みとなっとうの大逆襲   作:城元太

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 長距離トラックの運転手、館城進(26歳)は舌打ちをした。

〝臨時ニュースです。先日来、その潜伏先が不明であった有害みとなっとうは……〟

「まったく、迷惑極まりねえな。人がなっとうを食うんじゃなくて、なっとうが人を喰うなんて」

 車両は水戸から日立へと北上していた。慣れないタンクローリーの運転に加え、最大積載量にまで満載した積み荷によりハンドルの効きは悪くブレーキの制動も鈍い。緊張が続いた水戸市内の渋滞をようやく抜け、速度を上げた矢先である。交通規制情報も、神経が高ぶっている館城には、内容を聞き取る余裕を逸していた。

〝……笠松運動公園近くのガソリンスタンドを襲い、現在国道6号線を勝田市稲田十文字付近まで到達しています。周辺を通行中のドライバーは、警察の指示による案内標識に従い、速やかに迂回してください。特に勝田市と那珂町の境付近では、なっとう出現直後のため通行止め表示の設置が遅れている場所もありますので、充分警戒してください。繰り返します。有害ななっとうは、現在車両を襲いつつ、国道6号線を水戸に向かって南下中です。周辺を通行中のドライバーは、速やかに……〟

 加速をつけた大型タンクローリーが急停止するには制動距離が短すぎた。館城が前方にみとなっとうの群体を発見した時には、既に車両はなっとう津波の中に呑み込まれていた。

 

 テレビ音声が対策本部の室内に響く。繰り返される臨時ニュースの音声が唱名にも聞こえていた。

「教授が仰るには、先に火炎放射器で攻撃した結果、なっとうは石油類などの可燃性有機物に嗜好を合わせたのではないか、とのことでした」

 波崎は、安井が関西の研究室へ資料収集と対策準備に戻ったため、急遽代理として対策本部に赴いていた。

「では、我々が行ったことが裏目に……」

「僕がお伝えできるのはそれだけです。先生は、なっとうがこのまま石油類を取り込むことにより爆発的に増殖を続けるだろうとも仰ってました。それと、距離的にも近く、有機物が集中する日立市方面に向かわず、なぜ那珂町方向に進んだのかがわからないとも言っていました。抜本的な対策には、やはり冷凍するより手段はないとも。

 署長さん、一刻も早く液体窒素の手配をお願いします」

 波崎の懇願に、長野は力なく首を横に振る。

「手遅れです。この事件はもう警察の手を離れました。県は自衛隊出動の緊急要請を決議し、政府に採択されました」

 タイミングを計ったように、対策本部の頭上をヘリコプターが爆音を残し飛び越して行く。ブラウン管に映し出された臨時ニュースを画像に見慣れた地形が現れ、波崎は思わず息を呑んでいた。

 茨城県警の所有するヘリからの映像が映しだされる。既になっとうの波は6号線上下車線に跨って広がり移動していた。緩やかな移動にも見えたが、それはなっとうの体積が大増殖したために、相対的に遅く見えているのだとわかる。表面を覆う粘膜は、快晴の陽射しを受けオパールの様に輝き、路上に乗り捨てられた車両や国道沿いのガソリンスタンドの店舗を次々に取り込み増殖を続ける。

 そこに繰り広げられる光景は、クリスト・アンブレラ・プロジェクトを上回る20世紀最大のシュール・レアリズムの祭典にも思えた。しかしその芸術は、人々の貴重な蓄財と引き替えに行われているのだ。なっとうが過ぎ去った後には、アスファルト材さえも蝕み地下の下水管が剥き出しになった道路と、塗料が剥げ落ち骸骨のようになった車両の残骸が累々と峰を成していた。しばし沈黙し、皆一様に映像を眺める他なかった。

「なっとうは時速10kmで勝田市方面に向け移動中です。準備できた液体窒素ボンベは5本しかなく、展開域を100㎡以上に増やしたなっとうを冷凍することなど不可能です。波崎君、いったいあのなっとうは何処へ向かうというのだ」

 長野自身も結論は知っていた筈である。それでも敢えて問いかけたに違いない。うつむき加減に、波崎は師事する教授の言葉を伝えた。

「ほぼ確実に、6号を南下し水戸の中心部に向かい移動するとのことです。周辺住民が全て避難したとしても、途中にあるガソリンスタンドや乗り捨てられた車を吸収して増殖を続けます。教授の計測によると現在の群体の約100倍、体積にして100㎥以上の大群体が水戸の中心部になだれ込みます。このままでは、水戸がみとなっとうに喰われます」

