共生〜罪滅ぼし零れ話〜   作:たかお

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祭りの前に……

 綿流しのお祭りは3日後である。

天気予報が伝えるところによると、当日の飛騨地方はあいにくの雨模様で、天候が安定し出すのは週明けからだという。村人らは、そんなことはおかまいなしに、来たる祭りに向けて準備を進めている。羽入は無言でそれを見届けていた。

 

 つい数年前までは、廃れていた祭事。

 時の流れとともに、信仰が次第に打ち棄てられてきたのは、何もこの村に限った話ではなく、高度経済成長以後の日本の田舎の多くにみられてきた現象である。

 如何に閉鎖的な村であっても、科学文明はその鞏固な網を容赦なくかいくぐる。かつて村の信仰の中心であった古手神社は、在りし日の面影を日ごとに稀薄にさせていた。神社は子どもらにとっての格好の遊び場であり、大人らにとってはいわば公民館の体を成していた。オヤシロさまに目を向ける者など、一部の信心深い者のみであった。

 村の歴史と伝統の象徴である綿流しのお祭りもまた、鬼ヶ淵死守同盟の、赭顔の老人らによる飲み会にまでその価値を貶めていた。

 

 そんな祭事が、年々復興に向かっている。村中、時には興宮方面からも人が集まり、しきたりに沿って荘厳な儀式が執り行われる。オヤシロさまの巫女たる古手梨花が、よどみなく祝詞を唱え、ちいさな身体で懸命に鍬を振るう。大勢の見物人が見守る。鍬を掲げる。布団を裂く。使命を終えた、汗水漬くになった少女を労うように、歓声が上がる。声量は年々いや増すばかりである。

 綿が流されてゆく。白い綿には、穢れが込められていた。夜の月明りに照らされて、水に浮かぶそれらは白銀のように、きらきらと輝きだす。流れ流れて、やがて消えてゆくまで、村人たちはその光景を見続ける。自らの穢れが祓われていくのを見届ける。

 誰もが祟りから目を背けていた。お祭りの間だけは、村人たちは頭を空っぽにして、ただただ呑んで食べて、歌って踊って、ちぎって流して……瞬間瞬間を全力で楽しんでいた。鬱積も、不安も、恐怖さえも忘れて、ただただ……生きていた。

 

 言うまでもなく、オヤシロさまの祟りを鎮めるために、祭りの復興がなされてきた。神は、祟ることでしか人間世界に干渉できない。だから、羽入の声は、村人たちに届くことはなかった。ただ一人の例外を除いては。

 オヤシロさまを崇める祭りが、血の代償を支払わせて蘇ったのは、争いを好まぬ羽入にとってはなんとも皮肉である。この皮肉には、何やら暗示的なものを感ぜられた。

 

 羽入が村人たちを見る。村人たちは羽入を見ない。

 視線を外して、あちらこちらさまよわせると、その先に富竹と鷹野がいた。

 そのとき、鷹野と目が合った気がした。昏い目だった。その瞳は絶望も、恐怖も写してはいないのに。ただ、昏い、虚無的な瞳。

……胸さわぎがした。梨花のところに戻ろうと、羽入は思った。

 

 

 

 

 富竹と鷹野が、今度の綿流しの日の犠牲者であると聞いた皆の驚きは、筆舌に尽くし難かったが、皆の疑問は二人が犠牲となる理由から、なぜレナと梨花がそんなことを知っているのか、に推移しつつあった。

 この辺りは示し合わせて、適当な理由をでっちあげることもできたが、二人はあえてそれを選択しなかった。それでも信じてくれることを期待したからだろうか。

 

「なんで知っているのかの理由は……言えないの」

「言えないって……なんでだよ!?」

 

 真っ先に声を荒らげたのは圭一だった。顔を赤くしながら、二人に詰め寄る。

 

「俺たち、仲間だろ?梨花ちゃんもレナも、俺にとって大事な仲間だって思ってる。仲間うちでは、隠しごとなんて無しじゃないのか?なぁ、魅音、沙都子」

「圭ちゃん、仲間だからって、何でも話さなきゃいけないなんてことないと思うよ」

「え?」

 

 自説を当然擁護してもらえると思ったのに、それが叶わなかったから、圭一は意表を突かれたようだった。魅音は続けて、

 

「そりゃあ、信用されてない気がするのも分かるけどさ。でもレナも梨花ちゃんも、たぶん二人で話し合った結果、まだ私たちに言うべきじゃないって思ったんじゃない?」

「そうですわね。レナさんも梨花も、圭一さんなんかよりよっぽど考えて行動してますわ。わたくしは、二人のことを信用してましてよ」

「……」

 

「圭ちゃんは、雛見沢に来る前のこと、包み隠さず私たちに話してる?」

「それは……」

「誰しも、知られたくないことの一つや二つ、ありますわ。それを無理に知ろうとするのは、よくないことでしてよ」

「よく、誰かの為につく嘘とかって言うけど、誰かの為に秘密にすることだってあるんじゃない?おじさんなんて、それこそ人前で言えないこといっぱいしてきた自負があるよ」

 

 彼女らの忠言は、熱く滾っていた圭一の頭を、急速に冷やしてゆく。一刹那して、圭一は自分が他者の心傷つけかねない危険な言葉を放っていたと自戒した。

 

「確かに、言う通りだな。俺が軽率だった。レナ、梨花ちゃん、ごめん。二人とも、俺たちのことを思って、言わなかったのにな。そんな単純なことに気づかないなんてな」

 

 

「でも、そんな大事なこと、もっと早く相談しろよ!最近レナも梨花ちゃんも、なんだかうわの空で、なんかあったのかって心配してたんだぜ」

「そうですわ!梨花も夜に外出したり、なんだか様子が変でしたし」

「みー、まさか沙都子が気づいているとは思わなかったのです」

 

 仲間たちは、自分たちの様子がおかしいことには気づいていたようだ。魅音だけは、レナから家庭の事を相談されたため、レナの変化の原因をそこに見出していたようだが。

 

 ともあれ、このままでは話が進まないため、魅音が一等明るい声を出す。

 

「さーて、諸君傾注!富竹さんと鷹野さんが何者かにより綿流しの日に殺害されるというレナと梨花ちゃんからの情報!みんなの意見を聞きたい!」

「言うまでもありませんわ!二人を死なせるわけにはいきませんもの。ひとまず警察に……」

「でも、情報ソースがないよな」

「そんなの無くったって、誰かが話しているのを聞いた、とか言っておけば……」

「普通は半信半疑だけど、大石あたりなら、それでも数人警護をつけるくらいはしてくれそうだよね」

「そのことなんだけど……」

「なんだ?レナ」

「私、警察関係者も疑った方がいいと思うの。大石さんは信頼しても大丈夫だと思うけど」

「そうだねぇ、だったら……」

 

 ああでもない、こうでもないと、議論が交わされている。三人寄れば文殊の知恵と言うが、五人寄れば何というのだろう。梨花はぼんやりそんなことを考えていた。

 みんな、真剣になってくれているのだ。胡散臭い話なのに。それがただ、うれしい。富竹と鷹野の絶対の死の運命。もしかしたら……もしかするかもしれない。

 

(でしょ、羽入?)

(……そうですね)

(……羽入?)

 

 羽入は一瞬浮かない顔をしていたが、すぐに表情を繕って、

 

(あうあう、きっとうまくいきますです!)

 

 さっきのは気のせいか。梨花は再び会話の輪に加わった。

 

 

 


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