共生〜罪滅ぼし零れ話〜   作:たかお

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結集

「これが、私が5年前に梨花ちゃんから聞かされた予言だよ」

 

 古手梨花が、5年も前に連続怪死事件を予言していたという赤坂の言葉に、皆はしばし言葉を失う。当然であった。しかし、レナだけは冷静に赤坂の言葉を受け止めている。

 

「……君は驚かないのかい?」

「……ええ。私は聞かされていましたから。もっとも、つい最近のことですけど」

「ちょっと待て、レナは知ってたってのか?」

「うん。富竹さんと鷹野さんが危ないってことは話せたけど、どうして知ってるのかを言えなかったのはこういうことだよ。ちょっと信じがたいでしょ?」

 

 レナの言葉で皆は複雑そうな顔つきになった。たしかに、梨花の予言で知ったというのは現実的ではない。情報源を明らかにできなかったのもやむを得ないところだろう。だが圭一は、それを否定する。

 

「でも、俺は信じるぜ!」

「……!」

「いや、まあ確かに梨花ちゃんの予言だってのは普通は信じられないだろう。でも、結局のところ予言がどうとかどうでもいいんだ!梨花ちゃんが救いを求めている、それだけで俺たち仲間は動くだけだ。そうだろ、みんな!?」

「……そうだね。予言だから信用するしないじゃなくて、梨花ちゃんが言うことだから信用する。それだけだね!」

「そうですわ!梨花が嘘を言うはずありませんもの。レナさんにだけ話したのも、きっと何か訳があるんですわ」

「……みんな」

 

 やはり、皆は梨花の言葉を信じてくれた。この少女は、幾度も期待を裏切られ続けた結果、他者の心に踏み込む能力を退化させてしまっている。おそらく、かつてまだわがままで、不合理な死を知らず、太陽の下で限りない生を謳歌していたころは身につけていただろう能力。

 圭一たちは、始めから梨花に手を伸ばし続けていた。それを受け止めるのも跳ね除けるのも、梨花次第である。

 

「ボクの言うことを信じてくれてありがとうです。ボクは全てをお話ししたいと思います。もちろん、赤坂と大石にも」

 

 

 

 

 

「では、みんな座ったところで、お話をさせていただきますです」

 

 梨花と沙都子が生活を送るこの部屋に、これほどの人数を招き入れたことは当然なく、ただでさえ狭い部屋はより狭く感じられる。彼らは皆黙して梨花の言葉を待っている。かくして梨花は静かに語り始めたのだった。「東京」のこと、雛見沢症候群のこと、山狗のこと。

 まるでSF小説のような内容に、最初に疑問を呈したのは、やはりこの中で最も頭が固い大石だった。梨花が語り終えたおかげで部屋に戻った静寂を、やや疲労の色を携えた声色が破る。

 

「まぁ……梨花さんの言うことを疑うわけではないんですが。こういっちゃなんですが、赤坂さん。こういう話はあり得るものなんですかね?」

「東京という機関があるのは間違いないでしょう。中央で裏仕事をしていると、そういう連中の影がちらつくことはあります。秘密結社というと穏やかではないですが、某二大政党の支持基盤にも、怪しげな団体は星の数ほどあります」

「ふーむ……」

「雛見沢症候群。これについてはなんとも言えませんが、村の歴史を鑑みても、厳格な掟や昔話は、その風土病と共生していくための教訓といえるでしょう。……大石さんも、薄々感じていらしたでしょうが、あの建設大臣の孫の誘拐事件は、田舎のいちヤクザにすぎない園崎家の規模では実現は不可能です。連続怪死事件にしても、国家の一組織の暴走というストーリーのほうが辻褄は合います。とすると実力組織として山狗という連中がいるのは当然です」

 

 現役の公安警察である赤坂が梨花の説明を支持したことで、にわかに現実味を帯びた話に思えてくる。話の内容よりも、それを誰が言ったかが注視されるのは、不変の真理だった。

 

「でもあれだな、全部が園崎家の掌の上、っていう考え方は冷静に考えるとおかしいもんな」

「園崎さん。本当に園崎家は一連の事件には無関係だと?」

「一種のブラフだね。婆っちゃが笑みを浮かべると、周りのみんなが勝手に都合よく解釈するわけ。それにしても、うちも連続怪死事件を利用したことは否めないけど、わけのわからない連中の隠れ蓑にされていたってのは腹が立つね!」

「……」

 

 難しい顔をした大石。頭では理解していても、感情がそれに及ばぬことは往々にしてあるものだ。

 園崎家を敵視して5年。ダム現場監督の仇を討つとその亡骸に誓ってから、無我夢中で真相を追い求めてきた。今回その真相は、園崎家が全くの無関係であるという姿で大石の目の前にぶら下げられた。一旦それに飛びついてしまえば、今までの自分の捜査は水泡に帰すように思われた。自らの過ちを素直に認めるには、大石には若さが足りなさすぎたのだ。

 そんな彼に、レナが声をかける。

 

「大石さん、園崎家は無実なんですよ。魅ぃちゃんに謝らなきゃ」

「竜宮さん、しかし」

「……大石さん」

 

 レナの口調に、断固たるものが感じられて思わず大石は口を噤む。

 レナは視線を梨花にやる。梨花は自分に向けられた瞳の意図がわからず、小さく首をかしげる。だが大石は、レナの言わんとすることがわかったような気がした。

 梨花は話す勇気を示した。

 ならば、自分も受け容れる勇気を示すときなのだろう……そう思えた。

 

