共生〜罪滅ぼし零れ話〜   作:たかお

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 誰だって幸せに過ごす権利がある。
 難しいのはその享受。

 誰だって幸せに過ごす権利がある。
 難しいのはその履行。

 私だって幸せに過ごす権利がある。
 難しいのはその妥協。






 四半世紀の歳月が流れ、もはや風化しつつあったかの雛見沢大災害が再び脚光を浴びはじめたのは、言うまでもなく雛見沢村の封鎖解除によるものだった。節操のない週刊誌などの一部マスコミは、過去の事件を掘り起こしては死者を冒涜するのに余念がない。オカルトマニアやミステリーマニアなども同様で、彼らの信奉する真相やら陰謀やら、そうしたものに客観性、信憑性を付与するために、この廃村を訪れては村人たちの安らかな眠りを妨げる。

 しかし極稀に、彼らとは異なる理由で真相を追究する者たちもいる。大石蔵人と赤坂衛がそれであり、彼らは自費で「ひぐらしのなく頃に」なる本を出版し、大衆に向けて情報提供を呼びかけてきたが、封鎖解除後の雛見沢を訪れたことで、この本の一部改訂を行い再版した。その中には、学校籠城事件を引き起こした「少女A」もとい竜宮礼奈の証言も、彼女から許可を得て収録されている。

 後年、竜宮礼奈はとある零細記者から大災害を予期していたのかとの問いを受けた。記者は、たまさかこの本を手に取る機会があったらしく、報道家らしい身勝手な使命感を携えてやってきたわけだが、彼女はそれには答えずに、譫言のようにこう繰り返したのだという(とはいえ記録されていた当日の天候とは合致しないことから、この某記者が記事に奥行きを与えるために挿入したものと思われるため、注意されたい)。

 

「あの日は、雨が……」

 

 

 

 

 

 

 空は晦冥としていて、朝ぼらけだというのに、諸生命を彩るあのあたたかな陽光は感じられず、ただ梅雨の湿気の鬱屈した気配だけが立ち込め、目路の限りに広がる暗雲が空を縁取っていた。

 沙都子も、赤坂も眠っている。羽入は見当たらない。大事なときに、ふらふらと出歩く神様だが、そのうち戻ってくるだろう。

 晴れて欲しいという梨花の願いは届かなかった。でも、傘は持たないで外に出た。傘を差して歩くことで、天が少女へ与える小さな気まぐれを見落としてしまうかもしれない。だが、気まぐれは必ずしも少女に利するものとは限らない。

 やがて、小さな雨粒が頬に降りかかる。冷たい、冷たい滴。歩くうち、徐々に雨粒は大きくなってゆく。雨は次第に篠突いてきて、少女を襲った。

 遠雷が轟いた。どこかに落ちたのかもしれない。にわかに荒れはじめた風は草花をおののかせ、茅屋は軋り音を上げた。少女の肩までかかる長く、濡れそぼった髪を容赦なく吹き荒ぶ。

 息を荒くして歩く。呼吸を求めて口を開くたびに雨水が侵入する。あっという間に、からだじゅうが冷え込んでしまった。

 

(冷たい……)

 

 世界はかくも冷たいものなのか。

 数えきれぬほどの試練を、この身は与えられてきたはずなのに、天はそれでもなお満足してはくれないらしい。

 梨花の心に宿ったはずの希望の灯火が、雨風にさらされて消えそうになる。こんなに儚い焔……

 だが焔は小さくとも何かに燃え移り、一度燃え移れば際限なく燃え広がる。希望とか、勇気とか、この種の心の焔とも言うべきものは、完全に滅せぬ限り、どれほど小さくとも別の何かに着火して、絶望の闇の底にあっても皎々と光を放ち続けるだろう。

 雨はまだ降りしきるも、心なしか弱まってきたように感じられる。雲間から一条の光が射し込んでくる。空を見上げた梨花は、何かを求めるようにその光芒に手をかざして、捉えようと試みる。こんなに微かな光でも、闇を手懐けることだってあるかもしれない。

