恋は直球、届け白球   作:最強エースあかね

8 / 17
第8話

合宿後の最初の練習、茜の姿はグラウンドになかった。深くは誰も詮索しなかった。きっと試合の時のことだろう。みんなそう自分たちに言い聞かせながら、いつもより少し静かなグラウンドで練習を始めた。

「名古谷、なにか聞いてるのか?」

「なにも」

心配する西村。対して茜の話になると気不味くなる敦史。

「いいから練習続けるぞ、西村」

「お、おう」

そして練習開始の1時間前、教室にて…。

「あれ?茜、部活はー?」

「え、あっ、今日はちょっと用事が…」

(ガンっ)

茜の机が動く。

「痛っ!、」

「だ、大丈夫!?」

「う、うん…」

話しかけたのは茜の親友であり、敦史の彼女である美優だ。

「帰るなら一緒に帰ろうよ」

「うん」

隠れるようにグラウンドの横を通り過ぎ、なんとか校門を出た茜。

「そんなに気不味いの?」

「え!?な、なにが!?」

「野球部」

「あー、ほら、監督には言ってるけどさー…」

「夏休みも合宿後、出てないって敦史言ってたよ?」

「…」

敦史から報告をもらっている美優にテキトーなことは言えない。なにかいい理由を探さなくては。そう考え込む茜だが、美優には色々筒抜けだった。

「なにで喧嘩したか知らないけどさー、なんか妬けるよねー」

「え?」

「だって、ウチの彼氏なのに、茜のことばっかり!」

「ご、ごめん…」

すこしふてくされて見せた美優だったが、流石に元気のない茜にはやりがいがない。

「んで、辞めるの?」

美優は話を変えた。

「辞めない…つもり」

なかなか目を合わせようとしない茜にしびれを切らし、帰り道人が見ている中で、ガッと茜の肩を掴んでちょっと大きめの声で言う。

「あのさ!!」

「み、美優!?」

「なんか、ウチは頭いいわけじゃないけどさ!」

「…」

「もちろんさっき言ったみたいに妬けちゃうことあるけどさ!親友としてさ、悩みとかあるなら言ってほしい!」

自分の思いを丸ごと茜にぶつけた美優。

「美優…」

「敦史に言えなくても、ウチには言えるかもって思ってさ。嫌じゃなければって感じだけど…」

(あぁ、そうか。周りが涼ちゃんしか見えてなかったんだ。)

「ごめん、美優。もう少し、待って…。」

「茜…」

「でも、ちゃんと言うから!絶対!」

表情もいつものお気楽な茜よりも真面目だ。まあ許してやるか…。

「わかった。約束だからね!」

「うん!」

美優と約束をした茜。

 

 

時は合宿後の涼介との会話。

「休部してどうするの?」

「気不味くなってるならさ、コソ練しようよ。ランニングとインナーを鍛えるんだよ」

「そんなの許してもらえないよ…」

「言ってみなきゃわかんないよ!」

という涼介の提案の元、気不味さとコソ練をしたいがために監督に申し出た。

「というわけで…」

「ちゃんと練習するんだな?」

「はい」

「じゃあこれをやる」

そう言って監督が茜に差し出したのは強度が3タイプあるゴムチューブだ。

「肘を鍛えるのにはもってこいだ。毎日100回くらいやっておけ。強度は少しずつ上げるんだぞ、一気に上げるなよ」

難なく許しを得られた。

「止めないんですか?」

「ここでお前を部に置いていても成長がないと思ったからだな。その代わり、」

「?」

「エースナンバーは剥奪だ。当然だが、打順もだ。」

わかっていたことだが、宣告されるとまた違う角度で刺さってくる。しかし、こんなことでへこたれていられない。部員と敦史と離れることで、自分と向き合い、新たな発見をするのだ!

