みとなっとうの大逆襲   作:城元太

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【挿絵表示】

 

 水戸市制100周年を記念し地上100mの高さに建築された水戸芸術館のシンボルタワー。外装1辺9.6mのチタン製の正三角形を組み上げ、正四面体を規則的に積み重ねた三重螺旋の意匠は、遺伝子を構成するDNAを想起させる。

 北からは500㎥に増殖したみとなっとうの大群体。

 東からは全長100mに及ぶかんそういも。

 中心に遺伝子形態のシンボルタワー。遺伝子異常によって出現した巨大生物が集うとは、設計者自身も予測できなかっただろう。

 西に傾く太陽の、赤味がかった陽射しを浴びて、三つの巨大な物体が、芸術館の敷地に集結する。既にヒトには食い止める術を持たず、これから起こる出来事を、ただ黙して見守る以外に方策はなかった。

 

 先手を打ち仕掛けたのはなっとうであった。

 シンボルタワーに取り憑くと、白銀に輝くチタンの外装をみるみる琥珀色に染め上げていく。タワー先端の1/3を残し、60m程のなっとう製の巨大ピラミッドを形成する。恰も、固定形を持たないなっとうが、骨格としてシンボルタワーを利用するが如くに。

 対するかんそういもは、林立するビル群の狭間を匍匐しつつ、巨体を委ねる建物を模索する。やがて芸術館向かいに(当時)建築されたばかりの、K百貨店立体駐車場にのし掛かり、なっとうピラミッドと対峙した。

 渦巻き続けるみとなっとうの大群体。

 蠕動を繰り返し、襲撃の機会を窺う巨大かんそういも。

 町の機能を失った水戸の中心地で、なっとうが濁流となって触手を伸ばした。バッタ、家畜、ウサギ、人間、そして石油などのありとあらゆる有機物を同化させる酵素を含む恐るべき触手が、かんそういもを捕らえる。

 しかし、今回はこれまでとは異なった。なっとうの触手は、かんそういもを同化させることが出来なかったのだ。

「変異体同士での接触では、同じ消化酵素に反応を起こさない抗体物質を有しているのだ」

 安井は呟いた。

 強敵の出現に、なっとうは一旦触手の全てを本体に収納する。機先を制したかんそういもは、立体駐車場から一気になっとうに向かって雪崩れ込んだ。全重量をかけ一粒残らず押し潰そうと試みるかの如くに。

 劣勢を強いられるかに見えたなっとうは、信じ難い行動を取った。

 中心核にして渦巻いていたシンボルタワーを引き抜き、雪崩れ込んでくるかんそういもの中心に突き立てたのだ。

「馬鹿な、なっとうが道具を使った、それも武器として!」

 串刺しとなったかんそういもは、芋虫の如く蠕動を一層激しくさせ、立体駐車場をほぼ全壊させ悶え苦しむ。

「チタンの外装を酸化し腐食させることはできないが、ピラミッドを形成した時点でシンボルタワーの基部を腐食させていた。敵が――かんそういもが流動体でない以上、武器による攻撃こそが有効と判断したのか。とすれば奴はもう、知性を持ち合わせているとしか思えない」

 形勢逆転かと思われたかんそういもの上に、なっとうがのし掛かる。直後に急激に、周囲の気温が上昇する。

「なっとう細胞のミトコンドリアが、かんそういも表面の炭水化物を瞬時に分解し、更に生成した糖を分解させ発熱させている。同化できないと分かって、今度は燃焼させるつもりなのか」

 かんそういもを炙った際に発する、香ばしい薫りが水戸の繁華街に漂う。次第に巨体をしならせ、かんそういもが緩やかに両端を持ち上げ始める。

「かんそういもが、負ける……」

 燃焼していくかんそういもが、なっとうに取り込まれるかに思えた瞬間である。かんそういもの両端は、驚異的な早さでなっとう群体全てを包み込んだのだ。

「フェイクだと! かんそういもはなっとうが全て自分の身体の上に乗ることを待っていた。奴もまた、知性を持ち合わせていたのだ」

 一粒残らずなっとうを包み込んだかんそういもは、巨大チマキ状と化す。酸素を遮断されたなっとうのミトコンドリアは、ATPの反応を遮断され発熱を停止する。やがて巨大なチマキはゆっくりと回転を始め、芸術館、K百貨店を踏みつぶし、水戸市中央通りである国道50号線に達する。

「かんそういもは何を考えているんだ」

 自分の呟く言葉が荒唐無稽であることは自覚している。だがそれ以外に表現の方法が見つからない。

「もしかすると、本能的になっとうの弱点を知っているのではないでしょうか」

「波崎君! 無事だったか」

 安井の隣にいつの間にか、リュックを背負った波崎が立っていた。

「先生こそご無事で安心しました。お怪我はありませんか」

「ありがとう、大丈夫だ。それより見たまえ、あれはまさに、新たな生命種の誕生と言えるだろう。私たちはその瞬間に立ち会えたんだ」

 安井の顔には、苦闘を超越した歓喜にも似た感情が垣間見えていた。

 

 かんそういもはチマキとなって回転を始める。突き刺したままのシンボルタワーを車軸と成して、紡錘状の塊が水戸の市街を南に転がって行く。

「千波湖だ」

 波崎が振り向き告げた。

「先生、最初になっとうが東海村から日立市ではなく那珂町に向かったのも、水戸大橋を渡らず枝川方面に向かったのも、なっとうは本能的に水を恐れたからと思えます」

「本能的に、か。君はどの様に考えているのだ」

「先生は以前、あのなっとうの粘液に大量のアセチルコリンが含有されていることを分析されました。あれが神経細胞とすれば、なっとうの一粒一粒が細胞、それも植物ではなく動物細胞に近いものといえるのではないでしょうか」

「そうか、私たちはあれがなっとうと信じ切っていたから、植物細胞の如くセルロースの細胞壁を有するという先入観を捨てきれなかったのか」

「なっとうの粒子は、いわば剥き出しの原形質です。仮にゾウリムシのような水棲の単細胞生物であれば組織内の浸透圧を調整する機能を有していますが、あれは突如として出現した変異体です。浸透圧の調節機能があるとは思えません」

「剥き出しの原形質を、かんそういもは水に浸そうとしている。原形質に無秩序に水分が浸透すれば――」

「――原形質破壊によって、細胞が死滅します」

「その通りだ」

 


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