みとなっとうの大逆襲   作:城元太

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 さつまいもを丸のまま蒸す。

 6~7㎜の厚さに切り、すのこに広げて4、5日天日乾燥。冷暗所で一週間ほど保存すると「かんそういも」(※別称「ほしいも」)ができあがる。これは蒸し切り干しという方法で、別に生切り干しという方法もある。他にも、各家庭に伝えられている様々なかんそういもの製造法はあるだろう。

 さつまいもが、江戸時代に飢饉対策として栽培を奨励されたのは周知のことである。最大の生産地は鹿児島県であるが、茨城県は鹿児島に次いで生産量第2位となっている。関東ロームと呼ばれる痩せた火山灰土で耕作を営む農家にとって、さつまいもは重要な産物の一つであり、その保存方法として考案されたのが「かんそういも」なのであった。

 郊外に多くの耕地を残す勝田市も例外ではなく、さつまいも、及びかんそういもは盛んにつくられていた。

 ところで勝田市は、陸上自衛隊の駐屯地が残されているように、嘗て大規模な軍事施設が存在していた。敷地面積にして凡そ1200ha、元は日本陸軍の飛行場として設営されたが、敗戦後米軍に接収され、米軍の射爆場として利用されていた跡地である。「日本人の立ち入ることの出来ない日本」として永年に亘って占拠され続け、米軍による爆撃訓練や落下傘降下訓練などが繰り返された。1956年、米軍航空機の降下によって、さつまいも畑で農作業を行っていた一般人が、プロペラで胴体をまっぷたつに切断されるという「ゴードン事件」が発生する。現在でこそ、ネモフィラで有名な国営ひたち海浜公園を代表とするレジャー施設や大規商業施設が建ち並ぶが、その地には悲劇の歴史が刻まれていたのだった。

 みとなっとうと自衛隊との一大攻防戦が繰り広げられているさなかも、射爆場跡地では作業に直接影響が無いため、依然再開発工事は行われていた。

 地質調査を実施していたボーリングの櫓が異音を奏でた。ピットの先端が岩盤を貫いた際、櫓を中心に周囲に激しい振動が発生した。直下型の振動でありながら加速度にして2000ガルという激烈なもので、仮事務所となっていた多くのプレハブ建屋が倒壊するほどの規模であった。現場主任のS工務店(日立市本社)安岡洋次(37歳)は、時ならぬ地震に、差し入れられたかんそういもを片手に慌てて事務室の外に飛び出した。

「怪我人はないか、被害状況は?」

 騒然とする再開発地区に向かった安岡は、眼前に広がる光景に息を呑んだ。

 広大な地割れ、後に計測したデータによると全長52.1m、幅11.1mの溝が発生していたのだ。地割れが火山性のものでないことは明白であった。地盤は安定しており、数百年間大地震があったという記録はない。地下鉄工事が行われているわけではなく、大谷石の採掘場があるわけでもない。作業員の一人が安岡の元に駆け寄った。

「監督さん、トランシットが……」

 人的被害は生じなかったものの、設置していたボーリング施設は櫓ごと引き倒され、購入したばかりの高価なデジタルトランシットも地割れに吸い込まれ破壊されていた。

「まずは人的被害が無くてなによりだが……」 

 安岡は恨めしげに地割れを覗き込む。亀裂の底は見えず、被害の程度も予測できない。

「あっ」

 呆然と覗き込んでいた際、安岡は胸ポケットにも二つ入れておいた乾燥芋の一つを亀裂の中に落としてしまった。二次災害を想定した場合、一刻も早く被害現場から離れる必要がある。その時安岡は、被害の重大さによる混乱のため、思考判断においても混乱を来してしまっていた。

(あのかんそういもはでかくてうまそうだったのに。まったく踏んだり蹴ったりとはこのことだ)

 ふと、地震被害とかんそういもとの損害を等価と考えている自分の滑稽さに気付いた。決まりの悪さから足下にあった拳大の石を蹴飛ばし、地割れの中に放り込む。自分が落下する危険を避け、身を退こうとした時だった。

 地割れの底で、青白い閃光が奔る。回数は7回を数えた。奥底で蠢くものがある。ゆっくりと、巨大な何かが動いている。地割れの底から這い上がってくる。

 大地が再び揺れた。作業員達は悲鳴をあげて地面に平伏した。立ち上がって逃げられない程の激しい振動であった。やがて振動は一定のリズムを刻み出す。まるで生命の鼓動のごとき振動が、次第に地表へと向かっているのだ。

 関東ロームの赤い砂塵を巻き上げて、巨体が白日の下に晒された。近代芸術の半透明のアクリルモニュメントを思わせる石板、砂埃とは異なった白い粉を纏った石板が、呻りを上げて大地に倒れ込んだ。

 倒れた際に発生した突風は、周囲の作業員を吹き飛ばした。石版の縁が波打ち始める。蠕動運動によって物体は移動を開始する。突風に吹き飛ばされたものの、咄嗟にとった受け身によって重症に至るのを免れた安岡は、砂塵の奥に見え隠れする物体を見詰め、放心状態で立ち竦んでいた。

「なんであんなにでっかい――けど、確かにあれは――」

 埃まみれになった現場作業員達も、唖然として高速で去りゆく物体を凝視していた。

 

 安井たち冷凍戦闘車部隊の元に緊急連絡が伝えられた。

「緊急事態です。勝田市射爆場跡地より、全長100m、幅33mの巨大『かんそういも』が出現。勝田市街を破壊し国道245号線を南下。現在約時速20kmで水戸に向かって進行中です。このままでは、なっとう と かんそういもに水戸市が制圧されてしまいます」

 

 その日、茨城県内各地で号外が配られる。H新聞の紙面に全段抜きでタイトルが掲示されていた。

 

『水戸市は関東の怪獣無法地帯か?!』

 

 平和であった茨城県民にとって、想像し難い脅威が降り掛かっていた。

 


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