恋は直球、届け白球   作:最強エースあかね

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第6話

合宿最終日、朝の土手ランニングはなかった。試合に備え最低限の練習でという監督の判断だ。今日の試合は2試合。地元の中学との試合だ。茜は第1試合の先発を予告されていた。軽いアップを済ませた城戸バッテリーはブルペンへ移動し、対戦校が来るのを待った。

キャッチボールから始まる投球練習。試合前は20球を予定している敦史。しかし、いつもの茜はどこへやら。その球数に対し、出した答えは。

「10でいいよ」

「肘か?」

少し考えた茜は

「うーん、違うよ。暑いし、疲れちゃうから」

「わかった」

フォームを確認しつつ、10球投げた。球の回転数、コントロールに変わりはない。しかし重みに欠けているように感じていた。

「これは配球大変そうだな…」

ふと敦史が思った。不安な敦史とは反対に満足そうな顔をする茜。サインの最終確認を終えると対戦校がやってきた。

ベンチ前に集められた第1試合のメンバー。大会を見据えたスタメンが発表される。

 

① 中 西村 2年

② 投 松原 2年

③ 捕 名古谷 2年

④ 一 和田 1年

⑤ 遊 高柳 2年

⑥ 左 加藤 2年

⑦ 右 加藤 1年

⑧ 三 清水 1年

⑨ 二 菅野 2年

 

 

先輩たちが引退してから初めての試合。新スタメンに期待が集まった。対戦校の準備が整うまで、バットを振ったり、キャッチボールをしたりと各々すべきことを済ます。

「おい、松原」

「なに、敦史?」

ベンチ内で涼む茜に敦史が声をかけた。

「投げてて変だなと思ったら言えよ」

「そんなこと起こらないから大丈夫」

「一応言っただけだよ」

「余計なお世話だっつーの」

いつもの茜だ。敦史もコントロールのぶれなかった茜の球を取り、大丈夫だろうと思っていた。

『両チームベンチ前に!』

主審の掛け声と共にキャプテンの敦史を先頭に一列に並ぶ。城戸中は後攻だ。防具を身につけた敦史の声がナインに響く。

「いくぞ!」

「「しゃー!!」」

集合から礼。主審の合図と共に行われた。茜はそれが終わるとゆっくりと綺麗なマウンドへと上がった。Tシャツの上に着る試合用のユニフォームがあるだけでだいぶ暑さが変わる。袖を捲り上げ肩まで晒す茜。相手チームはおろか自チームまでその姿に唾を飲み込んだ。

7球の投球練習を終えると敦史が茜の元へと向かう。

「なに?」

「今日、新しい配球考えたからそれで行く」

「おっけー、任せた」

敦史がホームに戻り、守備につくナインを声で盛り立て試合が始まった。

初球。

(シュッ)

外角の低めに構えた敦史のミット目がけ、ストレートを投げた。

(カキーーーン)

「え?」

コースは完璧。しかし打球も完璧。ライトの頭を越え、ワンバウンドでフェンスを越えた。茜は飛ばされた飛距離に驚き、ベースカバーを忘れている。

「切り替えていけー」

「いいコースいってるよー」

周りの声が茜を鼓舞する。

(まだ大丈夫。力が込められてなかっただけ。大丈夫、大丈夫)

茜は自分に言い聞かせ、セットポジション。2人目と対する。内角から入ったストレートでストライクを取ると、すぐに追い込んだ。しかし、3球目。

「痛っ!」

茜の投げたボールは打者の脇にあたりデッドボール。すっと帽子を取る。いきなりのピンチに一度深呼吸をする茜。敦史はマウンドへ向かおうとするが、茜の目を見て行くのをやめた。