 

「……そうですね。園崎さん、大変申し訳なかったです」

「……いいよ。紛らわしいことしてきた婆っちゃが一番悪いんだから。大石さんには散々煮え湯を飲まされ続けてきたけどさ、ここにいる以上大石さんも仲間だから」

「そうそう、魅ぃちゃんの言う通り!大石さんも過去は水に流してあげてください」

「……ええ。竜宮さん、ありがとうございます」

 

 園崎との確執は、簡単には払拭されない。だが、和解を示したという事実が大事なのだった。

 

 他方、沙都子は何やら放心しているのか、うわの空で皆の会話を眺めている。やがて、

 

「……梨花。まさかいつも打っている注射って、そういうことでしたの?」

 

 小さくこぼれたその言葉に、さっきまでの喧騒は嘘のように、しんとした静寂が再び部屋を領した。

 梨花が話せなかった理由はここにもあった。人には、知らなくてもいいことがある。沙都子にとってのそれが雛見沢症候群であることは言うまでもない。

 

「注射って、何のことだ?」

「……沙都子は、毎日2回のお注射をしています。雛見沢症候群の末期症状を抑制する薬なのです」

「末期症状!?」

「はい。沙都子には、入江の研究の協力のための注射で、見返りに生活費をもらっている、と説明してきました」

「そんなっ……梨花、何を言ってるんですの?」

「……沙都子。大丈夫、あれは事故なのです。沙都子のせいではないのですよ」

「うっ……うぅ……!」

 

 嗚咽が止まらない沙都子を、梨花は優しく宥める。

 暫くして落ち着きを取り戻した沙都子は、泣き腫らして瞼を赤く染めながらも、もう立ち直ったような気配を見せていた。それは、強くあらねばならないという悟史の呪いか、あるいは梨花の為か。いずれにせよ、沙都子は梨花の仲間として、梨花に並び立つ。

 もっとも、本題はここからだった。

 

「さて、実はもっと恐ろしいことが雛見沢で起きます。こればかりは、さすがに信じられないかもしれませんが……雛見沢村は、6月26日、あるいはその前後に全滅します」

「……は?」

「えっと、全滅って?」

「鬼が淵村から火山性の毒ガスが湧き出て、一夜にして村人が全滅するということです」

「なっ……」

「……それも予言なのか?」

「はい。そしてこの災害は、先ほどの山狗が関係していると思われますです」

「……なるほど。梨花ちゃんの死がトリガーになるということか」

「流石赤坂なのです。ボクが死ねばみんな大変なことになる。それを防ぐために村人をみんな死なせてしまおうと、そういうことらしいのです」

「そんなっ……!」

「マジかよ……!」

 

 これには皆色めき立つ。

 ここまで富竹、鷹野、梨花の3人を守ることが当面の目標と思われていたのに、自分たちも含めた村人らの生存も勝利条件に加えられてしまった。

 自分たちだけの生存を考えるのならば、今すぐに皆で雛見沢から離れればよい。大災害が起きたなら、それは死を免れたことになるし、起きないのなら、梨花の死という必要条件を満たせなかったために、計画が中止されたことを意味する。ほとぼりが冷めたころに村に戻ってきて全て一件落着と相成るかもしれない。しかし、大災害が起きないというのは希望的観測にすぎまい。また、自分たち以外を全員見捨てることに他ならない。

 

「かといって、村人みんなが信じてくれるわけはないし……」

 

 しかしここで、魅音が口を開いた。

 

「村人みんなを、村から脱出させられる人が一人だけいるよ」

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 古手家へと入っていった彼らを見届けると、監視を続けていた男は、無線機で上司に連絡をとる。Rへの警戒を強めろという指示は、男には理解の及ばぬことであったが、彼女の勘も、あながち的外れなものではないらしい。

 

「鷹野三佐、Rが友人らと、刑事を含む大人2名を自宅に招き入れました」

「……刑事、って誰かしら?」

「興宮署の大石刑事です」

「それじゃあもう一人の大人は大石さんの部下かしら?」

「いえ、もう一人は見覚えのない男性です。ただ、立ち振る舞いから、ひとかどの人物だと思われます。村の人間ではないでしょう」

「工作部隊である山狗の、あなたたちがそう言うのならば、外部の人間なんでしょうね……至急調べなさい。万一はないとは思うけれども、不確定要素はない方がいいわ」

「はっ」

 

 白衣姿で無線機を扱う姿は、診療所の和やかな雰囲気と対照的で、あまり似合ってはいない。やはりこういう仕事をするときは、あの黒い外套がよく映える。

 これから人を殺す算段をするのにもかかわらず、人を救うための看護服を纏っているのは、なんとも皮肉が効いているが、もはやその種の感傷を抱くには罪を重ねすぎたなと、鷹野は思った。

 椅子から立ち上がって先程飲み干したカップにコーヒーを入れると、立ち昇る湯気は香りも芳い。口をつけ、渋い苦味を味わう。こうしていられるのも、もう残り僅かだった。コーヒーとともに、忘れ得ぬ苦い記憶も、あらかた飲み干してしまえた気がした……

 

 

 

 

 

 

 




3話の修正するっていったけど、適切な言い回しが浮かばなくて。もう少しばかりお待ちを。
12話は明日、13話は明後日。たぶん。

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