みとなっとうの大逆襲   作:城元太

11 / 13


「司令、射爆場から出現した巨大かんそういもは、国道245号線を南下。中根、金上地区を横切り平均時速15kmで西進中との報告です」

「了解した」

 陸上自衛隊冷凍戦闘車部隊司令官早坂源二郎(56歳)は、伝令に低く肯いた。

 みとなっとうに対する絶対零度攻撃は順調に行われていた。冷凍光子の照射は既に100回を超え、なっとうの群体も次々と崩壊している。

 しかし今回新たに巨大な「かんそういも」状の物体が出現し、尚且つ現在対なっとう攻撃を継続中の万代橋方向に進行中という。なっとうへの絶対零度攻撃の具申者である安井も、仮設テントの中で頭を抱え込んだ。

「安井さん、場合によっては冷凍戦闘車の光子発生装置を換装し、紫外線レーザー攻撃も可能です。我々にはまだ、充分な勝算はあります」

 なっとうの崩壊状況図を手にした早坂が、髪を掻き毟るような仕草をする安井の隣に座った。顔を上げた安井は、虚ろな視線を宙に向けた。

「確かに紫外線レーザーの効果は認めますが、以前あのみとなっとうの生態を検討せずに攻撃したため、大増殖という事態を招いてしまいました。

 報告にある『かんそういも』状の巨大物体――便宜上かんそういもと呼ばせてもらいます――がどのようなものなのかを確認せずに攻撃すれば、また何が起こるか予測もつきません。

 それに一体なぜ、あんな原子炉とは無関係の場所で、そんな物が発生したかがわからないのですし」

 その時、「放射線」と発した安井の言葉に、早坂が僅かに身体を強張らせ、奇妙に上擦った声で告げる。

「安井さん、我々は任務を遂行するだけです。

『みとなっとう』だろうが『かんそういも』だろうが、『れんこん』だろうが『こんにゃく』だろうが、我々は必ず撃退して御覧に入れます」

 安井の言葉を遮り、双眼鏡を構える早坂の腕が小刻みに震えているのを見止める。

「何か……御存知なのですね」

「あの場所には何も埋まってません」

 語るに落ちた。余程動揺していたに違いない。

「対応策を練る必要もあります。御存知の件、お話しください」

 覗いていない双眼鏡を降ろし、伏し目がちに早坂は語りだした。

「これは独り言です。

 今思い出したのです、以前除隊間際の上官より聞いた話です。

 射爆場のどこかに、米軍が開発した核兵器が、不発のまま埋まっているというのです」

「核兵器ですか?」

 驚愕する安井に、敢えて早坂は聞き流すように続ける。

「未完成の、コバルト爆弾という話でした」

「コバルト爆弾!」

 愕然とする安井に対し、その場に居合わせた中で、その意味を理解し得たのは数人だけだった。冷戦が終了し、核戦争の脅威も僅かに遠のいていた時期である。

 強力な残留放射線を数十年に亘って放出し続ける悪夢の核爆弾、コバルト爆弾の恐怖を知る者は激減していたのだった。

「米軍は被曝を恐れ、不発のまま埋没したコバルト爆弾を放棄しました。

 その後日米地位協定の締結に支障がないよう探索は完全に打ち切られ、事件は闇の中に葬られた、という噂話です」

 あくまで独り言として言い終えると、早坂は顔を背けたまま安井の後ろに立ち尽くしていた。

「起爆剤となるプルトニウムが漏洩し、射爆場近くで栽培されていた薩摩芋が変質したのかもしれません」

 言い終えた安井も唇を噛んでいた。

 

 冷凍戦闘車部隊内でも、かんそういもの出現、及び接近中の報告に、動揺は隠せなかった。報告を受けた後、光子照射が200回を超える頃から、凹面鏡の換装に不手際が目立つようになっていた。作業に対する慣れもあるが、緊張は途切れ、徐々に換装時間も延びるようになっていた。

「『紫雲』後退、『春日』前進。照射準備」

 三号車『紫雲』に取り付けられた反射板は、スペクトルG線の照射を受けボロボロになっている。次の凹面鏡がトレーラーより吊り上げられ、『紫雲』の光子発生装置に取り付ける73回目の作業が開始されていたが、惨劇はその時起きたのだ。

 トレーラーのユニックによって吊り上げられていた反射板が、ワイヤーの僅かな振幅に同調してしまい、大きく左右に揺れだしたのである。慌てて反射板を押さえようとした一人の隊員が、振動によって撥ね飛ばされた。

「あぶない!」

 動揺したクレーンの操作員が慌ててアームを戻すが、勢いを殺し切れずに戻しすぎてしまう。吊り上げたままの反射板の揺れは更に振幅を増し、ユニック車の固定用ジャッキを浮かせてしまった。

 不運は重なる。振幅を増大させたアームは、切断され垂れ下がっていた送電線に接触したのである。東日本大震災以降、通電火災の危険性は周知徹底されているが、当時は充分に認識されていなかったのだ。

 電荷を帯びたアームが『紫雲』に接触し、もたれ掛かって倒壊する。『紫雲』の光子発生装置がショートし、反射板を装着していない無指向性のスペクトルG線が全方位に放たれた。

 ジェネレーターに充分な充填のない暴発であったため、絶対零度には程遠い照射ではあったが、それでも周囲は一瞬で凍り付き、隊員数人が中度の凍傷を負う。

 しかし人的被害以上に、重大な被害が発生した。無指向性の冷凍光子は、なっとうを塞ぎ止めていた藁のバリケードにも照射され、これを崩壊させてしまったのだ。

 堰を切って琥珀色の濁流が冷凍戦闘車部隊に襲いかかった。

「退避、タイヒー!」

「全員後退!」

「操縦士、早く逃げろ、車両は放棄だ」

「安井さん、早く!」

 怒号と悲鳴が折り重なる中、なっとうは冷凍戦闘車部隊を呑み込んだ。

 状況は一瞬にして暗転した。

 切り札の冷凍戦闘車部隊は、たちまちの内に全滅したのだ。

 一命を取り留めたものの、安井達の眼前を、戦闘車のディーゼルエンジンの軽油を吸収して勢力を盛り返したなっとうの大群体が通り過ぎていく。

 群体はやはり水戸市街の中心部を目指していた。

 

【挿絵表示】

 

「かんそういもはどうした」

 残された軍用ジープの無線を早坂は掴む。

“水戸駅北口方面から市街に侵入、現在南町付近に達し、国道50号線をそちらに向かって移動中です”

 状況を確認したものの、もはや抗う術は無い。せめて状況確認をするために、早坂は安井を伴い、粘液にまみれた万代橋を渡った。

 乗り心地の悪い軍用ジープのシートに揺られながら、しかし安井は全く別の件に思考を巡らせていた。

(野獣の闘争本能の如く、引き付けられるように二つの変異体が接近している。

 もしかするとこれは、生態系の共振現象ではないか。

 するとどこかに、共振現象の核となる場所が存在するはずだ。

 大量のなっとうと、巨大なかんそういも。

 それに匹敵する巨大で異常な物とは……)

「芸術館だ」

 安井は思わず叫んでいた。

 なっとうとかんそういもの中間に、多面体の塔がそそりたっていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。