「目が変わったな、あいつ」

監督もベンチからその姿を見て呟く。

序盤はそんなピンチもありながらなんとなく抑えていく。一方打撃面では新スタメンが上手く回り、得点を稼いでいった。そして5-0で迎えた4回表。

「フォアボール!」

これで1回からあわせて5個目の四死球。コントロール重視の投手とは思えない成績になっている。この回は安打も合わせワンアウト満塁。さすがの敦史もマウンドへ向かった。

「なにしに来たの?」

「なにを言われるかわかってんじゃないのか?」

好戦的な態度の茜。焦りが見られる。一方敦史は冷静だった。

「交代だ」

「なんで!」

「お前、いい加減にしろ!」

敦史はミットをグラウンドへ叩きつけ言った。2人の始まりつつある喧嘩は試合を行う者誰もが釘付けになった。敦史は茜の右肘をグッと掴んだ。

「痛っ!なにすんのよ!」

「いつまで隠すつもりだ!」

凍りつくグラウンド。いつも2人の空間ということで立ち入らない内野陣がマウンドへ向かった。

「いつもの球じゃない。弱いんだよ、肘が痛いからなんだろ!!」

茜は顔を逸らす。

「違うし…」

一塁から来た和田も敦史の言葉に心配をする。

「そうなんですか、茜先輩?」

1番冷静だったのはショートの高柳だ。

「肘がどうかわからんが、大きな声を出しすぎだ、名古谷。」

敦史は茜の肘から手を離し、この言葉に少し反省。

「すまない…。しかし…!!」

熱い思いを隠しきれない敦史。

「松原、どうなんだ?」

高柳が茜に肘の具合を聞く。

「…」

「黙っていちゃわからないだろ!」

「名古谷!」

つい熱くなる敦史。

「ゎかんない…」

ようやく口を開いた茜。

「痛いのかよくわかんない。あたしは腕振れてる!だから投げられる!」

まだ茜は強気だ。すると敦史もヤケだ。

「わかったよ。ほら、内野も戻れ。」

散るように手振りをする。

「投げられるなら、抑えろ。リードはしてやる。」

敦史はミットを拾い、茜に言った。

「抑えられなかったらわかってるな?」

「…」

そしてホームへ戻った、敦史。いつもの「あたしを誰だと思ってんのよ」は茜の口から出なかった。

セットポジションでサインを確認し、静止する。息が荒くなる。

「はぁ、はぁ」

一度プレートから足を外し、集中する。

「打たせていきましょー!」

「打たせていけ!」

周りからの声は、もう茜には届いていない。

「やれる。まだやれる」

茜は自分に言い聞かせ、もう一度プレートへ足をかけた。もう周りの状況は目に入らない。入るのはあのオレンジ色の的だけ。ゆっくりと上げた腕からボールが離れる瞬間だ。電流が流れるかのように肘を何かが走った。

「痛っ」

しかしボールをしっかりリリースする。ヘロヘロの球は茜の限界を物語っていた。

(ガキーーーン!)

軟式野球の練習試合でなんてそうそう起こらない。打球は綺麗な放物線を描き、フェンスを越えていった。茜の投手としての初失点だった。ボールの飛んだ方向を見つめる茜。肩がとてもか弱く見える。敦史はたまらず監督に直訴しに行く。するとこの回から肩を温めていた青木がマウンドへやって来た。

「茜先輩…」

そこで茜は青木が来たことに気付いた。

「なんで…いるの?」

青木に尋ねる。

「交代だそうです…」

「いやいや…」

顔を下げる茜。

「松原、引っ込め」

敦史もマウンドへ来た。放った言葉はもう愛の鞭とかではない。邪魔者を排除するようなそぶりだ。

「やだ…」

このような結果で引き下がれない茜は、マウンドであがく。

「まだ投げれる!」

しかし敦史は冷たかった。

「もう審判に伝えた。下がれ」

溢れそうな涙をこらえながら、茜はマウンドから降りた。

ベンチに下がった茜は右手でグローブを投げつけ、発散する腕の力もなく。ベンチに座り帽子を目深に被り項垂れた。

「先輩、水…」

「いらない…」

後輩からの差し出しも断り、その後試合終了の声がかかるまで茜はグラウンドを一度も見なかった。


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