 そんな少女のもとに、傘が差し伸べられた。

 

「傘も差さずに、風邪ひいちゃうよ」

「レナ……」

 

 不思議と驚きはなかった。

 レナの傘は、赤い。

 

「こんな早くに、どこへ行くの?」

「なんでもないわ。ただ歩きたかっただけ。……本当よ?」

「……そっか」

 

 いまだ降り続く雨音のおかげで、沈黙は苦にならない。二人は噛み締めるように言葉を交わす。

 

「いよいよ今日だね」

「ええ。綿流しの日。そして数多の世界での富竹と鷹野の命日」

「この世界では、防がないとね」

「ええ」

「みんないる。赤坂さんも、大石さんもいる」

「うん」

「……がんばろ?」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 夕刻の古手神社は提灯と露店で華やぎ、行き交う人々が天にかざした雨傘が様々に色を与えている。

 年に一度の綿流し祭は、雨天でも恙無く決行されるが、やはり例年より人足は多少見劣りするようだ。それでも人々は、お祭りという非日常を謳歌する。幼い子供たちが風船を片手に駆け回り、大人たちを和ませる。若者は都会に移り、村では年々子供の姿を見かける機会が減ってきている。お祭りの場に集まった若い活力が、人々にとってどこか懐かしいものに思われた。

 レナは圭一、魅音と共に、梨花たちを探す。この雑踏の中で、人々の差す傘で視界も遮られているから、なかなか彼女らの姿を見出すことはできないでいたのだが。

 

「こんばんはなのです」

「お、梨花ちゃん、沙都子、赤坂さんも!」

「遅いですわ、皆さん!」

「やあ、3人とはあれ以来だね」

 

 梨花は巫女装束を身に纏い、いつにもまして神聖さを備えている。沙都子は軽口を叩きつつもそんな梨花に寄り添っている。護衛役の赤坂だが、数日前よりは幾分表情が柔らかい。

 

「おおっ!梨花ちゃん、今年も衣装決まってるじゃん!」

「梨花ちゃんのは本物の巫女服なのか?」

「これは婆っちゃのお手製なの。本格的でしょ?」

 

 梨花は例年祭りの終わり頃、祭壇で儀式を行う。たとえ幼くとも、古手家の当主は祭りの実行委員であり、この大役も今年が初めてというわけではない。

 

「毎年やってるんだな、大変だろ?」

「お仕事はお祭りの最後だけなのです、例年それまではゆっくり遊んでいるのですよ」

「せっかくの梨花の晴れ舞台、圭一さんも赤坂さんも御覧になるといいですわ」

「……ハードル上げられると恥ずかしいのです」

 

 

 

「あ、魅ぃちゃん。今年はあれやるの?」

「あれ?あー、五凶爆闘……って赤坂さんも入れて六凶かな?」

「……なんだそれ?」

「部活の御披露目をお祭りでやるんだよ、結構村のみんなにも好評なんだって」

「面白そうじゃねえか……でも遊んでもいられないんだよな」

「そうだねぇ……残念だけど」

「とりあえず、富竹さんたちを探そう」

「あれ、そういえば大石さんは?」

「大石さんなら、すでに警備の指揮をとっている頃だよ。配置するのも彼が信用できる人物に絞ったらしい」

「それがいいな。警察内部も信用できないし」

 

 話し込んでいると、一瞬眩い光とともにシャッター音が聞こえてくる。

 

「やあ、みんな」

「富竹さん!」

「おや、今日は見かけない顔の人と一緒だね。初めまして、僕は東京の方でフリーカメラマンをしている富竹です」

「……赤坂です。あなたのことは彼らから聞きましたよ」

「……みー。富竹は人に断りもなく、所構わずシャッターを切る変態なのです」

「あと一向に売れないカメラマンさん」

「君たちには参ったなぁ、僕は真面目なんだけど」

 

 そういって富竹は快活に笑うも、場の雰囲気に違和感を覚えて思い巡らすと、圭一とレナの2人の忠告が思い出された。彼らを見遣ると、やはり心なしか表情が芳しくない。おそらく皆の間で広まっているのだろう。とはいえこの場には初対面の赤坂もいたから、富竹は深く追求はしなかった。