 全員が言葉を失う中、本部に設置された灰色の多機能電話のベルが鳴っていた。

 

 

「教授はスペクトルG線を使用するつもりなのですか。僕は反対です。あれは危険過ぎます。まだ充分な実験データも取れていませんし、何よりガンマ線が伴います。放射線の影響を受けて異常発生したみとなっとうを、更に活性化させる可能生も考えられます」

 電話は安井からであった。受話器を介して、幾分興奮気味の声が聞こえる。

〝いま絶対零度を確実に発生させることの出来るのはスペクトルG線しかない。なっとうの細胞組成を根本から破壊するのには手段を選んでいる場合ではないのだ。私はこれからスペクトルG線の発生装置の製造と、装置を装備できる機材がないか自衛隊と詰めてみる。長野さんの補佐を頼む〟

 半ば一方的に、電話は切れていた。

【スペクトルG線】。それは高度成長期の頃、一人の孤独な科学者が開発した絶対零度を生み出す封印されたテクノロジーであった。胎内被曝や原子炉作業員など、放射線の被曝によって発症する不治の病、白血病。その白血病治療に有効であるスペクトルG線は、本来数千度の高熱によってしか発生し得なかった。ところがその科学者は、独自の技術を使い、高熱とは逆の、絶対零度を媒介とすることによって、小規模な装置でスペクトルG線の発生に成功していた。だが彼は、血気に逸る余り、無差別に4人の女性に人体実験を行い凍死させてしまう。忌むべき遺恨を遺してしまったテクノロジーは直後に封印され、一部を除き記憶に留める者はいなかった。安井は今、その封印を数十年ぶりに解こうとしている。受話器を握ったまま、波崎は暫くの間立ち竦むのであった。

 

 

 茨城県警と安井のアドバイスを元に、要請を受けた自衛隊側では急ごしらえの冷凍爆弾が完成させていた。液体窒素を詰めた簡易破裂式のクラスタ爆弾であり、上空より投下後、10秒後に時限信管が一斉作動し、一挙に1t近くの液体窒素が放出される。

 完成した冷凍爆弾10基は、最も近距離に位置する陸上自衛隊勝田駐屯地に移送され、同じく各陸自駐屯地より飛来した10台のV-107(通称〝バートル〟)に積載された。

『フリーズ作戦』と名付けられたこの作戦で、陸上自衛隊航空部隊を誘導する任務を受けた山川英二郎二尉(30歳)は、入隊以来の初めてのスクランブルが〝なっとう〟であることに言い知れぬ抵抗感を覚えていた。

(俺は〝なっとう〟と戦うために自衛隊員になったんじゃない)

 山川の正直な感情であった。

 離陸命令が下され、10機のV-107は勝田駐屯地から一路国道6号線へと向かった。秋晴れの空は抜けるように青い。次第に色付いていく紅葉の木々の色が上空から美しく映える。

 三流SF映画撮影の茶番に付き合うようで、山川の気持ちはますます重くなった。

 数分後、6号線市毛十文字上空に到着した山川達航空隊員全員が息を呑んだ。

 進撃速度を早めたなっとうは、更に数件のガソリンスタンドとガソリン・灯油・軽油と舗装された道路のアスファルトを吸収、日立製作所水戸工場(※勝田市に立地するが、便宜上「水戸」工場と呼称、略称として「日製工場」)と国道を仕切る街路樹とフェンス、フェンス奥の工場の生け垣を薙ぎ倒しそれさえも摂取し、展開範囲にして既に200㎡以上に増殖していた。

 眼下に広がる惨状に、山川は気概を正さずにはいられなかった。

(茶番どころか、大作だぞ)

「目標確認。これより攻撃態勢に入る。各機投下用意」

 無線機を握ると、山川の機を中心とした5列の編隊へと散開する。なっとうの分布地点に満遍なく冷凍爆弾を散布するためである。

「全機、投下」

 冷凍爆弾が一斉に投下された。10個の影が琥珀色のさざ波に吸い込まれる。目標より逸れた物はない。

 時限信管が作動した。投下各地点から白煙が吹き出す。白煙は霧となり、なっとうの展開面を覆い尽くす。白煙により目視が効かないため、山川は機体の降下を指示する。

「やったか」

 低空をホバリングするV-107のローターの風圧によって白煙が吹き払われると、眼下には白く凍結し、活動を停止したなっとう群体が延々と横たわっていた。

 


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