラだな、と思って」
出ました、無駄なお気遣い。
そういうあたりが先輩を落とした秘密ですか、それとも後輩の方でしょうか。
誰にでも優しい彼は、私にだって優しいのだ。
「気のせい」
「じゃない、な」
見透かした言い方をされるとイラっとする。
「すまん、気を悪くしたな」
だから
「勝手に見透かさないで」
「すまん」
彼の横を抜けて歩き出す。
私の後ろを彼が歩く。
聞こえる足音は、いつもの距離感より少し近い。
三歩分、といったところか。
何故そんな近くを歩くんだ。
特に会話も無く、黙って登校するのがここ数年の決まり事だ。
……まぁ、決まり事といっても、二人で作ったわけではない。
五歩分の距離も、私が勝手に空けただけ。
誰かに何かを言われても、適当に誤魔化せそうな距離。
しかし、彼は、その距離で歩かない。
つまり、だ。離れた距離をお望みなのは、鬱々と考える自分だけ、と言うわけか。
そう考えると、思わず心が沸いた気がした。
私が望めばもしかして、昔のように笑顔で、手を繋いで歩けるのだろうか。
しかし、試してみるのは怖い。
失敗すれば、いつもの距離感はもっと開くに違いない。
でも、このまま感情を持て余すのも、辛い。
駄目で元々、だ。
振り返って、彼を見る。
久しぶりに自分から視線を合わせる。
少し、恥ずかしい。
極力、普段通りに。決して声を上ずらせるようなヘマはしない。
勇気を振り絞って、一歩近づきながら、
「ねぇ、手。繋いでみようか」