 

「あれ、鷹野さんは一緒じゃないんですか?」

「ああ、彼女もお祭りには来るよ。ただこういったお祭りには人が集まるし、怪我やら不測の事態に備えなきゃいけないからね。入江先生と打ち合わせしているのさ」

「じゃあ鷹野さんとのデートはお預けですか?」

「デートって、ははは。まぁ彼女とはあとで会う予定さ」

 

 

 

「じゃあそれまで富竹さんを護衛します」

「レナちゃん……またその話かい?」

「でも鷹野さんは信じてくれてるようでしたよ、それなのに富竹さんは信じてくれないんですか?」

「うーん、わかった。とりあえず鷹野さんと落ち合うまではみんなと行動を共にしよう。それでいいかい?」

 

レナの雰囲気に呑まれる富竹。それを見た魅音は、

 

「……ただ一緒にいるだけじゃあ、つまらないよねぇ」

「え、魅音さん、まさか」

「部長、園崎魅音の名において、富竹さんを我が部への入部を許可する!」

「おいおい、そんな場合かよ?」

 

この状況下で暢気に遊ぶことは憚れたが、意外にも赤坂は魅音の提案に賛成のようだった。

 

「いや、この大人数で何もしていない方が返って目立つよ。それなら、富竹さんの護衛も兼ねて適度にお祭りを楽しんだ方がいい」

「僕は赤坂がそういうのならそうするのです」

 

 

 

 

 

 

 富竹は童心に戻ったようだった。

 近頃は鷹野も東京の上層部との接衝に耐えかねてなのか、くたびれた笑みを浮かべるばかりで、2人きりのデートの場でもどこか雰囲気は重々しかった。

 東京はアルファベットプロジェクトを平和裏に終えようとしている。小泉氏の死を契機に、東京内部では世代交代の波がおしよせて派閥は激変した。新しい幹部らは、殊に軍事にまつわる計画を槍玉に挙げて旧派閥を口汚く罵倒する。当然、その監査役を務めた富竹も矢面に立たされたのだ。

 鷹野への情か、組織への忠誠か。

 前者を選べば、富竹は失脚するだろう。事故に遭い、自衛官として第一線で働けなくなった非キャリアの彼は、通常なら予備役に配されるところだが、そんな富竹が射撃教官の任に就くことができたのも偏に東京という組織の末席に連なっていたからだ。組織に感謝の念はある。しかし、任務を遂行しようと冷徹になろうとすればするほど、鷹野のあの哀しい顔が浮んできて頭から離れない。誰にも見せぬ、自分にだけ見せたあの哀しい素顔……研究者としての鷹野ではない、ただの鷹野三四。否、あれこそが田無美代子なのだろう。鷹野が非人道的ともとれる行為を是とする度に、あのもう1人の彼女は泣きじゃくってきただろう、あの幼き内面を心の澱に沈め、彼女は精神の均衡をはかってきたのだろう。

 そんな彼女を思うと、富竹もまた悲しくてやりきれない。せめて残された時間を彼女の好きなように研究できるよう取り計らうだけ。富竹は自らの唯一の助力を惜しまぬつもりだった。

 プロジェクトが終われば、富竹もその任務を解かれ、自然雛見沢との距離は遠くなる。彼女との思い出深きこの村を少しでも記憶に留めようと、少年少女らとお祭りを駆け回った……

 

「ここが最後!」

 

 魅音が指さしたのは射的屋だった。

 3発撃ってより大きな景品を得た者の勝ちというシンプルな勝負だった。

 中でもひときわ大きな景品はあのくまのぬいぐるみだろう。やや不安定な台に鎮座するが、コルク栓3発では心もとないかもしれない。

 じゃんけんで順番が決まり、いよいよゲームスタートだ。

 まずは魅音が横に3つ並んだお菓子の箱を目掛けて射撃する。3発で見事全て落としてみせた。いつのまにか集まっていたギャラリーから歓声が上がり、魅音は余裕の表情でそれに応えた。