「承知の上です!」

こうして、茜の個人練習が始まった。

 

朝、学校を出る前にランニング。授業中には先生にバレない程度にチューブを使ったインナーを鍛える練習。ここまでするともはやコソ練ではないが…。

毎日毎日欠かさずに、死ぬほど頑張った。最初は1キロから始めたランニングも始めてから3ヶ月が経つ頃には10キロに距離が伸びていた。たまに涼介とするキャッチボールでは前よりも肘の調子が上がってきていることを実感した。一週につき1度だけにしていたキャッチボールも調子が上がっていることを確認すると回数、球数を増やしていった。

 

 

一方、茜を欠いて出場となってしまった秋の新人戦では、夏に東京を制覇したチームとは思えないほどの打線の崩壊で7回で打った安打は2本。背番号1を背負い先発した青木も3回途中6失点と炎上し、まさかの1回戦敗退となった。

 

 

そして、敦史や野球部のみんなと茜が話をしたくなって2度目の大会が始まろうとしていた。

引退となった3年生も参加できる、私学大会。今日は背番号が発表された。優先されたのは自主参加した3年生だ。そして、

「最後、20番は…。ここにいないが、空けておく」

1年生にもしやと、笑みが溢れるものもいた。2年生もやれやれと思うものしかいなかった。

「名古谷、ちゃんと接しろよ」

高柳が夏の試合での喧嘩を振り返る。

「ちゃんとした球を投げればいいんだよ。それだけ」

こんなに澄ましているが、茜の近況をよく美優から聞いているくらい心配している。気になってしょうがないのだった。

 

 

しかし…、、

 

 

「おい、20番のやつはどうしたんだよ」

試合当日、開始時間になっても茜の姿はグラウンドになかった。3年生たちも茜の怠惰っぷりにため息。敦史のイライラが高まる。

「敦史!!」

茜の現状を伝えにきたのは、試合観戦に来ていた美優だ。

「茜の乗ってる電車、人身事故で6つ手前の駅で止まってるって!」

「運が悪いやつだな…」

「あ!」

茜から美優に電話だ。

「え!!まじで!?わ、わかった…」

茜のことを監督に伝えに行った敦史に、電話で話したことを知らせる美優。

「は?走る?本気なのか、あいつ」

タクシーなどを拾えばいいものの、走ってくるようだ。

「監督…、どうします?」

「好きにさせろ。来たらその時の状況によって決める」

 

その頃、

「走るの!?」

「涼ちゃんはゆっくり来て!わかんないけど、走ったほうが早い気がする!」

止まった電車を降りて走る準備をする茜。

「タクシーで…」

「先行くね!」

提案しようとしたのもつかの間、行ってしまった。

「まあいっか、あーちゃん楽しそうだったし」

そう、久々の野球に心が踊っている茜を涼介にとめられるわけなかった。

 

 

試合は3年生の元エース白根を先発にスタートしていた。序盤は難なく進むも、白根のノミの心臓っぷりが爆発。ランナーを背負った時には必ず失点をする有様。なんとか5回までつなげた。

そして、6回裏の相手中学の攻撃。敦史の戦略虚しく、ノーアウト二三塁。今日3度目のタイムをかけマウンドへ向かう。

「さすがに交代っすよ、白根先輩」

「い、いやだ!」

「ったく、ピッチャーという生き物は…」

夏のデジャブ。先輩を優先したせいで、青木の出場登録枠がたりなかった。和田も下げてしまった。となると…。

「遅れました!!」

息を荒げながら、登場したヒーロー。いや、ヒロイン。

「はぁはぁ」

「ユニフォームは」

監督がそう聞くと、着ていた赤ジャージを突然脱ぎ出す淫乱っぷり…、ではなく。

「着てきてます!」

「西村!キャッチボールしてやれ」

監督の「キャッチボールしてやれ」は登板させるぞ、という合図でもある。懐かしの感じについニヤける。さっきの淫乱っぽさで固まる1年生たちだが、すぐに応援をすることを思い出し、

「茜先輩、頑張ってください!!」

 

そして、監督から敦史への支持は、次のバッターまで戦ってろとのこと。諦め続投するもセカンド強襲の内野安打で満塁。ゲームのような展開になってきた。

「松原、西村出るぞ」

この場面で選手交代。センターに西村。そして、

「ただいま」

「いつも通りいく。いけるんだろ?」

マウンドへ上がった茜へいつも通りの対応。すると、もちろんのドヤ顔で言う。

「あたしを誰だと思ってんの?」

久々の台詞につい敦史の口角が上がる。そして、敦史がミットを茜の方へ差し出す。それに反応して茜もグローブでそれを叩く。そして何も言わずにお互い持ち場についた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。