恋は直球、届け白球   作:最強エースあかね

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第9話

自信にあふれた笑顔寸前の茜だが、やはりマウンドではそうはいかない。すっと目を瞑る。心の中で『やれる、やれる、殺る』と唱え、目を開く。そして広がる久しぶりの景色。帰ってきた、帰ってこれた。久しぶりを実感するのは景色だけではなかった。練習として投げる7球。そう、マウンドの傾斜だ。平地の公園とは異なっているが、2球も投げれば慣れた身体が自然と傾斜にあってくる。

「よし、乗ってきたな」

捕球する敦史も夏の大会以来、いやそれ以上のものを感じた。ほぼ勝利確定点差だが、相手チームは茜の球に見惚れるどころか、危機感を覚えた。

投球練習が終わると止まっていたものが動き出す。敦史のサインを見て、セットポジション…かと思いきやノーワインドアップの投球フォーム。球に力を込め投げ込んだ。糸を引いているような完璧なコントロールでミットへ入って行った。

(バシィィィィ)

「ストラィィク!」

こんな選手を温存しておいたのかと相手チームも驚く。サインはすでに交換済み。すぐ投球フォームに入った。そのテンポの良さと久々の実戦に高ぶる球速に打者は手が出ない。真っ直ぐで早くも追い込んだ茜に遊び球は存在しない。コソ練でさらに柔らかくした身体をしならせて、3球目。

「ストラィィク、バッターアウト!!」

2人目もストレート3球で三振を取った茜に、敦史がさっきまでとは違うサインを出す。迷いなくうなづき、テンポよく投球動作に入る。先程からドンドンギアを上げ、部費で購入した球速測定器で測ると女性投手最速に近づく120を計測。足腰、そして肘を鍛えたというのが本当であることを如実に知らせる。

「ストライク!」

さあ追い込んだ。次はどんな球を繰り出すのか、城戸中ベンチは応援を忘れ、期待の眼差しを茜に向けた。

(バン、バン!)

敦史がミットを叩き、ここだ!と構え茜を呼ぶ。今は全部が見える。全体を把握し、敦史の構える姿までもぱっちりの両目でしっかり捕らえる。変わらないテンポで投球動作に入る。離した手から放たれた球は、空気を切りシュルシュルと音をたてながら打者へ向かっていく。

「!」

足を上げ構える打者は異変に気付く。

(全然、こない!)

球はゆっくりと真っ直ぐと同じ軌道で向かってくるではないか。そして、バットは空を切る。

「ストラィィク、バッターアウト!!」

茜の最も得意とする変化球の『チェンジアップ』。異名である、『舞姫』の復活を象徴するキリキリ舞いっぷり。3者連続3球三振で最終回の攻撃を迎える。

「名古谷、お前達だけで1点でも掴んで見せろ」

攻撃に入る前に監督に指示を受けるこの回、先頭の西村、茜、敦史の1〜3番。のちに野球界を揺がす打順だ。

「と、いうことだが」

「ガンガン打とうよ!」

「それって、俺の出塁前提だよな…」

相手チームの投手交代の間にネクストバッターサークルを囲むように3人が集まり話し合いをする。

「西村は、データが相手に無いはずだからセーフティバントでどうだろうか」

「それで盗塁だねー」

「仕事多すぎだろ」

「まあまあ、あたしがバントするより剛が盗塁したほうが確率高いっしょ」

「まあそういうことだ」

「自分で言うのはいいけど、人に言われるとムカつくわね」

すると西村はバットを持つと

「まあなるようになるだろ」

そう言ってバッターボックスへ向かおうとした。そんな西村を茜が引き止める。

「待って、剛!」

そう言って、バッターサークルの中央に手を出す。

「そう言うの恥ずかしくね」

西村が照れる中、敦史は茜の手に手を乗せた。

「ったく、名古谷まで…」

そう言いながら西村もそれに加わった。

「えいえいおーってのはダサいよねー」

茜が掛け声に悩む中。気だるそうだった西村が掛け声を決めた。

「え!!それ可愛くない!」

「俺はいいと思うぞ」

「はい、多い勝ちだな」

「くそーー」

そして、改めて手を合わせ、息を合わせて…。

「いくよーー」

「「「うぇーーぃ…」」」

低めの声で気だるくーーー。

打席に入る西村。大きな構えからはどんな選手かは想像つかない。低めに投げられた球をセーフティバント。

(カコン)