 2番手の沙都子、3番手のレナはともにくまのぬいぐるみを狙うが、健闘するも落とすには至らない。

 4番手は赤坂だった。現役の刑事である赤坂の腕前はやはり卓越していて、目を眇めて狙いをつけると、正確無比な弾道がぬいぐるみを襲ったが、それでもあと一歩届かない。

 そしていよいよ圭一の番になった。しばらく悩んだあげく、店主に頼んで3丁の銃を貰うと、不敵な笑みを浮かべた。それを見て、魅音が圭一の策を看破して同様に笑った。

 

「つまり、一番時間がかかってるのがこのコルク弾の装填なんだよ」

「じゃあ、先に弾を詰めた鉄砲を3つ並べておけば……!」

 

 これぞ現代に蘇る織田信長の三段打ち。すっと深呼吸してから一気呵成に連射すると、衝撃に耐えきれずついに標的は落下した。ギャラリーからは今日一番の大歓声があがった。

 このため富竹は結局腕前を披露する機会はなかったが、彼らの健闘を見ているだけでも楽しめた。しかし、赤坂の腕前を見てやはり一角の人物ではないと警戒を強める。すると赤坂が声をかけてきた。

 

「たまには子供たちの輪に入るのもいいものですね、なんだか若返った気がします」

「同感です、彼らを見ているとこちらが元気になれます」

「富竹さんもやってみます?意外と難しいですよ、勝手も違います」

「……やはり、あなたは」

「隠しているつもりではなかったのですが……私は警視庁の公安の者です」

「公安!?そんな方がなぜ……」

「前原くんや竜宮さんから聞いたのでしょう?」

「いや、しかしまさか……」

「公安としても、ある程度の情報は得ています。彼らの情報は確度が高いものと見ています」

 

 勿論これは赤坂のはったりで、動いているのは赤坂1人だ。しかし富竹の警戒心を上手く引き出せたようだった。

 

「……わかりました、用心しましょう」

「ありがとうございます」

「……しかしなぜ初めからあなたが話さないのです?子供たちから言わせるより信用させ易いはずなのに」

「無論そうですが。彼らの熱意ですよ。富竹さんを救いたいというね。あなたもそんな彼らに応える必要があると思います」

「……そうですね」

 

 富竹は、自分は大人になったのだと思った。

 かつて、決してこうはなりたくないと思っていた無色な大人たち。

 子供のころとなんら変わらぬ未熟な精神を薄い膜で覆って、もっともらしく振舞う。成長とはこういう者になることだろうか? あの時が永遠に感ぜられた若き日々を、たしかに生きていたはずなのに。

 子供たちを知らぬうちに侮っていたのかもしれないと、富竹は恥じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな鼓の音があたりに響く。

 祭りもそろそろ終幕に近づいていた。

 

「そろそろ出番なのです」

「じゃあ僕も梨花ちゃんと一緒に行くから、みんなとはここで。この人混みだから急がないといい席で見れないかもしれないよ」

「そうですわね、では梨花、頑張ってくださいまし」

 

 2人は雑踏の中へ歩んでいく。赤坂の差す傘の下で並んで歩くその姿は、見る人が見れば親子のようにも思えるだろう。2人の姿は徐々に小さくなっていき、やがて人混みの中に溶け込んで消えていった。

 一同は無言でそれを見送っていたが、もう一度大太鼓の地響きを立てるような音で沈黙は破られた。

 

「やばっ、もう始まっちゃう」

「急ごうぜ!」

 

 祭壇に近づくにつれ人混みは増していき、その合間を縫って進んでいくと、レナがはぐれそうになっているのが見えたから、圭一はその手をつかんで先導する。一瞬だけレナの顔色を伺うと、仄かに頬を赤らめているようにも見えたが、圭一はそれには気付かぬようにと無言で遮二無二歩き続けた。レナも無言で彼の背中だけ見ながら歩いた。先ほどの赤坂と梨花は、親が子に手を引くように並んで歩いていたけれども、圭一とレナは歩く速度も合わなくて、不揃いでどこか不恰好だったが、お互い嫌な気はしなかった。

