ひねくれ者の女の子が、幼馴染の男の子と登校中にウダウダ悩む話。

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第1話

 思い出すのは、一番古い記憶。

 まだ小さな自分と小さな彼が手を繋いで歩いている。

 どこかへ向かうのか、家に帰るのかは分からない。

 分かる事が一つだけある。

 二人とも、笑顔で楽しそうに歩いているという事だけだ。

 

 そして、現在進行形の一番新しい記憶。

 高校生になった自分と彼は、少し離れて歩いていた。

 五歩分の距離。

 この距離はいくら歩いても変わる事は無い。

 学校まであと十分。この距離感が続くのだろう。

 一緒に登校するのは癖のようなもので、何も感じてはいないだろう。

 少なくとも、彼は。

 でも、私はこの時間にある種の煩わしさを感じている。

 彼は異性にもてる。

 先輩にもよくいい意味で絡まれているし、後輩からの尊敬交じりの視線も受けている。

 その二人から見れば、私は根暗な邪魔者、幼馴染というだけで彼の傍にいる邪魔者、というわけだ。

 

 では、私は彼の事をどう思っているのか。

 嫌い、ではない。そんな相手とは一緒に居たくない。

 普通、というわけでもない。

 興味がない、などとは口が裂けても言えない。

 では、どう思っているんだと改めて問われれば、答えは一つ。

 私は彼の事が好きなのだろう。

 いつからかも分からない。何処がと聞かれても正直困る。

 なんとなく、という感覚が一番近い。しかし、確かな感情だ。

 

 もてあました感情は、生活をよくも悪くも掻き乱す。

 朝の何気ない挨拶と、昼下がりの食事も、夕暮れの別れも。

 全てが私の心を掻き乱す。

 正直、辛い。

 どうすればいいかなんて、百人に聞けば百人が同じ答えを返してくるだろう。

 「告白しろ」、だ。

 とんでもない、無理だ。

 

 自分には何一つ秀でた所は無い。先輩のような気遣いも、後輩のような純真さも無い。

 私にあるのは、すれた心と小賢しい頭。ついでにひがみっぽい性根。

 ああ嫌だ。こんな面倒臭い女、誰が好きになるものか。

 自覚しているが、治しようがない。三つ子の魂百まで、なのだ。

 

 陰鬱な思考を繰り広げながら歩けば、不意に視線が陰った。

 顔をあげれば、いつもの距離感を無視して彼が立ち止まっていた。

 手を伸ばせば届く一歩分の距離、久しぶりに感じるそれは、随分近い。

 

「どうしたの」

「こっちの台詞なんだが」

 

 どういう意味だろうか。

 

「いつもより辛気臭い顔をしてる」

 

 余計なお世話だ。誰のせいだと思っている。

 

「気のせい、気にしないで」

 

 言って手を振っても、彼はそのままだ。

 

「……何?」

「なんか無理してるツラだな、と思って」

 

 出ました、無駄なお気遣い。

 そういうあたりが先輩を落とした秘密ですか、それとも後輩の方でしょうか。

 誰にでも優しい彼は、私にだって優しいのだ。

 

「気のせい」

「じゃない、な」

 

 見透かした言い方をされるとイラっとする。

 

「すまん、気を悪くしたな」

 

 だから

 

「勝手に見透かさないで」

「すまん」

 

 彼の横を抜けて歩き出す。

 私の後ろを彼が歩く。

 聞こえる足音は、いつもの距離感より少し近い。

 三歩分、といったところか。

 何故そんな近くを歩くんだ。

 特に会話も無く、黙って登校するのがここ数年の決まり事だ。

 ……まぁ、決まり事といっても、二人で作ったわけではない。

 五歩分の距離も、私が勝手に空けただけ。

 誰かに何かを言われても、適当に誤魔化せそうな距離。

 しかし、彼は、その距離で歩かない。

 

 つまり、だ。離れた距離をお望みなのは、鬱々と考える自分だけ、と言うわけか。

 

 そう考えると、思わず心が沸いた気がした。

 私が望めばもしかして、昔のように笑顔で、手を繋いで歩けるのだろうか。

 しかし、試してみるのは怖い。

 失敗すれば、いつもの距離感はもっと開くに違いない。

 でも、このまま感情を持て余すのも、辛い。

 駄目で元々、だ。

 

 振り返って、彼を見る。

 久しぶりに自分から視線を合わせる。

 少し、恥ずかしい。

 極力、普段通りに。決して声を上ずらせるようなヘマはしない。

 勇気を振り絞って、一歩近づきながら、

 

「ねぇ、手。繋いでみようか」



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