「冷凍戦闘車部隊は只今より、みとなっとう撃滅のため、出撃します」
自衛隊勝田駐屯地内、兵器開発用地下秘密工場から、ディーゼルエンジンの黒煙と轟音を轟かせ、三台の巨大な車両が発進した。
全長15.6m、重量91.1t、幅3.7m。陸上自衛隊が保有する自動架橋車に大改造を施し、車両中央部にスペクトルG線発生に必要な電力を得るための強力なジェネレーターと蓄電池を装備した、対みとなっとう戦用大型戦術車両である。車体より2m程突出したアームの先端に、巨大なパラボラ状の光子発生装置が取り付けられている。
最大仰角60度。コヒーレント光波発生管によりスペクトルG線の位相を安定させ、ジャイアントパルス発生管から送られたプラズマを換装式反射板の有限遊過面で断続的電撃光子流に変換させる。空気中での光子指向性を維持するため、標的までの軸線上には紫外線レーザーを事前照射し、発生するオゾンを伝導媒体にして光子の拡散を防止する。10万ボルトの光子発振ジェネレーターは、イオンレーザーを発生させれば飛来する弾道ミサイル迎撃に転用可能な程の大出力で、みとなっとう出現以降の僅かな期間で、これ程大規模な戦闘車両が完成できたことは、2017年現在を以ても「軍事機密」というベールに包まれ情報公開されてはいない(詳細は2031年以降となっているが、確約ではない)。
先導する軍用ジープに続き、『
懸念であったスペクトルG線光子集束のための凹面鏡は、県北部で開催されていたクリスト・アンブレラ・プロジェクトで使用された巨大な傘の内側にアルミ箔を貼り付けただけの急造品である。一照射以上は耐えられないであろうことから、使い捨ての換装部品として利用するため、1340本全てが反射板として準備された。光源には照射毎に反射材で覆うことで解決できた。最大の問題は、照射の間隔を如何に短縮するかであった。切り札として投入された以上、冷凍戦闘車は最前線での活動が任務となる。反射板換装中になっとうの襲撃を受ければひとたまりもない。
「従って――」
安井は長篠の合戦で、織田信長が無敵の武田騎馬軍団を破った鉄砲隊のように、『春日』『朝日』『紫雲』の3台による連続波状攻撃を提案したのである。
「報告によりますと、県警による別動班が藁によるバリケードによってなっとうの進行を留める作戦を敢行中とのことです」
「私達の現地到着予定は」
「後29分で、進行部最先端の万代橋に到着予定です」
安井は心の中で呟いた。
(耐えてくれよ波崎君。この冷凍戦闘車部隊が到着するまでは)
なっとうは藁のバリケードを前に、全く留まる気配を見せない。距離を置いて見つめる隊員に落胆の色が浮かんだ。最初から眉唾物であったが、それでも彼らの微かな希望だったからだ。
「だめなのか」
長野が吐き捨てる。傍らには、波崎が身動ぎせずに双眼鏡を覗き込んでいた。
「いや、署長さん、よく見て下さい。ほら、あれ」
「え、どれですが。――あ、あれは!」
なっとうの移動は続いていた。だがそれは後方に位置するなっとうであり、前方部分の群体はバリケードに接触した時点で活動を停止していたのだった。
隊員の間で歓声が上がる。藁という単純な方法によって、未曾有の被害を留めたのだ。長野の顔に笑みが零れる。波崎の手を取り激しく揺らす。
「でも」
波崎の表情は優れなかった。
「この増殖した大量のなっとうを、今後どの様に処理すればいいのでしょう。焼却は危険、冷却も適応能力を上昇させるだけ。もう放射性廃棄物同様にガラス固形化して保存するほかないのでしょうか」
誰もが口を噤む。活動を停止とは言え、400㎥に達する大量のなっとうである。
「このまま市内に留めるわけにもいかないでしょう」
「いっそ水戸の新たな観光名所にできませんかね……」
これだけの苦境に陥りながら、冗談とも本気とも取れる長野の姿勢に、波崎は思わず苦笑し、同時に肩の力が抜けるのを感じていた。
突然上空が騒がしくなる。自衛隊のV-107が低空を霞めて西に飛び去って行く。
「自衛隊本部より連絡です。みとなっとう周辺の全車両及び人員は至急待避。発動された『オペレーション・アンブレラ』に於ける冷凍戦闘車部隊が5分後に到着するとのことです」
「『オペレーション・アンブレラ』?」
「安井教授が考案した作戦だそうです」
思わず波崎は胸をなで下ろした。絶対零度を引っ提げて、恩師が現場に到着したのだ。
「よしわかった。全員撤退だ。波崎さん、やっと安心出来ますね。……波崎さん?」
長野の隣で、連日の疲れと安堵のためか、波崎は既に微睡みに就いていた。
県警班と入れ替わりに、巨大なパラボラ光線砲塔の威容を誇る冷凍戦闘車部隊が最前線へと進撃して行く。
「凄い……」
擦れ違い様、長野はその巨大さに思わず呟いた。
「固定脚接地完了。アーム仰角32°、目標、万代橋下り車線上のなっとう群体。出力50%、ジェネレーター接続」
アームがゆっくりと上昇して行く。
「蓄電池接続。反射板上げ角修正3°、右2°修正」
白銀の煌めきと共に、三つの傘が開く。
「反射板アーム固定。発振コイル異常なし。『紫雲』照射準備完了。『朝日』二次照射準備」
二台の後方では『春日』への反射板装着作業が完了している。
「光子発生装置に電力送ります」
発光体のエネルギーランプが点滅する。点滅終了と同時に照射可能となる。
「光源ポンピング開始。紫外線レーザー照射」
肉眼では確認できないオゾン伝導路が発生させられる。
「軸線確認。照射秒読み、開始します」
第一射へのカウントダウンが始まる。
「9、8、7、6、5」
なっとうはバリケードから動かない。
「4、3、2、1」
射手が、照射装置に手をかける。
「照射」
光子発生装置が青白く輝いた。その光を浴びれば、原子分子のレベルまで活動を停止するという絶対零度の輝きである。傘の内側に沿って蜘蛛の巣状のプラズマ放電が奔り、先端の焦点から集束したスペクトルG線が放たれる。紫外線レーザーに導かれ、射線上の大気分子を崩壊させながら、空中に痕跡を残しなっとう群体に吸い込まれていく。照射を受けたなっとうは一瞬青白く輝き、次の瞬間には灰色に凍り付く。
それは冷凍爆弾攻撃の効果とは根本的に異なっていた。なっとうは、細胞を一片たりとも残さない絶対零度の洗礼によって、凍結と同時に照射面の群体組織を崩壊させていった。
「第二射準備。『紫雲』後退。『朝日』前進」
「第三射準備。『春日』前進。」
「第四射準備」
冷凍戦闘車の連携は順調であり、20射目までは予測以上の時間で照射できた。
「これで、みとなっとうの逆襲を食い止めることできる」
感慨をもって、安井が状況を見つめていた。
しかし、事態は新たな局面を迎えようとしていた。