 

 古手神社の祭壇前に群がる人波をかき分けて、一足先に着いていた魅音と沙都子の元へ行く。松明の炎は揺らめきながら、雨を吹き飛ばすかのような勢いでメラメラと燃え上がっている。夜にもかかわらず、そのまわりだけは真昼の明るさを取り戻していた。

 とりわけ観衆の視線を集めるのは山のように積み上げられた布団だ。布団は注連縄で結ばれているが、やはりどこか祭りの場に相応しい物には見えなかった。圭一は疑問符を浮かべて問いかける。

 

「あの布団をどうするんだ?」

「見てればわかるよ」

 

 その時、また地鳴りがした。大太鼓がひときわ大きく打ち鳴らされると、開始の合図と悟ったか、その場が静まり返る。すると、神官役の老人らとともに梨花が姿を現した。梨花はその手に大きな鍬を携えている。

 祝詞が終わると、その鍬を布団へ振りかざしていく。

 

「布団を突いてる、というか叩いてる?布団叩き?」

「まぁ当たらずとも遠からずってとこかな」

「人間の代わりに病魔を吸い取ってくれた布団を清めているんだよ」

「へー、変わってるな」

「……梨花」

 

 先ほどから黙したままだった沙都子の呟きに圭一は心配か、と声をかける。

 遠目に見ても、大きな鍬は重みを主張していて、それを振り回した梨花の身体がふらふらと左右に揺らされる。滝のように汗も流れていて、相当な重労働に見えた。

 

「梨花は毎日毎日、餅つきの杵で練習してましたから……きっと大丈夫ですわ」

 

 沙都子はきゅっと両手を組んで、梨花を凝視し続けていた……

 すると急に、梨花の舞が様になり出した。

 先ほどまで鍬に振られていたのが嘘のように自在に操りだした。優雅な所作。小雨はやや強い風に煽られて横に流れ、巫女服を僅かに濡らす。雨と汗が松明の光に照らされて艶美さを増し、さながら神と交わったかのような神性を宿している。しかし神懸かりは一瞬で、また梨花に戻ったようだった。

 しばらく無言で見つめていると、大太鼓が鳴らされ、梨花はやや疲労の色を浮かべながらも黙礼し、万雷の拍手がそれを迎えた。沙都子はようやく組み続けていた両手をほどくと、あとは普段と変わらぬ様子に戻った。沙都子だけではなく、皆心配だっただろう。梨花は祭壇を去りしな、視線を彷徨わせて何かを呟き、やがてこちらを見つけると小さく微笑んだ。

 

 神官たちは布団を担ぎながら石段を降りてゆく。見物人たちも皆あとに続いて、さながら大名行列が出来あがった。圭一たちは行列の最後尾だった。

 

「今度はなんだ?布団を川で洗濯か?」

「あはは、だから、綿流しだって」

 

 沢のほとりにやって来て、人々は一箇所に集まりまた列をなした。

 

「圭一くんも並ぼう。綿を貰いに行くんだよ」

 

 布団を引き裂いて中身を出し、小さくちぎって丸めていく。人々は綿を受け取ると、次々に川に流していく。

 

「圭一くんは初めてだから、レナのやり方を真似をするんだよ」

 

 右手の綿を額、胸、臍に持っていき、最後に両膝を叩く。これを3回繰り返して川に流していく。こうすることで、魔を綿に移すのだという。

 みんなでオヤシロ様への感謝を込めて、川縁から順番に綿を流していった。綿は次第に米粒みたいに小さくなっていく。夜の漆黒の下、下流へ流れていく無数の綿は、流したときには1つ1つ別個の存在だったはずなのに、寄り集まって繋がって見えた。さらに流されて視界から消えても、白い残像は朧げに残っている。何かを暗示しているようなその光景に、一同は口を閉ざしたまま、じっと見つめていた。

 




最近首が痛い。

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