三塁線ギリギリに転がる、まさかのバント。守備陣は慌てて捕球。しかし、城戸中で最も足の速い西村はすでに一塁へ。グッと握った拳で茜と敦史に答える。それを見てから左打席に立つ茜。バントの構えで投球を迎える。そして第1球目。一塁から飛び出た西村を補助するようにスイングする茜。捕手の送球虚しく、盗塁が完璧に決まる。

「さっすがー」

茜はボソッと言うと再び打席に入る。バッターサークルにいる敦史からのサインを確認し、構える。今度はバントの様子はないようだ。投手の投げる手がトップにいくところで、右足を高く上げてタイミングを取る。外角に逃げていくスライダーだ。しかしストライクゾーンに入っている。茜は甘い球を見逃さない。

(カーン)

左手で無理矢理引っ張るった打球は金属バットの跳ね返りでセカンドの頭上を越えていく。弱めの打球に三塁を蹴ろうとする西村を三塁コーチャーが止める。女の子の打者ということで前進していた外野からの送球では、ホームインすることはできない。

「よく打ったなー」

茜の打撃に関心した敦史は、狙いよりもいい結果となって大きなチャンスで回ってきて高ぶっている。こういう時は早めに勝負を仕掛けるのが定跡だが、敦史は自分のペースを保つ。バッターボックスへ入った敦史は、初球の変化球を見送りストライク、2球目の真っ直ぐを見送りボール。3球目の外角ギリギリの真っ直ぐを逆らわずに、バットをボールに差し出す。踏み込んだ左足でグッとに踏ん張り、バットを振り抜くと打球は金属バットと軟式ボールの跳ね返りで面白いくらいに飛んで行った。余裕でホームへ戻ってきた西村は一塁から走って来た茜をハイタッチで迎える。ライトの上を越えていった打球で、三塁コーチャーも敦史の足を考え腕を回す。

「まじかよ…」

そう言いながらも激走する敦史。最後はスライディングでホームイン。息を荒げながら茜と西村とハイタッチをかわし、見事3人で得点を挙げてみせた。

「よく打ったな、名古谷!」

「敦史にしては上出来じゃん?」

「一言余計だ」

そう言って茜にチョップする敦史。

「あいたっ!」

いつもの楽しそうな敦史を遠くから見ている美優もホームからベンチへ戻る3人と同じように笑った。

「名古谷くん楽しそうじゃん」

「あ、上原くん。遅かったね」

「道路も混んでてタクシー使ってもこんな時間だったよ」

観戦ゾーンに遅れて来た涼介。美優に声をかけた。

「残念ね。茜、投げてたのに」

「ここに歩いてくる間に見られたよ。勿論、バッティングもね」

「あら、そう」

「それにしても、名古谷くんは上手いなー」

「キャプテンですから!」

得意げな表情の美優だったが、気持ちよくさせておこう。そう涼介は思った。

結局試合は7-3で敗北した城戸中だったが笑顔が溢れているミーティング現場だった。

「えっと、迷惑かけてごめんなさい」

ミーティングでは茜が深々と頭を下げ、休部していた日々を謝罪した。そして、

「これからは…」

監督のありがたくも長〜い話が始まった。明日からまた、背番号を争う練習が始まる。もちろん、休部していた茜もその内の1人だ。今日の成績は一度リセット。また考え直すとのことだった。

茜もまた新たな気持ちで練習に臨むことになるーーーーーーーーー


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